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BURLESQUE  作者: 微倫
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六丸真緒—ロクマルマオ― ③



「それでは、今日から二日間、生徒の安全を見守りながら、良い研修になるよう尽力していきましょう。皆さん、協力のほど、宜しくお願いします」


 学年主任の牧原(まきはら)先生が挨拶を終えると、皆が統一感無く返事をした。研修のしおりを握りながら会議室をぞろぞろと出て行く二学年の教員たち。大半の先生が自分の学級へとその足で向かう中、担任を持たないシノはボクらに背を向けて職員室へと戻っていった。


 今日から二日間、二学年は横浜へ宿泊研修に行く。これは、三年次に行われる修学旅行に関する事前学習という名目と、二学年で行われる校外学習を兼ねた行事である。牧原先生がチーム長となって約二ヶ月前から準備をしてきた研修も、ようやく当日を迎えることが出来た。朝から落ち着きのない牧原先生を見ていると、ボクまで緊張に誘われるようだった。


 学園がある上溝を大型バスに乗って出発し、横浜関内に到着後は、指定範囲内で各自班行動になる。横浜中華街、山下公園、赤レンガ周辺を散策して貰う。ここで組まれる班は、修学旅行でも同様の班となるので、言ってしまえばこの班行動は、班内での親睦を深めることが一番の目的となっている。


 夜は羽田近くのホテルへと移動し、そこでバイキング形式の夕食を二学年全体でとり、簡単な明日の説明をクラスごとに行い、部屋に戻って就寝。ホテルに泊まり慣れていない生徒の為、という建前はあるが、さすが私立高校。金のかけ方が違う。


 翌朝は昨晩と同じくホテルで朝食ビュッフェを済ませ、羽田空港で修学旅行の際に手間取らないよう空港の案内を担当者と行い、その後生徒達は再び自由行動に移る。生徒からすれば自由度の高い一泊二日のお遊び旅行かもしれないが、教員勢は何かと多忙を極める。


 修学旅行では行き先のニュージーランドで行うファームステイがメインである為、ボクらの目の届かない場所で生徒が数日間を過ごすことになる。この宿泊研修では、問題行動を起こしかねない生徒を観察し、今後行うファームステイ先のファミリーとのマッチメイクに役立てることになっている。


 教員で参加するのは、校長、学年主任、各クラス担任八名、養護教諭一名と、サポート役教員一名の計十二名。サポート役に抜擢されたのが、シノだ。自由行動の際、周辺区域をパトロールし、生徒を見張る役を手伝って貰う。勿論、二学年の現代文を担当している便宜があったから声が掛かったわけだが、シノのような人気教師がいることで、生徒の荒れた行動の抑止にも間接的に繋がる。主任からは会議で「詩乃宮先生というスーパーサポーターが参加してくださるのでね、我々二学年チームも気を引き締めていきましょう。頼みますよ、六丸先生。うちのエースなんですから、詩乃宮先生に負けないで」と数多の先生方の前で個別に檄を飛ばされてしまった。


 二年三組のドアを開けると、やはりいつもの三倍は元気な生徒達がボクを待ち構えていた。


「よし、ホームルームを始めようか」


 好奇心の抑え方を知らない彼らの顔をみながら、ボクは座席の空きで出席を確認する。全員出席。宇井渚もしっかりと着席している。


 ボクはこの二年三組を、良いクラスだとは思わない。ボクに対しての当たりは柔らかく、教師としてはやりやすいかもしれないが、生徒個々人をクローズアップすると見えてくる黒さが、この教室には蔓延している。カーストの隔たりも、最深部では強く根付いているようだ。陰湿さを極めるタイプが多い為、公に問題とされる行動は起こさないものの、直視すればはっきりと分かるいじめが潜んでいるのも事実だ。まあ、大半の教師が見て見ぬ振りでやり過ごしたくなるようないじめだろう。ボクも結局、そちら側だ。宇井が自分から助けを求めてこない限り、手を差し伸べることはしない。リスクを冒せない。弱い、ダメな教師だ。


 シノは、そんなボクとはやはり違う。ボクが教育的努力のおかげで作り上げた虚像の信頼などではなく、しっかりと本質を見抜き、的確に指導し、向き合えるのがシノだ。こんなクラスを持っているボクを、シノは内心どう思っているのだろうか。ネガティブな気持ちが溢れ出しかけたタイミングで、ボクは考えるのをやめた。


「はーい」ボクが話し始めると、耳と視線がちゃんとボクへ向く。これはボクの功績と言えるのだろう。「今日は皆が楽しみにしてた宿泊研修なわけで、相当テンションも上がっちゃってるだろうけど、六丸クラスの一員として、頼むからアホみたいな真似はするなよ?」


 威勢のいい返事が蛍光灯の下を飛び交う。「アホみたいな真似って、エロいこととか?」と茶々を入れる奴もいるが、まあ気には留めない。


「例えばあれだな、中華街で食べ放題注文して、食い過ぎてバス乗り遅れるとかだな」


 笑いが起きる。ボクが教師だから、生徒はこの程度の雑なボケでも笑う。それほど、生徒にとって教師のイメージはお堅いものなのだろう。ボクだって飲み屋に行けば下ネタを言うし、寒いギャグだって言う。それを生徒は、知らないだけだ。


「それやらかすの、八十Tだろ」八十T、八十島先生のことを言っているのだろう。「絶対そうだわ。食い過ぎウケる」生徒同士が八十島先生を小馬鹿にしている声が耳に挟まった。無理もない。あんな態度を取っていては、生徒からいずれ素性がバレなめられてしまう。見えない部分なら平気、なんて、そう簡単にできるものではない。本質は生徒に見抜かれる。普通はそうだ。彼らも既に半分大人。素を隠して向き合えるほど簡単な相手ではない。


「おいおい。それじゃあ、皆の気合いは十分感じたから、このままバスへ移動するぞー。詳しい連絡事項はバスでするから、絶対研修のしおり、忘れるなよ」


「はーい」


 でも、シノは違う。シノは生徒と慣れ親しまない。無駄に寄り添ったりしない。顔色を覗ったりもしない。素を見せることもない。でも、生徒からの信頼は厚く、高い地位と名声を保ち続けている。シノの顔が良いから? それだけじゃない。シノは天職に就いている。教師をやるべき人間が教師をやっている。だからこそ、担任を持つべきだ。シノが受け持っていたクラスの卒業生は、今頃高校時代を思い出し懐かしさに心を震わせているはずだ。シノの作るクラスを見てみたい。ボクには作れない、究極の学級を。


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