飽きそうだから変化を付けて
ブレストによそられた大盛りの飯を腹に詰め込んだ俺はまた二人と別れてテセウとサピロさんと一緒に中庭で気配を探る訓練をしていた。音の判断や風の違いが少し分かるようになってきているけど、これは特別な才能やスキルが無い限り長い間訓練しないと身に付かないもの。すぐに習得は無理だから違う訓練もするか。
「右の真横だ」
「正解、段々わかるようになってきたけどこれは長い間訓練を続けないと駄目なので、違う訓練もしましょうか」
「了解だ」
「それじゃあ、武器を持ってきてください」
気配を探るのに集中させるために武器を置かせていたので、取りに行かせるとサピロさんは次は何をやらかすつもりだと俺を見ているので笑いながら
「そんな目をしなくても変な事はしませんよ。ただ、テセウ様の弱点をどうにかしようと思っただけです」
「待たせた」
「いえ、それじゃあ早速手合わせと行きましょうか」
「手合わせか!」
「俺も攻撃をするからしっかりと防御してくれよな」
手合わせと聞き目を輝かせて喜ぶテセウ。期待してくれてるみたいだけど、これからやることは大変だぞ~俺は、武器を構えず正面に立つと困惑の表情を浮かべながら
「武器は構えないのか?」
「今回は素手でいきます。遠慮なく当てに行くのでお構いなく」
「そうか、少しでも本気になってくれるよう頑張るとしよう」
「それじゃあ、始め!」
開始の合図と同時にテセウ様は身体強化を掛けるのと同時に力強い踏み込みと同時に地面抉る重い一撃を振り下ろす。俺は横に移動し軽く避けるとバトルアックスを振り下ろしたことによってガラ空きになっている脇腹に一発蹴りを入れるがその瞬間何かを使った気配を感じた。
ダンッ
そこそこの威力のはずだがまるで岩でも蹴ったかのように固い腹に阻まれダメージは入っていない。振り下ろしたバトルアックスを引き接近した俺を横薙ぎするが、それを飛んで避け顔面に蹴りを一発。
ん~やっぱりスキルを使って防いでるけど一体それが何時まで続くのかな~
攻撃を受けそうになった一瞬だけスキルを使って防御をしているということは、消耗が大きいか長時間使えないってことだろうな~もしくはっ
飛んだ俺の着地点を見て足元を掬うように横薙ぎの勢いのまま回転すようにバトルアックスを振るうテセウ。俺は体を捻り滞空時間を延ばしそれを避ける。着地した瞬間距離を詰め鳩尾に膝蹴りと顔面を右手で殴りつける。物ともしていないテセウは近づいた俺を吹き飛ばすように全身でタックルをしてきた。当たりたくないから、バイバイっ頭上を軽く飛び越える。
一部の場所限定や同時に発動できない訳じゃなさそうだな。つまり全身も可能ってことだろうけど目に見えて消耗してるな~
「息上がってるけど、大丈夫?」
「そちらこそ、ダメージを与えられていないが武器を使った方が良いのでは?」
「お、元気そうだな。んじゃどんどん行くぞ~」
疲労の色を見せるテセウを挑発してみたが流石にこれには乗って来ないよな。テセウの武器は重武器のバトルアックスで戦い方も重さを活かした一つ一つの威力を重視した攻撃。だから、攻撃をした後は必ず隙が生まれそこをつかれるが、スキルによる防御で補う。一見攻守のバランスが取れていて良さそうに見えるけど、スキルを連発しただけでそんなに疲労したんじゃ長期戦になったら完全に不利になるぞ。
「ぐっ」
「よっと」
「ハアッ」
「ふふん」
攻撃の隙を的確に突いて、横腹、顔面、太ももに脛、攻撃出来るとこは全て殴っていく。防御が硬い相手は苦手なんだけど、攻撃すればするほど明らかに消耗しているから楽な部類だ。太刀筋や技のキレは良いけど、俺相手だと遅いから避けるのは余裕なんだよな。それに一つ一つの動作が分けられていて、滑らかな動きが無いから隙が大きい。全くダメージを受けずに一方的に殴っているから虐めてるように見えるけど、心を鬼にして蹴るっ
「ぐぅっ」
お、そろそろ限界か。今まで感じていた岩のような硬さは無くなり素の肉体と身体強化による防御しか感じなくなった。この防御の重要な点は一度ミスってダメージを受けて怯んでいる間に次の二発目を防御できるかなんだが・・・・脇腹を守り切れるかな?
「ごはっ」
「終了~」
駄目か。集中力も切れたみたいだし、一旦手合わせは終わりだな。
「いや、まだ!」
「いいや、終わりだ。今の一撃ナイフだったら即死してるぞ」
「ぐっ・・・・」
「今のを通してどう感じた?」
「クロガネには遠く及ばないという事を改めて実感した」
「いや、そういうのじゃなくて」
別に俺の実力を証明するために手合わせをした訳じゃないからそういうのは要らない。
「俺には速さが足りていないのでは無いかと思った。素早く柔軟であるクロガネの動きに翻弄され攻撃を与えることも出来ずただただ消耗するのみだった。最後には防御も出来ずやられてしまっていたから大幅に動きを変える必要があると思ったのだが」
「うんうん、正しくもあり間違ってもいる」
「どういうことだ?」
「今使ってる重く力強い戦い方ってのは、テセウに良く合っていると思うから完全に捨てるのは勿体ない。ただ、速い相手にも対応出来るように新しい技を覚える必要はあると思うけどな。それと、俺に翻弄されたのは戦い方の所為だけじゃない、俺の動きをしっかりと見て無いからだ」
今まで積んできた鍛錬を全て捨てるのは勿体ないし、テセウの戦い方の基本はそれで良いと思う。その戦い方をいかに実戦用に応用できるかの問題だな。後の問題は相手の動きをしっかり捉えられてないってことだ。
「確かにクロガネは速いがしっかりと捉えてるはずだが・・・・」
「テセウが見ているのは俺の姿だけだ。手の動き、足の向き、目線。へその向き、姿勢そういった細かい部分まで見なきゃ前衛はやっていけないぜ」
魔物と戦っている時は相手の体が大きく仕草なども分かりやすかったから対処できていたけど、相手の大きさ関係無しに細かな動きというのは見逃しちゃならないものだ。前衛職は相手と近距離でやり合うから一瞬の判断が命取りになる。その命を分ける判断をするためには相手の癖や予備動作、次の攻撃は何が来るのかという読み合いをしなきゃならないのだ。
「細かい部分・・・・」
「どんな相手にも癖はある。例えばテセウは踏み込む前に必ずどちらかの脚が横を向いてから踏み込んでいるとかな」
「そんな癖が」
「それを見れば相手が何をするか分かるから対処は簡単なんだよ。回避の方向や次の一手が分かるようになるから攻撃を当てやすくなるし、攻めるタイミングが分かるから防御だって簡単だ。テセウは一撃一撃が重く隙があるのだから、相手に確実に攻撃を当て防御できるようにならないと駄目だな」
「なるほど・・・・」
「それと力を使って防御するのは良いけど、消耗が大きいんだから対処できるものは避けるか武器で受け止めたりしねーとどんどん不利になるだけだぞ。んじゃ、もう一回」
戦いで相手の意識する場所を教えた俺は、何度もテセウと模擬戦を繰り返し足の動きや手の動きでどのような事をしたいと思っているのかを叩き込んでいく。足の向きが相手に向かってない時は攻める姿勢は無いし、体重が後ろに向いているなら受け止める気は無く避けるか受け流すつもり。視線の場所は攻撃しようとしている場所、相手が懐に潜り込もうとしているのは射程で不利を感じているから。相手の武器と得意としている戦法は何だ?
「お、流石は今まで伊達に訓練を積んでる訳じゃないな。上達が早い」
「ふっ褒めてくれて感謝するっ!」
一つ一つ言葉に出し指摘しながら模擬戦をやっているので、回数を重ねる度にどんどん良くなっている。元々実力はあり、それをどう活用できるかの問題だったからこの上達の速さには納得だけど少し意地悪をしてやろう。俺はわざと姿勢を崩しながら振り下ろしを避けそのまま体勢が崩れたまま右足に意識を向けながら拳を振るう
「っ!」
あ、今チャンスだと思っただろ。姿勢を崩した俺に追撃の横薙ぎと狙われている右足を引き避けようとしたが、それは全てハッタリだ。本当は薙ぎ払いを飛んで避けて回転蹴りによる顔面直撃なんだよな~まんまと引っ掛かったテセウは直撃を食らいよろける。
「引っ掛かったな」
「・・・・ブラフか」
「その通り~わざとこうやって隙を見せたりする奴もいるからな。他にもわざと視線を一部分に向けて警戒させておいて死角からとか、切ると見せかけて殴りのフェイントとかあるぞ。そういう戦い方は貴族が嫌がるだろうけど、盗賊や賢い魔物なら当然やるから注意しないと駄目だ」
かく言う俺もそのフェイントやブラフ、そして死角からの攻撃をよく使うからな。
「見分けるにはどうすれば良いのだ?」
「それは動きを見て、相手の殺気を感じるしか無いですよ。殴ろうとしているのに動きが変だったり、視線は足だけど体の動きが足に向かっていなかったりとよく観察して、細かい部分を見ながら全体を見れば大体は対処出来ます。それにそもそも、フェイントや奇襲は常に警戒しておくものです」
「なるほど、了解した」
世の中正々堂々と戦ってくれる奴の方が少ないからな。ちょっと意地悪だった攻撃も怒らず真剣に学ぶテセウに楽しくなってしまって、テセウの体力が切れるまで指導を続けてしまうのだった。
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