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BURLESQUE  作者: 微倫
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宇井渚—ウイナギサ— ⑦



 先生は、土曜日の学校に私を呼び出した。部活動もやっていない私が、週末に登校することはまあまずない。真っ昼間、梅雨が明け、快晴が頭上で煩いほど輝き尽くしている。私が校門を潜って、先生に連絡する。この学校で、先生の連絡先を知っている生徒は私だけだ。「屋上を特別解放しておいたので、何も気にせず、来てください」と返信が届く。私は階段を少し駆け足で登った。


 重いドアを押して、屋上へと出る。中央では、先生だけが空を見上げながら立ち尽くしている。私は立ち止まって、上履きの爪先を見つめた。「さすがにもういけよ」と少しだけ怒られた気がした。


「ずっとありがとうね、私の親友」


 上履きから視線を外し、先生の方を見る。グレーのスーツが風に揺蕩う。永遠の青さが、先生の背後には広がっていた。


「渚、おいで」


 大きくもなく、小さすぎもしない。私にだけ届く声で、先生は私を呼んだ。先生の手には文庫本が一冊。きっとそれを読んで待っていてくれたのだろう。あの本も、私は読んでみたい。そして、感想を語り尽くしたい。


「先生」いつもより軽やかな足。躓くことを畏れず、前だけを向いて進む身体。爪先に重心をかければ、自ずと身体は先へ続く。スキップに似た数歩を重ね、先生の手を握りにいく。


 彼が私を愛してくれる間は、私は少女でいられるのかもしれない。傍に近づいた私は、先生の袖を控えめに掴んだ。すると先生は、袖から伸びたその手で、私の手を包む。温かさが共有され、私は再び、充電されていく。


「私、もう一度『人間失格』を読んでみようと思います」


「それは、どうして?」


「きっと、今ならあまのじゃくにならず、好きだって、伝えられるはずだから」



 空の青さに気づいたのは、私が下を向いて歩くのをやめたからだ。



 私が下を向いて歩くのをやめたのは、先生と出逢えたからだ。



 ただ、私は先生の隣にいると、途端に少女に変貌してしまう。それは、甘酸っぱさという意味ではない。私は、狡猾な、十七歳特有の少女性を、先生の隣で獲得してしまったのだ。



 先生は私に訊ねる。「生きたいと、思えるようになりましたか」


 私は先生に答える。「それは、まだ」


 私は嘘を覚えた。


 先生の気を引き続ける為に、「いのち」を嘘に使い始めた。


 私はもう、「死にたい」などと思うのをやめた。


 先生がいるから、そう思わなくなったのは事実だ。


 それでも、先生に「生きたい」とは言えないでいた。




 全ては可能性の話だった。


 あくまでこれは、私の憶測の範疇を越えはしない。ただ、もし仮に私がいじめられていることが教員間で一つの問題になっていたとすれば、学校はその問題が肥大化、つまり自殺うんぬんに連結してしまわぬよう、何か策を取ってくるはずだ。私へのいじめは陰湿さを極めていたものの、いじめがあるクラスとそうでないクラスでは、明らかに教室の匂いが違う。そこに気づけない教員はいない。気づいても、見て見ぬふりをする教員が多いだけだ。


 詩乃宮先生は、その対策として、私の元へ送り込まれたのかもしれない。私の抱えた自殺のリスクを緩和させるには、死に直結する問題を大事にし、洗いざらい調べるより、私に直接的なアプローチをする方がいい。先生は、私を生かすための、仕事をしたに過ぎないかもしれない。


 無粋な私は、あの純粋な詩乃宮先生ですらも疑っていた。本当は、私の顔は、亡くなられた先生の姉に似ていないのかもしれない、だって私は、先生の姉の名前すら、教えてもらってはいないのだから。



 だから、考えた。


 私が死にたがっている素振りを見せ続ければ、先生は必然的に、私の傍に居続けてくれるのではないか、と。私は、これからもずっと、先生の傍にいたいだけなのだ。そして、先生の傍に居続けるのは、他の誰でもなく私であるべきだ。


 私はもうC棟三階のトイレで飯を済ませる生物ではいたくない。先生とたらこスパゲッティを啜る人間でいたいのだ。


 そうやって、保守的に、利己的に、命を使用した私にも、ついに天罰が下った。神様が怒ったのだ。自分を制御できない、私に対して。





    ****




 放課後の図書館、窓の外は雨。鮮やかな傘の群れが校門を抜けて行く様子を先生と眺めている時だった。先生は窓硝子に触れ、曇ったそれを指で撫でながら言った。


「渚」


「何ですか、先生」


「        」


「は?」


「        」




 壊れるような衝撃が走った。使用電力が多すぎて、頭がショートしてしまった。理性が復旧すると、光に照らされた憎悪が見えた。震えながら顔を俯く。私の知らない爪先があった。「殺しちまえよ。さすがに、なあ渚」爪先が笑っている。そうだね、殺した方がいい。私がそう確信して隣を見上げると、先生は穏やかに笑っていた。



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