第3話『猫獣人が好き放題しているので、お仕置きすることにした』
理想のメイドを集める――
そう決意したはいいものの、理想の人材など、そう簡単に見つかるはずもなく。
現実の壁にぶつかり、僕は早々にうちひしがれていた。
「はぁ……いったい、どうすればいいんだ……」
ただ従順で、礼儀正しいだけのメイドでは足りない。
求めているのは、もっとこう――魂を揺さぶる存在だ。
ツンデレ。
ドジっ子。
罵倒系。
あの“メイド楽園”で味わった、極上の属性。
それらを併せ持つ逸材でなければ、僕の理想には届かない。
だが――そんな都合のいい人材が、自ら屋敷の門を叩くはずもない。
仮に現れたとしても、衛兵に門前払いされるのが関の山だ。
――やはり。
「……自分で探しに行くしか、ないよな」
小さく漏れたその言葉に、強い決意はなかった。
あるのは、散々考えた末に行き着いた結論と、少しの諦観だけだ。
僕は机の上に広げた地図へと視線を落とす。
そこには、ヴァイスベルグ領に属する街や村の名が、びっしりと書き込まれていた。
グランヘルム王国北方――辺境に位置するこの領地は、とにかく広い。
普通の貴族なら、大きな街を一つ治めるだけで手一杯だろう。
だが辺境という事情もあって、父上――ヴァイスベルグ辺境伯の領地には、大小さまざまな街や村が点在している。
守るべき場所が多い、というのは誇りでもあり、同時に厄介でもある。
だからこそ、人も情報も集まる拠点が重要になる。
地図を一通り眺め終え、僕は指先で一つの街をなぞった。
「……行くなら、やっぱりここだよな」
ローエンブルク。
ヴァイスベルグ領最大の都市にして、交易の要衝。
人が集まれば、物が集まる。
物が集まれば、情報も自然と集まる。
しかも――
“視察”という名目で街を訪れ、住民の困りごとに耳を傾ければ、 次期当主としての立場も、悪くない形で印象づけられるはずだ。
「うん。決まりだな」
地図を軽く叩き、僕は小さく息を吐いた。
理想のメイド探し――
その第一歩は、どうやらこの街から始まりそうだった。
◇◇◇
ローエンブルクの街は、ヴァイスベルグ家の屋敷から少し距離がある。
その理由のひとつは、単純にヴァイスベルグ領そのものが広大すぎる、という点だ。
だが、それだけではない。
我が家の屋敷は、北に〈大森林〉、そして東に隣国との国境を控えた位置に建てられている。
北の大森林には魔物が跋扈し、東の国境地帯は常に緊張を孕む火種でもある。
いざという時、即座に対応できるよう、あえて脅威に近い場所へ拠点を置く――
それが、ヴァイスベルグ家の基本方針なのだ。
つまり――
我が家は、辺境領の中でも前線寄り。
正真正銘、「辺境の中の辺境」に位置しているわけだ。
「……とほほ」
思わず、そんなぼやきが漏れる。
一方で、ローエンブルクは違う。
北の大森林からも、東の国境線からも適度な距離を保ち、主要な街道と交易路が集中する、比較的安全な地域に築かれた街だ。
その立地ゆえに人と物が集まり、ローエンブルクはヴァイスベルグ領随一の交易都市として発展してきた。
言ってしまえば――
僕から見れば、れっきとした都会である。
もっとも、そんな都会へ行くには馬車で半日ほどはかかる。
本来なら、子供が気軽に行き来できる距離ではない。
……だが。
僕には、魔法がある。
この年にして、神童とまで呼ばれるほどの魔法の使い手だ。
もともとヴァイスベルグ家は代々、魔法の名家として知られているが、
その血筋に加え――もしかすると、前世で三十年ものあいだ純潔を守り抜いた成果なのかもしれない。
才能は、早々に開花した。
もっとも、特別な英才教育を受けたわけではない。
父上から教わったのは魔法の基礎だけで、
あとは魔導書を読み漁り、独学で身につけただけだ。
それでも――
今では、オリジナルの魔法すら使える。
そう。
その魔法こそが、これだ。
「空間転移」
詠唱と同時に、視界が一瞬だけ歪む。
次の瞬間、足元の感触が変わった。
地面は石畳へと切り替わり、
活気に満ちた屋台の呼び声や、人々の笑い声があちこちから響いてくる。
――気づけば、ほんの一瞬で、
屋敷からローエンブルクの街へと移動していた。
非常に便利な魔法ではあるが、
魔力の消費が大きく、行ったことのある場所にしか使えないなど、いくつもの制約がある。
だからこそ、そう気軽に連発できるものではない。
……とはいえ、そもそも日常生活で魔法を多用する機会自体が少ないのも事実だ。
この程度の移動を、一日に数回使うくらいなら、
今の僕にとっては特に問題はなかった
「さて……それじゃあ、視察といきますか」
そう呟いて気持ちを切り替え、僕はローエンブルクの街へと歩き出した。
ローエンブルクの街は、さすが交易都市と呼ばれるだけあって、その規模が桁違いだった。
商業区と居住区は明確に区画分けされ、さらに外縁部では今もなお開発が進められているらしい。
商業区のメインストリートに足を踏み入れると、
行き交う人の数と、その熱気に思わず感心してしまう。
商人の呼び声、値段交渉の声、荷車の軋む音――
街そのものが、生き物のように絶えず動いているのが分かる。
本来なら、このまま一通り見て回り、
視察を済ませるつもりだったのだが――。
「おい、また猫獣人のやつがやらかしたらしいぞ」
「まったく、市場で盗みばっかしやがって……」
「逃げ足だけは一人前なんだからよ」
「衛兵も手を焼いてるって話だぜ。誰かどうにかしてくれよ!」
通りすがりに耳へ飛び込んできた会話に、思わず足が止まる。
……猫獣人。
盗み。
衛兵もお手上げ?。
やけに引っかかる単語の並びだった。
視察を始めて、まだ数分。
人が多ければ、それだけ揉め事も増える――
さすがは都会、と言うべきか。
もっとも、僕にとっては――
これほど分かりやすい“案件”は、むしろ都合がいい。
首を突っ込まない理由が、なかった。
「あの、すみません。その話、もう少し詳しく聞かせてもらえますか?」
声をかけると、男たちは何気なく振り返り――
僕の顔を見た瞬間、揃って目を見開いた。
「えっ……ク、クラウス様!?」
「い、いえ、その……これは……!」
「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ」
にこやかに笑いながら、手を軽く振る。
「ちょうど視察に来ていまして。
街で何か困りごとがあれば、話を聞きたいと思っていたんです」
そう告げると、男たちは顔を見合わせ、観念したように話し始めた。
どうやら最近、猫獣人の少女が市場で食べ物を盗んだり、
財布をすったりしているらしい。
目撃証言は多いが、あまりにも動きが素早く、
誰一人として捕まえられた者はいない。
衛兵たちも後手に回り、完全に手を焼いている状況だという。
――なるほど。
獣人は、人間よりもはるかに優れた身体能力を持つと聞く。
中でも猫獣人は、俊敏性と跳躍力に長けた種族だ。
細身に見えても筋力は高く、路地や屋根を縦横無尽に駆け回られれば、
正面からの追跡や捕縛は至難の業だろう。
衛兵たちが苦戦しているのも、無理はない。
――だが。
僕なら、魔法でどうにかできるかもしれない。
それに、猫獣人といえば……。
「分かりました! その子は僕が捕まえます。安心してください!」
きっぱりと言い切ると、男たちは揃って目を見開いた。
「そ、そんな……クラウス様が直々に!?」
「で、でも無理はなさらないでくださいよ。まだお若いんですし……」
「何言ってんだ。クラウス様は“神童”様だぞ?」
「魔法の腕は折り紙付きだ。あんな小泥棒、すぐに捕まえてくれるさ!」
期待と心配が入り混じった視線を向けられながら、
僕は軽く、余裕のある笑みを浮かべた。
父上が王都に出向いている今、
領内の問題を僕が解決できれば、次期当主としての評価も上がる。
――そして、なにより。
猫獣人。
猫耳。
……でゅふふ。
これはもう、動かない理由がなかった。




