EP2 『チェックイン、それは地獄の入口』
駅前のホテル。官庁御用達の、可もなく不可もない宿だった。
だが──フロントで渡されたカードキーを見た瞬間、須崎は思考を止めた。
「……本当に一室だけ、ですか?」
カードには“ツイン1室”の印字。
横から覗き込んだ香山が、いつもの調子で言った。
「え〜? だって宿がどこも埋まってて。もうツインしか残ってなかったんだよね〜」
「その時点で部屋を分けろ。なぜ踏みとどまらなかった」
「ツインって“二人用”でしょ? 経費も節約になるし〜。僕、合理的〜」
香山は悪びれる様子ひとつなくカードを受け取ると、さっさと部屋へ向かう。
須崎は、まるで地雷原に踏み込むような足取りでその背を追った。
(コイツ……“正論”を地雷の包装紙にしてくるのが一番タチ悪い……)
部屋のドア前。香山がカードキーをタッチ。
開いたドアの向こうを見た瞬間、須崎の顔が止まる。
「……ダブルベッド、じゃねぇか」
「え? うそ、あ……ほんとだ……」
香山はあっけらかんと笑った。
「ま、ベッド広いし寝るだけでしょ? ね、須崎くんどっち側がいい?」
「私は“別室派”です!!!!」
香山はすとんとベッドに腰を下ろし、足を組んだ。
靴を脱ぎながら、にこにこしながら、さらりと爆弾を投下する。
「……ねえ、須崎くん。“観察”って、意外と夜が一番楽しいんだよ?」
「犯罪者の発言やめろ!!!」
須崎は荷物をソファに投げ、自らの寝床を確保。
香山はベッドの上から、楽しげにその様子を見ていた。
しばらくして、不意に声を落とす。
「……ほんとに、僕と同じ部屋って嫌?」
「あなたは“人として越えちゃいけないライン”がない。それが嫌なんですよ」
「へぇ……でも、ライン引かれるのって、ちょっと好きかも」
「その性癖も業務に支障出てるからな!!」
こうして、公安の“業務出張”は、国家規模の地獄一丁目へと突入した。
やにもなかった──そのはずなのに、
まだ体のどこかに、あの夜の熱が残っている。
触れていないのに、どうして、こんなに苦しい。




