EP1 新幹線、それは逃げられない密室
警察庁では、出張とは“逃げられない任務”の隠語である。
──警備企画課の課長補佐、香山慎之介が同行する場合、特に。
「ねえ須崎くん、窓側と通路側どっちが好き? 僕、須崎くんの方に倒れたいから通路がいいな〜」
「私が乗るのは新幹線であって、起爆装置じゃないんですけど」
午前7時45分、東京駅の新幹線ホーム。
警察庁警備局警備企画課、香山慎之介(28)と須崎透(30)は、北陸某県への出張に向かっていた。
本来なら、ただの業務出張。
だが──須崎はすでに、胃の奥に鈍い痛みを覚えていた。
「はい、今日のホテルの予約確認〜。出張費で抑えたから〜」
香山がひらひらと差し出した予約表に、須崎の手が止まる。
「……“ツイン1室”って、同室ってことですか?」
「そう〜。この時期どこも満室でね。ツインなら問題ないでしょ? ベッド、別だし〜」
「問題しかありません。あなたと同じ空間で眠れる人類は、いません」
「え〜〜? 須崎くん、寝相良さそうだし。じっくり観察できそうで楽しみ〜」
「それ犯罪予告って知ってますか!!」
背後のサラリーマンが咳き込み、親子連れが音もなく離れていった。
(最悪だ……この男と数時間、密室。しかも、泊まり……)
須崎の精神は、乗車前から“車内警戒モード”に突入していた。
──だが。
「ねえねえ、見て。僕の荷物、須崎くんと色違い〜」
香山が掲げたボストンバッグを見て、須崎の動きが止まる。
「……おい、それ俺が先月買ったやつの色違い……なんで知ってる」
「Amazonの“あとで買う”に入れてたでしょ? あれ参考にした〜」
「俺の買い物履歴を解析すんな!!!」
「でもさ、ペアに見えてよくない?」
「ペアって言うな!!!国家公務員にあるまじき発言だ!!!」
香山はにっこり笑って、楽しそうにバッグを抱えた。
読者よ、届け。
これは公安の出張でありながら、国家規模の地雷である。
【次回予告】
同じ部屋、ひとつのベッド。
シーツ越しの沈黙に、息が熱を帯びていく。
──「ねぇ、本当に“寝るだけ”でいいの?」
次回、「ダブルベッド、それは公安の沈黙。」




