第39話『王都からの手紙』
お久しぶりです、廿日皐月です。
一度完結していたこの物語ですが、少しだけ嬉しいきっかけがあり、再び筆を取ることになりました。
詳しくはまだお話しできませんが、作品にとって新しい風が吹き始めています。
その流れとともに、クラウスたちの物語ももう少し先へ。
更新はゆっくりになりますが、これまでと変わらず、楽しみながら書いていけたらと思います。
これからの物語も、温かく見守っていただけたら嬉しいです。
執務室を訪れた僕は、深く息を吸い込んでから扉を開けた。
中では父上がいつもの椅子に腰を下ろし、何通もの書状に目を通していた。机上には、グランヘルム王国の紋章が封蝋に刻まれた一通の文書が置かれている。
その光景を目にした瞬間、胸の奥に、ぼんやりとした不安が広がった。
「来たか。……座れ、クラウス」
父上は顔を上げ、落ち着いた声でそう告げた。促されるまま椅子に腰を下ろすと、父上は書状の一つを手に取りながら、静かに言葉を紡ぐ。
「王都から手紙が届いた。クラウス、お前宛だ」
耳に届いたその言葉が、すぐには意味を成さなかった。
「……僕に?」
思わず問い返すと、父上は無言で頷き、机の上に置かれていた一通の文書を手に取って僕の前へ差し出した。
封蝋に刻まれたグランヘルム王国の紋章。重厚な羊皮紙の質感。差出人の威厳が、それだけで伝わってくる。
「……封を切れ、クラウス」
僕は静かに頷き、慎重に封を解いた。
文書を広げると、最初に目に飛び込んできたのは、間違いなく僕の名だった。
《クラウス・フォン・ヴァイスベルグ。貴殿の武勲を讃え、新たなる爵位と、領地の授与をここに命ずる――》
数行目まで目を走らせたところで、思わず顔を上げた。
「爵位……と、領地……?」
呆然と漏れた僕の声に、父上は静かに頷く。
「あぁ、そうだ。国内でのお前の評価は、すでに“英雄”になりつつある。
黒竜を討ったという武勲は、民衆の心に深く刻まれた。――その英雄に、何の報奨も出さぬわけにはいかぬのだ」
そこで父上は、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
視線が、僕ではなく、机上に置かれた地図の一点を見つめている。
「……正直、親としては、少し早すぎる気もするがな」
低く漏らしたその声は、どこか遠い響きを帯びていた。
けれど次の瞬間には、いつもの威厳ある表情に戻り、穏やかな笑みを浮かべる。
「だが――誇らしいことに違いない。……お前はよくやった、クラウス」
その言葉に、胸の奥がじんと熱くなる。
父上の声音はいつになく穏やかで、そこには領主としてではなく“父”としての感情が滲んでいる。
「ですが、僕はヴァイスベルグ家の嫡男ですよ。いずれは父上の家督を継ぐものとばかり思っていましたが……」
父上は小さく息を吐き、微笑を浮かべたまま静かに首を振る。
「心配はいらん。お前に家督を譲る時には、領地も爵位もすべて引き継ぐことができる」
「そうなんですか?」
「あぁ。貴族の子が家督を継ぐまでの間、自身の爵位を与えられることは、珍しいことではない。
――もっとも、お前のことだ。我が家の爵位など、いずれ自分の力で得てしまいそうだがな」
その声音には、冗談めかした軽さの裏に、確かな誇りがあった。
「……はは、それは買いかぶりすぎですよ、父上」
そう返しながらも、胸の奥に灯るものがある。
それは、子として――そして一人の人間として、父に認められたことへの、言葉にできない温かさだった。
「しかし、爵位はともかくとして……さすがに領地まで頂くのは、どうなのでしょうか?
僕はまだ十歳ですし、領地の経営など、とても務まるとは思えないのですが」
前世の知識があるとはいえ、領地経営など経験があるはずもない。
――突然領地を与えられたところで、不安しかない。
「まったく、そのように物事を考えられる時点で、十歳とは思えないのだがな」
その言葉に、思わず苦笑いがこぼれる僕の顔を見て、父上はふっと目元を和らげた。
「――安心しろ。そのあたりも、きちんと考えられている」
「どういうことでしょうか?」
「クラウスに与えられる領地は、王都グランディアより西の辺境――つまり、魔王領との境にある辺境の地だ。
かつて戦の折に放棄された土地でな、今も荒れ果てたままになっている。
一応、建物や街の跡地は残っているが、再建には時間がかかる。
そこでまずは、王都の管理下で基盤を整えることが決まっている。……つまり、実際にお前が治めるようになるまでには、数年の猶予があるというわけだ」
「数年……というと、その間、僕はどうすれば?」
「お前には、王都にあるローデンベル王立学園へ通ってもらう」
「ローデンベル王立学園ですか!?」
ローデンベル王立学園――そこは、グランヘルム王国でもっとも格式と権威を誇る教育機関。
貴族の子弟はもちろん、騎士候補や優秀な平民までが集う、まさに“未来の王国を担う者たち”の学び舎だ。
剣術、魔法、礼法、政治、経済――
貴族としての知識と教養、そして人を導く力を磨く場所でもある。
そこでは血筋よりも実力と品格が重んじられると聞く。
僕がそこへ通うということは、つまり――
領主としての礎を築けということだろう。
「ですが、学園はたしか十二歳からのはずでは?」
父上は口元にわずかな笑みを浮かべた。
「例外というものは、どこの世界にもある。
黒竜を討ち取った十歳の少年を、門前払いするような学園ではないさ。」
軽く肩をすくめる父上の表情に、わずかな誇らしさがにじむ。
「……なるほど。つまり、学園に通いながら、領地の整備が進むのを待てということですね」
「あぁ。そういうことだ。
学問を修め、人脈を築き、将来の糧とするには――ちょうど良い時期だろう。」
父上は静かに立ち上がり、窓の外を見つめる。
その背中に、長年領地を守ってきた者の重みがあった。
「それにしても……まさか魔王領との国境沿いとは……。」
数年先のこととはいえ、プルメアの件もあるし、正直、あまり近づきたい場所ではない。
けれど、それを口にするわけにもいかず、僕は苦笑を浮かべた。
「黒竜を討った実力者を置くことで、万が一魔王軍が攻めてきた時の“保険”という打算もあるだろう。
だが、ヴァイスベルグ家にとっても悪い話ではない。」
父上はそう言って、窓の外――遠く西方の地平を見つめた。
「北の大森林を我が領が守り、そして西の荒野をお前が治める。
やがてお前が家を継げば、その二つはひとつの防衛線として繋がる。
結果として――王国の北西は、すべてヴァイスベルグ家の庇護下となるのだ。」
「……なるほど。ヴァイスベルグ家の存在感も、さらに高まるというわけですね。」
「そうだ。王国は我らを頼り、我らはその信頼を力とする。
それがヴァイスベルグ家の在り方であり、誇りでもある。」
父上の声音には、長年一族を導いてきた者の重みがあった。
僕はその背中を見つめながら、静かに息を吐く。
正直、僕の理想の専属メイドたちに囲まれたここでの生活が、もう少し続けばいいと思っていた。
けれど、ヴァイスベルグ家のため、そして領民のために貴族としての務めを果たさなければならない。
それに、学園生活も少し楽しみでもある。
神童とまで謳われてはいるが、僕の魔法は父上から基礎を学び、あとは魔導書を読み漁って身につけた――いわば独学の産物だ。
だからこそ、王立学園という正式な教育機関で学べば、新たな理論や未知の魔力体系に触れられるかもしれない。
それを思うと、胸の奥が少しだけ高鳴る。
――だが、何より楽しみなのは。
人と情報が集まる王都なら、“理想のメイド候補”が見つかるかもしれないということだ。
それに、与えられた領地は一から再建されるという。つまり――誰を住まわせ、どんな街を作るかは、すべて僕次第。
ならば、ひとつの結論に行き着く。
僕の理想の街――いや、メイドの理想郷を作ることも可能なのではないか!?
その光景を思い描くだけで、口元が勝手に緩んでいく。
街の通りにはメイドたちが行き交い、紅茶の香りが風に乗って漂い、
喫茶店の扉を開けば笑顔のメイドたちが一斉に「お帰りなさいませ」と迎えてくれる。
整然とした制服、柔らかな微笑み、完璧な礼法――まさに理想の秩序が支配する街。
――そう、まるで前世で通い詰めた街、秋葉原のような世界だ。
教育、雇用、癒し、娯楽。
そのすべてをメイドで満たした都市。
その中心に、僕が座して紅茶を啜る。……完璧だ。
「でゅふ……ふふふ……ふふふふふ……!」
気づけば、声が漏れていた。
「……クラウス?」
父上が眉をひそめる。
「い、いえっ! なんでもありません父上っ!」
慌てて背筋を伸ばす僕を見て、父上は深いため息をひとつ。
「……お前が本当に学園で学ぶべきは、“落ち着き”かもしれんな。」
「はは……善処します……」
そんなやり取りのあと、父上はふっと口元をほころばせた。
その笑みには、呆れと――それでも息子に寄せる確かな期待が滲んでいた。
――こうして僕の王都行き、そして“新たな野望”が静かに幕を開けたのだった。




