第23話 罪無き被害者
スマホに届いたジュンからの電話。和久とサクラはそれを受けた後、ジュンから場所についての説明を受け、ようやく灰派部神社近くの茂みに到着した。
「ジュンさん・・・」
「来たか和久。だがもうダメだ。北垣の爺さん、息を引き取ったよ」
険しい顔をして地面に座り込んでいるジュンに抱かれているのは、昨日あぜ道で出会った北垣という老人。
昨日と同じ赤いキャップを被りジーパン姿の彼は、出会った時には非常に元気だったにもかかわらず。
「こ、こんなに干からびてしまうんですね・・・」
「典型的な魑魅に襲われた案件って感じね。普通の人間だとこんな風に殺せやしないわよ」
今の北垣はまるで前日と別人のようにげっそりとやせ細り、体中が皺だらけで静かに目を閉じていた。
そしてそんな北垣のそばに落ちている赤いキャップ。年季が入っているそれをおもむろに拾った和久は丁寧に土汚れを払うと、言葉に出来ない感情を押し殺して唇を噛む。
「色々と村民の家を回って、ちょうどこの辺に帰ってきたところで爺さんを見つけた。茂みから足が見えてな、近づいたらうめき声も出してたんだが間に合わなかった」
するとジュンは近くに立つ和久に向かって北垣の遺体にもっと近づけと命令を出す。
「見ろ和久。爺さんの腹部に丸い跡が残ってるだろ。吸血器官になっている魑魅の舌、それはここに食いついて血を吸ったんだ」
北垣が着用している白いシャツをめくると、へその少し上の部分に、握り拳ほどの大きさで丸い形状になっている吸血痕が見える。それ以外に外傷は見られず、顔や手足は茂みにいたからか葉や土がついているだけだ。
「俺様が見つけた時は今から10分ほど前、しかもギリギリまだ生きてた。だから襲われたのもそんなに前じゃねえはず。だけどその時間帯は・・・」
「その頃、あの奥さんはアタシらと会ってたはずね。しかも最後の方はアタシとタイマンのガールズトークよ。それなのにどうして・・・。あれ?そう言えばあの宮司は?」
慣れた様子で北垣の遺体を確認したサクラはこう言うと、田米の姿が無いことに気づき周囲を見渡す。
「宮司にはここのすぐ近くで、爺さんの家に連絡してもらってる。魑魅の被害と言っても遺体をこのままにしておくわけにもいかねえからな。警察への通報に関して相談されたらどうにか誤魔化すつもりだ」
するとちょうどこのタイミングで携帯電話を手に持った田米が彼らの前に姿を現した。
「す、すみません。何度か北垣さんのご自宅に電話したのですが誰も出られず、今ようやく連絡が取れました」
「いや大丈夫だ。それでこの爺さんの家族は?」
ジュンからこう問われたが田米だが、しばし答えを躊躇した後、その顔をしかめながら話す。
「そ、それが。奥様がいらっしゃるのですが『あの人のことはもう良い。遺体は好きにしてくれ』という一点張りで・・・」
「何だそりゃ。この爺さん離婚でもしてんのか?それともよほど仲が悪かったとかか?」
「いえ。決してそんなことは無く、仲睦まじいご夫婦だったはずです。飼っている犬を我が子のように一緒に愛でる様子を少し前までよく見ましたし・・・」
大きく首を横に振り、北垣の遺体を見る田米。生前とは大きく変わり果ててしまった老人の姿に田米は、その瞳を潤ませて鼻声にもなっている。
「ど、どうして北垣さんが・・・。信心深い氏子さんでもあったのに・・・」
そしてこれまでの思い出が脳裏に浮かんできたのか「北垣さんの奥様も・・・。何であんなに冷たい対応を・・・。そんな方では無かったのに・・・」と漏らし、遂にその場で静かに泣き出してしまった。
耳に届く田米の嗚咽。気の毒になるような様子を見て表情を暗くする和久だが、彼は手に持っていた赤いキャップを強く握りしめ、ジュンに声をかける。
「ジュンさん。昨日北垣さんが話していたこと、もう一度しっかりと考えるべきかと思います」
「そうだな。『この村はおかしくなってる。人として大事なものを・・・捨てようとしている』・・・か。どういうことになってるのかは分からねえが、もう村民に迂闊に近づくのも危ないな。これからはこの4人での団体行動を徹底だ」
北垣の遺体を抱きかかえるジュンは目を一層吊り上げると全員に向かってこう宣言し、涙を拭う田米に顔を向けた。
「おい宮司。泣いてるところ悪いが社務所の中にこの爺さんを安置できるスペースはあるか?」
「・・・え?」
「こういう時に備えて、念のためにドライアイスを持ってきてる。それと遺体を入れる防腐加工の袋もな。とっとと魑魅を処理したいからここに長居するつもりはねえが・・・」
こう言ってジュンは北垣の遺体を抱きながら立ち上がり、「一旦全員で俺様の車に向かう。サクラと和久は指示するから、ドライアイスと袋を車から出せ」と指示を出す。
「俺様たちに貴重な情報を提供してくれた人だ。丁重に扱うぞ」
自身の腕の中にいる亡骸に対して、感謝を述べながら。
◇
それから全員で駐車場の車に向かった後、必要なものを取って社務所へと帰還。
北垣の遺体はドライアイスと共に袋の中に納められ、社務所の中で最も風通しが良く気温も高くなさそうな場所に一旦安置された。
「田舎の10月中旬だからそこまで暑くないのはラッキーだったな。魑魅の処理を終えれば晴司の本家に連絡して引き取ってもらおう。爺さんの奥さんが後からどれだけ意見を変えようと知らねえ。あんな酷いこと言ったんなら、こっちで心を込めて弔う」
そして社務所で膝を突き合わせる4名。ここでそれぞれが北垣発見前のことについて報告し合う。
まずは和久がジュンと田米に対し、屋敷を出てすぐにサクラに言ったこととほとんど同じ内容である、野路柿義博の供述に関して話す。
彼の必死の説明を聞き、ジュンは腕を組みながら頷き、田米は驚きの表情を浮かべていた。
しばらくするとジュンは大きく頷いて「了解。和久の方は分かった。奥さんはどうだ?」とサクラの方にも話を振る。
「全然。さっきも言ったけれど普通のちょっとお姉さんって感じの人だったわよ。弁護士が殺された事件のこともよく知らないって言ってた。まあしらを切ってる可能性も大だけどね」
後ろにひとまとめにされている金色の髪を小さく翻しながら、首を横に振るサクラ。
「ただ・・・アタシが奥さんと話しているうちにあのお爺さんが殺された。これはどういうこと?他に仲間の魑魅でも潜んでるわけ?」
頭を悩ませるサクラだが、ジュンはそんな彼女と和久に向かって「こっちはこっちで大きな収穫がある。なあ宮司」と口を開く。
「大きな収穫・・・?それって何ですか。ジュンさん?」
怪訝そうな表情を浮かべる和久。しかしそれに答えることなくジュンは立ち上がり、再び出かける準備を進める。
「まずは今から野路柿栞の生家跡に行くぞ。詳しい話はその後だ」