第36話『仮面の奥に眠る声』
黒竜との激闘が終わり、焦げた風が戦場を吹き抜ける。
だが、勝利の余韻に浸る間もなく、僕たちは凍りついたようにその場で立ち尽くしていた。
ネーヴェが、こちらへと歩み寄ってくる。
焼け爛れた地面を踏みしめながら、ゆっくりと――けれど、確かな足取りで。
その仮面には、黒竜の尾によって刻まれた深いヒビが、いまも残っていた。
まるで、いまにも砕け落ちそうなほどに脆く、不安定に見える。
無言のまま、ただ僕たちを見つめている。
感情の読めない視線。だが、そこには妙な圧迫感があった。
今の僕たちに戦う余力など残されていない。
まさか、戦うつもりじゃ――。
僕が言葉を選びかけた、そのときだった。
「……様」
微かに、仮面のヒビから漏れた声が耳に届いた。
――声?
いつもの中性的な声色とは、明らかに違っていた。
無機質さが抜け落ちたような、どこか柔らかい……明らかに、女性の声。
ネーヴェは仮面に手をかけ、迷いなくそれを外す。
現れたのは、銀髪の女性。
整った顔立ちに、落ち着いた瞳。
そして、頭には羊のようにくるりと巻かれた角が伸びていた。
誰がどう見ても、彼女は人間ではなかった。
セラが剣に手をかけ、ニアがわずかに身構える。
だがネーヴェは、そんな二人には目もくれず――ただひたすらに、プルメアを見つめていた。
まるで、この場に他の誰も存在していないかのように。
そして、もう一度――今度ははっきりと、その唇が動いた。
「……魔王様」
その呼びかけは、あまりにも自然で、あまりにも確信に満ちていた。
「……魔王?」
思わず反射的に、僕は聞き返していた。
ネーヴェの視線は揺るがない。真っ直ぐに、プルメアへと注がれ続けている。
まさか、そんな馬鹿な。
僕の従魔で、僕のメイドであるプルメアが、魔王――?
信じられない思いで、僕はおそるおそるプルメアに視線を向けた。
そこには、きょとんとした顔でネーヴェを見据えるプルメアの姿があった。
「……へ?」
ぽつりと漏れたその一言は、どう聞いても“完全に心当たりがない”反応だった。
「そ……そうだよね……」
僕は安堵と混乱が入り混じる中、胸を撫で下ろしながらネーヴェへと視線を戻す。
その瞬間、ネーヴェは手にしていた仮面を静かに落とし、手にしていた剣すらも、その場に落とした。
そして――迷うことなく、プルメアへと駆け出す。
敵意は、ない。それは明らかだった。
むしろその顔に浮かんでいたのは、再会の感動に震える者のそれ。
「ど……どういう状況なの? これ……」
僕たちは混乱したまま、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
ネーヴェはそのまま、プルメアを強く抱きしめる。
「魔王様……やっぱり、生きてた……」
その声は震え、涙をこらえるようにかすかに詰まっていた。
抱きしめられたプルメアは、されるがままに固まり、困ったように僕のほうを見てくる。
「……あの、クラウス様? これ、どうしましょう……?」
きょとんとした声。何も分かっていない、いつものプルメアの反応だった。
なのに――。
彼女を抱きしめるネーヴェの横顔は、まるで、永遠に失ったと思っていたものをようやく取り戻したかのような、安堵と感激に満ちていた。
それは、紛れもなく“本物の再会”の顔だった。




