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第4話 上司と部下のお買い物

「似合ってるじゃねえか。まあテメエは見てくれも悪くねえし、鍛えればガタイも良くなってもっとスーツ姿が映えるな。そんじゃそれを買え。丈とかの調整もすぐできるだろ」


札束を渡された和久は真っ赤に染められた高級車の中へと押し込められると、歓楽街にある事務所からまずはハイグレード感の漂う紳士服店へ。


紺のジャージ姿に坊主頭で細身の青年。そんな人間など普段は来ないはずの店舗ということで、彼はおずおずといった様子で色々なスーツを試着していた。


「あ、あの。ここってお高いんじゃ・・・」


「男なら着飾れバカ野郎。金は俺様が出してやるんだから心配すんな。それにここは顔馴染みの奴もいるし問題無い。おい店員!もっと良いネクタイはねえのか!」


このように「ここは行きつけだからデカい顔ができる」と大きな態度を見せていたジュンは和久のための黒スーツを購入。


和久は準備してもらった真新しい服や革靴に身を包み、その姿は先ほどまでとまるで様変わりした。


「うん。やっぱり男はしっかりスーツを着てカッコつけないとな。テメエ、随分と良い感じになってるぜ」


そんな両者は、そのままの足で次は携帯ショップへ。


「今の時代、スマホがねえと家借りれねえし仕事もできねえ。渡した金使って・・・そうだな、これを買え」


「ピ、ピンク色の機種ですか!?」


「坊主頭でその色だとインパクトがあってなお良い。人生はかますことが大事だ。おいスタッフ。機種の本体代金は現金の一括払いで頼む」


さらに今度は役所に連れて行かされると、ジュンがいる事務所への住民票移動を速やかに実施。


「家探しは簡単に行かねえから、まずはうちの事務所に住め。まとまった金が入ったら良いところに引っ越しだな」


「良いところ・・・。例えばタワーマンションみたいなところですか?」


「それも良いが、うちの事務所の近くなら仕事にも行きやすいし夜は女遊びもできる。欲望に素直になれ?」


「よ、欲望って・・・」


こうしてあれよあれよという間に仕事着とスマホを手にした和久。


だがそれでも残った紙幣はジュン曰く「贈与税のかからない範囲の額だから」というので、道中で立ち寄った元々和久が口座を持っていた銀行に預け入れた。


中のシャツまで真っ黒のスーツを着用してATMの列に並ぶ男性ふたりを目にし、銀行員や客はぎょっとした顔を浮かべるばかり。だがそれに対し気まずそうにする和久と違ってジュンはどこ吹く風という感じで口笛を吹いていた。


「それにしてもテメエ。自殺に備えてあんだけ身辺整理してたのに口座は解約してなかったのか」


銀行員たちから厳しい目を向けられながらも預け入れを無事終え、食事に行こうと左ハンドルの車を走らせてたジュンだが、助手席が右にあることに慣れない様子の和久に声をかける。


「は、はい。どうせ死んで身元が分かったらいずれ口座は凍結されるかなあと思って・・・」


「テメエ、繊細なのか大雑把なのかよく分かんねえ性格だな」


左手でタバコを吸い、もう片方の手で器用にハンドルを操作していたジュンは、和久の言葉を聞いて小さな笑い声を上げた。


「まあでも人間なんてそんなもんだ。俺様は根拠の乏しい簡単なテストで『あなたの性格は○○!』って出るのが嫌いでな。一言で言い表せない方が人らしくて良い」


そのままアクセルを踏むジュンのことを見ながら和久は、「でもこの人の性格って『豪胆』って一言で表現できるよなあ」と心の中で呟く。


「ほら、あそこに見えてきた店。チェーンじゃなくて個人でやってるんだが美味いやつ出すんだよ」


そしてそのまま和久はジュンのお気に入りの店だという飲食店に連れて行かれて。


あれよあれよという間に、気づけば彼の目の前にはジューシーな肉やソースの匂いが漂うホットドッグが出されていた。


先ほどまで自身のためとは言え、まるで目が回るような連れ回され方をしていたのでようやく落ち着けた和久。


「ほら。さっさと食え。冷めても普通に食えるが熱いうちの方がもっと美味いぞ」


カウンター席であるため、隣に座っているジュンはもう既に出されたものを頬張っていたのだが。


「い、いただきます・・・」


ジュンと同じように白い紙に包まれたホットドッグを持ち上げて、それを齧った和久は。


「・・・。・・・うっ、うっ、うぅぅぅ・・・」


それを咀嚼しながら突然涙を流し始めてしまった。


「そうかそうか。泣くほど美味いか」


「うっ・・・ぐすっ・・・。うっ、うっ、うぅぅぅ・・・」


「おいおい泣きすぎだろテメエ。・・・こういう飯は久しぶりか?」


ジュンの問いかけに対して和久は何も答えることができず無言で頷きながら食べ進める。


時に嗚咽しながら。時に鼻水を啜りながら。


それもそのはず大学を中退して以降、和久はろくに食事も喉を通らず、口に入れるとしても小さな菓子パンばかりだったのだ。


「安心しろ。食い物もこの店も俺様も裏切らねえ。これからこんな飯は山ほど食えるさ」


同じように食事を続けるジュンの隣で和久は何度も首を縦に振りながら、その手と口を動かすことを止めることは無かった。





食事を終えて。その後は事務所へ戻るのかと思えば・・・。


「あれ?こっちは多分、帰る場所とは逆の方向のはず・・・」


少し目を腫らした和久はまたも別の方向へと高級車が走っていることに気づいた。


「晴司さん、次はどこに行くんですか?」


「今日の中で一番大事な場所。テメエの就職準備を進めるのさ。魑魅処理士の試験を受けるには晴司家や雨追家の人間であることが条件。もしくは・・・幹部による推薦状が必要」


続けて「しかしテメエは晴司家でも雨追家でもねえ。ということは・・・?」と問いかけるジュンに対し、和久はハッとしたような顔を見せる。


「も、もしかして晴司家の幹部の方に会うってことですか・・・?」


「その通り!手っ取り早く当主、つまり家のトップのジジイに会いに行くわけよ。今日は本家の屋敷にいるらしいからよ」


それを聞いた和久は思わず顔を強張らせるが、運転しながらその姿を横目で見ていたジュンは口角を上げた。


「そんな身構えんな。当主と言ってもただのエロジジイ、つい最近も一緒にキャバクラで遊んだからな。良い歳して旺盛な爺さんよ」


「それでも・・・。さすがに心の準備が・・・」


「ジジイ以外の晴司家の幹部もある程度は呼んでるから、まあ顔合わせみたいなもんだな」


い、今から色んな人と会うのか・・・。


徐々に緊張感を増していく和久だが、そんな彼に対してジュンは「あ、それと」とこう指示も出す。


「今後俺様のことは下の名前で呼べ。今の業界は雨追の方が廃れて晴司家しかいねえから混乱する。ちなみに晴司家はしきたりで戸籍上でも名前はカタカナ表記になってることも伝えておく」


「これから俺様もテメエのことは和久って呼ぶからよ」と続けるジュンの横で和久は静かに息を呑む。


今朝から突然始まった人生の転機。そしてそのクライマックスとして、青年・虹浦和久は晴司家本家へと向かうのであった。

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