騎士マルクス、異国の地で救助される。
ここは、どこなのだろうか。仰向けの状態で目を覚ました私は、すぐさま周囲の状態を確認しようと上体に力を入れたが、形容しがたい激痛が首筋を走り、思わず意識が飛びかける。目に映る景色はぼんやりと白く、周りで誰かの話し声が聞こえるが、異国の言葉なのか意味は全く分からない。
『誰かいないのか…?』
ふと声を出してみるが、返ってくるのは抑揚の無い誰かの話し声ばかりだ。足音も絶えず響き、どことなく慌ただしい雰囲気もある。
少しすると、目の焦点が合い始めた。首は激痛で動かせないが、どうやら小屋の中のようだ。ただ、部屋を照らす照明がとてつもなく明るい。倉庫の鍵をルベンが紛失したときに、エルセスが光魔術で周囲を照らして探してくれた事を思い出すが、あの時の光よりも明るい。まるで太陽の日差しの様だ。
『誰か、返事をしてくれ…。頼む。』
唇を動かしてみると、目前に白い兜を被り水色の装束に身を包んだ者が来た。外国の衛兵なのだろう。何やら私の首筋や顔を触って目を合わせてくる。何をする気なのだ。
『やめろ。くすぐったいぞ。』
そう言ったつもりだが、2人の衛兵には聞こえていないようだ。2人は異国の言葉を話しながら、私の目に眩しい光を当て何かを確認し終えた後、橙色の板状の何かを持ってきた。なんと形容すれば良いのか分からないが、恐らく担架だろうか。私を処置か処罰する為に運ぶのだろう。
『聴いてくれ…。私は、スクイン王国の騎士だ。マルクスと申す。使節団の護衛をしていて――。』
『おめぇさ、マルクスどしゃべるのだね。わっきゃ矢崎ど申すけんども。おめぇさのしゃべることべぇはイタリアのことべぇでねぇか?一体何があったのだが?』
まだ名前を伝えていなかったので、仰向けのまま衛兵に対して簡単な自己紹介をしたところ、顔を覗き込むように、別の男が顔を覗き込んで話しかけてきた。黒い長髪を後ろで束ねており、鋭い眼光に無精髭を生やしている。それにしても、なんて強い訛りのラジア語なのだろう。どこの地方出身の若者なのだろうか?
『おめさ、さっき壁ぶぢ破ってぼっど出でぎだんだぞ?痛ぇどごろは、ねか?』
“壁を破って出てきた”と、かろうじて聞き取れた。しかし壁を破って出てきたとは、一体どういう事なのだろうか。私は崩壊する橋から落下したはずなのだが、おかしい事を言うものだ。先程から意味の分からない言葉や変わった行動をする衛兵や、この長髪の男の訛りもそうだ。私は変な夢でも見ているのかもしれない。私は男の問いかけを無視しつつ、異国語が飛び交う小屋の天井を見つめていた。
今の私は、生きているのだろうか。首や腰が痛むので手や脚に感覚はある。恐らく私は生きている。そうとなれば私が居る場所は、一体どこの国なのだろう。皆目見当がつかない。やはり夢なのだろうか?
頭の中で自問自答を繰り返していると、黒い珍妙な衣服に身を包んだ者が5名ほど入室してきた。4人は甲冑のような物を着込んで着膨れしており、1人は細身の衣服に身を包み、黒い枠のような物を顔に装着していた。
長髪の男が、黒い枠の男に何やら話をすると、大きく頷きながら、ニコニコ笑ってこちらに来て話しかけてきた。
『どうもぉマルクスさぁ。わんつか寝でいでけね。こっから先はわんど“S.P.O.T.”に任せでけ。さあ、えぐべ!』
この男も訛りが強いのか。まともな発音のラジア語が急に恋しくなってきたところで、私は急に強い眠気に襲われ、深い眠りについてしまった。