第45話『王都グランディア』
雲ひとつない青空がどこまでも広がっていた。
陽光はやわらかく降りそそぎ、風は涼しく頬を撫でていく。
小鳥のさえずりが馬車の揺れに混じり、穏やかな空気が流れていた。
そんな晴れ渡った風景の向こう――
ついに、王都を囲む巨大な城壁が姿を現した。
陽光を浴びて淡く光る灰色の石壁は、遠くからでも圧倒的な存在感を放ち、まるで大地そのものが形になったように堅牢だ。
そのシルエットが近づくにつれ、周囲には徐々に人の気配が増え、空気さえ賑やかになっていく。
城門前は、朝の市のように活気づいており、商人が荷を広げて検査を受け、衛兵に身分証を示す旅人が列を作り、子どもを抱えた家族が順番を待ちながら微笑み合っている。
車輪のきしむ音、呼び声、笑い声――さまざまな音が石畳の上で入り混じり、陽気な雑踏が広がっている。
王都へ続く巨大な門は、まさに“国の玄関口”という言葉がふさわしいほどの賑わいで、見ているだけで胸が少し高鳴る。
でも――僕たちは、あの列に並ぶ必要はない。
貴族用の門が別に設けられており、ヴァイスベルグ家もそちらを使う権限がある。
「えっと……たぶん、あそこだよね」
僕は手綱を引き、城壁沿いの側道へ入る。
重厚な木製の扉の前では、衛兵が二人、槍を構えて立哨していた。
一人がこちらへ歩み寄り、馬車の紋章に視線を走らせる。
「失礼します。こちらの紋章は……」
見慣れないのか、眉を寄せてしばし観察していた。
まあ、辺境伯である父上ですら王都に来ることは滅多にない。
ヴァイスベルグ家の紋章を見たことがない衛兵がいても仕方ない。
「あ、あの……ヴァイスベルグ家です。僕はクラウス・フォン・ヴァイスベルグと申します」
名乗った瞬間――
衛兵の目が、まるで音を立てるみたいに見開かれた。
「ク、クラウス・フォン・ヴァイスベルグ様……!?
ということは……ま、まさか……あの“神童”で、“ドラゴンスレイヤー”の……!」
門前に裏返った声が響く。
もう一人の衛兵まで駆け寄り、ひそひそ声のつもりで――全然ひそひそになっていない声量で叫んだ。
「お、おい……本物だぞ! 本物のドラゴンスレイヤーご本人だ……!!」
「……え?ド……ドラゴンスレイヤー?」
思わず瞬きをしてしまう。
黒竜を倒したことが広まっているのは聞いていた。
だが――まさか“ドラゴンスレイヤー”なんて二つ名まで付けられているとは思ってもいなかった。
僕ひとりの力じゃないのに……と、なんだかこそばゆいような、落ち着かない気持ちになる。
「あ、あはは……まあ、その……はい」
どう返すのが正解なのか分からず、曖昧に笑うしかなかった。
「まさか直接お会いできるとは……なんという幸運……!
あっ、しかし……その……なぜご自身で手綱を?」
たしかに、普通は貴族が手綱を握ることは滅多にないだろう。
けれど、これには仕方ない理由がある。
「実は途中で荷物が増えまして……」
僕は苦笑しつつ後ろを振り返る。
そこには三台の荷馬車が続いており、
セラ、ニア、ネーヴェさんがそれぞれ手綱を握っていた。
「ずいぶんと大荷物ですね。一応、規則ですので……荷馬車の確認をさせていただきますが、よろしいですか?」
「あ、はい、それはもちろん大丈夫なんですが……実は――」
本当は“中身の説明”をしたかった。
だが、衛兵は話を最後まで聞かず――
「安心してください! 形だけですから、すぐ終わりますよ!」
と、にこやかに親指を立て、そのまま軽快に荷台へ向かっていった。
……嫌な予感しかしない。
そして、予感はすぐに的中する。
「──っ……ひゃあああああああああッ!?」
王都の門前に、肺が裏返るような悲鳴が響き渡った。
まあ、当然だ。
三台の荷馬車の中身は、昨日捕らえた野盗たち。
手足を縛り、口も塞ぎ、逃げないようにしてある。
なにも知らずに布をめくったら――
そりゃ悲鳴も出る。
衛兵は尻もちをつき、ガタガタ震えながらこちらを指差した。
「な、ななな……な……なんで……っ! なんで人が……ひぃっ……!」
「なーにビビってるニャ!」
「王都の衛兵は、捕らわれた野盗にすら震え上がるのか?」
セラとニアが、わざと聞こえる声で煽る。
衛兵はさらに青ざめ、言葉も出なくなっていた。
そんな中、もう一人の衛兵がこわばった顔のまま一歩前に出て、
ビシッと敬礼した。
「ク、クラウス様……その……こ、こ、これは……いったい……どういう状況なのでしょうか……!」
本来なら最初に説明しておきたかったのだけど――
まあ、こうなってしまっては仕方ない。
「実は、王都までの道中でこの野盗たちを見つけまして。
獣人の子どもたちを違法に奴隷として捕らえていたようなので、ついでに捕まえてきたんです。
その……引き渡す場所も無かったので、そのままここまで連れて来たというわけです」
「ついで……ですか……」
衛兵は苦笑いしながらも、すぐに姿勢を正した。
「事情は分かりました。
では、この者達はこちらで身柄を引き取らせていただきます。
王都へ連行したのは判断として正しいです。感謝いたします」
「助かります。
それと――この子たちなんですが」
僕はそっと馬車の扉を開けた。
中には、プルメアに寄り添うようにして座る六人の獣人の子どもたち。
年の頃は五歳前後だろうか。
小さな尻尾や耳が不安げに揺れ、こちらをおそるおそる見上げてくる瞳には、怯えと、ほんの少しの安心が混じっていた。
「獣人の……子、ですか」
衛兵は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
困惑というより、どう扱うべきか迷っている顔だ。
「本来なら……冒険者ギルドか、街の保護院に預けることになります。
ですが、この人数となると……まずは上に報告して指示を仰ぎます。
安全な場所に保護されることだけは、ご安心ください」
その言葉に、子どもたちがほっと息をもらした。
プルメアも安堵したように微笑む。
「ありがとうございます。
この子たちが安心できる場所に行けるなら、それで十分です」
衛兵は深く頷くと、改めて敬礼した。
「クラウス様……本当に、ご協力感謝いたします。
あなた方がいなければ、この子たちは――」
「いいえ。助けられたのは、僕ひとりの力じゃありません」
振り返れば、セラは腕を組んだまま凛として立ち、
ニアは胸を張って堂々と、
ネーヴェさんは静かに子どもたちへ目を向けていた。
「みんながいたから、救えたんです」
衛兵は言葉を失ったように胸へ手を当て、深く頭を下げた。
そうして野盗たちと子どもたちを衛兵へ引き渡した僕らは、再び馬車へ戻る。
――このまま王都の貴族街へ入り、ヴァイスベルグ家の別邸へ向かうのだ。
ネーヴェさんが手綱を握り直し、馬車が動き出したそのとき。
「それにしても、お前のことだ」
セラがちらりとこちらへ視線を寄こしながら言う。
「さっきの子どもたちを“メイドにする”などと言い出すのではないかと危惧していたが……どうやら自重したようだな」
「まぁ、流石にね?」
実のところ、ほんの一瞬だけ頭をよぎったのは否定しない。
けれど、まだ幼すぎるうえ、これから先は王都での手続きや学園準備で忙しくなる。
僕らだけで面倒を見るのは現実的じゃないのだ。
「ご主人様がド変態なのは知ってるニャけど、
あの子達をメイドにしたら、ドン引きどころじゃすまないニャ」
「いや、だからそんなことしないってば!」
後ろでプルメアが、ふんわり微笑みながら静かにうなずく。
「ご主人様は優しい方ですから、大丈夫ですよ。
……でも、少しだけ心配はしました」
「プルメアまで!? 僕をなんだと思ってるの!?」
「メイド好きのド変態ニャ」
「でゅふっ……」
そんな僕の声に、馬車の中へくすくすと笑いが広がった。
つい先ほどまで張り詰めていた空気が、ようやくいつもの調子へと戻っていく。
城壁をくぐれば、そこには広大な王都の街並みが広がっていた。
陽光を受けて白く光る塔、きめ細かな石畳、並ぶ屋根の向こうには、人々の活気。
これから始まる、新しい日々。
胸の奥がふわりと高鳴る。
――王都の空は気持ちいいほど晴れ渡り、長い旅の疲れさえどこかへ吸い込んでしまうように澄みきっていた。




