優しい指導と厳しい指導どちらがお好み?
未だに気付かないテセウ様に向かって
「テセウ様」
「!クロガネ殿とサピロか、すまない気付かなかった」
「いえいえ、集中していたみたいですね」
「あぁ朝の訓練だ。それで何か用だろうか」
「実は指導役の依頼を早くも請けれたので、今日から指導することになったのですが予定は大丈夫ですか?」
「そうか!それは喜ばしいっ父上に言われた報告書はもう提出済みであるし今日は授業の予定も無いから大丈夫だ」
「そうですか、それじゃあ早速・・・・」
「その前に敬語を止めて欲しい。クロガネ度は俺の指南役であるのだから、俺の方が敬語を使うべきだ」
え~いくら指南役でも立場的には貴族と平民だしな・・・・困ってサピロさんの方を見ると頷いたので、これは良いってことかな。
「分かった、それじゃあ敬語を止めるぞ。だが、俺は綺麗な言葉を習ってないから時々汚い言葉を言ってしまうかもしれないがそれは勘弁してくれ。それと、テセウ様は」
「テセウ」
「・・・・テセウは敬語を使わないでくれ。萎縮しちまう」
「分かった」
俺が貴族とかお偉いさんの前で聞かれた時以外あまり話さないのは、色々とボロが出るからだ。さっきのサピロさんの時だって、敬語が崩れちまってたし不興を買わないように基本黙っている方が良いのだ。シュナイザー様とテセウは話し易いから、ちょっと別だけどな。貴族相手に話すのに敬語無しは慣れていないからタメ口が混ざってしまうのは勘弁な。
「んじゃ、まず聞きたいのが。軽く優しい指導と深く厳しい指導どっちが良いか決めてくれ」
「厳しい指導で頼む。時間があまり無いから無駄にしたくはない」
即答だな~テセウならそう言うと思ったけどさ。大丈夫、厳しいって言っても肉体的に厳しいとかじゃないからサピロさんそんな顔をしないでくれ。
「了解、それじゃあ何を教えて欲しい?」
「全てだ。クロガネ殿」
「あ、殿も無しで」
「クロガネが知っている全てと技術を教えて貰いたい。そして、クロガネが思う俺に足りないものを教えて欲しい」
「足りないものか~」
足りないものと言えばやっぱり
「俺がテセウと一緒に居て一番足りないと思った事は、気配を読む力だな。気配を読むのは苦手ですか?」
「いや、苦手意識は無いが・・・・」
「それなら、良かった。まずは戦いの技術を教える前に気配を読む力を鍛えます」
苦手意識が無いならとことんやって貰おう。
「分かった。重要なことなんだろう?」
「えぇ超重要。環境的に育てられなかったのは仕方が無いですが、戦場では気配が読めないのは致命的だ。戦場では訓練と違い不測の乱入や死角からの奇襲が当たり前ですから、それを対処するために気配を察知するのが大事です。調査の時は俺が斥候かつ前衛として索敵をしてましたので、奇襲はありませんでしたけど前衛に立つテセウは奇襲を受けやすく戦闘に一番最初に参加するので察知は大事なんだ」
「だが、俺には防御があるからある程度の奇襲は・・・・っ」
危険な目に遭う事が無く、常に正面からの戦いで奇襲を受ける事無く正々堂々とした訓練を積んでいたらそりゃ気配を読む力なんて育つ訳が無い。汚い戦いを知らないテセウは明らかに経験不足だし、戦いに関する考え方が甘い。それに確かにテセウはマーダーマンティスの鎌を受けても、平気な程頑丈になるスキルを持ってるけどさ。俺は一瞬で気配と姿を消し、テセウの背後に周りナイフを首元に突き付ける。
「今の反応して防御出来ましたか?」
「っ・・・・」
全くもって反応出来なかったテセウ様は額から汗を流し息をのむ。テセウはどうする事も出来ずただ目を見開きながら首元に突き付けているナイフを持った腕を見ている。俺はテセウを開放すると、大きく息を吐き緊張から解けたようだ。
「反応出来なきゃ防御がいくらあっても意味が無いんですよ。テセウが持つ頑強さは常に発動している訳じゃないし、それすらも意味をなさず斬り裂く相手だっているんだ。理解出来ました?」
「あぁ分かった」
「調査の間もインセクトマンの攻撃に反応出来ていませんでしたし、その頑強さを活かすためにも気配の察知は鍛えた方が良い」
防御があるから平気だとか抜かすから、分からせるためにちょっと脅しちまったけど良い経験になっただろ。あの、流石にやり過ぎだと反省するからそんな睨まないで~隠れて監視してるのに視線で丸分かりだぞ~
「気配が読めるようになれば奇襲を受けるリスクが減り、乱入してくる奴にも心構えと準備をして向かい討つことも出来る。前衛なんて絶えず攻撃が来るんだから、それを読んで防御できるようになれば生き延びられるようになる。今のままじゃ護衛も無く街の外へ行けば、簡単に死にますよ。なので俺はテセウに生き延びる術を教えます」
「あぁ、頼む」
「それじゃあ、まず俺は気配を消しますので俺が何処に居るか当てて下さいね。あと目は瞑ってください」
「分かった」
気配を読むのに目は邪魔になる。俺は軽く気配と足音を消し、
「サピロさん、俺が手を上げたらテセウに俺が何処か聞いてください」
「分かりました」
傍に居るんだから使える者は使わないとな。俺は少し離れたテセウ様の正面に立つと手を上げる。
「何処ですか」
「・・・・右」
「残念、正面です。右の音は風で葉が動いた音ですよ」
葉が揺れた音に反応してしまったテセウ。音に敏感になるのは良いけど、その音が何でどうして鳴ったのかを判断できるようにならないと駄目だな。
「生き物はみな特有の気配を纏っています。それは足音だったり息遣い、体が揺れ服が擦れる音や体臭など色々です。それを耳と鼻、そして意識で感じるんです」
俺は話しながら歩き、左へと移動し手を上げる。
「何処ですか」
「左斜め前方だ」
「正解、声がしたので分かりやすかったですかね。この声というのも気配を読むのには重要なものです。何か力強い行動をするとき、息を吐き声が漏れることがありますそれを聞き逃さないでください。人間以外でもそうです。魔物であれば特有の鳴き声や羽音など分かりやすいですよね」
話しながらまた位置を変え、次は黙りながら背後に周り息を吸い手を上げる。
「何処ですか」
「・・・・左」
「違います。それはサピロさんの息遣いです。個人を判断する時は息の吸い方の特徴や風の音などを読んでください。サピロさんは息を吸って動かず立っているだけですよね。俺の息を感じてください」
次は正面だ。息を吸う。
「何処ですか」
「正面だ」
「正解。息というのは生き物は必ずします。だから、分かりやすい気配の掴み方です。そして息と言えば風です。風は何かに当たると分かれるように風向きを変えます。外に居る時は勿論、屋敷の中だとしても風の通り方で気配を読めます。そして他にも風は匂いを運びます。その者が纏っている特有の匂い、怪我を負っているのであれば血の匂い、山に紛れ野盗化した者達からは汗と獣、そして饐えた匂いなど分かりやすい」
俺はテセウ様に近付き右から来る風を遮るかのように立つ。
「右だ」
「正解」
「基本は今教えた風、音、匂い、そして魔力によって気配を探りますが何よりも分かりやすいものがある。それは視線と殺気だ。誰かが自分を見ているという事は狙われているか興味を持たれているという事。視線は力を持ち人は本能的に感じることが出来ます。テセウも経験があるだろ?」
「あぁ、誰かが見ていると感じたことはある」
「それを意識して感じるんです。視線には心が乗っています、惚れているのであれば熱く燃えるような視線、興味を持たれているのであれば商品を見極めるような厳しい視線、息や足音を隠すのは容易ですが相手を見据えている以上視線を隠すことは難しい」
俺は正面に立ちテセウの姿をまじまじと見ながら手を上げる。
「何処ですか」
「正面」
「正解。最も分かりやすいものは殺気なんですけど・・・・当てても良いですか?」
さっきちょっとやらかしたから遠慮気味に訊くとテセウは答えてくれた。
「勿論だ」
「それじゃあ、遠慮なく」
右斜めに立ち軽い殺気を当てる。そして手を上げる。
「何処ですか」
「右斜めだ」
「正解、今回は分かりやすく殺気を強めましたが静かに落ち着いたさっきというのもあるから注意が必要です。殺気を当てられてどう感じた?」
「首元がチリチリと痛むような、背中に冷たい物を感じた」
「その感覚を絶対に忘れないでください。それは、本能が命を守るために発している警告だ。どんなに凄腕の暗殺者やどんなに隠れるのが上手い魔物でも相手を殺そうとすれば必ず殺気を出す。みんなそれを何とかそれを隠そうとするが、完全に隠せるものじゃない。それを一早く気付ければ、奇襲なんて怖くないです。まぁ例外的に殺気を出さない奴とかも居ますけど、今教えた全ての要素で気配を探るんです」
殺気無しで相手を殺せるやつなんて限られてるからな。その場合は音や風で判断すれば良いのだ。武器を使えば当たった音と風を斬る音がする、いくら血を拭っても匂いは消せないし、体を動かせば風が生じる。相手を見なければ戦えないし、戦えば闘志は隠せない。完全にこの世から消え去るのは無理なのだ。俺だって魔力に関して鋭い奴なら見つかっちまう。
「それじゃあ、この訓練を取りあえず昼までやりましょう」
「分かった」
俺はわざと音を出したり、この音が何で生じたのかや風の流れはどっちに向いているかなど色々な事を問題にして出し、分からなかった部分は分かるまで徹底的に優しく教えていく。テセウからしたら、戦う方法を教えて欲しいだろうけど奇襲でやられたんじゃ戦いにもならない。それに、テセウは大事な次期領主であり経験も少ないから戦って勝つのも良いが生き延びることを最優先にするべきだ。
訓練の間、最初の件もあってかサピロさんと監視役の人達からの視線は痛かったぜ。ブレストならこれぐらい普通なんだけどな~
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