第46話『王都別邸でまさかの再会!?』
王都の貴族街へ足を踏み入れた瞬間、空気の質そのものが変わったように感じた。
通り沿いに並ぶ邸宅はどれも丁寧に整えられ、白壁は汚れひとつなく陽光を柔らかく弾き返している。
磨き上げられた窓枠の金具は、風に揺れる植栽の影を映してきらりと光り、彩り豊かな花々は規則正しく並んでは穏やかに揺れていた。
整然とした景観は静かな気品に満ち、まるで街そのものがひとつの大きな屋敷のようですらある。
そんな中を進む、旅の埃をまとった僕たちの馬車は――どこか、やけに場違いに見えた。
「はぁぁ〜……つかれたにゃぁ……」
馬車の中で、ニアが糸の切れた操り人形みたいに座席へ沈み込み、ぐでん、と体を預けた。
陽光の差し込む窓際で、ぺたんと倒れた猫耳が疲労を物語っている。
「気持ちは分からんでもないが、むしろ“着いてからが仕事の始まり”だということを忘れていないか?」
セラが、軽く腕を組んだまま横目で言った。
その声音はいつもの無愛想さを保っているが、ほんの僅かに苦笑の気配が混ざっている。
「ニャ!?」
一気に現実へ引き戻されるようにニアの耳が跳ね上がった。
その横で、プルメアが微笑を浮かべながら言葉を添える。
「ふふふ、ニアさん。私たちはメイドですよ?
お屋敷のお仕事がありますので……ここからのほうが忙しいかもしれませんね」
「ニャーーーーーーーーッ!!無理ニャーーーー!」
ニアの嘆きが馬車いっぱいに響き渡った。
伸びきった叫び声は、旅路の疲労と絶望をこれでもかと表現している。
「戦闘もしてるのに、家事までさせるなんて……
メイドって……いったいなんなのニャ……」
そのぼやきに、セラが肩をすくめる。
「それは同感だ。だが、この変態に捕まったのが運の尽きと諦めるしかあるまい」
ぴたり、とセラとニアの視線が同時に僕へ突き刺さる。
“自覚しろ”とでも言いたげな、冷たく鋭い視線。
――でゅふ。悪くない。
「まぁ……でも、さすがに旅の疲れもあるだろうし、最低限の掃除だけして、今日は早く休もうか」
僕は苦笑交じりに現実的な妥協案を出す。
ニアはほっとして耳を倒し、セラは肩を竦め、プルメアは微笑んだ。
そんな他愛ない会話を交わしているうちに、馬車はゆっくりと速度を落としはじめた。
「……着いた」
手綱を握っていたネーヴェさんが、淡々とした声で告げる。
その言葉に僕たちは自然と窓の外へ視線を向けた。
そこには――ヴァイスベルグ家の王都別邸が静かに佇んでいた。
本家と比べれば規模は控えめだが、丁寧に手入れされた外観は端正で、古いながらも落ち着いた趣がある。
正面の庭には季節の花が咲き、石畳の道は隅々まで掃き清められていた。
――十分すぎる。
ここなら、王都での生活も悪くない。
馬車が止まり、僕は最初に地へ降り立った。
石畳の感触が靴越しに伝わり、長かった旅路の終わりをようやく実感させる。
「さて……それじゃあ荷物を――」
声を出しかけた、その瞬間だった。
――ガチャリ。
不意に、静かな別邸に扉の開く音が落ちた。
「……え?」
誰もいないはずだ。
その違和感に、僕たちは一斉に視線を玄関へ向けた。
陽光が差し込む明るい玄関口。
開いた扉の中央に――
一人のメイドが、深々と頭を下げて立っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
その声音、姿勢、佇まい。
忘れようとしても忘れられない、僕にとって特別な存在の気配。
ゆっくりと彼女が顔を上げた瞬間、胸の奥が強く跳ねる。
「エリーゼ!!」
気づいた時には、もう走り出していた。
体が勝手に前へ飛び出すほど、胸の奥から溢れた衝動は強く、速かった。
長い旅の疲れも、緊張も、何もかもが一瞬で吹き飛ぶ。
ただ彼女の姿を見たその瞬間――抑えきれなくなった。
僕は勢いそのままに、エリーゼの胸元へ飛び込んでいた。
、
「もう、会えないかと……っ!」
零れた声は震えていた。
その背に、そっと優しい手が添えられる。
「ご安心ください。エリーゼは坊ちゃまから離れませんよ」
その温かいひと言に、胸の奥の固さが一気に溶けていく。
「じゃ、じゃあ……なんで出立のときに居なかったの? というか、なんでここに……?」
嬉しさのあまり、思考が追いつかない。
エリーゼは微笑を浮かべ、落ち着いた声で答えた。
「こちらの別邸を整えるため、旦那様より許可をいただき、先に参っておりました。 ……心配をおかけしたようで、申し訳ございません」
安心が胸いっぱいに広がる――が。
「ご主人様も意外と子どもっぽいところがあるのニャねぇ〜?」
背後から、にししっと口角を上げて馬鹿にするように笑うニア。
完全に“弱みを見つけた”という顔だ。
「――馬鹿猫。サボってないで荷物を運べ」
「にゃ!? だからその“馬鹿猫”っていうのやめるにゃー!」
セラのツッコミが鋭く入り、ニアが情けない声を上げて荷物へ走る。
その間に、エリーゼが一歩前へ進み、丁寧に一礼した。
「皆様、本当にお疲れ様でございました。 屋敷の準備はすべて整えております。荷物を運び終えましたら、どうぞそのままお休みください」
「ニャーー! やったニャー! 持つべきものはメイド長ニャー!」
ニアが全身で喜びを表現していた。
両手は空へと伸び、尻尾は全力で左右に振られ、まるで“勝利の舞”でも踊っているようだ。
……が、その浮かれ方ニアにあえて僕は水を差す。
「ニアはエリーゼのお手伝いだよ」
「――にゃっ!? なんでにゃ!?」
喜びのポーズのまま固まるニア。
耳がピンッと立ち、尻尾がぴたりと止まる。
「僕は“子供っぽい”らしいからね。
これくらいの仕返しは、許されるよね?」
「ニ、ニャ……!? あ、あれはその……! その場のノリだっただけで……!」
顔はひきつり、声は裏返り、尻尾は完全にしぼんでいる。
わかりやすく動揺しているニアに、僕はゆっくりと微笑んだ。
「感動の再会を茶化した罰だよ」
にこり、と穏やかに言い放つと――
「……自業自得」
ネーヴェさんの冷静な一言が、まるでトドメのように落ちた。
「だな」 「ですね」
セラとプルメアまで静かに頷き、
ニアの味方は見事にゼロとなった。
「なんでこうなるのニャーーーーーーーー!!」
貴族街の静寂を破って、ニアの絶叫が見事に響き渡った。
石畳に反響し、小鳥が驚いて飛び立つほどの全力ボイス。
……でも、そんな騒がしさすら心地いい。
こういうやり取りこそ――
僕たちの“いつもの日常”なのだから。




