キシリア様への手紙・2
あるいはこれを狂気と呼ぶのかもしれませぬ。どうやら、わたくしにその自覚はあるようです。
MSを作らせました。これはわたくしの裁量の範囲内で作らせましたから、どうかご苦言は、ご容赦くだされたい。小将ならびに諸将へのご報告はあえて差し止めました。ですから、わたくしの美意識を極力反映させられたつもりです。先にファイルを送付いたしました。すでにお手元にあると存じます。ご参照ください。
このMSの特筆すべきは、新たなオペレーションシステムです。多くをコンピュータ制御にまかせることで、操縦者の反射神経をダイレクトに伝え、MSに連動させられます。これからこのOS(Mac・β)がすべてのMSの標準仕様になると断言できます。
そしてご覧の通り、軍事臭のする見栄えは避けました。獣的なものにもしておりません。以前からわたくしが口うるさく指摘し訴えてきた<Z‐N>の、兵器に関する設計思想の従来のものとの違いを、明確に表せたと思います。MSにおいては、わが<Z‐N>の方が10年も先んじているのです。それがなぜこのていたらくなのか。もっとやれたはずです。いまや古い戦争屋どもの出番ではない。また恐獣の類いをモチーフにして、敵を恐怖させる必要などない。わたくしに言わせればあんなものは子供だましです。威嚇効果など皆無だといって言い。だからぜんぜん現実的なのです。彼奴らには、暗黒に対する恐怖、とでもいうものがない。地球にへばりついていながら、いやそれゆえにか、自分たちは宇宙を克服したつもりでいるのです。むしろわたくしたちの方が、ほんとうの暗黒を、宇宙の底知れぬ恐怖を知っています。だから地球では荒唐無稽に扱われる類いの未知なるものに対する恐怖は、我々の方がずっと強く持っている。そして歴史を軽んじる新しい芸術運動を<Z‐N>アバンギャルドなどと持て囃し、政治利用したまではいいが、けっきょく虚仮威しにすぎた。あれらのプロパガンダを、実用の兵器デザインに用いたのはまったくの間違いです。このプロパガンダの間違いが、この劣勢を招いた原因のひとつであると、これは再三再四注進してきたことですが、・・・これ以上は言いますまい。
付属させる遠距離砲の類いはございません。いえ、正確に申しますと、間に合いませんでした。ファイルをご覧の通り、専用のものも設計してあります。これは凄いものです。戦況を一変させるほどの効果を発揮するかもしれません。残念ながら、こちらはまだ時間がかかるようです。しかしシールドに内臓したもので充分でしょう。まさかシールドにミサイルが埋め込まれているとは、敵も思わぬでしょうから。威力はそれほどでもありませんが、これで充分やれます。あるいは既存の銃火器でも、対応できるはずです。わたくしはサムライの戦いを決行するのですから、飛び道具などなくてよいでしょう。
ネーミングは例によって、わたくしが降り立ちましたアジアの地名からとって名づけました。颯爽とした語感がして、ここは従来のスキームにも則していると思われますが、いかがでしょう。
配色ですが、バイオレットにするつもりです。しかしキシリア様の高貴なる紫は控えました。キシリア様の配下といえど、許可はいただいておりませぬし、なによりいまのわたくしには、あの紫をまとう資格がないと思いました。近似色を選んだことはお許しください。この色はいつかグワジン艦内の、キシリア様のお室に招かれたとき、キシリア様の後ろに飾られていた、花の色です。それが目に焼き付いて離れず、細かく指示をして再現いたしました。
もしわたくしめの亡骸が残っていましたら、そのときはぜひ、キシリア様の高貴なる紫で塗られた棺桶で葬られんことを願います。
無謀だと思われますか。みずから主導し開発したOSを試してみたいのです。これは10年、いや5年は戦えることを証明したい。そして認めます。なにより自尊心が許さないのです。その自尊心というやつは、キシリア様、あなたの目を通じて査定される。あなたの目に「良」と映れば、それで満たされる。だから、あなたの膝下以下の自尊心でございます。
まさか現場の技術者どもは、わたくしがこれに搭乗するとは夢にも思わなかったようです。彼奴らからしたら、指揮官であり、開発者みずから実験台になられる必要はないと、表向きには口を揃えて言い立てますが、本音は、新型機をみすみす捨てるようなものだとの思いでしょう。揶揄の声も、少なからずあるのは知っています。
誰が何を言おうが、そんなものどうでもよい。しょせん有象無象どもの戯言にすぎぬ。バカどもには好きに言わせておけばいい。わたくしがおそれ敬うものは、この世の中で、ただ一つ、キシリア様、あなたの評価です。わたくしはそのためならば、死をも厭いません。あの鉱床の破壊も、キシリア様の命ぜられるまま黙って実行いたしました。おそるべき水爆のスイッチも、虫を押し潰すよりたやすく、押しました。わたくしは人の心など「あのとき」捨てたのです。いや、噓をつきました。ずっと以前から、人の心などなかった。でなくてあれを正視しえたでしょうか?私はあの数日間、ずっとあの爆発、炎上のさまを、炎といっていいのか、火煙というのか、あの怖ろしい地獄の業火を余さずこの目に焼き付けました。それが、わたくしの務めだと思いましたから。心を持たない男には、うってつけだったかもしれません。たとえばこれは、ゴルゴダの処刑の場に立ち会った官吏のような心境ではないでしょうか。けしていいものじゃない。しかし務めとあらば。
そのような男が、あなたの目に、見下されるのだけには耐えられぬ。自分がへりくだるのなら喜んでいたします。命じられずとも(もしそれを命じられたなら、どれほどの喜びでしょう!)あなたの足下に、ひざまずき、永遠の忠誠、いえ、永遠の愛をお誓い申し上げられたら!想像するだけで、どんなにか私は無上の喜びに打ち震えるのです。これをあなた様が読まれることを思うだけで・・・・!しかし、それはわたくしへの、心からの評価があってのこと。ただ見下されるのは嫌だ。耐えられませぬ。軽蔑とは違う、わたくしが欲しいのは!男としてお認めくださったうえで、ひざまずきたいのです、わたくしめは!男としてお認めくださった上で、ひざまずけと命じて欲しいのです、わたくしめは!
赤だけには、負けたくない。この気持ちだけは本当だ。素直に白状すれば、憎しみすら覚えるのです。不思議なことに、この感情に心苛まれる瞬間のみ、わたくしは正気であるような気がする。だから余計に苦しい。こんな苦しみなら、しかもこの苦しみでは死ねぬのです。この苦しみの先にあるのは死ではなく、みずからの頭蓋をかみ砕いてでも続く、生きる苦しみ、いっそ狂ってしまいたいと強烈に願う、痛いほどの正気。キシリア様のご信頼も、ご寵愛も、あの者だけには渡したくない。あの者を信頼するのはおやめください!嫉妬だけで言うのではない。わたくしにはわかる。あの男の底知れぬ怖ろしさが。二重三重に構えた中に、暗い腹蔵を隠し持っている。マスクなどしているのはそのためだ。ゆめゆめ、お気を許すことなどなきよう、伏して。
とりとめのないことばかり書いています。しかしここに至り、なにやら見えてきたようです。わたくしの中に、わずかに残るこの正気こそ、あのときの迷い、ためらいの正体。まだわたくしの中にこの正気があるゆえ、苦しみ惑う。そしてこれは弱さなのだ。狂人にとって、わずかな正気は命取りでございます。
本来、人形兵器のパイロットなど、わたくしの専門ではない。無謀だろうが、これをやらなければならない。
大いなる賭けです。わずかな正気を賭けた、戦いです。しかしわたくしは正気などいらぬのだから、損はしない。捨てるようなものだ。負けても、いっさいの存念を残さず、きれいな狂気で死ねる。勝てば、ほとんど正気をとり戻すが、それ以上に、キシリア様の厚いご信頼を得られると・・・・。
あのときのあなたの、あの目を忘れません。きっと、ああ、このような物言いをお許しください。あのときあなたは、わたくしを軽蔑なされたはずだ。いいのです。わたくしは、それで覚悟ができたのです。おかげで、この心境にいたることができました。
すでに散っていった者たち。「彼奴ら」と、いまは親しみと尊敬をこめて連中をそう呼びます。尊敬は言い過ぎましたが、そのような心境にあるのです、いまのわたくしは。彼奴らがこのようなわたくしの辿った内的格闘を経て戦さに臨んでいたとは考えられませんが、おそらくは本能でしょう。本能でのみ戦える者がうらやましいと、いまは率直に思います。
わたくしも続くでしょう。そのときは、キシリア様、一瞬でも思い出してくだされましたら幸いです。あやつもまた、サムライであったと。わたくしが、キシリア様のお目にかなわぬ男であることは、重々承知しております。ならばせめて、そのお記憶の片隅にでも刻み付けられたら、わたくしはそれで本望です。
勘の鋭いあなた様のこと。わたくしの秘めた思いなど、とくの昔にお見通しのことでしょうが、言わせてください。ずっとお慕い申しておりました。愛しているのです。この世の何よりも、キシリア様、あなたのことを愛しています。
あの白磁の壺は、中央アジアで手に入れた逸品です。とてもいいものですよ。戦艦暮らしでは息が詰まります。ときにはなにもかも忘れ、心を和ませることも必要とお察しいたします。ぜひ眼福のためにお納めください。わたくしがあなたのためにできるのは、このようなことだけかもしれません。世が世なら、そして平時なら、目利きとして骨董を扱う職にでもついていたのでしょう。わたくしには妥当な肩書ではないですか。しかし芸術全般を扱うのではなく、すでに評価の定まった美術、骨董品にかぎります。これは最近気づかされたことですが、新しいものに対しての目利きは、わたくしにはまったく不向きなようです。わからないのです、新しいものだけは。けして皮肉ではありません。
わたくしも畢竟、彼奴らとは違う型なだけの、オールドタイプなのでしょう。これだけでも、わたくしが散りゆく理由になりますまいか。
追伸、お届けしたあの壺は、キシリア様のお好きな紫の花を活けるのにちょうどいいと思います。それがわたくしの、はかない望みでございます。




