♯73 続・不器用な聖女様と、黒幕に対面した
第73話。
※前回に続き語り部はスズランです。
「復讐じゃと!?」
――『私の目的。それはズバリ――「復讐」です』
ミモザ様が口にしたその言葉に、ツバキちゃんが息を呑む。
「待ってください、ミモザさん! 復讐って、何への復讐ですかっ!?」
そう訊ねたのはシャロンちゃんのお母さん――リオンさんだった。
その表情はどこか遣る瀬無さそうで。
あるいはひょっとしたら、彼女はミモザ様の答えを予想していたのかもしれない。
私と同じように。
「決まっています。私の最愛のヒトを殺し、教団を乗っ取った連中への復讐です」
「!」
やはり……。
「私は確信しています。変死したアベルは、『秩序管理教団』の連中に殺されたのだと」
「それじゃあ教団の総本山である『メンデル』へ攻め入るために『深きものども』の軍勢をっ?」
「そのとおり。私は『メンデル』を脱出したあの日、教団へ復讐することを誓いました。必ず戻ってきて、私からアベルを奪った連中に復讐するとね」
リオンさんとミモザ様のやりとりを聞いて、私はハッとする。
「もしかして……。あなたが私たちに命じた航海も、この島では手に入らない物資の入手や<魔女>の保護が目的ではなく……」
「ええ。『深きものども』の素体を集めることが狙いだったのですよ。『深きものども』は<魔女>や<漂流者>を素体にしたほうが強力な個体が出来上がることがわかっていますから」
「……ダリアちゃんを聖女として担いだのも、みんなの希望の象徴としてじゃなく、」
「ハナビ様という守り神の存在、『この島が安全なのはハナビ様の結界のお陰である』という話に少しでも説得力を持たせるためです。せっかく集めた素体を逃がさないためにも、ここは絶対に安全なんだと思わせる必要がありましたので」
く……っ。
「ですがミモザ様、『深きものども』に『改造』した者たちをどうやって従えるおつもりなんですか」
「ご心配なく。私は『深きものども』を操る術を持っていますので」
なっ……!?
「! ひょっとして、この島がこれまで『深きものども』の脅威に曝されることが無かったのも偶々なんかじゃなく」
「お察しのとおり。私が陰で対処していたのですよ」
ミモザ様はそう言って、暗雲立ちこめ始めた夜空を見上げると、これ見よがしに溜め息をつき、
「……当初からこの島の人口が二百を超えたら島民の『改造』に着手するつもりだったんですよ。そして途中までは上手くいっていました。第一区と第二区の皆さんを『深きものども』へ『改造』したところまでは、ね。――あとはスズランさん、帰港したあなたがたを第三区の皆さんと一緒に『改造』してしまえば計画は無事完了するはずだったのですが……」
「……が?」
「あなたがたが余計なお土産を持ち帰ったせいで、計画が狂ってしまいました」
余計なお土産?
「イサリクンたちのこと?」
「ええ。あわよくば彼らも『深きものども』の素体に……と思ったのですが。欲をかかず、彼らがこの島を去るのを大人しく待つべきだったと後悔していますよ。人間を『深きものども』へ『改造』するのに二ヶ月はかかるからと焦るべきではありませんでした。どうせ一度に変えられる人間の数は限られているのですし」
「……なるほど。だいたいわかった」
そう言ったのはクロエちゃんのお父さん――ロウガさんだった。
「だが、まだいくつかわからんことがある」
「なんでしょうか?」
「人間を『深きものども』へ変えるのに必要なモノとはなんだ? あなたはその知識をどこで手に入れた?」
その質問に、ミモザ様はまたあの禍々しい笑みを浮かべる。
雰囲気が、変わる。
私がよく知るミモザ様から――私の知らない『何か』へと。
「答える必要はありませんね」
「ならば、どうやって『深きものども』を操っている?」
「ああ――それならばお答えできますよ」
そう言ってミモザ様はローブの裾から何かを取り出す。
彼女が取り出したモノ。
それは、血のように朱い奇妙な紋様が表面に描かれている銀色の鐘? 鈴? だった。
「ちょっ……アンタ、それ!」
それを見てアリシアちゃんが慌てふためく。
「なんでアンタがそんなモン持ってるのよ!?」
ミモザ様は答えなかった。
代わりに、手にしたそれを振って鳴らす。
ジャリィィィィィィィィ……ン――
ひどく重々しく、そして寒々しい音が周囲の空気を震わせ……直後、
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
ギョイィィィィィィィッ!
今さっきミモザ様が出てきた茂みの奥から、今度は三十匹近い数の『深きものども』が踊り出てきた。
その体色は濁った緑ではなく銀混じりの黒。
一般的な『深きものども』のそれだった。
「そうそう、スズランさん、あなたさっき『どうやって島民を火山の火口まで運んだの?』と訊きたそうな顔をしていましたね。これが答えですよ。実は私には強力な眠り薬を手に入れる手段がありましてね。それで皆さんを眠らせたあと、陰で従えていたオリジナルの『深きものども』を使って皆さんを運んでいたワケです」
ミモザ様はそう言って、手にした鐘? 鈴? を再度振って鳴らす。
「! いけない、みんな逃げて!」
それを見て、何かを察したらしいアリシアちゃんが叫んだ。
だが、私たちがその警告に従って駆け出す前に、『深きものども』はミモザ様の傍らに集まり、身を寄せ、溶け合い――そして、
ギョゴォォォォォォォッ!
「「「「「巨大化した……!?」」」」」
――目を瞠る私と島民たちの前で、全長十メートルに達しようかという化け物へと合体していた。
「は、はわわわわわっ」
「嘘でしょう」
「どうなってるノ!?」
「これ、さっきのハンドベルのチカラ?」
見ればシャロンちゃんやクロエちゃん、それにイリヤちゃんやリオンさんも驚きのあまり目を瞠っている。
「む……う」
「「「「「ひぇええええ……」」」」」
「そ、そんな……」
「やっぱりぃ!」
いっぽう、ツバキちゃんと部下の殿方たち、そしてルーナちゃんやアリシアちゃんは初見ではないのか多少冷静だったが、それでも焦りを隠せずにいた。
「逃げろ、みんな! コイツは人間が敵う相手ではない! 俺が出来るだけ時間を稼ぐ!」
真っ先に我に返ったロウガさんが吼えて、長剣を構える……が、無茶だ。
彼自身が今言ったとおり、この化け物は人間が敵う相手じゃない。
ロウガさんはもちろん、ヨハネスさんだってこれを相手取ることは不可能だろう。
もしもこの世にこれを相手取れる人間がいるとすれば、それはおそらく……。
「む、無茶です、お父さん! 死ぬ気ですか!?」
「クロエさんの仰るとおりですよ、ロウガさん。大人しく投降していただけると助かります。私も出来ればあなたがたを殺したくはないのですよ。『深きものども』の素体として使えるのは生きた人間だけですから」
勝手なことを宣いつつ、ミモザ様が三度、鐘? 鈴?(リオンさんが言うところのハンドベル)を鳴らす。
ギョゴォォォォォォォッ!
同時に化け物が動いて、一瞬でロウガさんとの距離を詰めると、その鋭く長い両手の爪を閃かせた。
「ぐっ……!」
ロウガさんは長剣で受け止めるも、化け物の圧倒的なパワーの前に吹き飛ばされ、礼拝所の外壁に背中から叩きつけられてしまう。
「う……ぐ」
「お父さんっ!」
なんとか身を起そうとする父親のもとへ駆け寄るクロエちゃん。
「「「「「このっ」」」」」
ツバキちゃんの部下である殿方たちが化け物を取り囲み、棍で代わる代わる打ちかかるが、全くダメージを与えられていなかった。
「<天鳥船流>――『怒涛』!」
イリヤちゃんが繰り出した渾身の一撃、目にも止まらぬ滅多突きが千切り飛ばした爪も、あっという間に再生してしまう。
そして――気が付けば。
私は化け物の右手に、ダリアちゃんは左手に、それぞれ鷲掴みにされていた。
「くっ……!」
私は化け物の拘束から抜け出そうと、必死に藻掻く。
が、抜け出すどころか身動ぎひとつ出来なかった。
「あなたたちだけは絶対逃がしませんよ、スズランさん、ダリア。島の住人の中でも一際強大なチカラを持つあなたたちは最高の素体になってくれるに違いありませんから」
!?
「私はともかくダリアちゃんまで『改造』する気ですか!?」
「もちろんです」
即答だった。
「作るつもりなど無かったのに、運悪く出来てしまった子供です。ここまで耐えて育ててきたのですから、少しは役に立ってもらわなければ」
そん……な……。
「血を分けた子でしょう? 可愛くないんですか?」
「親なら子供が可愛いはず、なんていうのは幻想ですよ」
っ。
「お母……さん……」
両の眼から涙をボロボロと溢れさせて、縋るような眼差しを向けるダリアちゃんへ、ミモザ様は嘲弄を返す。
「やっとあなたの世話から解放されると思うと清々しますよ、ダリア」
「――――――」
「ヤメて! そんなヒドイこと言わないで! たった一人の肉親にそんなことを言われたら、」
「『たった一人の肉親』?」
「お母……」
「ヤメ、」
「私にとってダリアはそんな大層な存在ではありません。言ったでしょう、『作るつもりなど無かったのに、運悪く出来てしまった子供』だと。――要らないんですよ、こんな子」
――その瞬間だった。
「ああああああああああああああああああああっ!」
あのダリアちゃんが。
滅多に感情を表に出さず、シモンさんに殺されかけたときですら取り乱す様子を見せなかった女の子が。
慟哭の叫びを上げた。
同時に、ゴゴゴゴゴゴ……と地鳴りとともに途轍もない激震が島全土を襲い、地面に巨大な亀裂が生じ……、「わあっ!?」とツバキちゃんたちがたまらず尻餅をついて、私たちを掴んでいた巨大な化け物すらもが蹈鞴を踏む。
「こ……これはっ!?」
真っ二つに引き裂かれる大地。
地面に生じた巨大な亀裂から突如噴き出す間欠泉。
「……違う」
その真っ赤な溶融物は間欠泉などではなかった。
それは熱湯や蒸気などという生易しいモノではなく、
「まさか……岩漿!?」
そう。夜空を焦がさんばかりの勢いで噴出した灼熱のドロドロの正体は、なんらかの要因により地中奥深くから引っ張り上げられた岩漿だったのだ。
「い……いかん! 下がるんじゃ、皆の衆!」
ツバキちゃんが悲鳴混じりの指示を飛ばし、
「きゃあっ!」
「ルーナ!? ルーナ、しっかりしなさい!」
地震でバランスを崩し転んだルーナちゃんが、背後にあった建物の外壁で後頭部を打って気を失い、アリシアちゃんに抱き起され、
「アハハハハハハハハッ!」
ミモザ様の姿をした『何か』が哄笑を上げる。
「そう――やはりそうだったのですね! ダリア、あなたのその身には、四半世紀前の戦いで我らを散々苦しめてくれたあの女が――」
それはまさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
「…………助けて…………」
私は悲鳴を上げて逃げ惑う仲間たちを直視できず、化け物の手の中でぎゅっと目を閉じる。
瞼の裏に浮かんだ男の子……未来視のチカラが教えてくれた最後の希望へ、祈る。
「私を……ダリアちゃんを……みんなを助けて! イサリクン……!」
――そのとき。
私の鼻先に、何か冷たいモノが触れた。
「………………?」
恐る恐る目を開ける。
そして目に飛び込んできたその光景に、私は息を呑んだ。
「こ……これは……!?」
キラキラ、キラキラ――と。
夜天から無数の煌めきが降り注いでいた。
その無数の煌めきは螺旋を描きながら収束すると、瞬く間に結合し、岩漿を吐き出していた地割れへと降り注ぐ。
分厚い氷の天蓋を形成し、割れ目を塞いで、岩漿の流出を阻む。
気付いたときには、周囲一帯が薄氷と霜柱で覆い尽くされ、銀世界と化していた。
「なんじゃこれは!? 冬の『ヤポネシア』ならともかくこの『死の湖』地方でこんな雪景色――くしゅん!」
夜天を怪訝そうに見上げたツバキちゃんがクシャミをする。
無理も無い。今や周囲の気温は、吐く息が白くなるほど下がっていた。
普段イサリクンが侍らせている女の子たちは皆、この島に上陸するにあたってあの際どい制服から普通の衣装に着替え済みだけれど、それでもこの寒さはたまったものではないだろう。
「い、いったい何が!?」
「これはまさか……、昔お母さんが言っていたダイヤモンドダスト現象!? 大気中の水蒸気が昇華することで発生するという――」
「何これっ!? いきなり氷河期が来たとでも言うのっ!?」
シャロンちゃん、クロエちゃん、リオンさんも困惑顔だ。
そしてそれはミモザ様も同様だった。
「神威の暴発によって引き起こされた岩漿の噴出を止められるのは神威のみ……。まさかこれは――!?」
意味不明なことを独り言ち、ミモザ様は沈思する。
その隙をイリヤちゃんは見逃さなかった。
「今よ、みんな! 逃げテ!」
イリヤちゃんは仲間たちへ戦略的撤退を促し、
「スズランさん、ダリアちゃん! 必ずウチのセンチョウを呼んデくるカラ、少しだけ待っていて!」
私たちにそう言い残すと、イサリクンとナズナ姉さんが消えた隘路へと飛び込む。
そしてツバキちゃんや、ロウガさんに肩を貸したクロエちゃん、気絶中のルーナちゃんをオンブしたアリシアちゃんといった面々もまた、
「止むをえん! 全員イリヤに続け!」
「お父さん、しっかり! 逃げますよ!」
「あーもうっ、手の掛かるマセガキね!」
とかなんとか言いながらイリヤちゃんのあとを追い、島の住人たちもそれに続いた。
「おっと、逃がしませんよ」
それを見て、ミモザ様がハンドベルを鳴らそうとしたそのとき。
「あれ? ご主人様ここにもいない……。もしかして入れ違いになっちゃった?」
「――――――!?」
聞き覚えの無い声が、私の耳朶を打った。
「あなたは……」
ミモザ様が声の聞こえたほうへと振り返り、目を眇める。
私はその視線を辿り――
「えっ」
思わず目を瞬かせた。
みんなが消えたのとは別の路地――港とこの広場を結ぶ大通り。
そこに、一人の少女が立っていた。
地面に触れてしまいそうなほど長く伸ばした銀の髪と、兎のように赤みがかった目が印象的な、なんとも儚げな美少女だ。
見たところ年齢は十四、五といったところだろう。
良く言えばスレンダー、悪く言えばメリハリに欠ける身体つきの……けれど人間離れした美貌の持ち主だった。
惜しげもなく晒されたその肌は、足の指先からオデコまで全身シミひとつ無く、雪のように白い。
…………うん。遠回しな言いかたはヤメよう。
宵闇の中で佇んでいたその少女は――――全裸だった。
「ま、いっかぁ」
全裸の痴女……もとい、少女が言う。
嫋やかな――けれど、どこか冷たい笑みを浮かべて。
銀鈴の声で。
ダリアちゃんには目もくれず、合体した『深きものども』と、ミモザ様と――そして何故か、私を順繰りに睨んで。
「このデカブツをやっつけたら、きっとご主人様にいっぱい褒めてもらえる……。こんな女狐より私のほうが良いオンナだってことに気付いてもらえるよね☆」
…………あ、あらっ?
このコ、なんで私にまで敵愾心剥き出しなの……?
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