♯72 不器用な聖女様と、黒幕に対面した
第72話です。黒幕の正体に迫ります。
※今回の語り部はスズランです。
イサリクンとナズナ姉さん。
二人に置いていかれてからこっち、私はずーっとモヤモヤしていた。
「何かしら、これ。なんだか胸が苦しいわ。それにチクチクする」
まるで心臓をきゅうっと締め付けられ、小さな針で刺されているみたいだ。
「ヒドイわ姉さん。私には『危険だとわかっていてあなたを行かせるワケにはいかない』なんて言っておいて。自分がイサリクンに同行するなんて。オマケにイサリクンにお姫様抱っこしてもらってるし!」
姉さんに邪魔されなければ、私がイサリクンにお姫様抱っこしてもらえたのに!
「イサリクンもイサリクンだわ」
私が最初に案内役を買って出たのに。あとから割り込んできた姉さんを連れていっちゃうなんて。
「……どうして私を選んでくれなかったの?」
ぜーったい! 姉さんよりも私のほうがイサリクンと打ち解けていたわよね!?
なのにどうして?
「そんなに姉さんのほうが良かったの? ……私じゃ、ダメだったの?」
確かに姉さんは双子の妹である私から見ても魅力的な女性だと思うけれど。
男の子からすれば、私みたいな打算的な性格の女より、姉さんみたいな裏表のない性格の女性のほうが惹かれるのかもしれないけれど。
でも……、
「……って、なんでこんなに心掻き乱されてるの、私」
これじゃあまるで私がイサリクンのことを…………みたいじゃない。
そりゃあイサリクンは頼りになるし、『深きものども』と戦う彼はとっても格好良かったけれど。でも、
「相手は私より五歳も年下の男の子なのよ?」
母性本能はくすぐられるけれど、『そういう対象』として見られるかと言われたら話は別よね?
「でも、その五歳も年下の男の子のせいでモヤモヤしちゃってるのは紛れもない事実なのよね」
私は独り言ちて、そこでふと、傍らのダリアちゃんの様子がおかしいことに気付く。
「……ダリアちゃん?」
「…………………」
私とは逆にイサリクンより五歳年下の聖女様は、私の呼び掛けに一切の反応を見せず、先程イサリクンに撫でてもらった頭に両手を載せたまま、イサリクンと姉さんが消えた隘路をじっ……と見つめていた。
まるで遊びに出掛けてしまったお兄ちゃんの帰りを玄関で健気に待ち続ける幼い妹みたいに。
……いや、普段あまり感情を表に出すことが無いこの聖女様の、こころなしか淋しそうなこの眼差しは、お兄ちゃんへ向けるモノというより……。
「――って、流石にそれは考えすぎよね?」
ダリアちゃんはまだ十一歳だし。
いくらなんでも頭を撫でてもらったくらいでそんな……。
……あ。
「そういえばダリアちゃん、イサリクンに命を救われてるんだっけ」
絶体絶命の危機に駆けつけ、悪い奴をぶっ飛ばして、自分を助けてくれた格好良いお兄ちゃん。
惚れる理由としては充分なよーな……。
「いやでも、ダリアちゃんはまだ十一歳……」
……あれ? 初恋が十一歳って、言うほど早いかしら?
「ああっ、モヤモヤする! それもこれもイサリクンのせいだわ!」
「!?」
いけない、急に大声を出したせいでダリアちゃんを吃驚させちゃった。
そろそろ切り替えないと。
いつまでもこうしているワケにはいかないし。
「それじゃあツバキちゃん。私たちも港へ向かいましょうか。私が先導するわ」
「うむ。――では皆の衆、出発するぞ!」
私の言葉にツバキちゃんが頷いて一同を見回す。
と、その視線が、私のナナメ後ろを見て止まった。
「ヘレン殿、大丈夫かの? 何やら顔色が優れんようじゃが」
「……大丈夫です」
ヨハネスさんに支えられることでなんとか立てているといった体のヘレンさんは、右手で口元を、左手で大きなお腹を抑えつつ答える。
その顔は血の気を失い青ざめていた。
答える口調、声音も、ひどく弱々しい。
妊婦に先程の騒動は、やはり相当堪えたようだ。
そういえば礼拝所へ逃げ込む際に躓いて転んでしまったようだが……本当に大丈夫だろうか。
「――お気遣いなく。さあ、移動しましょう」
「う、うむ」
ツバキちゃんが再度頷いた、そのときだった。
「――ああ、皆さん。良かった、ご無事でしたか」
宴の途中で「急用が出来た」とどこかへ消えていたミモザ様が、近くの茂みの中から現れた。
「! ……お母さん」
ダリアちゃんが頭に載せていた手を降ろし呟く。
彼女は反射的にミモザ様に駆け寄ろうとするも、「聖女たる者、いつ如何なるときも威厳を保ちなさい」と叱られると思ったのか、寸前で踏みとどまったようだった。
……こんなときくらい素直に甘えたっていいのに。
もしもミモザ様がこんな状況でも聖女らしい立ち居振る舞いを求めるようなら、私が文句を言ってあげるし。
ホント不器用というか……感情表現が苦手な聖女様だ。
「実は街中で偶然『深きものども』の姿を見かけまして。皆さんが心配で、慌てて戻ってきたのですが」
ミモザ様はそう言って安堵の溜め息をつく。
「――どうやら大事無かったようですね。良かった」
「客人たちのお陰です、島長」
歩み寄ってくるミモザ様へ説明するヨハネスさん。
「彼らの助太刀が無ければ『深きものども』の襲撃を乗り切れなかったでしょう。彼らには感謝してもしきれませんよ。まったく驚きですな、この世に『深きものども』と対等に渡り合える者がいるとは」
「そうですね」
ミモザ様は頷き、
「私も『深きものども』を斃せる人間がいるとは思いませんでした。『彼』のあのチカラが史上初の男性版<漂流者>であることを起因とするモノなのか、それとも別の要因によるモノなのか……。とても気になります」
「――待ってください」
と。
そこで一人の女の子がミモザ様の前に進み出た。
イサリクンの傍に侍る女の子の中でも屈指の頭脳派と思われる眼鏡っコ、クロエちゃんだ。
「どうしました? ええっと……クロエさんでしたか」
「あなたにお訊ねしたいことがあります」
「なんでしょう」
「ヨハネスさんの言葉から、わたしたちが『深きものども』の襲撃を受けたことを察した。そこまでは良しとしましょう」
「…………………」
「ですが、今来たばかりのあなたが『深きものども』を撃退したのはウチの船長だということを何故ご存じなんですか? 『彼』は今ここにいないのに。普通なら、今ここにいるわたしたちが撃退したと考えるのが自然では?」
「あっ」と。
私を除く全員が息を呑んだ。
「……それは」
「まるでウチの船長と『深きものども』の戦いをどこかで見ていたみたいじゃないですか」
「……誤解です。『彼』がヨハネスさんと対決し打ち負かしたとことは報告を受けていますので。『深きものども』を撃退できる人間がいるとすれば『彼』くらいだろうという私なりの推察です。なにしろ巷では『深きものども』と遭遇し生き残れた者はいないと言われているくらいですし。その様子ですと、私の推察は当たったようですね」
「推察、ですか。その割に、ウチの船長が不思議なチカラを駆使して戦ったことまでご存じの様子でしたが」
「!」
「ヨハネスさんと対決したときは体術しか使わなかったはずなのに、あの女こましが不思議なチカラを使えることを、どうしてあなたがご存じなんですか?」
女こまして。
サラッと毒を吐くわね、クロエちゃん……。
ひょっとしてクロエちゃん、イサリクンがナズナ姉さんをお姫様抱っこしたのが面白くなかったのかしら……?
いや、それよりも、
「ミモザ様。私もお訊ねしたいことがあります!」
今このタイミングしかない。
そう考えた私は、クロエちゃんに追従するように一歩前へ進み出る。
「どうしました、スズランさん」
「どうして私たちに嘘をついたんですか?」
「……なんの話でしょう」
「ハナビ様から二度目のお告げがあったという話、あれは嘘ですよね?」
「まさか。そんなワケがないでしょう」
「ダリアちゃ……聖女様はハッキリ仰いましたよ? 『そんなお告げ、聞いてない』と」
私の言葉にミモザ様はダリアちゃんをチラリと見、
「ダリアがそんなことを? ……ダリア。あなたは戒律を破り、肉親である私以外の者と言葉を交わしたのですか?」
「っ」
ミモザ様に睨まれ、ダリアちゃんは青ざめ息を呑む。
「ミモザ様。聖女様は悪くありません。私が無理矢理聞き出したんです」
「……それで? スズランさん、あなたは私ではなく、まだ幼いダリアの言うことを信じるのですか?」
「はい。聖女様が嘘をつく理由がありませんから」
「ですが、実際に第一区と第二区の住人は姿を消しているのですよ? ハナビ様の『もっと安全な地へ招待する』というお告げのとおりに」
「そうですね。だからこそ不思議なんです。あなたは何故、彼らが姿を消すことを予見できたのですか? ミモザ様」
「ですからそれはハナビ様のお告げがあったからで、」
「しかし、聖女はそんなお告げは聞いてないと仰ってます」
ここが勝負所だ。
私はなるべく自然な口調を装い、質す。
「――それとも、まさかとは思いますが、『実は二度目のお告げを聞いたのは娘ではなく自分だ』とでも言うつもり、」
「そのまさかです」
……私の挑発を遮って。
ミモザ様は断言した。
「ダリアの聖女としての価値、求心力が落ちてしまわないよう、敢えてダリアが聞いたという体にしました。――認めましょう。確かに私は嘘をついていました。娘のためとはいえ嘘をついたことは謝ります。ですが、二度目のお告げがあったことは本当です」
…………………っ。
「では、あなたも実はハナビ様に会ったことがあるんですか? 聖女様がそうであるように、ハナビ様に口止めされたから黙ってただけで」
「……そのとおりです」
「!」
ああ――もう間違いない。
正直、私も半信半疑だったけれど。
でも、これはもう……。
「ただ、ハナビ様は地上に降臨するたびにそのお姿を変えられるそうでして、ダリアがお会いしたときのお姿と私がお会いしたときのお姿が同じとは限らないのですが」
「もう結構です、ミモザ様」
「!?」
「申し訳ありません。さっきのは引っ掛けです」
「……引っ掛け?」
「はい。聖女様が実はハナビ様に会ったことがあるというのも、ハナビ様に口止めされたから黙ってたというのも、すべて私の嘘。ハッタリです」
「――――――」
「見事に引っ掛かってくださいましたね」
――瞬間、
「やれやれ」
私は、場の空気が一気に冷え込んだような錯覚を覚えた。
鋭く眇められたミモザ様の双眸……氷の刃のごとき視線に射竦められて。
「たびたび高熱を出して手を焼かせるだけでは飽き足らず、余計なお喋りで足まで引っ張るとは。困った娘ですね」
「「「「「――――――っ!?」」」」」
吐き捨てられたその言葉の内容、冷たさに全員が息を呑み、ダリアちゃんが「お母さん……?」と震える声で呟く。
「認めるのですね、ミモザ様。私たちを騙していたことを」
「ええ。残念ながらこれ以上はしらを切れそうにありませんからね」
「第一区と第二区のみんなが消えてしまったのも、やはりあなたの仕業ですか? あなたがみんなを『深きものども』に変えてしまったのですか?」
私の糾弾に。
ミモザ様は薄っすら笑みを浮かべた。
「人間を『深きものども』に? そんなこと出来るはずが――」
「私はこの目で見ました。シモンさんが『深きものども』に変わってしまうのを」
「……シモンさんが?」
「そうです。彼はあなたと聖女様がグルだと思ったのでしょう、聖女様の寝所へ侵入し危害を加えようとしたんです。そしてそこをイサリクンに阻止されました。彼はあなたのことを『大嘘つき』と呼んでいましたよ」
「そうですか。あの脱走兵、どこへ行ったのかと思ったらそんなことを」
……脱走兵?
「どういう意味じゃ、それは」私の代わりにツバキちゃんが質す。「答えよ!」
ミモザ様は肩を竦め、
「そのままの意味ですよ。大勢の人間を『深きものども』に作り変え、従えることが出来たら、それは無敵の兵士、軍勢を手に入れたも同然だとは思いませんか?」
!
「やはりあなたが第一区と第二区のみんなを……」
「ええ。『深きものども』に『改造』させてもらいました」
「『改造』……」
いったいどうやって……。
「自分たちが夜中眠っている間に連れてこられたのが『この島よりも安全な地』などではなく、この島の南側にある火山の火口であることに気付いたときの彼らの顔は見物でしたよ」
この島の南側にある火山の火口……?
「何故そんなところに?」
「彼らを幽閉しておくのにちょうどいい地下空洞と、彼らを『深きものども』へ『改造』するのに必要なモノがそこにあったからですよ」
「『改造』するのに必要なモノ……?」
「ええ。シモンさんはどうもそれへの耐性があったようでしてね。他の皆さんよりも『改造』に時間を要してしまいまして。とはいえ自我を保っていられるのもいい加減限界だろうというタイミングで、今度は脱走してしまったんですよ」
「それで脱走兵というワケですか」
「そういうことです。まったく難儀な話ですよ。ときどきいるんですよね、『改造』に時間が掛かる面倒くさい体質の人間が」
「でもどうやってみんなをそんなところまで――」
「ま、待ってください! 今の話はおかしいです!」
と、そこでシャロンちゃんが話に割り込んできた。
「ぜ、全力でもこの島の四分の一ほどしかカバー出来ないわたしのチカラとは違い、ナズナさんかスズランさんが持っている気配察知のチカラは島の全土をカバーできるはず! 消えた方々が遠方とはいえ島内にいらっしゃったのなら、<魔女>の方々の気配はナズナさんかスズランさんが察知できたはずです!」
! そういえば……。
「生憎ですが、シャロンさん。<魔女>の気配を察知するチカラが有効なのはあくまで<魔女>のみ。『深きものども』になってしまった者の気配を察知することは出来ないのですよ」
「っ」
「キロウスの気配すら察知してみせたあなたのチカラなら、距離の問題さえ無ければ察知できたかもしれませんがね」
「「「「――――――っ!?」」」」
ミモザ様が口にした聞き慣れない名前に、シャロンちゃん、クロエちゃん、アリシアちゃん、イリヤちゃんの四人が息を呑む。
……キロウス? 誰だろう。
なんでシャロンちゃんたちは狐に抓まれたような顔をしているの?
まるでここで出てくるはずがない名前を聞いたみたいに……。
「……あなた、何者ナノ?」
「なんでアンタがそんなこと知ってるのよ!?」
これまでにない緊迫した空気で、イリヤちゃんが薙刀を、アリシアちゃんが白塗りの棍を構える。
ミモザ様は薄っすら浮かべていた笑み、口の端をいっそう吊り上げると、
「おや? 『自分たちの隠れ里の位置や侵入方法がバレてしまったのではないか』と危惧されてるんですか?」
揶揄するように、そう言った。
「でしたらご安心を。キロウスは<神域>内に潜入する際、ずっと漁船の船底、つまり海中に身を潜めていましたから。視覚を共有していましたが、出入り口の位置や具体的な侵入方法まではわかりませんでしたので」
――違う……。
こんなの、私が知っているミモザ様じゃない……。
ミモザ様の皮を被った『何か』だ。
でも、この得体の知れなさ、どこか禍々しい笑みには、憶えがあるような……。
いったいどこで……。
それに<神域>って……?
「っ。お主、この島の住人を『深きものども』に『改造』して何を企んでおる!?」
ツバキちゃんもまた棍を構えて吼える。
「お主の目的を言え!」
「目的ですか」
スッ……とミモザ様の口元に浮かんでいた笑みが消えて、その雰囲気が私のよく知る彼女のそれへと戻る。
「てっきりもう察しが付いているものとばかり思っていましたが……。案外、察しが悪いのですね。まあ、いいです。お答えしましょう」
そう言って、ミモザ様は。
悪びれることなく、断言した。
「私の目的。それはズバリ――『復讐』です」
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