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第8話 やられたらやり返せ

魑魅すだまによるハンマー状の触手攻撃によって身体に大きなダメージを食らい、訓練場の床にうつ伏せになる和久。


化物によって殴打された箇所はズキズキと痛み、坊主頭にはいくつか切り傷ができて出血をしている。


しかしそんな彼だが。


その脳内ではスピーカーを通して聞こえてきた、テツハルという晴司家の若い幹部がジュンに言い放った言葉がぐるぐると巡っていた。


『人助けが趣味の人間の相手は面倒ですね。叔父さんも考えが甘い。そんなにお人好しだと生きるのも大変でしょう?』


自分が色々と言われたことは別に良い。ここまで来て途中でギブアップするだなんてダサい真似はしない。言われた内容はもちろんムカつくしかなり腹が立つけど。


それよりも・・・ジュンさんが自分のせいで酷く言われたことの方が腹立つ。


「もう死んだか・・・?この醜い人間め・・・」


魑魅のこんな言葉は和久の耳には届かず、彼の中にはジュンに対する気持ちだけが浮かんでいた。


彼女と思っていた女性から騙され、親友と思っていた男性から裏切られ。おまけにネットでも見知らぬ人からの笑いものにされて、もう心が折れてしまった僕のことを拾ってくれた。


高いスーツを買ってくれ、食事をさせてくれて。もう一度生きる機会をくれた人。


「く・・・くそ・・・!」


忘れたのか和久。もし今朝あそこの屋上から飛び降りていたら、自分は負け犬のままだった。


それでもジュンさんはチャンスをくれた。僕のことをバカにしてた奴らに、その見下してた人間から実は守られるっていう屈辱を与えるチャンスを。


まだ出会ってからたった数時間の間柄だ。それでも、それでもあの人のことを信用したんだ。


だから。だから体を動かせ!


和久は自分のことを鼓舞するような言葉を頭の中で思い浮かべ、顔を上げて魑魅のことを睨む。


「まだやるつもりか・・・。人間の中でも特にひ弱そうな個体の分際で!どちらが生命体として上位に立つのか分かるだろう!」


だが魑魅は和久の視線に怒りを覚え、仰向けになっている彼の背中に向けて触手を振り下ろす。


ドシンっという重い音と感覚。その一撃によって和久はさらに言葉にならないうめき声を漏らし、上げていた頭は再び床に垂れる。


「が・・・あ・・・」


背中から伝わってくるのは激しい痛み。あまりの衝撃に意識を徐々に遠のいてきて。


『申し訳ない』・『情けない』・『悔しい』


和久はこのような感情を抱きながら、幼い日からの人生について思いを馳せた。




あれは小学校の4年生だから・・・10歳ぐらいの頃だ。


父さんと母さんは結婚記念日に合わせて久しぶりとなる、ふたりきりの旅行に行った際、事故で亡くなった。


あの時は近所に暮らしていたお爺ちゃんとお婆ちゃんの家に預けられていたけれど、それから人生が一変したことは覚えている。


もちろん寂しさもそうだが、最も辛かったのはこの時期から同級生によるイジメが始まったこと。


物を隠され。暴力を受けて。暴言を浴びせられて。当初こそ一部の男子がやっていたことだが、それに触発されたのかじきに性別に関係無く、気づけばクラス中の皆が僕をイジメのターゲットとし始めた。


正直な話、何故こんなイジメが始まったのか理由がよく分からない。


元々嫌われていた?それともいきなり親を失ったから?もしくはクラスの有力者に対して何か気に障ることでも言った?調子に乗ってると思わせる行動をした?


当時はとても思い悩んだ。身に覚えがないのにとにかく同級生たちに謝罪を口にしていた。


でも・・・今思えばそんなこと意味が無かったに違いない。


子供のイジメ。そこに周囲が納得するような明確な理由など無いだろう。きっと単に僕が、最初に始めたイジメっ子たちの論理の中で、共同体の底辺に位置すると勝手に認識されたからだ。


そして悲しいことに僕はこれ以来、常に誰から見下されてしまう人生を送るようになってきた気がする。


中学校や高校になると直接的なイジメ・・・と言うよりも、心をえぐるようなイジリを受けていた。


そういう時は笑ってごまかしていたが、内心では激しい怒りや哀しみを抱えていた。だけどそれを表に出すことはしてこなかった。


どうして?どうしてだろう。


だって僕がそれにやり返せばきっと、クラスの雰囲気が悪くなる。それだったら我慢すれば良い。だって皆に迷惑をかけてはいけないから。


でも・・・でもそんなこと関係無いような。一度でも勇気を出してやり返せば良かったんじゃないかな?


ああ。そうだ。やり返せば良いんだ。だけど僕は最初からそれに蓋をしてしまっていた。


大人はきっと復讐を悪いものだと言うと思う。だけどやられっ放しで人生は好転したか?いやしなかった。だって大学に入ってまで扱いは大きく変わらなかったから。


挙句の果てに、この『やり返さない』という性格のせいで、自殺の一歩手前まで追い込まれたんじゃないか。


一度他人から舐められてしまったらそれを変えるのは難しい。まして僕にみたいにやり返す気が無い人はなおさらだ。周囲はこういう態度を見ている。そして『あいつは見下して良い』と身勝手に頭にインプットしてくる。


でも、もう我慢の限界だ。自分に酷いことをしてくる相手には。時に怒りを露わにしても良い。


これまで真面目に人生は生きてきたつもりだ。だからちょっとぐらい・・・。


自分のことをバカにしてきた相手に、やり返したって罰は当たらないだろう。





和久はその胸に様々な感情を宿しながら、歯を食いしばってふらふらとした足取りながらも立ち上がる。


頭からも鼻からも口からも血を出しながら。しかしこれまでの人生の中で最も、その目を吊り上げて。


「お。見てみろよテツハル。あいつはまだ諦めてねえぜ」


「・・・そ、それよりもジュン叔父さん。ボクのことを殴るなんて他の幹部が黙ってませんよ・・・!」


「「「「「・・・」」」」」


「ちょっと!何で皆揃って黙ってるんですか!」


殴られた頬を涙目になって押さえているテツハルのことを無視しながら、ジュンはモニターに集中する。


そこには鬼気迫る表情を浮かべながら魑魅と対峙する和久の姿があったから。

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