第1話『拙者、30歳童貞を貫き無事死亡するでござる』
「でゅふっ……でゅふふふ……」
拙者 は至福の時間を噛み締めていた。
ここは、秋葉原のメイド喫茶『メイド楽園』。
拙者の唯一の居場所にして、至高の聖地である。
「ねえ、ご主人様、また来たの? 毎日来てるけど、そんなに寂しいの?」
目の前には、拙者の推しメイドであるツンデレメイド・アリスたん。
拙者はこのツンツンしながらも、時々デレが漏れるメイドに心を奪われていた。
「でゅふっ……! べ、別に寂しいとかじゃないお! これは文化の勉強でござる!」
「はぁ? なにそれ、キモいんだけど?」
「でゅっふぅぅぅぅ!!(歓喜)」
最高である。
しかし、ツンデレメイドだけではない。
この店には、様々な属性のメイドたちが揃っているのだ!
「ご主人様、お茶をご用意しました……ふふっ、毒なんて入れてませんよ? 多分……♪」
ヤンデレメイド・シオンたんが、怪しい笑みを浮かべながら紅茶を差し出してくる。
「好きすぎて殺したい」「ご主人様のものは全部私のもの」 という歪んだ愛が魅力のメイド……。
拙者のような熟練オタクにしか、その良さは理解できまい。
「わわっ! すみません、ご主人様ぁぁぁ! また転んじゃいましたぁ!」
続いて、ドジっ子メイド・ミルクたんが豪快にぶちまけた紅茶が拙者の顔面に直撃する。
「あわわ系ドジっ子」 というジャンルは王道であり、外せない要素。
このカオスなやり取りこそ、メイド喫茶の醍醐味である!
「でゅふぅぅぅぅ!! これこそ至高のおもてなし……!!」
そんな拙者のもとに、一人のメイドが近づいてきた。
それは、罵倒メイド・カレンたん。
彼女は、まるでゴミを見るような目で拙者を見下ろすと、深いため息をついた。
「おい、ご主人様……相変わらずキモい顔してるわね……」
「でゅふっ!? 今日もカレンたんの罵倒が五臓六腑に染み渡るでござる!!」
「……本当に気持ち悪いわね。そんなだから彼女もできないのよ?」
「でゅふぅぅぅ!!!(歓喜)」
そんなやり取りをしていると、店内の明かりが落ちた。
ん? 何事でござる?
「……さて、ご主人様、ついにこの時が来ましたね」
アリスたんが、不敵に笑いながらステージに立つ。
そして、メイドたちが次々と集まり――
「ご主人様ぁぁぁ!!!」
「お誕生日、おめでとうございまぁぁぁす!!」
パァン!! とクラッカーが鳴り響く。
テーブルの上には、特製の「お誕生日ケーキ(罵倒メッセージ付き)」 が運ばれてきた。
《HAPPY BIRTHDAY! 三十歳で童貞とか終わってる!》
「でゅふっ!?!?!?」
拙者は思わず声を上げた。
……わかっている、わかっているでござる。
これは、メイド喫茶ならではの 「ご褒美」 なのだ!!
「ねえご主人様、三十歳になっても童貞ってマジ?」
「でゅふふ……いやいや、これは魔法使いになるための修行でござる!!」
「へえ~……なるほどね? じゃあ今から魔法使ってみて?」
「む、無理だお……」
「ほら、やっぱり。やっぱりただのキモオタじゃないの」
「でゅふぅぅぅぅぅぅぅ!!!!(歓喜)」
最高すぎる……!
この世に生まれて、ここまで祝われた誕生日はなかったでござる……!!
「ご主人様、ほんっとにおめでとうございますぅぅ!!」
「いやぁ、三十路童貞! 誇るべき記録ですねぇぇ!」
「でゅふっ!?!?!?」
店内のメイドたちが、やたら盛り上がりながら拙者を祝ってくれる。
周囲のオタクたちの視線が痛いが、そんなものは些細な問題でござる。
何せ、拙者は 「今日から魔法使いになれる」 のだから!!
「ふふ、ご主人様……魔法使いになれるんですよね?」
「でゅふっ! そうでござる! 」
「……ぷっ、あははははは! ご主人様、マジで言ってるんですか!?」
「でゅふ!? 笑うでない! これは古の言い伝え……!」
「やば……三十年童貞守り抜いた結果がこれか……」
「まぁまぁ、でもご主人様らしくていいんじゃないですかぁ?」
「でゅ、でゅふふふ……!」
メイドたちの冷たい目線。
しかし、それがまた拙者にはご褒美なのである!
ケーキを食べ、プレゼント(主に罵倒)をもらい、満足した拙者は店を後にした。
今日という日は、まさに人生最高の日だったといえるであろう。
◆ 帰宅途中
「でゅふふ……最高だったでござる……!」
拙者はニヤつきながら、夜の秋葉原の街を歩いていた。
メイド喫茶で過ごした時間が楽しすぎて、今でも頭の中にツンデレメイドやヤンデレメイドの声が響いている。
「でゅふ……ツンデレメイドはいい。だが罵倒メイドも捨てがたい……」
まるで宴の後のような気分だ。
しかし、ふと頭に浮かぶのは――
「今日から拙者は魔法使いになれるはずでは?」
「……いや、待つでござる。魔法使いになれるのなら、すぐに試すべきでは?」
ここは秋葉原の裏道。
夜も遅く、人通りはまばら。
この状況なら、誰にも見られずに魔法を試すことができる……!
拙者は、意を決して右手を掲げた。
「いざ尋常に……!」
そして、30年間純潔を守り続けた男のみが使えるという魔法の詠唱を口にする。
「――メイド召喚!!」
……
……
……何も起きない。
「……でゅ、でゅふ?」
拙者は手を前後に振りながら、周囲を見回す。
どこにも光の柱も魔法陣も、メイドらしき影もない。
「……ふむ、まさかとは思ったが、やはり迷信でござったか……」
当然だ。
そんなことは分かっていた。
拙者は、フッと自嘲気味に笑い、肩をすくめた。
そして、軽くため息をつきながら、視線を落とす。
――その瞬間。
「危ないっ!!」
誰かの声が響いた。
「え?」
拙者が顔を上げた瞬間――
ズズゥゥゥゥゥン!!!
目の前に広がるのは――
落下してくる巨大な鉄骨!!
「でゅふっ!?!?!?」
気づいた時には、すでに視界いっぱいに迫っていた。
あ、これ……死ぬやつでは?
反射的に逃げようとするも、時すでに遅し。
――ドガァァァァァァン!!!!
――拙者は死んだ。