体を動かした後は勉強会
「よし、今日はここまで」
「まだ時間はあるぞ」
朝食を終えた俺達はまた中庭に行き朝の鍛錬と同じように模擬戦形式で動きに磨きをかけていた。昼食を挟みながら鍛錬を続けていたのだが、テセウの身体が俺に殴られ体力の限界を迎えているのでまだ昼過ぎだが今日の鍛錬はここまでだ。
「でも、テセウはもうボロボロだろ?」
「こんなもの回復魔法で治せば」
「回復魔法を使うと筋肉の成長も抑えられてしまうので、それは駄目です」
回復魔法と言うのは光属性の魔法の一つで体の傷を治療するという凄い魔法なのだが、消耗する魔力が多く使用者の技量によってかすり傷から欠損まで治せるという上と下の差が大きい魔法でもあるのだ。この魔法を使える人は少なく、熟練した回復魔法の使い手は教会か国に仕える事が多いのだが、冒険者の中にもそこそこの数が居る。怪我を治すという驚異的な力ではあるのだが、体を元の状態に戻すということでもあるので筋肉の成長を阻んでしまったりと、ちょっと不便な一面もあるのだ。
「む・・・・」
「休養と言うのは大事なんですよ。無理に詰め込んでも体を壊して余計な怪我を増やすだけだからな。ですが、時間は貴重なのでこの後は勉強会と行こう」
「勉強会?」
「そうです。まぁ勉強会と言ってもそんな堅苦しいやつじゃなくて魔物や武器、罠や奇襲されそうなタイミングとかですけどね」
「おぉ!それは是非学びたい」
「それじゃあ、取りあえず汗を流しに行きましょうか」
飯の休憩以外はずっと訓練をしていたので俺も少し汗を掻いたので綺麗にしてから勉強会と行こう。勉強会の場所は同じく中庭でやっても良いんだけど、テセウが自分の部屋ならば筆記道具屋や書物もあるのでそこでやろうと言うのでテセウの部屋にお邪魔することにした。
「ここが俺の部屋だ」
「失礼しまーす」
「自由に寛いでくれ」
屋敷の二階にあるテセウの部屋は華美なものは無く、品の良い木材を使った家具で統一され一つ一つに細かな彫刻がされているので高い物だということが分かる。そして、壁一面にある棚の中には多くの書物が並べられてありタイトルを見る限りと武具や戦術、戦記など戦いに関する物ばかりだ。柔らかく鮮やかな葉を生やしている大木が描かれた絨毯が敷かれ中央にはテーブルとイスが二組有ったのでそこに座ると、向かい合うように筆記用具を持ってきたテセウが座る。
「良い部屋ですね」
「そうだろうか?あまり面白みのない部屋だろ?」
「いえ、俺はこういう落ち着いた雰囲気の部屋が好みなので」
「そうか、それで何から教えてくれるのだろうか」
「そうだな~」
勉強会を始めたのは良いけど、何から教えようかな。武器によっての対応の違いは実戦で教えた方が分かりやすいだろうし、魔法については俺の専門外なので教えられない。ここら周辺に出現する魔物に関しては調査の間に教えちまったし、奇襲の心得でも教えるか?いや、王都に行くなら・・・・
「じゃあ、俺も二つしか大きな街に行ったことが無いので偉そうな事は言えませんけど、王都で生活する方法でも教えましょうか」
「それは、どういう事なのだ?」
「テセウってこの町から出たことが無いんですよね?」
「あぁ生まれてからこの町にずっといる」
「この町は良い所ですけど他の町はそうとは言えないんですよね~王都や俺の街プリトもそうですけど人が沢山いるってことはそれだけ色々な考えの奴が居るってことなんですよ。だから町を歩くだけでも警戒するべき事は色々あるんですよ」
「なるほど」
「まぁテセウは貴族なので基本的に護衛や付き人が居るでしょうけど、もしも一人で出歩くことになったらの想定で話します」
今のテセウが王都やプリトを一人で出歩いたら一歩間違えれば身ぐるみはがされるか人攫いに遭うだろう。善良かつ素直で真っ直ぐなところがテセウの良い所だけど、人の怖さを知っておかないと後々困るだろうしな。
「それじゃあ、一人で歩くときの服装から考えましょう。どんな服装が良いと思いますか?」
「ふむ・・・・余計な争いごとを避けるためには貴族であることが知られない方が良いだろうな。つまり一般市民のような刺繡が無く目立たない服装だろう」
「確かに目立たない服装と言うのは正解ですが、一つ問題点があります」
「それはなんだろか」
「テセウの顔です」
「顔?」
「そう、市民として生活するには顔が良すぎる」
テセウはシュナイザー様のワイルドさとリリー夫人の凛とした顔立ちの良い所取りをしているから美形なのだ。顔の良さと言うのは利点が沢山あるが、逆もまた叱りなのだ。
「テセウのような美形が市民として普通に歩いてたら人攫いに目を付けられますよ」
「そう・・・・なのか?」
「そうなんです」
いきなり褒められたテセウは少し恥ずかしそうにしてるが、これは結構大事なことなのだ。
「人攫いと言うのは幼い子供を狙い、特に女を狙うと思われてすけど美形であれば男でも女でもどちらも狙います。俺の街に居た男のガキで一人顔が良い奴が居たんですけど、よく狙われて大変でした」
美形の男のガキは薄汚い金を沢山持った貴婦人や荒くれ者のボス、痛めつけるのが趣味の奴や一部の男に人気なんだと。それに綺麗な分高く売れるから人攫いからすると狙いどころなのだ。
「そうなのか・・・・大変だったのだな」
「そいつには顔を隠し、土などで顔を汚させるようにして決して一人で行動させないようにしました。中にはわざと顔を傷つけて商品として売られないようにしている奴も居ましたよ。そこまでするくらい美形と言うのは結構厄介なんです。なので」
「俺が一般市民の格好をするのは危ないと」
「その通り。なので俺としては冒険者を装うことをお勧めします。それか、どこかの貴族に使えている従者の格好ですね。武器を持ち防具を身に付けていればある程度戦うことが出来ると目に見えますから、狙うリスクが高まります。テセウが持っている大きなバトルアックスなんて威圧感たっぷりですからね」
あいつらは無力で騒がせず瞬時に連れ去れるような相手を選ぶ。抵抗されて返り討ちになったり、衛兵に見つかるようなことは避けるから大きな武器を持っていたらいくら美形でも攫わないのだ。
「確かに武器を持っていればリスクが高いな。冒険者は見た目が子供の姿をしていてもクロガネのように強力な力を持っている者も沢山居るからわざわざ狙う事はしないだろう」
「武器を持っているので少し目立ちはしたり荒くれに絡まれたりはするでしょうけど、人攫いに狙われるよりましです」
「納得した。では従者の格好と言うのは何故だ?」
「単純に貴族と関りのあるような奴を狙う訳が無いからですよ」
ただの従者とは言え少しは貴族と関りが有る者だ。テセウやシュナイザー様は関わりやすく親しみやすいから忘れてしまうけど、本来貴族と言うのは俺達平民の上に立ち、簡単に平民を処刑できる絶対的な権力を持った人々なのだ。そんな力が有る人々の従者を攫って不興を買ったら、その後の商売に関わるし衛兵や騎士達だって動くかもしれない。だから、悪事を働こうと思ったら貴族と関わらないのは鉄則なのだ。逆にその権力を活かして悪事に手を染めてるような貴族も居るけどな。
「貴族と言うのは絶対的な権力者です。その従者にすら手を出そうとは思わないものなんですよ」
「そんなに貴族と言う立場は強いのか?」
「強いです。平民なんかは関わりたくも無いぐらいには」
テセウは町に馴染んでいるから実感が湧かないだろうけど、悪事を働いてなくても不興を買うのを恐れ平民は関わろうとはしないだろう。
「クロガネもそう思うのか?」
「面倒ごとは嫌いですから積極的に関わろうとは思わないですね。勿論テセウとシュナイザー様は別ですよ」
「そうか、無理をさせているのでは無いかと思ったんだが」
「そんな事無いですよ。指導役を結構楽しんでるんですから」
「それなら良かった」
「それでは続きを。従者の格好は貴族と関りが有るという事が見た目で分かってしまうので市井の暮らしを体験することは無理でしょうが、厄介ごとには絡まれないと思いますので好きな方を」
「ふむ、その時が来たらそうしよう」
「テセウ様」
悪戯を思いついたような笑みを浮かべるテセウを窘めるサピロさん。
「安全策を取っても絶対は無いんですから黙って一人で行っちゃ駄目ですからね」
「勿論だ」
あ、これ理解はしているけどやらないとは言ってない顔だ。少しくらいの冒険なら良いと思うけどあんまり心配させちゃ駄目ですからね。
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