EP5 『議員会館での謝罪ツアー』
翌日、議員会館のロビー。午前十時。
スーツ姿の須崎透は、真っすぐ前を見据えたまま、内心で深くため息をついていた。
対して隣に立つ香山慎之介は、同じく黒スーツながら、袖口をいじったり、天井のライトを眺めたりと、明らかに“やる気”とは無縁のテンションである。
「……これから、一人ずつ謝って回るぞ。お前は喋るな。絶対に、だ」
須崎が低く言い渡すと、香山は「え〜」と唇を尖らせた。
「僕にもさぁ、一回くらい謝罪チャンスちょうだいよ〜? 須崎ばっか、ずるい」
「ずるいってなんだ。お前が撒いた火種だろうが」
「え〜〜、じゃあ顔だけ出す〜。須崎、がんばってぇ〜」
軽く指でピースサインを作りながら、香山はにやにやと笑った。須崎の胃が、きゅうっと痛んだ。
一軒目は、財政委員長の部屋だった。重厚なドアをノックし、秘書の案内で入室。
部屋の奥には、七十を越えた強面の男性議員。武骨な眉と厚い胸板の持ち主で、その眼差しは獣のように鋭い。
「このたびは、我々の不手際により、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
須崎が深く頭を下げた。議員はしばし無言で彼を見下ろし、やがて低い声で「まぁ……気にしとらん」と返す。
「ワシも若い頃は、色々やらかしたもんじゃ」
その言葉に、香山がすっと顔を出した。
「委員長も、領収書に書けない系の伝説、いろいろお持ちだったりするんですかぁ?」
「香山ァァァァァァァ!!」
思わず須崎が叫ぶ。が、当の委員長は、肩を揺らして笑った。
「ハッハッハ、若いのぉ……!」
須崎は混乱したまま頭を下げ直した。……なぜか、許されたらしい。
二軒目は、厚生労働副大臣の執務室。
優しそうな女性議員は、須崎の謝罪を静かに聞き、柔らかく微笑んだ。
「大丈夫ですよ、そんなに気になさらず。香山さん、また今度ご一緒にランチでもいかが?」
「やったぁ!牛丼チェーンとかでいいですかぁ?」
香山が本気で喜んでいるのを見て、須崎は思った。
(……この人、扱い方間違えると国が滅ぶな)
三軒目は、防衛大臣の元へ。
扉が開いた瞬間、空気が変わる。筋骨隆々、超絶マッチョ。まるで巨大な岩のような人物が、無言でこちらを睨んでいた。
「……ほう。香山君、“機密”という言葉の意味、分かるか?」
低く、重い声。まさに軍人のそれだった。
「国が隠したいことですよねぇ? でも、国民の知る権利もあるし〜」
香山の笑顔が、今にも溶けそうな空気をさらに煽る。
防衛大臣が、一歩、また一歩と迫る。
須崎は慌てて香山の前に立ちふさがり、頭を下げた。
「す、すみませんっっ!! すぐ訂正いたしますッッ!!」
香山は小さく呟いた。
「……こわ……」
その後も数軒を回り終え、二人はようやく議員会館の前に出た。夕方が近づいており、冷たい風がネクタイの下をすり抜けていく。
須崎の足取りは、重かった。
香山は、片手にアイスを持っていた。何食わぬ顔で、スタスタ歩いている。
「……お前、反省してるか?」
須崎がようやく言葉を吐く。
香山はあっけらかんと笑った。
「してるよ〜。“須崎が頑張っててえらいな〜”って思った」
その瞬間、須崎は心の底から、こいつを殴りたいと思った。
「……お前のせいで、俺の寿命が十年は縮んだわ」
「え〜、まだまだ働いてもらうんだから、縮まないでねぇ?」
香山の笑顔は、どこまでも無邪気だった。
須崎は思った。
(……こいつだけは、絶対に手綱を離すな)
──地獄のような謝罪行脚の一日が、ようやく終わった。
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胃が痛い須崎の心がちょっと救われます(作者のも)
香山はまだまだ喋ります。止まる気配がありません。