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BURLESQUE  作者: 微倫
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離坂しえり—リサカシエリ― ③



 木、金曜日の私は誰のペニスでも受け入れる淫売婦ですが、月、火、土曜日の私は、しがないバーテンダーに変身することもできます。もともと、カイちゃんに仕事は何をしているのか訊かれた時用に始めたバーのアルバイトでしたが、こちらも案外楽しくて継続しています。常連の一風変わった同世代の女性とも仲良くなるぐらい、ここは居心地のよい場所でした。


 小さなカウンターバー。今晩は私と店長で回しています。店長がカップル客の為にシェイカーを振る横で、私はグラスを丁寧に磨きながら、上原(うえはら)さんに声をかけます。彼女は私にとって、客以上知人未満といった存在にあたります。


「どうです? 作品の進み具合は」


 上原さんに訊ねます。彼女は、ウイスキーのロックをころんと揺らしながら、「ぼちぼちですよ」と不貞腐れ顔で呟きます。


 私がここで働き始めた頃から、上原さんはこの店の常連客でした。きまってカウンターの中央席に腰を下ろし、強い酒を一杯だけ味わって店を出る。私よりも少し若く、酒の楽しみ方からして、未成年ではないのははっきりとわかります。


 店長がシェイカーのトップを外します。中から淡い橙色の流れが、氷の入ったコリンズ・グラスへと零れていきます。一切れの檸檬と傘をあしらえて、カップルの冴えない男性の方へ提供します。


「セックス・オン・ザ・ビーチです」


 名前負けした甘いカクテルを偉そうに嗜む男性の顔が苦手で、私は上原さんに視線を戻しました。


「私、上原さんの漫画を読んでみたいです」


「うっそだ。お姉さん、そもそも漫画とか読むの?」


 上原さんは陽気な女性です。天真爛漫さが垣間見える喋り方は、漫画家っぽさを彷彿とさせました。


「読みます読みます。青年漫画とかわりと好きですよ」


「へぇ。意外」


「上原さんは、どんな漫画を描かれているんですか?」


「私はゴリゴリのSFアクションだよ。グロエロ有りの、人間ドラマ」


「面白そうですね」


「何を根拠にそんなことを言ってるんですか」


 吐き捨てるようにして、上原さんが謙遜します。


「上原さんが独創的な方だから、きっと素敵で面白いアイデアが盛り込まれている作品なんだろうなって、私思いますよ」


「褒めているようで、貶してますね、それ」


 上原さんが破顔し、スコッチで舌を濡らす。私はその表情に無意識下で見惚れていました。


 彼女には、他の人にはないミステリアスな雰囲気がありました。伸びっぱなしのミディアムヘアは毛先が遊び散らかしているし、化粧っけも薄く、服装もパーカーに薄いジーンズ。アクセサリーの類にも興味がないのか、上原さんがリングやピアスなど、光物を身に着けている姿を見たことはありません。唯一着用している大きな黒縁眼鏡は、重たいだけで、決してお洒落なものではない。一見すると喪女。しかし、彼女の顔はよくよく見るとかなり整っていました。大きな黒目の瞳、小さな鼻と、発色の良い唇。少々病弱に寄った白い肌色も、私からすれば羨ましい限りです。すっぴんでこのクオリティなら、彼女が本格的に化粧をしたらかなり化けることでしょう。私が男だったら、こういう女性を案外好きになっている。そんな気がしました。



 グラスを拭き終わり、冷蔵庫から檸檬を取り出しカットを始めると、入店ドアに取り付けられた骨董品のベルがからんと鳴りました。私は、目線だけの「いらっしゃいませ」を送ります。知らない顔の男性。初めてのお客でしょうか。


 薄手の花柄シャツを羽織った男性と目が合います。女性ものっぽい服です。しかし、その線の細いシルエットはその服をよく着こなしていました。男性は、カウンター席に右から左へ流れるように視線を配りました。そして、カップルとは真反対の、右端の椅子を引いて、そこへ着きました。


 私は小皿にナッツを盛って、すぐに男性の前に差し出します。「ご注文は」


「じゃあ、ギムレットで」


 見ない顔でしたが、見惚れる顔でもありました。


 繊細な顔のパーツが、寸分の狂いもなく、あるべき場所に存在している。限りない左右対称。AIが作り出したアバターに、ほんの少しの人間味を混ぜて風味を添えたような表情。完璧、そんな言葉がよく似合う男性。


 ナッツを置いた時、男性の、少し空いた胸元から甘い匂いが一瞬香りました。ラムのような、バニラのような、いや、ストロベリーのようでもある。形容し難い香り。香水というより、錯覚のできるフェロモンのようなものが、男性本体を包み込んでいるようです。


「かしこまりました」


 カクテルを作り始めます。私がジンをシェイカーに注いでいると、上原さんは何か思い出したかのように残りのウイスキーを一気に流し込みました。シングル程度はまだ残っていたはずです。「お代、置いとく、ごちそうさん」千四百円をカウンターに置いて、足早に店を出て行きました。


「ギムレットでございます」


「いただきます」


 男性の所作は丁寧でした。その仕草は、どこを切り取っても映画のワンシーンに使えそうな気品を感じました。薄くて滑らかな唇が、私の作ったギムレットで濡れていきます。


 私はギムレットが好きです。ジンベースのカクテルが口に合うというのもありますが、何より、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』を読んでからは、その魅力に憑りつかれています。だから、私が作るカクテルの中でも、ギムレットは自信作でした。店長にも「離坂(りさか)さんはギムレットを作るのが上手いね」とお墨付きをもらっているぐらいです。


 唇をカクテルグラスから離した男性を見つめます。表情が上手く読めません。


「どうですか、お味の方は」


 私は、お一人のお客様には声をかける方でした。一人で静かに飲みたい常連客や、恋人や友人を連れている場合は別ですが、私はお客様の話を聞くのが好きなので、積極的にお話をします。足りない教養に補填作業を行ってくれるお客様もいます。私の古びた脳内に、新鮮な風を吹かすのはそういう時間でした。その点、上原さんの話は聞いていて楽しい。やはり表現の世界で勝負をしようとしている人間は面白い人が多いのかもしれない。そしてこの男性にも、上原さんと似たような風を覚えました。


「うん、そうだね」


 私が評価を訊ねると、男性は頬杖をついて、こちらをじっと見つめました。


「いかがでしょうか」


「うん。六十一点、かな」


 私よりも先に、隣にいた店長が過剰な反応を見せます。身体をこちらに向け、男性を一瞥していました。その顔は、驚いているような、少し腹を立てているような、そんな感じです。表には出さない、私だけが察せるほどの表情の歪み。それを目の端に留めた後で、私の驚きも遅れて到着しました。自信作のギムレットが、六十一点。


「なかなか厳しい評価ですね」困り顔で男性と視線を交わします。「お口に合わなかったでしょうか」


「いやいや。そんなことはないよ。ただ、僕は少しギムレットには煩くてね」


「お好きなんですね」


「まあね。二十三区周辺のバーでギムレットを飲み歩いた時期があるんだ。このギムレット、シロップが一ティースプーン入ってるよね?」


 伊達にギムレット好きを豪語しているわけでもなさそうです。


「はい。飲みやすく、爽やかな後味が私の作るギムレットの特徴なので」


「そっか。でも、飲みやすさを意識してシロップを入れるなら、シェイクが少し甘い。後味の爽やかさが醍醐味だとうたうなら、抜け感が惜しい気もするんだ。つまり〝I suppose it’s a bit too early for a gimlet.″だね」


 流暢な英語の発音。彼が発したフレーズは、私にとっても馴染みがあるものでした。


「『ギムレットには、早すぎる』ってことですか」


「ああ。君のギムレットは、淡すぎる」




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