宇井渚—ウイナギサ— ⑥
「自殺しようと思っています。いつ、と聞かれたら、まばらに点滅したこの灯りが、完全に落ちきったら、って感じです。動力源を失った私は壊れたガラクタのように、バラバラになるだけなんです。遺書も残しません。いじめの告発だって、するつもりもありません。だって私は、生理用品が隠されていることや、私の顔でコラ画像が作られている事実を、お母さんに知って欲しくはないから。お母さんが無力感に浸ってしまうのだけは避けたいんです。だから、死ぬとしても、本当に何の名残惜しさも残さずに、気づいたら消えた蛍光灯のように、ぱっと死ぬつもりです。私は、先生を待てません。先生の救済であり続けることは、叶いません」
先生が親指の爪を噛んでいた。その汚い仕草が、先生の悔しさを私に伝えるには十分だった。「ああ」言葉を選んでいるのか、それとも。先生は鼻を何度か啜って、私に「あなたは、死んじゃいけない」と言った。
意外だったのは、死を否定されたからだ。先生は、死を選択する人への理解がある人だと思い込んでいた。自死が不幸だと決めつける、古く非常識な人種ではないと決め込んで私は話した。しかし、先生は「死なないでください」と繰り返す。私の心がぐしゃぐしゃになっていく。点滅を繰り返す状態が一番辛いのに。消えてしまえば、楽になれるのに。
「どうしてですか。どうして、私は死んじゃいけないんですか。先生は、先生だから私に死んでいいよって言えないだけなんじゃないですか。太宰を敬愛するあなたが、自死を否定するんですか。先生、答えてください」
「……それなら、私の話をしましょう。宇井さん。それが一番、あなたにも私の深意を分かっていただけると思うので」
「はい。ぜひ」
……詩乃宮先生は孤児だった。幼い頃に両親と姉を失い、幼少期の頃の記憶はほとんどないと言う。当時大学生だった姉の顔だけは覚えているらしく、その顔とよく似た私を見つけた時は、他人であろうと嬉しかったらしい。
孤独感と向き合い切れず、包丁の切先を喉元へ突き立てたり、ドアを利用して首を吊ってしまおうとした経験も一度や二度では済まなかったそうだ。愛する家族を失っても尚、勤勉な毎日を送り、詩乃宮先生は推薦で大学へ入学し、教員という夢を叶えたのだった。
先生は言っていた。「目の前が真っ暗になったんです。家族を失うというのは、孤独に包まれるというのは、本当に闇だ。夜のような美しい暗さじゃない。漆黒でした。だから、光を求めたんです。私が家族のように真摯に向き合える環境。それが私にとっては教育現場だった。光が灯されて、私は生まれ変わったんです。私は、生きていて良かったと思えるんです」
「そんな壮絶な過去があって、どうして」
「指定校推薦を取得する為に必死で勉強し、私は教員採用試験に強い大学へ入学しました。そこで教員免許を取得し、大好きな書籍に携われる学校図書館司書教諭の免許も取得し、人生を一からやり直そうと思いました。教育は、私にとってそのきっかけになってくれたのです。そして、人生をやり直した今、私は宇井さんと出逢えた。姉に似ているのは偶然でしたが、それがどうにも、運命のように感じられてしまうのです。私があの時、孤独に負けて自死を選択していたら、私はこの幸福と巡り合うことは不可能だった。そして、あなたの孤独を、救い出してあげられる存在に、なることもなかった。そう思うと、生きていて良かったと考えることができるのです。誰かを救済できているなら、それだけで、私がここに存在する理由になる。宇井さんの未来を照らすことはできなくとも、宇井さんの光が途切れてしまわぬよう、あなたに私の電力を流し続けることは、できるはずだから」
ラブロマンスではない。カタルシスでもない。これは、強引に捻じ曲げられた、パノプティコンでの性善説だ。私の不幸を、先生は強引に、偏屈な私を、力強く捻じ曲げてくれる。
「だから、私が宇井さんの傍から離れないうちは、宇井さんにも、生きていて欲しいんです。私だって、供給元の電力が無ければ、光がいつ消えてしまうかわからない存在ですから」
「自分勝手な先生ですね、本当」嫌味ではない。泣いている私が、嫌味を言えるわけなどないのだから。
「私は、寂しいです。宇井さんを失ったら、私はまた、孤独になってしまう。闇が恐いんです。灯りが、頼りなんです。情けない」
先生がポケットから水色のハンケチを取り出し、私へと差し出した。私はそれで、眦に溜まった水滴を拭う。拭っても拭っても、溢れ出てくる。いつの間にか到着したたらこのスパゲッティは既に冷め始めている。それでも私の心は、何よりも明るく点灯していた。
「約束します。私はあなたが闇に溺れぬよう、傍に居続けると」
差し出された手を握る。温かな光が、流れ込んでくる。小さな電流同士が合わさって、私達は、同じ色で、同じ強さで光りあう。もう点滅はしない。先生の指先が、私の指先を包み込む。私は、小動物のように震えながら、ただ「うん」と頷いた。




