番外編 速記止めてくださいッ!!!!
国会の委員会答弁とは――
ざっくり言えば、「議員の質問に官僚が汗をかきながら“なんとか答えずに帰る”ゲーム」である。
本来は、国家の重要案件について真面目に協議する場……のはずなのだが、
現実はだいたい、**「誰が地雷を踏むかチキンレース」**である。
そして今日、その地雷原にスキップで入っていった男がひとり――
――午前十一時、某委員会室。国会。
議員「では、香山上席。次に、警察庁の秘密裏に行われていると噂される、特別案件についてご説明いただけますか?」
その瞬間、空気がピリついた。
(きた。きたきたきたァァァ……!)
委員席の後方、官僚控え席。須崎透は背筋を凍らせ、心の中で鐘を鳴らした。
(ここ!ここで下手に答えたら首飛ぶやつだろ!?頼む香山、“その件については答弁を差し控える”って言え!!な、言えよ!?)
祈るように香山を見る。
そして――
「はいはーい!」
元気よく挙手する香山慎之介。無邪気な笑顔に室内の官僚たちが一斉に硬直する。
「それはですね〜、先月極秘にスタートした──《全国一斉・お友達チェック》のことですね!」
(終わった)
須崎の頭が真っ白になった。
「対象は全国に約1300人!内訳は交友関係に不穏な影がある者、ネット上でやたら“裏垢”を運用している者、あと、僕の独断で“ちょっと怪しいかも?”って思った人です!」
(終わった!二度目!!)
「現在、秘密裏にこうやって〜監視して〜、ご交遊情報をAIでぶん回して〜、一部はすでに“保護”済みで〜」
他省庁代表、顔面蒼白。
総務省の男が書類を落とし、外務省の女性が椅子ごと震える。
議員席から怒号。
議員「香山上席ッ!それは重大な問題発言です!ただちに発言を撤回してください!!」
「やめろォォォォォ!!!!」
机の下から香山の袖を全力で引っ張る。
香山はキョトンとして振り向いた。
「……あっ、ダメだった?」
「速記止めてください!!!当該発言はすべて撤回いたします!!!!!!」
議場、騒然。議員怒号。官僚沈黙。国家機密、崩壊。
◯◯◯
【控室】
「……申し訳ありませんでした……!!」
誰に向けてか分からないまま、深く頭を下げていた。
控室には香山、内閣官房の監視役、他省庁の局長クラス、警察庁上層部、そして数名の議員秘書。全員が固まったまま、完全な沈黙を貫いている。
もはや誰に謝ればいいのかも分からない。ただ「地球」に詫びる気持ちで、須崎は土下座の姿勢を取り続けていた。
──その横で、警備企画課の課長が、手元のペットボトルをプルプル震わせながら開けていた。
須崎はそっと顔だけを上げ、静かに尋ねる。
「……課長。本日は、なぜご自身がご出席なさらなかったのでしょうか」
課長は目を逸らした。全力で逸らした。
「……いや……その……香山くんのほうが……答弁、慣れてるし……」
「機密漏らしましたけど」
「……顔もいいから……議員ウケも……」
「それ、国会で言うセリフじゃありません」
香山が小声でぼそっと囁いた。
「……ラーメン、奢るから……」
ぴくりと顔を上げた。目が完全に干からびていた。
「香山さん。これはラーメンで詫びられる規模の話じゃ――」
「……替え玉もいいよ?」
「うるっっっっっっさい!!!!」
ついに須崎の敬語が崩れた。ブチギレ素の地声で応戦。
香山はひとり、首をかしげてケロッとした顔。
「……だって、事実じゃん?」
「事実でも、言っていい場所とタイミングがあるだろ!!!!お前さあ!!!国会だぞ!?!?」
絶叫が、控室の空気を見事に爆散させた。
沈黙。凍りつく空気。誰も動けない。
その中で、香山がぽつりと呟いた。
「……じゃあ、次から“嘘つきます”って最初に言っとこっか?」
須崎は無言で資料ファイルを閉じ、深く深く息を吸い込んだ。
「帰れ。今すぐ帰れ。二度と来んな」
「えっ、じゃあラーメンなし……?」
「ラーメンどころか地球から出ていけ!!!」
控室の端で、警察庁幹部のひとりが吹き出して肩を震わせていた。