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朝日と勢椿

「うるさいっつうの。」

わざとらしく耳を抑え彼は真顔で言う。

「いや、急にどういうことだ貴様!」

九郎は指を指し座ったまま講義しだした。はあ、と大きめのため息を吐き彼はやれやれと首を振った。

「俺は陰陽師だ。」

「...、だろうな。」

しばらく静かな睨み合いが始まる。当たり前だが一般的に人が妖怪に襲われたら死ぬ。こんなにも反撃できるとしたら陰陽師以外の何者でもなかった。そして陰陽師は妖怪を見つけたら払うのが仕事である。九郎は警戒を強める。先に言葉を発したのは彼だった。

「といっても資格持ちなだけで協会に属してないんだけどね。」

陰陽師協会、政府公認の組織で7年前に設立された陰陽師のための組織。その組織に入っていない野良陰陽師は本当に珍しい。自営業でやって行けるほど簡単ではないからだ。

「それに、ここに来たのは陰陽師としてじゃなくて普通に引っ越してきただけだから。」

九郎は少し安心し、そして再び考え始めた。

「じゃあなんのために我を式神」

「下僕」

「...下僕にしたのだ。」

彼はぴしっと動きが固まりあーと言い、再び嫌な笑みを浮かべそっと顔を近づけた。

「家事、できる?」

一瞬時が止まったかのように九郎の思考も止まった。

「ある程度なら理解しているが、まさか。」

嫌な予感が走った、妖怪にも負けた側のプライドがある。式神となったならせめて主人を守る盾か矛的な役割がしたいものだ。しかも九郎は名家の九尾、ここら一帯の妖怪を仕切っているのだ。

「じゃあ料理、洗濯、皿洗い、ゴミ出し、掃除...後諸々よろしくね〜。」

唖然とする九郎をおいて彼は歩き出してしまった。九郎は式神ではなくパシリ、いや家政婦のような仕事を押し付けられてしまった。

「いやおかしいだろ。」

「なんだよ。」

長屋式住宅に無理やり連行されたかと思ったらお茶を入れろと早速パシらされ、まだ片付いていない部屋で彼は優雅にお茶を飲みだした。

「俺がシキガ」

「下僕。」

「下僕になったのはわかっておるわ!!」

「うん。」

彼はこっちを見ずにそっけなく返事をする。流石に九郎も諦めがつき怒ることはない。彼の反対側の椅子に座り対面になる。

「とりあえずお前について色々教えてもらうぞ。」

お茶を机に置き九郎の方を見る。

「なんでさ。」

「いくら下僕でもこれから一緒にいるならお互いのことを知らなきゃ、やってけないだろ。」

「ふーん。てか君、我だの何だの堅苦しいキャラはもうやめたの?」

「あ、」

思わず九郎は口を隠した。まあいいけどと彼は言う。

「じゃあ君が先に自己紹介してよ。言い出しっぺだし。」

指を指し、手を組みなおす。

「君って、俺は尾美狐神老之」

「あー、長い長い長い!そして言いにくい。」

「なっ、じゃあ九郎でよい」

「なんかダサい。」

「人の名前をダサいだと!?」

ぐぬぬと苦虫を噛み潰しため息を付く、彼が窓を見てあっと思いついたように彼が言う

朝日(あさひ)、とかどう?」

得意げに言う。それに九郎は呆れる

「朝日だと?俺の名前に一切かすってないだろうが!」

「はいはい、よろしくね朝日。」

すっと手を差し出す彼、九郎は震え

「よろしくないわ!!」

と叫んだ。そう九郎改め朝日の苦労の日々が始まった。


 というのが3日前の話だ。俺、九郎改め朝日はこの3日間本当に家事をした。ごはんを用意し、洗濯物を干し掃除と片付けをし、とまあとにかく平和だった。あの後結局名前は教えてくれず街の人と話しているのを盗み聞きしてやっと伊東 勢椿(いとう せつ)という名前だと知った。他人ツテで名前を知ることになるとは思わなかったがまあ名前を知らないと何かと不便だからな。

「なあ、勢椿。」

「なんだよ。」

知った次の日から名前で呼び始めたが何も反応せず、適応していた。

「今からお湯沸かすが紅茶入れるか?」

「んー、ダージリンで。」

「了解。」

ゆっくりとした日々が過ぎていく、引っ越しの片づけも一段落つき来たときよりも部屋がスッキリしていた。だが、

「なまる、そしてたるむ!!」

「ん゙グッゲほッけほ、な゛んだようるさいな。」

家事で体を動かしているとはいえ、元々はこの町を牛耳るために野良妖怪と喧嘩ばかりをしていた。戦わなければ体がなまるし、たるむのも仕方がなかった。

「...そんなに言うなら筋トレでもしたら?」

「そういう話ではないわ、戦いが、戦いが欲しい!」

やれやれと呆れる勢椿、ピーンポーンとチャイムが鳴った。

「あ!お客さんが来たようだからこの話はまた後で。」

「ちょっ、ああ。」

そそくさと玄関に逃げ扉を開ける。そこには黄緑色の髪の毛をハーフツインにした小学生が立っていた。

「あれ、奏芽(かなめ)ちゃん?どうしたの?」

奏芽ちゃんとは、霊魔町のレイマ川付近にあるレーマ菓子屋店長の娘だ。勢椿が屈んで目線を合わせると少し後退りし話し始める。

「えっとね、おかあさんがせつくんにって、これ」

そういうと片手に持っていた白い箱を突き出し、勢椿が受け取る。

「これは、」

「ケーキだって、ちゅうもんミスでつくっちゃってもったいないからって」

「そっか、奏芽ちゃん届けてくれてありがとう。お母さんにもありがとうって伝えといて。」

「うん。」

奏芽の頭を撫でるとまた少し下がり

「じゃっ、じゃあね!」

と足早に帰っていった。奇おつけてねと手を振る勢椿。

「...俺やっぱ怖がられてるよな。」

「何をどう見たらそういうことなるのだ。」

「うわっビビった。」

背後から顔を出す朝日は、かなり呆れている。

「そういうことになるって何が。」

「あいつ明らかに勢椿に好意を寄せているだろ。」

勢椿がぴしっと固まる、というか思考がフリーズする。

「どういうこと?」

「明らかに頬を赤らめていたし、頭を撫でられ照れ隠しをしていただろうが!!」

「えー。」

ピンとこない顔をし続ける、頭を抱えいっそのこと哀れに思う。

「そもそも年の差いくつよ、俺と奏芽ちゃんで15〜20ぐらいは離れてるぞ。」

「近所のお兄さんが初恋泥棒などよくある話だ。」

「お兄さんじゃないし。近所ってほどでもないけど。」

もういいと朝日はため息を付きながら白い箱を持ち奥に戻っていく。

「あ、いつの間にかケーキ取られてる。」

勢椿はまだ呆然と玄関に立っている。そしてそれを遠くから誰かが見ていた。

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