追想 ある<魔女>のモノローグ④
久々の追想です。
※今回はナズナとスズランのどちらかが語り部です。
私たちのお母さんは所謂<漂流者>だ。
生まれたのは二十一世紀の日本というところらしい。
お母さんは怒ったり不機嫌になったりといったことが滅多に無く、いつもニコニコ微笑んでいる、面倒見の良い、聖母みたいなヒトだった。
ついでに言うと、娘の私から見てもとびっきりの美人。
「お母さんね、若いころからとってもモテモテだったのよ☆」
――というのはあくまで自己申告でしかないけれど、嘘ではないと思う。
お母さんの生き写しとまで言われた私たち姉妹も、五年ほど前に<魔女>という概念が広まり迫害されるようになるまでは、男の子から告白されることが度々あったし……(もっとも姉妹揃って奥手だったから、返事は決まって「ごめんなさい」だったけれど)。
そんなお母さんに、私たち姉妹は子供のころこんな質問をしたことがある。
『ねえ、お母さん。お母さんの初恋の相手はどんなヒトだったの?』
『やっぱりお父さんが初恋の相手だったの?』
……うん。夕餉の席、それもお父さんの前でする質問じゃなかったわね……。
「相手はお父さんじゃなくて別のヒトだったわ☆」
のほほんと答えるお母さんの隣でなんとも言えない表情をしていたお父さんを思い出すたび、私は「あのときは申し訳ないことをしたな……」という気持ちでいっぱいになる。今なら。
『そうなの?』
『じゃあ誰だったの?』
けど、残念ながら当時の私たちは姉妹揃って空気が読めなかった。
「お母さんの初恋のヒトはね、一言で言えば変わり者だったの。それも相当な、ね」
『変わり者?』
『変人サンだったってこと?』
「そうよ☆」
そうよ☆て。
仮にもかつての想い人を変人と認めちゃっていいの?
幼心にそう思った憶えがある。
「お母さんの初恋は中3のとき。相手は同じ学校の男の子でね。小学生のころからいろいろ黒い噂が絶えなくて、そのせいで周囲から浮きまくりで、先生たちの間でも完全に腫れモノ扱いされていて……、所謂『ぼっち』で。なのに飄々としている変人だったの」
……そんなヒトを好きになったお母さんも、実は相当な変人だったんじゃないかしら?
『へ、へー……』
『相手の男の子の名前は?』
「それは恥ずかしいから企業秘密よ☆」
……普通は好きになったヒトが変人だったことのほうがよっぽど恥ずかしいと思うのだけれど……。
あと、今更だけれど『中3』とか『小学生』とか『企業秘密』とか、一部の<漂流者>にしか通じない単語を日常会話で多用する癖もどうにかしてほしかったな。
『じゃあ、黒い噂って例えばどんなの?』
『すごく気になるわ』
「そうねぇ。その男の子のせいで母親は酷い死にかたをしたとか、胡散臭い古武道を習っているとか、知り合いのお姉さんたちにいつもエッチなマッサージをしてもらってるとか……今思えばちょっぴり変わった噂ばかりだったわね」
……ちょっぴり?
『ふ、ふーん』
『それで? 好きになった理由はなんだったの?』
幼き日の自分たちを叱りたいわ……。
「お母さんの横で口をへの字にしているお父さんがあなたたちには見えないのかしら?」とお説教したい……。
「ほら、さっきも言ったとおりお母さん、若いころからモテモテだったから。ある日、街中で観光客にナンパされちゃってね。しつこく絡まれた挙句、物陰に連れ込まれそうになっちゃって……。そこを偶然通りかかった彼が助けてくれたの」
『『へー!』』
「どこからもなく現れたと思ったら、私をさっとお姫様抱っこして、その場から逃がしてくれてね……。ホント格好良かったわ、あのときの彼☆」
『ただの変人サンじゃなかったんだね!』
『王子様みたいな変人サンだね!』
どんな変人?
「そうね。……ただ、」
『『? ただ?』』
「……彼、お母さんが『何かお礼をさせて』って言おうとしたら、『名乗るほどの者じゃありません』って遮って走り去っちゃったのよね……」
『え。』
『もしかして、』
「そう。お母さんが翌朝学校でお礼を言うまで、彼は助けた相手が級友であることにすら気付いてなかったのよ」
酷いオチだわ……。
もっとも腫れモノ扱いされていたというその男の子に「他人にもっと関心を持ちなさい」と言うのも、それはそれで酷な話かもしれないけれど……。
『じゃあ、その男の子とは最後までただのお友達でしかなかったの?』
『なんの進展も無し?』
「そうね。積極的に話しかけたり、わからない問題の解きかたを訊いたり、何度かアプローチはしてみたけれど。彼が吃驚するくらい朴念仁だったこともあって、特に進展は無かったわね」
……ホント、なんでそんな厄介な男の子を好きになっちゃったの、お母さん。
「――それに問題は他にもあったし」
『え。他にも?』
『どんな問題?』
「実はね、彼には妹分とも言える女の子がいて、そのコも同じ学校に通っていたの。――まあ、妹分とは言っても正確には従妹さんらしいんだけど……」
『妹分?』
『従妹さん?』
「そう。そのコは名家の跡取り娘さんで、お母さんと学校一の美少女の座を争っていたんだけど、お兄ちゃん代わりだった彼のことを海よりも深く慕っていてね」
『『そんなに』』
「ええ。お母さんが彼にアプローチしようとするといつもすっ飛んできて、『ソイツは私のよ!』と言わんばかりに鬼のような形相で睨んでくるワケ。物陰からね。彼に近付く女の気配をどうやって察知しているんだろうって、みんな不思議がってたわ。その神出鬼没っぷりは学校の七不思議のひとつとして数えられていたほどよ」
『『何それ怖い』』
乙女の勘というヤツだったのかしら……。
「でしょう? お母さん、そのコを敵に回す度胸が無くて、彼と恋仲になるのは諦めざるを得なかったの。……彼にとってお母さんは最後までモブの一人でしかなかったと思うわ。向こうはもうこっちの名前すら憶えてないでしょうね」
その従妹さんも件の男の子のどんなところがそんなによかったんだろう……。
確かに親切なヒトではあったんだろうけれど……。
でも、そんな変な男の子、私なら好きになることは絶対無いと思うわ。
…………けど、
「お母さんは中学の卒業と同時に故郷を離れて、その直後に『こっち』へ来ることになったから、彼がその後どうなったのか知らないのだけれど。……ちゃんと幸せになってくれたかしら……」
――ムスッとしているお父さんの横で「『初恋は実らない』って本当ね……」としみじみとした口調で呟くお母さんは、初恋の男の子のことをちょっとだけ引き摺っているように見えた。
そしてその日お母さんが口にした『初恋は実らない』という言葉は、私の心に深く刻まれたのだった……。
☽
そんなお母さんが流行病で死んでしまったのは、現在から七年ほど前――私たち姉妹が十四歳のとき。まだ<魔女>という概念が広まる前のことだ。
自分がもう長くないことを悟ったお母さんは、ある晩私たち姉妹を外へ連れ出し、夜空を見上げてこう切り出した。
「ナズナ、スズラン。お母さんの生まれ故郷ではね、流れ星が消えてしまわないうちに願い事を三回繰り返すと叶うと言われているの」
なんでもお母さんが言うには、天の国に御座す神様がときどき地上の様子を覗くために天の国のドームを開くことがあり、流れ星はそこから零れ落ちた天の国の光のカケラなのだという。
だから流れ星が流れている間だけは、開いたドームから私たちの声が神様に届くんだとかなんとか。
「流れ星は天国にも地獄にも行けず彷徨っているヒトの魂魄という説もあってね、『Rest in Peace』と三回唱えることで彼らを救済できるらしいの」
『Rest in Peace?』
『どういう意味?』
「『安らかに眠れ』という意味よ。要は『天国にも地獄にも行けないでいるあの憐れな魂魄をどうかお救いください』って神様にお願いするワケ」
お母さんはそう言って、「まあ、そうは言っても、自分のことをお願いするヒトのほうが圧倒的に多いんだけどね。『意中の彼と付き合えますように』といった感じで」と笑った。
「『こっち』はスゴイわよね……夜空を見上げればすぐに流れ星を見つけることが出来るんだから」
『えっ?』
『どういうこと?』
よくよく聞くと、お母さんが生まれたところは『こっち』みたいに流れ星が毎晩何十、何百と流れたりはしないらしい。
「お陰でお願いし放題だわ」
『でもお母さん、流れ星が消えてしまわないうちに願い事を三回も言うなんて無理じゃないかしら?』
『あっという間に流れて行っちゃうわよね?』
「それは気合が足りないからよ」
気合の問題かしら……。
「ナズナ。スズラン。お母さんは死んだらお星様になるわ。この月の周り、地球との間をグルグル廻る流れ星になって、あの空からいつもあなたたちを見守ってるから」
…………けど。それでも。
私たち姉妹は、そんなお母さんが大好きだったんだ。
「だから、あなたたちは笑っていてね」
いつだって自分のことよりも娘たちのことを第一に考えてくれたお母さんが。
命を散らすその直前まで私たちの幸せを願ってくれていたお母さんが。
本当に……本当に大好きだったわ……。
「お母さんが死んでしまっても……この先どんなに辛いことが待っていても。綻ぶ花のようなその笑顔を、これからもずっとずっと咲かせ続けてね」
――雨風に打たれてなお気高く咲き誇る、薺や鈴蘭のように。
お母さんはそう言って。
そして最後に、私たちを優しく抱き締めてくれた。
「約束よ、ナズナ。スズラン」
お母さん――アヤメという名だった――がその命を散らしたのは、その翌日のことだった……。
☽
……そういえば。
とうとう最後まで教えてもらえなかったけれど。
お母さんの初恋のヒトは、なんという名前だったんだろう。
『初恋は実らない』。
それが本当なら、私のこの初恋も……。
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