第5話 晴司家本家
「こ、ここが晴司家の本家屋敷・・・」
「そうだ。別名称として『魑魅処理士会館』なんて呼ばれることもある。あと裏の方には研究所も置かれているが、そっちはガチの関係者以外立ち入り禁止だから気をつけろ。俺様が勝手に入ってもボコられる」
和久とジュンの目の前にある建造物。それは傾き始めた夕日に照らされた巨大な日本家屋風の屋敷。
オフィス街の一角に鎮座している、周囲の建物とは一線を画すような存在だ。
「もうジジイのエロ当主は到着して待機してるだろうから行くぞ」
「・・・はい」
晴司家の当主・・・。どういう人なのか想像はつかないけど、魑魅処理士をしているというぐらいだから迫力のある人だと思う。
「それにジュンさんが呼んだ他の晴司家の幹部っていうのも・・・。この人の親類ってことだからきっと強面でチンピラみたいな雰囲気の人たちが・・・」
「おい和久。何か聞き捨てならないことが聞こえたぞ」
「きっと気のせいです。空耳です」
こうして色々な心配を胸に和久は、徐々に抱く緊張感を増していく中、足早に屋敷の中に向かって行くジュンの背中を追うことにした。
◇
「なるほどのう。で、その青年が対魑魅の特異体質を持ってると」
「そうだ。俺様がスカウトした逸材だぜ。よってコイツを見つけた超絶優秀な俺様には特別ボーナスを寄こせ。振込でも現金でもどっちでも構わねえ」
屋敷の中にある広い会議室。ここは和風で趣のある外見とは異なってコンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれており、中央には大きな円卓が置かれているというどこか無機質な空間。
そしてその円卓のそばでは、ジュンと老人が睨み合っていた。
「・・・断る。確かにそのような体質の人間は稀に存在するとは聞く。しかしそこにいるごく普通の青年がそうだという証拠が無い。よって帰れ。尻尾巻いて帰れ」
「んだとジジイ!この前キャバクラ奢ったの忘れたのか!全額俺様が出したんだぞ!」
「黙れ貴様!他の者もいる中でそのこと話すな!」
老人からの返答を聞きすぐに目くじらを立てたジュンは、買ったばかりの黒いスーツに身を包んだ和久の肩を抱き、同じようなスーツを着用している老人に暴言を発する。
「テメエの方から誘っておいて恥ずかしがるなよ!どうせもうすぐ死ぬんだからよ!なあ和久!」
「失礼な!22世紀を迎えるまでくたばる気は毛頭無い!」
「それはさすがに無理だろうが!」
この部屋に入ってすぐ待ち受けていたこの老人。彼の腰は曲がっており、頭も白髪だらけ。しかし骨太なのか体格そのものは良く、独特なしゃがれ声にも張りがある。
そしてその鋭い目つきはどこかジュンとの血の繋がりも感じさせた。
「あーあ!エリちゃんと連絡先交換したこと皆に言っちゃおうかなあ!胸元ざっくり開いてたピンクのドレスを着てたエリちゃんと!」
「やめろ!エリちゃんは悪くない!」
「最低だなジジイ!天国のババア泣いるぞ!」
「まだ家内は死んでないわ!」
両者は口角泡を飛ばすほどの勢いで、会議室の中で大人げない喧嘩を続けている。
現在ジュンと口論をしているこの老人こそが晴司家の現当主だというが、彼と顔を見合わせて早々からこのような状況に陥り。
しばらくしてこの部屋に入室してきた、ジュンから呼び出されたという晴司家の他の幹部面々は言い合いの様子を見て「またか・・・」とばかりに呆れた表情を浮かべていた。
「そ、それで。僕は一体ここでどうしたら・・・?」
そして和久も困惑しながらジュンと当主の口論を目にしていたのだが、その目の前ではジュンと当主の罵り合いがまだまだ継続されていく。
「でもキャバクラなんて可愛い方だよな、ジジイ。だって先月は・・・」
「やめろ!それ以上は言うでない!ワシの尊厳に関わる!」
「今さら尊厳なんてねえだろうが!あれだけ若い女に鼻の舌を伸ばしやがって!」
「貴様だってデレデレしてたじゃろう!ワシのことばっかり言うでない!」
このように互いに叫び声を上げた後、両者とも「はあ・・・はあ・・・」を荒くなってきた息を整える。
そんな中、おろおろとしている和久のことを見たジュンは本題を思い出し、和久の肩を一層強く抱き寄せて彼の顔を指さす。
「ちょっと脱線し過ぎたから話を戻すぞ!んで、この和久に魑魅が触れた途端すぐに溶けるの。そんで核が飛び出してくるんだよ」
「その体質は非常に稀だと言っておろう!嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ!ジュン!」
「だから嘘じゃねえっての!面倒は俺様が見るし妹にもサポートしてもらう!きちんと優秀な処理士に育て上げるつもりだ!」
さらにジュンは和久の肩を抱いているものとは反対の手で、彼の顔を指さして叫ぶ。
「しかもコイツ、先週うちのベテラン2人を殺した魑魅にそれをしたんだ!悲惨な死体で見つかっただろう!忘れたのか!」
ジュンの言葉に晴司家当主の老人はピクリと眉毛を動かした。
「・・・もしや、『ユウヤ』と『ヨシツグ』を殺したというあの魑魅をか?」
「そうだ!特に逃げ足の速かったあのババア魑魅!それをコイツは倒したんだよ!核を切断したのは俺様だが、その前にこの坊主が特異体質で肉体を溶かしたんだ!」
すると当主は口を閉ざし、周囲にいる晴司家の面々も互いの顔を見合わせ始めた。
「それに俺様は常々言ってんだろうが!ここ最近は魑魅の質が変わってる!何か裏があるかもしれねえ!今は古臭い体質で細々と処理してる場合じゃねえぞ!」
懸命に説得するジュンの言葉を耳にした当主。
しばらく目を瞑った彼は、そのままゆっくりと頷き右手を上げて何か合図を出す。
「・・・良かろう。ジュンがそこまで言うのであれば実力を見せてもらおうか。青年、名前を名乗れ」
「あ、え、えっと。僕の名前は虹浦和久といいます。よろしくお願いいたします・・・って、え?え、ええ何ですか!?」
するとそれまでこの事態を静かに見守っていた和久のもとに、当主の合図を目にした他の晴司家の面々が接近。
「ただそうそう簡単に推薦状を出すて処理士にさせるわけにもいかん。ちょっくら実力を見せてくれ」
「そ、そんな急に言われても・・・!っ!・・・ぐはっ!」
そのうちのひとりがみぞおちに強力な拳を打ち込み、強烈な痛みによって彼は気を失ってしまった。