第2話『異世界転生したら神童でイケメン貴族だった件』
「――坊ちゃま、起きる時間ですよ」
優しく美しい女性の声で、僕は目を覚ました。
……ああ、なんて幸せな目覚めだろう。
この異世界に生を受けて早十年。僕、クラウス・フォン・ヴァイスベルグは、すっかり異世界貴族としての生活に馴染んでいた。
そう、あの日。前世で三十歳童貞を守り抜き、メイド喫茶から帰る途中、落下した鉄骨に潰され死んだ僕は――
なぜかこの異世界で赤ん坊として目を覚ましたのだ。
記憶は前世のままだったので、すぐに「異世界転生したのか!」と気づき、喜びで声をあげた。だが、赤ん坊の僕が出せたのは、残念なことに「でゅふw」という鳴き声だけだった。
それから十年。
僕は辺境伯ヴァイスベルグ家の長男、『クラウス』として順調に育っていた。
転生した瞬間に三十年間の童貞力が功を奏したのか、僕はこの世界で『魔法』を操ることができた。
手足が動かせるようになった頃から密かに魔法の特訓を始めた僕は、十歳になる頃にはすでに『神童』と呼ばれるほどの魔法使いとなっていた。
加えて、前世では想像もできなかったような美少年の顔立ちに、高貴な銀髪。そして貴族という圧倒的勝ち組な境遇。
――つまり、この世界における僕は、完全な『チート人生』を送っている。
だが、ただ一つだけ、不満があった。
「坊ちゃま、お目覚めの時間でございます」
控えめに微笑みながら、僕の身支度を整えるために近づいてくるメイドさん。
「……ああ、今日も綺麗だよ、エリーゼ」
「ありがとうございます。」
礼儀正しく頭を下げるメイド長のエリーゼ。彼女の立ち居振る舞いは完璧すぎるほどに完璧だ。
しかし、僕は満たされてはいなかった。
(やはり……物足りない……)
僕が前世で通い詰めた秋葉原のメイド喫茶『メイド楽園』には、実に多彩なキャラのメイドたちがいた。
ツンデレメイド、ヤンデレメイド、ドジっ子メイド、罵倒メイド――
そこはまさにメイド文化の楽園だった。
だが、ヴァイスベルグ家のメイドたちは、みな優秀だが個性が乏しく、従順で穏やかな性格ばかりで、僕の理想の『属性』を備えたメイドは一人もいないのである。
(前世であれほどの楽園を体験した後では、どうにも物足りなさを感じる……)
僕はため息をつき、身支度が終わった鏡の中の完璧なイケメンを見つめる。
「顔、良し。才能、最高。貴族としての生活も完璧。だが――!」
「……個性豊かなメイドが足りない!」
その瞬間、僕の胸の奥に熱い決意が生まれた。
(……ならば、自分で理想のメイドを探し、雇えばいいのでは?)
そう、前世と違い、今の僕は貴族だ。
自分が望むメイドを集めるためならば、いくらでも方法はあるはずだ。
「よし決めた。理想のメイドを“専属メイド”として迎え入れよう。僕は世界中から最高のメイドを見つけ出し、自分だけの最強メイド軍団を築き上げる!」
「……坊ちゃま? なにか嬉しいことでもございましたか?」
「でゅ、でゅふっ!? あ、いや何でもない……!」
しまった、興奮のあまり前世のクセが出てしまった……!
エリーゼの困惑した視線から慌てて顔を背けると、僕は勢いよくソファに腰を下ろした。
(絶対に見つけてみせる。この手で、僕だけの理想の専属メイドたちを……!)
こうして僕は、この世界での第二の人生――
いや、理想のメイド軍団を作るという、尊くも偉大な使命に挑む覚悟を固めたのだった。