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深夜の住民説明会

 今日という日こそ、『なんて日だ!』というフレーズがピッタリ合う日は無いのだろう。小売店のアルバイトを終えて帰宅し、液晶モニターを睨みつけながら原稿を書こうにも、相変わらず筆が進まずに気分転換として夜食を食べようと思った矢先に、“コレ”である。

 簡潔に申し上げると、午前3時頃に『甲冑姿の大男がアパートの壁をぶち破って来た』のだ。しかも、部屋3つ分の壁をぶち破り、私の部屋に“着弾”したのだから、たまったものではない。デスクトップも本棚も破砕され、過去に参考にした資料も大半が紙くずになっていた光景は、とても強烈であった。

 そして今、行き場を失った住民達3人と、強面の大家は茅之原警察署の会議室で待機となり、かれこれ2時間が経過していた。警察署の職員が気を利かして飲み物や毛布を貸し出してくれたおかげで心も落ち着き、少しばかりだが仮眠も取れた。しばらくすると「今回の事故に関して簡単な説明をしたい」と、現場に特殊部隊と共に入ってきた中年男性が会議室へと訪れた。


「私、『内閣情報調査室直轄特殊現象観測班』の河野政信と申します。」


 茅之原警察署の会議室で、黒縁の眼鏡にグレーヘアーをオールバックに整え、簡単な自己紹介をした中年男性が「では早速ですが」と本題を話し始めた。

私を含めた3人のアパートの住民と、深夜の召集にも関わらずリーゼントヘアを決めた強面な大家の前で全く怖気付く事も無く、どこかのIT企業のプレゼンの様に毅然とした姿勢で。


 おそらく、この男も普通の人間ではないのだろう。アパートの事件現場に、この男が臨場した際から思っていた。

 散らかった部屋の中で、患者が重すぎて搬送に手間取る救急隊員と、破壊された壁を見て唖然としている警察官がたむろする狭い部屋の中に特殊部隊の隊員と共に土足で上がってきては、異世界から来たような甲冑男に流暢なイタリア語で話しかけながら、躊躇い無く麻酔のような物が入っている注射器を首筋に打ち込んで眠らせていたからだ。何故イタリア語を話しかけたのかは、私が唯一話せる異国語で甲冑男と会話していたのを目撃していたからだろう。

 そして、黒いスーツに包まれた身体といい、黒縁眼鏡の奥から時折覗かせる鷹のような眼光は、恐らく元は自衛官や警察官の人間だったのではないかと、私は持てる知識を総動員して推測していた。

 ちなみに彼の所属チームの略称は『S.P.O.T.』というらしい。『Special Phenomena Observation Team』の略称で『S.P.O.T(スポット).』なのだろう。隊員と河野政信の着ていた防弾ベストにも前述の略称が記されたワッペンが貼られていた。聞いたことが無い部隊名だ。


「今回の事故についてですが、現場の状況から例の甲冑男『マルクス・フォン・ホーエンシュタイン』様が異世界より転移を果たしてきた際にアパート近くに転生ゲートが開通した事による、不運な事故と我々は断定しております。名前に関しましては、所持品の中に名前が刻まれた指輪が発見されており、その文字を解読したことで判明しました。それから――、」


 人間というのは、自分の理解を超えると思考停止してしまうものなのだろう。ファンタジー作品の触りの様な突拍子もない事を言いだしたのだから、こちらも何かしらのリアクションを取るべきなのだろうが、私を含めた4人は目を点にすることすら放棄し、無表情で河野政信の報告を聞き流していた。

 だが彼は、無表情の我々を全く気にすることなく言葉を続ける。


「つきましては、我々S.P.O.T.を含む内閣府や関係省庁並びに民間企業と協力し、被害に遭われました住人の方々とアパートの大家様に迅速かつ長期的なサポートと補償をさせて頂きたいと存じます。」


 しばらくの沈黙が会議室を満たすと、アパートの大家の八金彦次郎と、住民である葉山真奈美が机を叩いて立ち上がった。


「てめぇバカヤロォー!異世界がどうとか、マルコメだかマメマキがなんだか知らねえがよぉ。ごちゃごちゃ訳わかんねえ言葉並べやがってバカヤロコンニャロー。娘の天音も怪我してよぉ!アパートは竹輪みてえになってるしよコンニャロー!」

「お父さん、私は大丈夫だから!よく分からなかったら静かに座っててよ!?」

「てかさー、あの甲冑のオッサン何者なのよぉ!?アタシめっっっちゃ疲れてんだから早く解放しなさいよねー!あと梅水晶あるぅ!?」

「真奈美さんもマジで黙ってて!てか酒臭ッ!?あと胸ッ、なんか見えてるよ!」


 河野政信が事情を説明するや否や、リーゼントヘアに紅白の柄シャツを羽織った八金彦次郎と、グラドル時代に『歩く軽犯罪法違反』とまで言われた大きなモノを揺らしながら葉山真奈美が喚き出し、それを大家の娘である八金天音が、大きなガーゼが貼られた痛々しい腕を伸ばして酔っ払い二人を静止させる。そんな光景を横目に、60歳と38歳が何をしているのだろうと、私は小さくため息をついた。


「補償につきましてですが、単刀直入に言いますと『時期を問わず住人の方々が個々に抱えている問題を全て解決するのに必要な金額』をお支払いする予定でございます。簡単に申し上げますと、『借金で困ってる事があるなら、俺らが全部払ってやるよ!』とでも言うべきでしょうか?」


 野次を飛ばす2人を完全に無視しながら、河野政信が一言申し上げると、2人の動きが止まり急に神妙な顔つきになる。少しばかりの静寂が会議室を支配すると、大人しくなった八金彦次郎と胸を然るべき場所に収めた葉山真奈美が、前のめりになりながら質問を投げかけた。


「それってつまりよぉ…。天音の治療費どーなるんだよ?」

「全額補償させて頂きます。」

「えっ、じゃあ…。私が10年前にスナックを開業した時の借金とかも…?」

「もちろんでございます。」

「ならよぉ仮の話だけど、天音の大学の奨学金も…?」

「もちろんでございます。」

「昔の事務所との違約金も…?」

「もちろんでございます。治療費や建て替え費用に加え、内閣情報調査室にて把握済の過去の借入金等に関しても補償対象となります。」


 一瞬にして驚愕の表情になった2人は、そのままフリーズしてしまった。無理もない。今回の事故で破壊されたアパートの建て替え費用だけでなく、個人の過去の借金すらも国が返済してくれるなんて。そんな無茶な話に天音も私も、驚愕の表情を浮かべざる負えなかった。

 しかしながら、恐らくタダではないのだろう。今回の事件の口止め料に違いない。何か条件があるはずだと、いち早く正気に戻った私は、河野政信に「何か条件があるのだろう?」と問いかけると、その顔に笑みを浮かべながら回答を始めた。


「流石は星辰文学賞と言ノ葉大賞を同時に受賞された、日本を代表する小説家、矢崎丈一先生でございますね。矢崎先生の仰る通り、補償の支払いに関していくつか守って頂きたい約束事がございます。」


 わざとらしく過去の私の栄光を述べながら、河野政信が眼鏡に手を当てた。当方は、私が7年間スランプに陥って新作すら書けていないことも把握済みなのだろう。非常に悔しいが、全くもってその通りだ。だからこうして変な事件に巻き込まれている。ため息を細く漏らしながら、「どういう条件なんだ?」と問うと、河野政信はペットボトルの水を一口飲んでから回答を始めた。


「1つ目は、本件の真実を今後一切口外しない事です。我々の組織や本件の対応を含め、誰に何を聞かれても、『老朽化した電気配線のショートによる局地的な爆発』と御回答をお願いしたく存じます。」


 やはり口止めか。しかしながら、この規模の事故を隠せるのだろうか?深夜にも関わらず野次馬が出る程の派手な事故で近隣住民も把握しているし、家屋も損壊している。建て直しとなれば半年ぐらいは工事が入るだろうから、余計に目立って事故の真相を嗅ぎ回る輩も出てきそうだ。

 そう思って私は色々と質問したが、この男は対応に慣れているのだろう。チャットボットの如くスラスラと返された。


「その点につきましては、全く問題ありません。既に消防や警察、茅之原市の行政等の関係機関には、内閣府を通して前述の理由で事後処理を進めるよう通達を行っております。また全世界の報道機関やマスコミ、関係各社に対して日本政府並びに国際異世界事象管理機構『I.W.M.A. (イマ)』を通じて徹底した情報統制も行いましたので、明日以降に本件が報道される事は一切ありません。仮に、嗅ぎ回る輩がいたとしても、果たして“誰が”その話を信用してくれるのでしょうか?」


 いくらなんでも無茶が過ぎると思いながら、疑問をぶつけてみたが、河野政信は笑顔を張り付かせたまま返答を述べるので黙ることしか出来なかった。これも“内調”の直轄部隊だから出来る芸当なのだろう。まだ事件が起きて2時間ほどだというのに、迅速な火消しも行えるのは流石だと感じた。

 それと理由が「電気配線の老朽化」ということもあってか、大家である八金彦次郎も何か言いたげな表情をしたが、先程の“美味い話”を聞いた後では得意の啖呵も切れず黙り込む事しか出来なかったようだ。

 河野政信は、その沈黙を了承と捉えたのか更に言葉を続ける。


「2つ目は、不測の事態に備えて我々S.P.O.T.の職員1名を当該アパートへ入居させて頂きたいのです。もちろん家賃や光熱費は通常の入居者と同じくお支払いしますし、日常生活でのお困りごとも可能な範囲であれば迅速に対応させて頂きたいと存じます。」


 これに関しては、恐らくだが我々の監視を行いたいという要望なのだろう。我々が変な気を起こしたり、変な虫が来ても迅速に対応が出来るように。ならばそれも仕方が無いかと、私も含め恐らく他の3人も考えていた。

 だが、河野政信の3つ目の要望で、我々は口を揃えて異論を唱える事となる。寝不足と精神的疲労で我々住民達が白旗を挙げた午前9時頃まで論戦の応酬が続くのだ。


「3つ目は、『マルクス』様の現代日本での滞在を、住民の方々と八金彦次郎様の4人でサポートしていただきたいのです。」

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