第14話 口を閉ざす者たち
すみません。野路垣夫人や最近起きた殺人事件についてお話を伺いたいのですが・・・。
「野路柿さんの奥さん?殺人事件?そ、その話はやめておくれよ。ワシはノータッチだ」
あの。野路柿夫人について何か知ってることがあれば・・・。
「ゆ、行方不明だった人が帰ってきたからそれで良いじゃないか!あたしは無関係だよ!」
あ、あの野路柿さんの・・・。
「オラは村の外の人間とは話をするつもりなどないべ!」
◇
依頼された魑魅処理を遂行するために灰派部神社を出発した和久とジュン。そして彼らは行方不明状態から戻ってきた野路柿義博の妻・栞について儒鵬村の村民に色々と質問をしたものの、その答えというのは総じて上記のようなものばかり。
「和久。これはマジで危機的状況だな」
「ですね。全然情報を得られないだなんて・・・」
そしてこの両者は、大きなため息をつきながら周りは田んぼだらけのあぜ道の真ん中にいたのだが。
「この村、回線が重いからスケベな動画が見られねえ・・・!」
「おいこら。真面目に仕事しろ」
なかなか有力情報を得られずに肩を落としていた和久とは異なり、ジュンは別ベクトルの事案に頭を悩ませていた。
「よく思い返したらここまで村人に質問したの僕だけじゃねえか。ジュンさんはその後ろでスマホを弄ってただけじゃねえか」
「こういう時こそ気持ちを落ち着かせることが大事だろ?」
「あんたの見たい動画は気持ち落ち着かねえでしょ。真逆の効果をもたらすものでしょうが」
この注意を聞いてもなお目を凝らしながらスマホの通信状況に頭を悩ませるジュンだが、それを見た和久は呆れるように首を横に振った後、きょろきょろと周りを見渡す。
「それにしてもどうしましょう、これから・・・。何度呼びかけたって住民が出ない家もありましたし・・・」
和久の視界に入るのは、まさに典型的な『日本の田舎』と言えるのどかな景色。綺麗な空気が漂い、鳥のさえずりも聞こえ、喧騒と欲まみれの都会とは大きく異なる場所だ。
今はそんな状況ではないが本当はここで大きく深呼吸して地面に寝そべりたいほど。
「おや。あんたら見ない顔だな。どっから来た?」
するとそんな時、あぜ道で足を止めていた両者の耳に男性の声が届いた。
他の村民と比べても一層イントネーションに訛りがある話し方。和久とジュンがその声がする方向へ同時に顔を向けると、背の小さな老人が近づいてくる。
「この儒鵬村じゃ見ない顔だな。オレたちゃ、はじめましてだろ?」
「お、爺さん。洒落た恰好してんじゃねえか。まだまだ若いな」
「そうだろ。この村のファッションリーダーだ。名前は北垣、よろしくな若者たちよ」
ジュンの指摘に笑みを浮かべ、Vサインをする北垣という男性。
ぱっと見だと80歳は超えているであろう年齢。ところが赤いキャップを被り、襟を立てた白いシャツを着用し、ジーパンを履いたうえに背筋はしっかりと伸びているその様相はまだまだ若さがある。
「爺さんいくつだよ?その年齢でジーパン履いてるのはマジで良いな。さては・・・年寄りっぽいこと嫌いだろ?」
「はっはっはっ。オレは今年で83歳よ。そしてそこのオールバックの言う通り、古臭いことが嫌いだ。法事のお経だってノートパソコンから動画で流してる。最先端だべ」
「それって本当に最先端なんですか・・・?」
この発言を聞いた和久は思わずツッコミを入れるが、そんなことにも意を介さず北垣は物珍しそうに目の前にいるふたりのことを見つめる。
人口の少ない儒鵬村には不釣り合いと言える、中のシャツまで真っ黒なスーツ姿。しかもあぜ道の真ん中だという場所を考えればこのような反応をするのも当たり前だろう。
「この儒鵬村に何しに来た?どこかの家の親戚?それともまさか観光客じゃないだろうし・・・。もしかしてここをゴルフ場にでもしようとしてる都会の会社の人間か!?」
「全然違う。俺様たちは神社や寺の運営コンサルだ。灰派部神社の田米宮司に呼ばれて来たんだよ、『この先の神社や祭をどうやって継承していくか』ってな」
「へえ。神社もあの倅が宮司になったからか、面白いことすんな」
ジュンの説明を聞いて目を丸くした北垣は、しかしそのまま秋空を眺めながら寂しそうな表情を浮かべた。
「ただそれも厳しいだろうな。この村はもう廃れていくだけの場所。今更移住者や観光客を既存の住民が受けれるわけが無い。神社の管理や祭りも今いる代でお終いだ。悲しいこったがな・・・」
そして遠い目をしている北垣に対して、ジュンは本題について尋ねる。
「ところで爺さん。野路柿栞に関して何か知ってることはねえか?野路柿義博の奥さんだ。何でも構わねえぞ」
この瞬間。北垣の目つきが変わった。
「・・・。それは神社と何の関係がある?」
「色々と。それに守秘義務は徹底する。安心してくれ。俺様は嘘つかねえ」
鋭い視線をジュンの方に向け、じっと彼のことを見つめる北垣。
しばらく静寂が続いたが、北垣は大きなため息をつき、「オレは昔から嘘が苦手なんだ」と静かに口を開く。
「だが詳しくは話せない。許してくれ。・・・それでも、ひとつだけ言えることならある」
「「・・・ひとつだけ言えること・・・?」」
声を揃えてこう口にした後、北垣に近づく和久とジュン。そうすると北垣は赤いキャップを被り直して「うん」と小さく頷いて・・・。
「この村はおかしくなってる。人として大事なものを・・・捨てようとしているんだな」
真剣な表情で、そしてか細い声でこう答えた。
「『人として大事なもの』・・・?そ、それってどういうことですか?」
和久はさらに北垣に一歩近づきその真意を問う。ところが北垣の方は首を横に振り、これ以上の言及を避けた。
「悪いがオレが言えることはここまでが限界だ。どこで誰が話を聞いているか分からん。せめてこの儒鵬村の片隅で静かに余生を過ごさせてくれ」
「で、でも。もうちょっと・・・」
それでも追いすがろうとする和久だが、彼の肩にジュンが手を置きその行動を制す。
「分かった。それで十分だ。話してくれてありがとな、爺さん。それとこれ」
ジュンが懐から出して北垣に見せたもの。それは名刺なのだが灰派部神社境内でサクラが野路柿に渡した白い『ダミー』ではなく、『本物』の黒い名刺だ。
「何かあったらそこに書いてある番号に電話してくれ。飛んで行くからよ」
「・・・そうか。ありがとうな」
北垣その名刺を受け取り、ジーパンのポケットに収める。そして「それじゃあオレは帰る。村は遊ぶところは無いがのんびり過ごせる。達者でな」と言い残し、その場から去って行った。
残された和久は北垣の背中を眺めながらジュンに話しかける。
「さっきの言葉・・・。何だったんでしょうか?」
「あんまり良いことでないことは確かだ。初対面の関係とは言えあれだけ発言に注意するってことは穏やかじゃねえことは分かる」
それでも気を取り直すかのように「まあ仕方ねえ!」と大きな声を出してネクタイをキュッと締め直すジュン。
「こうなったら野路柿のオッサンのところに直接行こう。断定するわけにはまだいかねえが、色々な状況を勘案したらあのオッサンの奥さんが魑魅の可能性大だ」
こうしてジュンは回線の遅さになお愚痴を口にしながらも、スマホで開いた地図アプリを操作する。
「野路柿のオッサンの住所は田米宮司から聞いておいた。アプリにそれを打ち込めば・・・なんだそこじゃねえか」
ジュンが眺める先にあるはこの村で一番の大きな屋敷。ここの土地の有力者が暮らしていると一目でわかるほどのものだ。
こうして早速そこへと向かおうとするジュンだが、和久は思わず息を呑んで身震いをする。
「い、いよいよ野路柿さんのところに行くんですね・・・。もし自宅に奥さんがいらっしゃったら処理しますか?」
「いや。いきなり処理に動くってのもリスクが大きい。民間人である野路柿のオッサンが巻き込まれたら大変だからな。仮に奥さんが真の姿を見せて攻撃してきたら反撃するが、こっちからけしかけるのは控える」
ジュンは和久の方を振り返って、先ほどまでとは少し違う真剣な目つきでこう続けた。
「ただそもそも今回の案件、『虹浦和久の特異体質を用いた魑魅処理の完遂』が目的だ。だから場合によってはテメエが前線に立つ。良いな?」
和久の肉体に魑魅が触れると、その肉体を瞬く間に溶かすという能力。ただこれは未だ自分の任意で発動できるのかどうか危うい。
それでも自分にできることは精一杯やる覚悟はできていると胸に秘めていた和久は、大きく頷いた。