離坂しえり—リサカシエリ― ⑦
詩乃宮結季は、私にとって呪縛でした。
解放されたいと願う日々がそこにはありました。彼が私に依存しているから、私も彼に依存してしまった。それも、今日で終わりだと、私はどこかで信じていましたから。それなのに。私はまだ、詩乃宮結季の傍を離れられないみたいでした。
「どうして」そう聞く前に、私はバッグから口紅を取り出した。ルージュ・ヴォリュプティシャインのヌード・アヴァンギャルド。半年前に、詩乃宮結季から貰った初めてのプレゼント。何度も使ったグロスを回し、角が歪に歪んだそれを、詩乃宮結季の唇に塗ります。紅を私に差された彼は、男性である事実を忘れてしまえるほど、可憐でした。私はもう、彼には勝てないかもしれない。直感が、そう叫びます。
「私は、いつ、百点を取れるんですか」
困ったように笑う詩乃宮結季。そして、弱気な声で、「ごめん」と落とします。
「なんで、謝るの。私が一点足りなかっただけなのに」
「僕は最低だ」
「なんでですか」
「怖くなったんだ」
彼の両手が、彼自身の顔を覆いました。葛藤していた。何かに。
「何に」
「僕が百点をあげたら、しえりが傍にいなくなっちゃうのが、こわい」
幼稚でした。理由など、いらないのに。彼は何もわかっていなかった。私は、百点を貰いたとしても、もう詩乃宮結季という男性の元を離れられない。独占欲だ。私が彼をせしめたい。彼が別の女性を評価する姿を見たくはない。私だけを見ていて欲しかった。共依存から派生した独占欲。私は彼を、独り占めしたい。彼の点数は、一点も他の女性には譲りたくない。他の追随を許さぬほどの「百点」に私がなれた時、私は、彼の恋人になる資格を手に入れられると思っているから、こうも頑張るのです。
「意外です」
「何が」
「貴方でも、そんなこと考えるんだって」
「僕を何だと思ってるのさ。化け物なんかじゃないよ」
「いや、十分化け物ですよ。私をここまで狂わせてるんだから」
「僕から一生、離れないでいてくれるかい」
「こっちの台詞ですよ。もし、貴方が私以外に点数をつけるような人なら、私、貴方のこと殺しちゃうかもしれないから」
「それは、参ったな」
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私が詩乃宮結季から点数を貰えたのは、結局その夜が最後でした。「九十九点」が最高得点。詩乃宮結季はもうこの世にはいません。私は結局、自分の独占欲に押しつぶされてしまったのです。さようならと、上手く言えないままに。
明日、詩乃宮結季の葬儀が執り行われます。
私は「百点」を貰えるように、全力を尽くすつもりです。




