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 納得いかないことなんてよくあることだ。

 駅で電車待ってたらクソ爺に列抜かされたり、街歩いてたらやたら職質受けたり。とは言え、日々生きていく中で納得のかないことに全てに怒っていたらとても生きていけない。だから納得いかなくても大抵の事は飲み込んで生きている。

 ただ、今回の出来事を飲み込むことなど不可能だった。


「だから盗んで無いんだって」

「こうやって盗んだものがお前のバッグから出てきてんのに盗んで無いもくそもあるか」

 

 節電でもしているのか、部屋の蛍光灯は3か所のうち一つしか点けられていない。薄暗いスーパーのバックルームで俺の訴えに『店長 鈴木』のネームプレートをつけた男は、怒りを隠さずに吠えた。

 店長の怒りは、俺にとっては理不尽以外の何物でもない。実際に俺は、何も盗んでいないのだから。しかし現実は、不思議なもので店長と俺の間にある机の上に置かれた俺のバッグからは、俺が盗んだと思われる商品がいくつか並べられていた。

 おや?これなら店長の怒りは正当なものなのでは無いだろうか?怒鳴られ続け一周回って冷静に鳴ってきたせいで、状況的に自身を置かれている立場が理解できる。というか、盗んだものがバッグから出てきたらそれは言い逃れようもない証拠ではないか。

 

 しかし、それでもやはり俺には盗んだ記憶などないのだ。それに机の上に並べてある商品は自分の趣向からは、やや外れている。

 納得いかない。

 

「大体、盗むにしろ堂々やるかね普通。バッグから商品はみ出てたらどんな盆暗でも気づく」

「堂々もクソも盗んだつもりがないから仕方ねーだろ!」

「もういい、家の電話番号教えて。あと学校も」

「はあ!?話し終わってねーだろ!」

「終わってるだろ。お前は万引き犯でこっちは被害者。警察は勘弁してやるから親と学校に連絡して決着だよ」

「だから!何度も言ってるけど俺は盗んだんじゃないんだって!鞄に知らないうちに商品が入ってて…」

「そんな言い訳通用するか!こっちだって忙しいんだよ、早く家の電話番号と学校の名前教えろって!」

「お疲れ様でーす」


 店長と俺の言い合いの最中、やや気の抜けた声とともに部屋の扉が開き誰かが入ってきた。

 学生服にぼさぼさ頭、黒縁の眼鏡をつけたその女は、タイムカードを機械に差し込むとこちらを見向きもせずに店長へ話しかけた。

 

「あら、また万引きですか」

「ああ。そうだよ」

「だから万引きじゃねーって!」

「最近多いですね」

「本当にな」

「違うんだって!」


 俺の必死の叫びに眼鏡女が振り返る。そのままじっと見つめられると、不思議な迫力に言いたかった弁明は喉元でつっかえて口にできなかった。


「あれ?今更気づきました。丸栖(マルス)君じゃないですか」

「え。あ…と……」

「なに。瀬亜(セア)くん、知り合い?」

「知り合いっていうかクラスメイトですよ」


 クラスメイト!?驚いたことに全く記憶にない。ただこれに関しては、授業さぼったり基本寝ていてクラスメイト顔をろくに覚えていない自分が悪いのだが。

 しかし、これはまずい。ここのバイトにクラスメイトが居たとは知らなかったし、何より同じ学校の生徒がいると…


「瀬亜くん、君の学校ってどこだっけ?」

「直ぐそこの山瀬川第一高校ですよ」

「おい!」


 こうなってしまうからだ。


「待てって!俺本当に盗んで無いんだよ!」

「いい加減しつこいな!こんだけ証拠そろってんだから諦めろよ!」

「…ふむ。店長、ちょっといいですか?」

「何、瀬亜さん。コイツ庇うの?」

「いえ、クラスメイトの顔も覚えてない丸栖君を庇うつもりは1ミリも」

「ぐっ…」

「ただ、少し気になることがありまして。と、言うのも最近万引きがやたら多くありませんか?」

「多いとは俺も思ってるよ」

「それも捕まった理由も、捕まった犯人の主張も毎回似てます」

「…そう?」

「はい。鞄から見えるところに商品が見えてて、それを店員が見つける。捕まった人は盗んで無いの一点張り」

「盗むつもりがなかったとか、盗んで無いとかはどんな奴も言う」

「でも捕まる理由まで同じって流石に変ですよ」

「それは…そうか、も?」


 淡々と話す瀬亜(であってるよな?)の言葉に、店長が少しづつ押され始める。

 しかし、話を聞いてみれば確かに少しおかしい気がする。ここ最近捕まえた万引き犯は、皆俺と同じような状況のようだった。気が付けばバッグに商品が入ってて、しかもその商品がはみ出てるもんだから捕まってしまう。この店は間抜けな万引き犯を集める魔力でも有るのだろうか。俺は無実だけど。


「一回防犯カメラの記録見てみませんか?うちってサーバーに保管してから本社に定期送信するシステムでしたよね」

「……やっぱコイツのこと庇ってない?」

「いえ別に。カメラ見て無実って事が分からなければ、そのまま家にも学校にも連絡で良いんじゃないですか?」

「おい!」

「でも何で…」

「強いて言うのでしたら……納得いかないから?」







「何時くらいに来たの」

「確か…18時半くらい」

「じゃあまずは入り口のカメラから見ましょう。丸栖君が嘘ついてもっと前に来て盗んでるかも知れませんし」

「ッチ…。嫌味な奴だな」

「じゃあ、出すぞ」


 店長がサーバーPCを操作し、防犯カメラが残した映像記録が再生される。

 そこには18時37分に店内へ入って来る俺の姿が確かに映されていた。挙動不審な様子もなく普通の客だ。

 

「ほら!嘘ついてないだろ!」

「店に来たタイミングが本当かよりも、丸栖君が万引きしてないかが重要なんですよ」

「……わかってるよ」

「カメラ切り替えながら追うぞ」


 店長がPCを操作すると次々とカメラが切り替わり俺を追っていく。暫く店内をぶらついた後、パンコーナーでいくつかの菓子パンを手に取りそのままレジに向かった。


「ふむ?丸栖君、店内を回ってはいますが今回盗んだ商品の前は素通りしてますね」

「……まあ、今見た限りだと盗んだ様子も無いな」

「ほら見ろ!」


 俺の喜んだ様子を見て店長が露骨に顔をゆがめる。ざまあみやがれ、無実の俺を犯人扱いしやがって。

 その様子を見た瀬亜が、でも商品が鞄に入ってましたよねと呟き、俺のテンションは再度地に落ちた。余計なことを言ってくれるな。


「レジでパン買った後は…。イートインスペースでそのままパンを食べたのか」

「ああ。腹減ったからスーパー寄ったわけだし……」

「この後は買い物はしましたか?」

「いや?スマホいじりながらノンビリパン食って、食い終わったから帰ろうとしたら出口で……。あ、ほら捕まった」

「あ、なるほど。先ほどレジ打ちされた西谷さんが、購入したものと鞄から見えてた物が違うから声を掛けた訳ですね。ふむふむ」

「いや、だがこれは……。確かに盗むタイミングが無い」


 店長の呻くような呟きで俺も気が付いた。確かにそうではないか、俺にものを盗むタイミングは無かった。冤罪、無実、釈放、万歳だ。

 ニヤつきながら瀬亜のほうを見る。何やら難しい表情をしながらモニターを凝視し、眼鏡のレンズが光を反射していた。


「でも鞄の中には確かに商品が入っていた……。納得いきませんね」

「お、おい!盗んだシーンが映ってないのに商品が鞄から出てきたから犯人扱いかよ!?」

「疑う理由としては十分だろうが」

「別の店で買ったもん、鞄に入れっぱなしだったかも知れねーじゃん!」

「そうなんですか?」

「違う、けど…」

「あら、そういう所は正直なんですね」


 正直、と言うよりかは余計な噓をついてバレた時に此方が不利になりそうで怖いだけなのだが、口にするのはやめておこう。

 だが瀬亜の疑問もその通りではある。今机に置かれている俺のバッグには確かに身に覚えのない商品が入っていたのだ。なぜ、いつ、どのタイミングで?

 頭を悩ませていると瀬亜が店長に細かく指示を出し始めた。


「まずは丸栖君は食べる直前までカメラを戻してもらっていいですか」

「ん」

「そこで止めてください」


 店長が映像のシークバーを動かし、俺がニコニコのアホ面で購入したパンをバッグから取り出すシーンで止める。


「ここ。ここではまだ丸栖君の鞄に商品が入ってません」

「…!確かにそうだ。なら、こっから少しづつ…」


 店長の操作で少しづつ時間が進み、俺がバッグを持って帰ろうとしたシーンまで来る。そしてそのシーンでは、俺のバッグの口から例の商品が顔を覗かせていたのだ。詰まるところ、俺は誰かにバッグに商品をぶち込まれて万引き犯に仕立て上げられたのだ。

 無実であった喜びと、誰がこんな事をしたのかという怒りが同時に込み上げ頭がクラクラする。


 二人はどんな反応かと横目で見てみれば、瀬亜は相変わらず難しい顔でモニターを凝視。店長は青ざめて額から脂汗までかいていた。


「こ、これ……。もしかすると。い、いや!しなくとも……」

「これまでの万引き犯の中には、丸栖君と同じく万引き犯に仕立て上げられた被害者が居るかもしれませんね」

「そんな……!」

「ええ、『そんなことより』真犯人は誰かですね」

「え。あの店長さんは違うこと言おうとしたんじゃ……」

「ふむ?なんにせよ犯人は見つけないと。それに今は真犯人に此方が真実に気づいた事が悟られてないんですよ、チャンスです」

「チャンスて……」


 ショックで脱力した店長を押しのけて瀬亜がPCの操作を始める。何かPC触る前にサーバーPCは店長しか触っちゃダメとか言ってた気がするけど、店長はそれどころじゃないのかうわの空で注意しないし、瀬亜は毛ほども躊躇しない。いや、お前はもう少し躊躇しろよ。


「ここ、このシーン!丸栖君!この女の子見てください!」

「え、何……?」


 正直自身の無実が証明された今、猛烈に帰りたかったが、瀬亜の興奮した呼び声に気おされてモニターを見た。

 映し出されたシーンでは、学生服の女が俺のそばを通る際に一瞬歩くペースが落ちたように見えた。ただ、正直それだけであり俺のバッグに商品を入れたかどうかまでは分からない。

 俺が曖昧な顔をしていると、瀬亜は少し気持ちが悪いくらい上機嫌でPCを操作する。どうやら、次はその女の動きを追っているようだった。


「ああ…!やっぱり、盗ってます。盗ってますよ!丸栖君の鞄に入ってた商品も!それ以外の物も!」

「お、おお……?」

「そして、丸栖君が捕まったタイミングで……自分は店外へ!」

「あの……つまり?」

「丸栖君は囮ってことです。彼女は本命の自分の万引きを成功させるために、丸栖君の鞄に盗んだ物の一部を入れたんです。分かりやすく、バレるように。そして丸栖君が万引き犯として声を掛けられ注目を浴びている内に、自分は安全に逃げるって訳ですよ」

「はあ!?」


 事件の真相に思わず荒い声が口から洩れる。やり場の無い怒りが腹の底から湧き出るも、物に当たる訳にもいかず、俺はただ拳を強く握りしめることしか出来なかった。

 瀬亜は犯人が分かり満足したのか、ひたすらニコニコと微笑んでいる。


「何にせよ丸栖君は良かったですね。晴れて無実が証明できました」

「んー…。まあ、そうだな」

「とりあえずご両親には連絡しなくても良いんじゃ無いですか?」

「ま、そうだな。店長さん、俺は無実って事でお咎め無し。親も学校へも連絡なしで良いよな」

「え…。あ、はい……。寧ろこの度は、犯人扱いなどして大変失礼かつご迷惑を──」

「あ、待ってください。学校への連絡は必要ですよ?」

「はあ?なんでだよ、俺は無実って分かったじゃねえか」

「はい、丸栖君の無実は証明できました。でも───」


 瀬亜は自分の着ている制服を片手で引っ張りながら、もう片方の手でモニターを指さす。いや、モニターではなく真犯人を指さす。


「彼女の制服も山瀬川第一高校です」


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