とんでも魔道具のような物
曇りガラスの先には広がっていたのは、右側には三列に並ぶ小さな壁に付けれているシャワーと蛇口に鏡そして座るための小さな椅子。床は淡い水色のタイル張りになっていて、奥の壁には見たことが無い山の絵が描かれその下には三つに分かれている湯が入っている空間がある。そして左側には木で出来た桶のような物に、横になれるような場所など様々だ。思っていたよりも広くて不思議な光景に圧倒されていると、いきなり肩に湯を掛けられた。
「うぉ!?」
「何ぼーっとしてるんだ?」
「いや、ナニコレ」
「ん?あぁ・・・・クロガネは風呂を知ってるか?」
「高位貴族が偶に持ってる奴だろ?あの馬鹿みたいに高いやつ」
俺とは無縁のものだが高位貴族の中には、湯を張った物の中に入って身を清める事が有ると聞いたことがある。だけど、湯を張るための魔道具はとても高価で殆どの人がシャワーで済ませると聞いたことがあるな。ちなみに、俺達みたいな庶民はそとにある井戸か川で水浴びするのが普通だ。
「そうそれ。この魔道具は風呂の豪華版って感じだな。俺の故郷だと銭湯って言うんだ」
「へ~銭湯か~」
また不思議な響きの言葉だ。ブレストの魔導書を見せて貰ってから、ブレストの故郷の言葉や文字を教わってるけど発音が少し難しいんだよな。
「使い方は簡単で、あのシャワーで体を綺麗にした後あの湯船に浸かるって感じだ」
ブレストに言われた通りシャワーの前に隣り合って座るとシャワーを手に取り、壁についていたノブを捻ると温かな湯が出てきた。
「おお~温かい」
「もっと出したい時はもっと捻れば水圧が強くなるから好きに調節してくれ」
湯が出てくることに驚きながらもブレストの真似をしながら体を汚れを湯で落とし、置いてあったビーの巣の形をした黄色の石鹸が渡された。
「これは髪も体も洗える石鹸だから、こうやってタオルで泡立てて・・・・よし、これで体を洗うんだ」
見せて貰った通り真似してみると、簡単に泡立ち石鹸からは仄かに蜂蜜の香りがして気分が和らいでいく。泡立ったタオルで体を洗うと汚れはどんどん落ちて行き、あっという間に綺麗になってしまった。
「この石鹸って何処で買ったんだ?」
「ん~?これは俺の手作りだ」
「今度教えてよ」
「良いぞ~」
俺と同じように全身を泡だらけにしながらブレストが答えてくれた。良い匂いだしこんなに綺麗に落ちるなら俺も作り方を知りたい!今度教えて貰う約束をしながら全身を洗ってシャワーで泡を落とすと全身ツルツルだ。
「んじゃあ、洗い終わったことだし体を洗ったタオルはあそこの棚に置いてあとはゆっくり湯に浸かろうぜ」
「どこに入っても良いのか?」
「おう、好きな所で良いぞ。一般的な風呂はあの中央の大きな湯舟だぜ」
「それじゃあそこにする」
沢山の種類の湯舟があるのでどれに入れば良いのか迷ってたし、普通のやつから試すのが一番だよな。ブレストと一緒に一番大きく湯気が仄かに上がっている風呂の中に入ろうとすると
「タオルは中に入れちゃ駄目だぞ」
「そうなんだ」
俺は腰に巻いてたタオルを外し隅に置くと、ゆっくりと足を入れてみる。湯の温度は熱くも無くぬるくも無く一肌程度より少し温かいぐらいで丁度いい感じだ。湯気が立っているから熱いのかと思ってたけどそうでも無いんだな~
熱さを確かめた俺はゆっくりと両足を入れて湯船の底に立ってみると意外と底が深くて太ももまで湯があるみたいだ。腰を下ろしたら顔の下まで浸かっちゃいそうだなな。ゆっくりと腰を下ろし少し段差がある場所に一旦腰を下ろし肩まで使ってみる。なるほど、こうやって体を温めるのか・・・・水に浸かったことは何度もあるけど湯だとこんなに違うものなのか。
温かな湯に体が包まれ、裸だと言うのにどこか安心感があり体の中からじわじわと温まってくるようで少し浸かっただけでも顔が暑くなってきたぜ。
「どうだ、風呂は良い物だろ?」
「うん、なんか気持ち良いね~」
「だろ~?俺が元居た場所は毎日風呂に入る場所で、こうやってゆっくりと湯船に浸かって体を癒すのが普通だったんだ」
「へ~毎日入れるってことはブレストって大金持ちだったの?それとも貴族!?」
ブレストはゆったりと肩まで浸かり体を湯の中に投げ出して凄くリラックスした姿で言ってるけど、風呂に毎日のように入れるなんてよっぽどの金持ちか高位貴族ぐらいだろ!?だから普段から小綺麗だし、物腰が基本的に柔らかくて丁寧なのか!?
「な訳無いだろ」
「え~どこかの豪商とか貴族の次男とか三男じゃないのか?」
貴族だけじゃ無く普通の家でも家を継ぐ長男以外は家から出されることが多い。ある程度の能力を持っていれば、就職先を見つけて住いを見つけられるけど能力が無いやつは路頭に迷うか冒険者になる事がよくあると聞いたことがある。王都の冒険者ギルドでもそう言った人をちらほらみかけたからその類かなと思ったけど違うのか。
「本当に普通の一般市民だぜ。俺が居た国だと風呂ってのは殆どの国民が毎日入るようなもんだったんだよ」
「へ~裕福な国なんだな」
「おう、世界的に見ても発展していた国だと思うぜ」
「そうなんだ。いつか行ってみたいな~」
「そうだな~・・・・本当に遠く離れちゃって帰る方法すら分からないからいつか行けると良いな」
「方法が分からなければ探せば良いんだよ」
故郷を思い出してるのか寂しそうな顔をしているブレスト。俺達はこれから世界の色々な場所を飛びするつもりなんだから、もし特殊な方法じゃないといけない場所でもきっと見つけられるさ。
「・・・・そうだな」
ブレストは笑いながら俺を撫でると、ゆっくりと目を閉じて湯の中に体を預けた。暫くの間俺もブレストを真似して目を閉じ、体を湯に任せ力を抜きこの不思議な空間を楽しむことにしよう。目を閉じると湯の温かさがより感じられ、水の音しかしないこの空間は静かで騒がしい気配がなくて落ち着けるな~偶にはこうやってゆっくりのんびりするのも良いな。
「それでさ~」
「なんだ?」
「結局この魔道具みたいなもの何なの?」
「ん?~あ~これはな師匠に作って貰ったんだ」
「師匠って放浪の魔女ヘルメアだったよな?」
ブレストに魔法と旅を教えたのはこの世で敵に回してはならず、世界の禁忌とされている魔女の一人、放浪の魔女ヘルメアだ。ブレストが師匠と呼ぶのは彼女しか居ない。
「おう。俺が師匠の下で生活してる時に誕生日プレゼントをくれる事になったんだが、その時にリクエストしたのがこの魔道具のようなものだ」
「だからその魔道具のような物って何なんだよ」
持ち歩きが出来て魔法が宿っていて自由に使用が出来るものなんて魔道具以外無いだろ?
「前に師匠の魔法の話はしただろ?」
「うん、確か創造魔法だっけ?」
「そう、師匠は思い浮かんだことや物を魔力を使って何でも作り出せるし現象を起こせるんだが、そんな師匠が作った物だから魔道具とは少し違うんだよ。例えばこんなに大きな空間を作り出す魔法を魔道具にするなら国家予算でも足りないくらいの空間属性の魔石が必要だし使うたびに魔力が消費するだろ?」
「当たり前だろ?だって空間を維持するのに魔力が必要だし、この湯やシャワーの湯、それにこの部屋を温めている魔法に常に浄化が空間全てに掛かっているみたいだし莫大な魔力が必要だろうな」
この空間の中には本当に様々な魔法が常に発動しているが、それを維持するためには当然魔力が必要になる。魔道具は周囲か使用者もしくは魔石から魔力を吸収して魔法を発動する。この理は全ての魔道具に通ずるものだ。
「だが、この魔道具は一切魔力の消費が無いんだ」
「は?」
「使用者や周囲から魔力を吸い取ることも、魔石を装填する必要も無いから実質永遠に使える魔道具だな」
「はぁ!?そんなの有り得ないだろ!」
「それが有り得るのが師匠の魔法なんだよ。魔道具は様々な素材を使って作られるけど、師匠はこれを魔力だけで作ったしここにある物や壁も全て魔力のみで作り出しているんだ」
「・・・・・」
あまりの事に思わず声も出ないぜ。恐らくだけど同じような物をフォルネーラさんも作れるだろうけど錬金魔法は必ず対価が必要になる。どんな物やどんな事にも何かをするには必ずそれに見合った対価が必要なのにそれを完全に無視して、魔力だけでこれだけの物を作り出したってのか?
「フォルネーラも言ってただろ?師匠の魔法は規格外なんだって」
「そりゃ言ってたけどよ・・・・ここまでとは思ってなかったぜ。というかそんな凄いものを誕生日だからって簡単に作っちまうのかよ・・・・」
「俺もさ~風呂に飢えてたからつい調子に乗って色々注文してたら、師匠も乗り気になっちまってこれが完成したんだよ。ちなみにこれより凄いのが・・・・」
「いや、いい。これ以上聞いたら頭が破裂するし処理が追い付かない」
なんかこれ以上に凄いものがあるみたいだけど、それを聞くのは今度の機会で良いや・・・・俺も少しとは言え錬金魔法を使えるからこの魔道具の異常さが嫌でも分かるけど、折角こんなにゆっくりできる空間に居るんだから余計なことは考えたくない。俺は耳を塞ぎ湯の中に身体を投げ出すのだった。
「そうか・・・・こういうのが色々あるからまた今度出してやるよ」
あ~聞こえない~
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