表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したので、理想のメイドを集めていたら最強の軍団になっていた件!  作者: 廿日 皐月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/51

第48話『貴族社会の洗礼』


 王城の奥、巨大な双扉の前に立った瞬間――

 胸の鼓動が、いやでも強くなった。


 重厚な石造りの壁はひんやりと冷たく、天井はどこまでも高く伸び、

 脇に控える衛兵たちは彫像のように動かない。

 王都の中心にそびえるこの城は、外観だけでも圧巻だったが……

 内部はそれ以上に、空気そのものが格を持って迫ってくる。


 ――そして僕は、ついにその“最奥”へ来てしまった。


 ――あれから一週間。


 エリーゼによる礼儀作法の特訓は、もはや地獄以外の何物でもなかった。

 歩き方、姿勢、呼吸、言葉の抑揚――気の緩む瞬間など一度もなく、

 最後のほうは寝返りをうつ時でさえ「背筋……!」と意識してしまうほどだった。


 ……ニアが“あわれむような目”で見ていた理由が、今はよく分かる。


 今日は叙爵式当日。

 王城は規律が厳しく、万が一にも騒ぎを起こすなど論外だ。


 ――ニア、セラ、プルメア、それにネーヴェさん。

 誰が悪いわけでもないけれど、全員でこの場に来れば“何かが起きる”未来は簡単に想像ができる。


 そんな事情もあって、今日はみんな屋敷で待機している。


 そして今、僕の隣に立つのは――


「坊ちゃま、まもなくです。準備はよろしいですか?」


 儀礼服の襟をそっと整えながら、

 穏やかな声音で寄り添うエリーゼただ一人。


「深呼吸を。胸を張って、正面をまっすぐご覧くださいませ」


 言われるままに息を吸い、背筋を伸ばす。

 ――そういえば、この一週間で最も多く聞いたのも、この言葉だった。


 僕の心中を察してか、エリーゼはさらに静かに続けた。


「坊ちゃまの礼儀作法に、もはや不安はございません。どうか胸を張ってお進みください」


「……うん、ありがとう」


 不思議なものだ。

 エリーゼに言われると、それだけで緊張が少し和らぐ。


 その時――


「クラウス・フォン・ヴァイスベルグ様、入場を」


 衛兵の声が高く響き、巨大な双扉へ手が掛かった。


 重い扉がゆっくりと押し開かれていく。


 差し込む光の向こうに、深紅の絨毯がまっすぐ伸び、

その先に広がる荘厳な大広間の全景が、ゆっくりと姿を現した。


 幾十もの視線が、同時にこちらへ向けられる。

ざわりと、小さな波のような気配が広がり――

背後では、エリーゼが静かに一礼していた。


 僕は一歩、また一歩と赤い絨毯へ踏み出す。

歩を進めるごとに、大広間のざわめきが少しずつ沈んでいくのが分かった。


 天井には巨大なシャンデリア。

 壁には歴代の王家の肖像画と、グランヘルム王国の紋章。

 左右には、式典に呼ばれた有力貴族たちが整列しており、その視線が、まるで槍の穂先のようにこちらへ向けられている。


……正直、魔物の群れを相手にしたほうが、まだ気が楽だとすら思えてしかたない。


 

赤い絨毯の先――

 玉座の正面、定められた位置まで歩を進める。


 胸を張り、視線は正面へ。

 教え込まれた通りの歩幅、間合い、呼吸。


 そこで立ち止まると、迷いなく片膝をつき、ひざまずいた。


 その瞬間、大広間の空気がぴんと張りつめる。

 貴族たちが一斉に姿勢を正し、視線はすべて玉座へと集まった。


「面を上げよ、クラウス・フォン・ヴァイスベルグ」


 名を呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。


 ゆっくりと顔を上げると、玉座からまっすぐに注がれる視線と出会った。

 この人物こそが、グランヘルム王国の王――レオポルト・グランヘルム、その人だ。

 玉座に腰掛ける姿は、飾り気こそ少ないが、揺るぎない威厳をまとっている。


 肩口まで伸びた金髪は緩やかに束ねられ、積み重ねてきた歳月の重さが、自然とその佇まいに滲んでいた。

 その眼差しは鋭いが、感情を過度に表へ出すことはない。

 だが、見据えられているだけで、こちらの内面までも量られているような錯覚を覚える。


「そなたをこの場に招いた理由――

 それは、北の大森林より出現した“黒き災厄”の件である」


 黒き災厄。

 その名が告げられた瞬間、大広間の空気がわずかに揺れた。


「ヴァイスベルク辺境伯領を襲った黒きドラゴン。

 あれが南下しておれば、王都ですら甚大な被害を免れなかったであろう」


 王はわずかに声を低くし、静かに続けた。

 その言葉には、最悪の事態を踏まえた上で発せられていることが伝わる、確かな重みがあった。


 「その脅威を前に、そなたは身を挺して立ちはだかり、

 みごとこれを討ち果たした。

 十の齢でありながら、その胆力と力――王国の柱たるに足る」


 王は一拍だけ置き、視線を外すことなく続けた。


「よって、そなたに爵位を授ける。

 だがそれは同時に、力ある者なりの覚悟を求めるものでもある」


 その言葉に、僕は自然と背筋を伸ばした。


「クラウスよ。

 その力、その才覚――

 それらが王国の秩序を揺るがすことが、決してあってはならぬ」


 声は静かだった。

 だが、一言一言が重く、逃げ場なく胸に落ちてくる。


「ゆえに王として問う。

 その身、その力――すべてを“王国のために”捧げると誓うか」


 問いそのものは、驚くほど淡々としていた。

 その意味が何であるかは、はっきりと分かっている。


 これは忠誠を確かめるための儀式であり、力ある者を王国の枠に繋ぎ留めるための確認だ。


 だけど――

 ヴァイスベルク辺境伯家に生まれた僕にとって、その覚悟など、今さら問われるまでもない。


 僕は一度、静かに息を整え、

 教えられた通りの所作で、迷いなくひざまずいた。


「……この身が続くかぎり、その力のすべてを王国のために。

 クラウス・フォン・ヴァイスベルグ、ここに誓います」


僕の言葉を受け、王は一度だけ小さく頷いた。


 その仕草ひとつで、大広間に漂っていた空気がわずかに動く。


「よい」


 王が視線を外すと、脇に控えていた侍従が静かに一歩前へ進み出た。  手にしているのは、黒地に金の縁取りが施された小さな箱。


 蓋が開かれ、そこに納められていたものが、王の手に渡る。


「王命により――  クラウス・フォン・ヴァイスベルグを、男爵に叙する」


 王がゆっくりと歩み寄り、僕の前に立つ。


 胸元に、冷たい感触が触れた。


 侍従から渡されたそれは、男爵位を示す徽章。  決して大きくはないが、確かな重みを持っていた。


「これよりそなたは、王国貴族としての責務を負う。  その重みを忘れることなく、歩み続けよ」


 僕は改めて深く頭を下げる。


「……ありがたく、拝受いたします」


 その言葉を口にした瞬間、胸の奥に、言いようのない実感が落ちてきた。


 守られる側ではなく、

 支える側として名を刻まれたのだと。


だが――そこで終わりではなかった。


 玉座の上で、国王陛下がわずかに間を置き、続けて告げる。



「クラウス・フォン・ヴァイスベルグ男爵。

 そなたには爵位に加え、新たな領地を下賜する」


 その言葉が告げられた瞬間、大広間に抑えきれない緊張が走った。


「王都より西の辺境。現在は荒廃が進んでいる地ではあるが、

 王国主導のもと復興を進める予定である。

 そなたには、その一翼を担ってもらう」


 それは栄誉であると同時に、はっきりとした責務だ。

 だが――内容そのものは、すでに想定していた範囲でもある。


 だからこそ、僕は迷いなく返答しようとした。


 ――その時だった。


「――お待ちください、陛下」


 静まり返った広間に、落ち着いた声が割り込む。


 一歩、前へ出たのは侯爵位の貴族。

 整った身なりと、この場に幾度となく立ってきた者だけが持つ、揺るがぬ存在感。


「……なんだ、アーヴィング侯爵」


 玉座から落ちた声は低く、抑えられてはいたが、明確な不快を含んでいた。


「無礼をお許しください、陛下」


 アーヴィング侯爵はそう述べ、形式通りに一礼する。

 だが、その所作に怯えや遠慮はない。

 あくまで“承知の上で口を開いている”――そんな態度だった。


「王国を思えばこそ、あえてこの場で申し上げたく存じます」


 穏やかな口調のまま、侯爵は続ける。


「今回の黒きドラゴン討伐――

 確かに見事な戦果であり、陛下が高く評価なさるのも理解できます」


 一拍。

 その“間”は、明らかに計算されたものだ。


「しかしながら、あの討伐は

 本当にクラウス殿お一人の功績として語られるべきものでしょうか」


 大広間の空気が、わずかにざわめく。


「従者の助力、同行した者の支援、周到に整えられた装備と環境。

 それらすべてを含めての成果であった――

 そのように、私の耳には届いております」


 遠回しだが、意図は明白だった。

 ――功績を一人に帰すのは、過大評価ではないかというこだ。


「男爵位の授与については、異を唱えるつもりはございません。

 若くして武功を立てた者への褒章として、妥当な範囲でしょう」


 そう言ってから、侯爵は視線を上げる。


「ですが――」


 その声に、わずかな鋭さが混じる。


「領地の下賜となれば話は別。

 十歳そこそこの若輩に領地を任せることが、

 果たして王国の益となるのでしょうか」


 その問いは、王ではなく――

 明確に、僕へと向けられていた。


 沈黙が落ちる。


 ここで口を開けば、無礼と取られる可能性はある。

 だが、何も言わずにいれば――

 この評価は、この先もついて回る。


 僕は、ゆっくりと顔を上げた。


「――陛下」


 自分でも驚くほど、声は静かだった。


「発言の許しを、頂けますでしょうか」


 一瞬の間。

 玉座から注がれる視線。


「……許す」


 短く告げられ、僕は一礼し、改めてアーヴィング侯爵へ向き直る。


「ご指摘の通り、討伐は私一人の力では成し得ませんでした」


 言い切ってから、わずかに間を置く。

 否定も反論もせず、まず事実をそのまま受け止める。


「従者の助力も、仲間の支援もありました。

 それらを欠いていれば、結果は違っていたでしょう」


 ここは誤魔化す場面ではない。

 そう判断していたからこそ、言葉に迷いはなかった。


「ですが――」


 言葉を切り、続ける。


「それは、領地を治める立場にあっても同じことではありませんか」


 集まる視線の重さは、はっきりと感じていた。

 それでも、ここで言葉を引く理由はない。


「領主とは、一人ですべてを成す存在ではありません。  人を集め、役割を与え、それぞれの力を活かし、その先で結果を出す。  私は、それこそが領主に求められる在り方だと学んできました」


 言葉を置いたあと、自分でも驚くほど、背筋はまっすぐ伸びていた。

 気負ったつもりはない。ただ、この場で退く必要を感じなかっただけだ。


 視線を下げることなく、侯爵を正面から見据える。


「年齢についてのご懸念も、理解できます。  ですが、だからこそ王国は――  支援を前提とした形で任せる、という判断をなされたのではないでしょうか」


 声は静かで、抑揚もつけていない。

 それでも、その問いは曖昧さを残さず、大広間に落ちた。


 やがて、広間から音が消え、

 アーヴィング侯爵の表情が、わずかに硬くなる。


「……ほう」


 口元に浮かべた笑みは、先ほどよりも薄かった。


 その様子を見下ろしたまま、王が静かに告げる。


「アーヴィング侯爵。

 異論は、それまでとせよ」


 その一言で、場の空気が定まった。


 侯爵は一瞬だけ唇を噛み、すぐに形式通りの一礼を返す。


「……御意」


 声に、隠しきれない悔しさが滲む。

王は玉座に座したまま、静かに視線を巡らせた。


「他の者も聞いての通り――

 クラウス男爵は、すでにその資格と資質を備えている」


 落ち着いた声音だったが、大広間の隅々まで明確に届く。


「無論、領主として完全に独り立ちするには、なお数年を要するであろう。

 それは年齢の問題ではなく、経験の問題だ」


 王は一拍置き、続ける。


「ゆえにこそ、彼は学園に通い、学ぶ。

 王国の制度を、歴史を、統治の在り方を――

 力だけに頼らぬ在り方を、身につけることになる」


 それは説明であり、同時に宣言だった。

 この決定が、衝動でも偏愛でもないことを、王自らが示している。


「王国は、力ある者をただ縛るために爵位を与えるのではない。

 育て、導き、やがて支えとするためにこそ、名と地位を授ける」


 視線が、再び僕へ戻る。


「クラウス・フォン・ヴァイスベルグ男爵。

 そなたはその過程に立つ者として、ここに認められた」


 その言葉で、先ほどまで大広間に残っていた余計なざわめきは、完全に消え去った。

「これにて、叙爵の儀を終わる」


 王の宣言をもって、儀式は正式に締めくくられた。


 玉座を立った王に続き、貴族たちも静かに広間を後にしていく。

 格式ばった足音が、赤い絨毯の上を淡々と遠ざかっていった。

  

 向けられる視線は、実にさまざまだ。  興味、警戒、計算――そして、あからさまな好意ではない感情。


 誰も何も言わない。  けれど、この場に立った瞬間から、すでに品定めは始まっていたのだと分かる。


 その中で、アーヴィング侯爵もまた、何事もなかったかのように通り過ぎていった。


 ほんの一瞬だけ交わった視線。  そこにあったのは、笑顔でも敵意でもない、冷えた距離感だった。


 ……なるほど。


 これは「終わり」ではなく、「始まり」なのだ。


 気がつけば、広間には僕だけが残されていた。


 つい先ほどまで、国王の声が響いていた場所。  今は、やけに静かで広い。


 男爵になった実感は、まだあまりない。  ただひとつはっきりしているのは――


 貴族社会は、やっぱり面倒そうだ、ということだ。


 魔物相手なら、強さがすべてだ。  だがここでは、言葉と立場が武器になる。


 ……まったく。


 学園生活の前に、こんな予習が必要になるとは思わなかった。


 僕はひとつ小さく息を吐き、静まり返った玉座の間を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ