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BURLESQUE  作者: 微倫
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六丸真緒—ロクマルマオ― ⑤



 翌週の末に、ボクはシノと『離柘榴の会』に参加することにした。決め手となったのは、シノを今よりももっと知りたいという一心。シノはボクの憧れの教師で、時と場合によれば、ボクが想いを寄せる相手だ。そんな人物に知的好奇心を感じてしまうのは至極真っ当だと言い聞かせ、関心もない『離柘榴の会』の会合へと足を運んだ。



 弱小教団の不定期開催だから、一人も教徒が集まらない可能性があるとシノは言っていたが、本当にそうだった。今回の主宰者はシノで、町田市のレンタルスペースを借りて教徒を待っていたが、その場に現われたのはボクらを除いてたった一人の女性だ。名乗りはしなかったが、ボクよりも歳上で、髪の短い女性が部屋へ入ってきた。


 シノはその女性と親しげに軽く会話をした後、ボクを紹介した。珈琲を淹れ、洋室の、落ち着いた空間の中で三時間。ボクらは「例外」をテーマに、自身の持つ哲学や、感情論を語り尽くした。その時間は思いの外有意義で、ボクはその女性ともかなり親しくなった。


「楽しかったか?」帰り道、シノがボクに問いかけた。


「うん。あんなに話が出来る人がいるんだね、何かイメージ変わったよ」


「ならよかったよ」


 満足そうな顔を浮かべたシノは、それ以上何も言わなかった。たまらずボクが「シノはボクを勧誘する為に、今日を主宰したんじゃないの?」と訊ねると、「なわけねえだろ」と一蹴されてしまった。


「じゃあ、どうして」


「俺はただ、すっきりして欲しかったんだ」


「すっきり、ね」


「今日の会合、実はあの女性以外声をかけてないんだ」


「え?」


「あの人もノンバイナリージェンダーだったろ? あれは偶然じゃない。俺がそうセッティングしたんだ。俺がマルにその話を打ち明けられた時、多少知識があって驚かなかったのも、あの人と出逢ってそういう人もいるって知ってたからだよ」


「そうなんだ、なるほどね」


「似たような例外同士が繋がりあうことで、そこに調和が生まれる。調和を世の中は、普通と見做す。スタンダードだと考える。そうやって、ゆっくりと調和の枠を広げていきたいんだ、俺は。全てが例外に包まれて、例外と呼ばれる全人類が手を取り合った瞬間に、例外は例外じゃなくなる。それが平和で、それが幸福なんだ。教師として、そんな世界を作りたくてやってきたけど、限界はあった。だから俺がこの離柘榴の会と出逢えたことは、決して無駄にしたくない。マル、俺はお前に、俺と一緒に宗教活動をして欲しいわけじゃないんだ。マルにはもっと、思う存分先生をやって欲しい。そして、俺よりも良い教師として、生徒を救ってやって欲しいんだ。こんなこと、お前にしか頼めないよ、マル」


 それからボクは、何度か会合に参加した。実際に離柘榴の会へ入会とまでは行かなかったものの、よりシノと一緒にいる時間は増えた。そんなこともあってか、ボクはシノから、シノの例外部分を聞き出すことが出来た。



 シノには、家族がいなかった。



 この日本という国に限ったとしても、家族がいない者などごまんといて、それをシノが例外だと捉えることに違和感があった。しかし、シノは更に付け足した。シノの例外、それは、家族がいない理由が自宅放火による死別で、放火した犯人が実の姉、詩乃宮麻衣(まい)であるということだった。


 ボクは言葉を失ってしまった。シノの例外は、ボクの想像を超えていた。


 奇跡的に幼かったシノだけが助かり、家族は皆焼かれたそうだ。勿論、犯人である姉も。


 シノは言っていた。「俺は姉に殺されかけたんだ」と。その話をボクに、何かを思い出したかのように打ち明け始めた日から、シノは少しずつ変わり始めた。


 学校図書館に顔を出す機会が減った。授業の魅力も落ち始め、教師としての質が下がったのがわかった。シノのことを悪く言う生徒が現れ始めた。教育現場への熱が冷め始め、宗教活動にばかり専念するようになった。


 シノが変わっていく様子を、ボクは止めることが出来なかった。


 怒りに似た感情が沸いた。己の無力さがひたすらに痛みになってボクを襲った。





    ****




 シノがボクに急な連絡をしてきたのは、ボクが会合に顔を出す暇も無いぐらい多忙に追われている時期の話だった。目の前にあるやるべきことを消化していくと一日が終わってしまう。疲れたと嘆く隙も与えられない。しかし、この道を選んで進んだのは自分自身だと鼓舞し、ボクはパソコンに向かっていた。電波越しに響くシノの声は震えており、ボクに救いを求めるような悲痛さがあった。


「どうしたの、シノ」


『姉が』


「うん」


『生きてたんだ、僕を殺そうと、あ、いや、俺を殺そうとした姉が』


「え?」


 ボクが聞き返したのは、姉が生きていた事実に驚いたからではない。シノが今、『僕』という一人称を使った後、すぐに『俺』に戻したからだ。



 ボクの中で、何かが崩れる音がした。シノが、ボクに嘘をついているような、そんな音。宇井の声が脳裏で響いた。「六丸先生、あなたも同じです。私と」その後で、武田が呟いた。「俺らは結局、報われないんすよ」


 例外がボクを満たしていく感覚があった。シノは、一体何処にいるんだ。本当のシノを、ボクは見れているんじゃなかったのか。シノの正体を知っている人間が、ボク以外にいるのではないか。


 哀しみが、段々とボクを飲み、シノへの不信感に変わった頃、ボクは既にシノが電話で何を訴えているのかわからなくなってしまっていたのだった。







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