第38話『特殊なメイド事情』
戦いが終わり、街に平穏が戻ってから数日。
屋敷の中にも、ようやく穏やかな日常が戻ってきていた。
廊下を歩けば、開け放たれた窓から柔らかな陽光が差し込み、庭先では花々が風に揺れている。
季節は確かに移ろい、空気には静けさと温かさが混ざっていた。
けれど――その日常の中に、一つだけ、明らかに“異質”な変化がある。
「紅茶できました。……プルメア様」
完璧に仕立てられたメイド服に身を包んだネーヴェが、湯気の立つティーカップをプルメアへと差し出す。
銀の髪は一房たりとも乱れておらず、動作は一糸の乱れもない。
仮面も剣も帯びていない彼女は、まるで最初からこの屋敷の一員であったかのように、当然のようにそこに立っていた。
「あ、ありがとう……ございます」
プルメアが少し困ったようにそのカップを受け取り、次の瞬間――
「ご、ご主人様……紅茶です」
気まずそうに目を泳がせながら、僕の前にそれを差し出してくる。
「あ……ありがとう、プルメア」
思わず受け取りながら、僕はネーヴェへと視線を向けた。
「ネーヴェさん。僕に直接渡してくれればよかったんじゃ……?」
返ってきたのは、冷ややかに澄んだ瞳とともに放たれる、淡々とした声だった。
「私は、あくまでプルメア様にお仕えしている。あなたのメイドではない。……勘違いしないで」
ジト目で真顔。語気は静かだが、態度は頑なだった。
……でゅふっ。
いや、意味はまったくわからない。わからないが――
このツンとした距離感。変に律儀で、理屈っぽくて、それでいて完璧なビジュアル。
これはこれで……かなり、僕好みのキャラである。
――でゅふふふ。
「まーたご主人様の病気が始まってるにゃ……」
そんな声とともに、ニアとセラが部屋へと入ってくる。
「最近はマシになったかと思えば、やはり駄目か」
セラは冷ややかな目で僕を一瞥し、ため息混じりに肩をすくめる。
その瞳には、まるでゴミを見るかのような容赦なさが宿っていた。
でゅふっ……やはりメイドはこうでなくては!
僕の理想のメイドたちは、今日も容赦なく僕を踏みつけにしてくれる。
――この幸せな日々を、僕はしみじみと噛みしめていた。
……そんな時だった。
扉の向こうから、ノックの音とともに、エリーゼの声が響く。
「クラウス様。旦那様がお呼びです」
その声とともに、扉が静かに開き、エリーゼが一歩、部屋へと足を踏み入れる。
相変わらずの完璧な立ち居振る舞いで、所作のすべてに無駄がなく、控えめながら気品を漂わせるその姿は、まさに理想のメイドと呼ぶにふさわしい。
――かつての僕は、そんな彼女に物足りなさを感じていたこともあった。
完璧すぎて隙がなく、柔らかさや愛嬌のようなものが見えにくかったからだ。
けれど今は違う。
僕のすることなすことを無条件に受け入れ、甘やかし、肯定してくれるその在り方もまた、
確かに、僕の“メイド欲”を満たしてくれる存在なのだと理解している。
「分かった。すぐに向かうね」
そう答えると、僕はカップを置き、軽く身なりを整えて立ち上がった。
ドアノブに手をかけながら、ふと振り返る。
この屋敷には、僕の理想と煩悩がぎゅっと詰まっている。
――こんな日々が、ずっと続いてくれたらいいな。
そう願いながら、僕は静かに部屋を後にした。




