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最後の地球人♂、仙女や魔女と月の海を航る ~ルナマリアノーツ~  作者: 和泉 健星
4章 散る命、咲く命 ―偽りの楽園―
81/142

♯61 頼れる仲間たちと、雑談に興じた

第61話です。





 出航前夜。日付が変わる三時間ほど前。


 ボクは照明を落とした船長室じぶんのへや寝台ボンクで仰向けになり、天井を見つめて一人戸惑っていた。


「……ルーナが来ない」


 おかしい……いい加減、副長室ツバキのへやを抜け出したあのコがやってきてもいい頃合いなのに。

 もうこの寝台ボンクに潜り込んできたあのコが、ボクを抱き枕にして寝息を立てていてもおかしくない時間なのに……。


「なんで今日に限って来ないんだ?」


 ボクとルーナが一緒に寝ることを、「まあ、だんなさまが間違いを起こすとも思えないし、それくらいなら……」「わたくし的には、あのコをもっと可愛がってあげてほしいくらいです☆」と特別問題視するつもりは無いっぽいカグヤとマリナはもちろん、当初「男女七歳にして席を同じゅうせずじゃ!」と顔を真っ赤にして怒っていたツバキすら、近頃はあのコの脱走を阻止するのを諦め気味なのに(あの手この手で部屋を抜け出すルーナに根負けしたようだ)。


「今更あのコの邪魔をする者なんて誰もいないはずなのに」


 なのに、何故ルーナは来ない?


「いや、別にルーナと一緒に寝たいとか、淋しいとかじゃないんだけど!」


 今夜はルーナに大事な話をしようと思ったんだよな……。


「今回の航海はあくまで物資の補給が目的で、すぐに帰ってくる予定だから、アデリーナさんやサシャちゃんたちと一緒に安全なこの地でお留守番しててね」って説得しようと思ってたんだよ。どうしたって航海には危険が付き物だからさ。


 なのに来ない。まるで自分に不都合な話をされることを察したみたいに。


「いや、『まるで』じゃなく本当に察したのか? 聡いコだし」


 夕食の席でボクが「あとで大事なお話があるからね」と告げたときの、ルーナのあの何かを探るような、もしくは警戒するような眼差し。

 あの時点で何を言われるか大体察していたんじゃ……。


「だとしたら、こちらから副長室に押し掛けてもたぶん無駄だよな」


 あのコ、あれで意外と頑固なトコがあるし……。


「仕方ない……連れていくしかないか」


『すぐに帰ってくる予定』とは言っても、風次第でどうなるかわからないし。たとえ順風満帆に行っても、二~三週間はかかるだろうし。

 その間、ボクの目の届く範囲にルーナがいないのは、ボクとしても(たとえこの地が安全だとわかっていても)落ち着かないものがありそうだし……。


 ……あと「ルーナがいなくて淋しくないのか」と訊かれたら、「淋しくない」と断言は出来ないし。

 あのコがそばにいることが、もうすっかり当たり前になっちゃってるから……。


「なんか、ともに過ごした時間が増えていくにつれ、ボクとルーナの共依存もどんどん酷くなっている気がする……」


 こんなんで本当に大丈夫なのか、ボク。


「ルーナを家族のもとに送り届けたら、そこでボクとルーナの縁は切れるに違いないのに」


 ボクとあのコは本来、住んでいた場所も、生きてきた世界も違うのだから……。


「あのコが良いトコのお嬢さんじゃなくボクと同じ庶民で、年齢ももう少し近かったなら、連絡を取り合ったり、ときどき会いに行ったりってのも出来たかもしれないけれど」


 考えてたら気が滅入ってきた……。


「……ちょっと早いけど日課の鍛錬をするか」


 いつもはルーナが寝付いたのを確認してからこっそり寝床ボンクを抜け出して鍛錬しているんだけど……、


「どうせ今日はもう来ないだろ」


 ボクは溜め息をついて寝台ボンクから這い出ると、そのまま船長室へやを後にし、薄暗い通路と海図室チャートルームにある階段を経由して甲板デッキへと出る。


 が、


「あ。」

「「「「「「ん?」」」」」」


 中央甲板メインデッキでは当直ワッチのオッサン二人と主計長パーサーのオッサン、艇長コクスンのオッサン、司厨長コック髭面ひげづらさん、そしてロウガさんの計六人が酒盛りをしていた。


 白塗りにされた甲板デッキには、既に空っぽになった大きなたると、食い散らかされたツマミの皿が並んでいる。

 あまり呑んでいないのか、それともアルコールに滅法めっぽう強いのか、顔色ひとつ変わっていないロウガさんとは対照的に、男衆はすっかり出来上がって赤ら顔だ。


「……何してるんですか、ここで。特に当直ワッチのお二人」


 いや、酒盛りをしているのは一目瞭然なんだけど。思わず訊いてしまった……。


 この船は三直制を採用しており、航海中はみっつの班が交代で当直ワッチに当たるワケだけれど、人手が要らない停泊中の当直ワッチは二人だけだ。

 その二人がどっちもサボってるって……船長としては看過できないぞ。

 確かにここは安全な地で、警戒することなんて無いかもしれないけれど、仕事は仕事としてしっかりやってほしい……。


「おう、若旦那! 見てのとおり、男だけの歓迎会さ」


 答えたのは厳つい面相の割に気さくな艇長コクスンのオッサンだった。


「歓迎会? 誰の?」

「ロウガさんのですよ」


 と、この中では比較的若手なほうの主計長パーサーのオッサン。


「ロウガさんの?」

「ええ。ロウガさんも正式な乗組員クルーになることを希望され、お嬢が許可しましたので。ちなみにイリヤさん共々、用心棒扱いでの乗船となります」


 ええっ!? 初耳なんだけど!?


 思わずロウガさんを見ると、ボクの視線に気付いたロウガさんは肩をすくめ、


「クロエとイリヤがこの船の乗組員クルーになる予定だと聞いてな。あの二人がここを離れるのに俺だけ残るワケにはいくまいよ。――俺は漁師になる前は要人警護の仕事をしていたこともある。船長殿ほどではないにしても多少は腕が立つつもりだから、荒事になった場合はそこそこ役に立つはずだ」

「で、でもロウガさんがいなくなったら、誰がここで漁を」

「漁師なら俺の他にも二人いる。その二人も、ここでの漁を経験済みだ」

「え。そうだったんですか?」

「ああ。漁ならその者たちに任せておけば問題ない。どうせ俺の漁船ふねは持っていけんのだしな」


 まあ、ツバキが許可した以上ボクがどうこう言えることじゃないけども……。


「そもそもの話ですが、ロウガさんに思うところは無いんですか? あの二人……特にクロエが乗組員クルーになることに関して。絶対ここに残ったほうが安全ですよ? 正直ボクからしたら、ロウガさんが反対しないのが不思議なくらいなんですが」


 ボクの指摘に、ロウガさんはぐいっとさかずきあおり、なんとも言えない表情を浮かべる。


「娘が出来た時点で、いつかこの日が来ることは覚悟していた」


 ? 何を言っているのか全くわからん。会話が噛み合ってないような……。


 あ、でも男衆は共感したのかウンウン頷いている……。

 彼らはみな妻子持ちらしいし。父親だからこそわかる何かがあるのだろうか。


「――船長殿。俺は決めたんだ。娘の口から『イサリ兄さんに助けてもらった』『自分はイサリ兄さんについていく』という言葉を聞いたときに。俺は娘と、あなたのために生きて――そして死ぬと」


 ………………。

 どこまで話したんだ、クロエの奴……。キロウスの襲撃の件は内緒にしようねってみんなで話し合って決めたはずなのに……。


 ロウガさん、今一瞬、『枝』の坂……キロウスとの死闘たたかいで壊れた鳥居や石畳いしだたみのほうをチラッと見たし、クロエから詳しい事情は聞いていなくても、何があったのか薄々察しているのかもしれないな……。


 そもそもの話、余程のコトが無い限り、ボクを毛嫌いしていたクロエが一晩で懐くはずがないもんね……。


 まあ――なんにしても、だ。


「馬鹿を言わないでください。確かに、クロエが望むのならボクは兄貴分でもなんでも務めるつもりではありますが、ロウガさんにそこまでしてもらう理由にはならないでしょう」


 そういう決意は、クロエが『兄貴分』じゃなく『想い人』を連れてきた日のためにとっておくべきだと思うんだ。


「クロエはこれまで、<魔女>と呼ばれ迫害されてきたかもしれませんが――今は恋愛なんて考えられないでしょうが。でも、あのとおり美人さんですからね。この船で世界中を回っていれば『<魔女>だろうと関係ねえ、このコをお嫁さんにしたい!』って男が現れますよ、きっと。その中にはクロエのお眼鏡に適う男、クロエの心を射止める男もいるはずですから。さっきみたいなセリフは、いつか現れるであろうそのクロエの想い人に言ってあげてください。いずれは地球へ帰還し、いなくなってしまう期間限定の兄貴分なんかじゃなく」


 ボクがそう言うと、ロウガさんは「むう」と困ったような笑みを浮かべて唸り、髭面さんも「………………」と呆れたような、あるいは無知を憐れむような眼差しを向けてくる。無言で。


 え。何、その意味有り気な微苦笑。

 髭面さんも今何を言おうと口を開きかけて、途中で思い直したの?

 気になるじゃん! 言いたいことがあるんならハッキリ言ってよ!


「まあまあ。とりあえず若旦那も座りな!」と同席を促してくる艇長コクスンのオッサン。「清酒はイケるクチかい? 一緒に呑もうぜ! 酒のさかなに話を聞かせてくれよ! 若旦那はお嬢のことをどう思っているのか、とかさ」


 この樽、清酒が入ってたの……? 六人だけで樽ひとつぶんの清酒を消費したワケ?


「ボク、未成年なんで。お酒は呑めませんよ」

「ん? 若旦那は確か十六じゃなかったか?」

「そうですけど」

「『ヤポネシア』は大抵のはんが十五で成人だぜ? 何歳までは酒を呑んじゃダメ、なんて決まりも無いし」


 そうなんだ……。


「いや、ボク、『ヤポネシア』の人間じゃないんで。それにここ、『ヤポネシア』じゃないですし」

「……そういやここじゃあ何歳で成人ってことになるんだ?」


 髭面さんが首を傾げて疑問を呈すると、主計長パーサーのオッサンと艇長コクスンのオッサン、そして本来当直(ワッチ)のはずのオッサン二人が顔を見合わせ、


「この辺りの有人島に合わせようにも、『死の湖』地方に有人島があるって話は聞いたことがありませんし……」

「『夢の湖』地方の有人島に合わせるなら……確か『グローブ』は十八で成人だったか? あ、でも『グローブ』も年齢による飲酒制限は無かった気がするな」

「ここの成人年齢なんて、それこそ若旦那辺りが適当に決めちゃっていいんじゃ? 何歳になったらお酒を呑めるとか、あと結婚できるとかも」

「よかったっスね旦那。十歳で結婚可能って決めちゃえば、今すぐにでもルーナ嬢と結婚できちゃいますよ!」


 わーいやったぁ☆ ……なんて言うとでも思ったかコラ。


「その理屈で言ったら、律令もボクが好きに決めちゃっていいってことになりますね。よし、ここでボクをロリコン扱いした者はみんな死刑ってことにしましょう」

「すいませんしたー!」


 ボクの冗談に、ルーナネタで揶揄からかってきた当直ワッチのオッサンが土下座する。


「なるほど……。ということは重婚もここでなら難しくないワケか」


 顎に手を当ててひとちるロウガさん。重婚て。


「もっと言うと、だ」髭面さんはニヤリと笑い、「坊主に夜伽やハーレム入りを命じられた女性は拒否してはならない、なんて決まりも作れちまうワケだな」


 作らんて。そんな決まり。

 あ、でも、ボクに指名された女性はその日一日巫女装束を着て過ごさなければならない、くらいだったらアリかもしんない。


 ……いや、やっぱナシか。

 クーデターを起こされそう。


 そもそもボクは船長ではあっても(それすら名ばかりのだけれど)、ここに築かれるさとおさってワケじゃないんだから、ボクがそういうルールみたいモノを決めちゃうのはどうかと思うんだ。


 ここで暮らす上でのルールみたいなモノは、住人みんなで話し合って決めるべきなんじゃないかな。


 そんなとりとめのないことを考えていると、



「――わぁぁぁぁぁぁぁんっ!」



 どこからか、幼子おさなごの泣き声が聞こえてきた。


「な、なんだ? この声、もしかしてサシャちゃん?」


 開けっ放しにしていた船内へと繋がる扉のほうを見遣みやる。


 すると、泣きじゃくるサシャちゃんを抱っこしたアデリーナさんが現れ、ボクに気付いて「ああ……船長さん」とホッとしたような顔をした。


「こちらにいらっしゃったのですね。船長室おへやにいらっしゃらなかったので、どちらへ行かれたのかと」

「何か御用でしたか、アデリーナさん。……というか、なんでサシャちゃんがこんな時間に起きていて、しかも号泣を?」

「! せんちょ、せんちょー!」


 遅れてボクに気付いたサシャちゃんが、涙と鼻水でべしょべしょになった顔を輝かせてこちらへ腕を伸ばしてきたので、とりあえずアデリーナさんからサシャちゃんを受け取って抱っこする。


 なんかサシャちゃん、以前まえ抱っこしたときより少しだけ重くなったような……?

 毎日見てるから気付かなかったけど、日に日に大きくなってるんだなぁ。


「実は」とアデリーナさん。「夕食後、この子を寝かしつける前に告げたんです。『船長さんたちは明日からしばらくお船でお出掛けだから、サシャはここでお母さんと一緒に立派にして待っていようね』って」

「……そしたら?」

「『ヤダ! サシャもせんちょといっしょがいい!』って泣き出してしまって」


 Oh……。


「まさかそれから今までずっと……?」

「いえ。一度は泣き疲れて寝てくれたんですが、どうもイヤな夢を見たらしく、つい先程目を覚まし、『せんちょに会いたい!』とまたもや泣き出してしまい……」

「今に至ると」

「はい……」

「おるすばん、ヤ! いっしょにいくの!」


 おおぅ……。完全に駄々っ子モードに入ったサシャちゃんがボクの胸に顔をぐりぐり擦り付けるものだから、服にサシャちゃんの涙と鼻水が……。


「愛されてんなぁ、坊主」「四歳児まで落とすとは。流石ですね」


 揶揄やゆしてくる髭面さんと主計長パーサーのオッサン。うるさいよ。


「たぶん」と、アデリーナさんは表情をかげらせる。「幼いなりにこの子も理解しているんだと思います」

「理解? 何をです?」

「船長さんたちとずっと一緒にいられるワケじゃないんだ、って……」

「………………」

「だから不安になったんでしょう――明日がそのお別れの日なんじゃ? と。お出掛けというのは嘘で、本当はもう帰ってこないのでは? これが船長さんたちとの今生のお別れになってしまうのでは? と」

「サシャちゃん……」


 そっか。このコにとって、この船の乗組員クルーはもう……。


「特に船長さんには、死んだ父親の面影を重ねているようですし」

「!」

「父親に続いて大好きな船長さんまでいなくなってしまったら、まだ幼いこの子の心は今度こそ耐えられないかもしれません」

「そ、そんな大袈裟な」

「大袈裟なんかじゃありません。『パパどこ?』『パパに会いたい!』『パパ死んじゃったの?』……口を開けば死んだ父親のことばかりで、毎日わたくしの胸で泣いてばかりいたこの子が、最近は『せんちょは?』『せんちょのトコ行く!』『せんちょにだっこしてもらうの!』とあなたのことばかりです。……あとはせいぜい『ルーナおねえちゃんとあそぶ!』って言うくらいでしょうか」

「………………」

「父親を思い出し、訊いてくる頻度は、今や二日に一回くらいです。……以前は一日の間に何十回も訊いてきたのに」


 そう言って微笑むアデリーナさんのその表情は、喜んでいるようでもあり。

 そして、悲しんでいるようでもあった。


 ……ああ、そうか。

 近頃アデリーナさんが何か言いたそうにボクをジッ……と見つめてくることが増えたのは、きっと……。


「人間は忘れることが出来る生き物だ」


 コアラみたいにボクの胸にしがみつき、ぐずっているサシャちゃんを見つめ、ロウガさんが言う。

 まるで自分自身に言っているみたいに。


「ときにはそれが罪となるが、救いになることもある。生涯で負う心の傷をすべて抱えて生きるなど、人間の心で耐えられるものではない。忘れられるから、人間は前を向けるのだ。もちろん死ぬまで忘れられないモノ、忘れてはならないモノも中にはあるのだがな」

「そう……ですね」小さく頷くアデリーナさん。「おっしゃるとおりです」

「複雑な気持ちになるのはわかる。が、こういうときは、我が子が元気を取り戻してくれたことを素直に喜ぼう。……確かに、死んでしまった者は、自分のことを片時も忘れてほしくないと思っているかもしれない。だがそれ以上に、我が子が笑顔でいることを望んでいるはずだと信じようじゃないか」

「……はい」

「それと……亡くなられた亭主は、娘だけではなくあなたにも幸せになってほしいと願っているのではないかな?」

「わたくしの幸せ……」


 ロウガさんの指摘に、アデリーナさんはボクからサシャちゃんを受け取りつつ淡く微笑み、


「――そうですね。ありがとうございます、ロウガさん。わたくしの幸せはこの子の幸せ。わたくしとこの子が幸せになるために必要なことは何か、もう一度ちゃんと考えてみようと思います。自分の素直な気持ちから目を逸らすのをやめて……。時間は掛かるかもしれませんが」

「心の整理に時間が掛かるのは仕方ないさ。亭主を亡くしてからまだ一年も経っていないのだろう?」


 訳知り顔で頷くロウガさんを、ボクはジト目で睨む。


「あのー、ロウガさん? 仰っていることは一々ごもっともなんですけど、それ、ロウガさん自身にも言えることですからね? クロエと、クロエの想い人のために生きて死ぬのは構いませんけど、アデリーナさんにああ言ったからには、あなたも自分の幸せをちゃんと追求してくださいよ? 聞きようによってはさっきの、クロエたちの幸せのためなら自分の幸せなんてどうでもいい、とも受け取れましたよ」


 亡くなられたロウガさんの奥さん……ミズキさんは、クロエだけでなくロウガさんの幸せも願っているはずだ。


「……ぐぅの音も出んな」

「ふふふ。船長さんにかかれば、さしものロウガさんも形無かたなしですね」

「そうだな。地球人の男というのはみな、この年齢としでこれほど手強いものなのかね?」

「いえ。船長さんは年齢の割に大人びているほうだと思います。一見、子供っぽい立ち居振る舞いをしているようでも、仰っていることや考えていることはすごくしっかりしていますし」

「ふむ」

「もっとも、大人びているから機微にも聡いかというとそれはまた別の話で、周りはヤキモキしたりヒヤヒヤしたりするワケですが」

「ふむ。これは今後苦労させられそうだな」

「そうですね。……ええ、そうかもしれません」


 ……よくわからんけど好き勝手言われてる気がする……。


 ていうか……、


「髭面さん髭面さん」


 ボクは一番近くにいた髭面さんにススッと近寄り、耳元で囁く。


「アデリーナさんとロウガさん、なーんか良い感じに見えるのはボクだけですかね? 二人とも伴侶を亡くしたばかりでシンパシーを感じる機会も多々あるでしょうし、これは今後ひょっとするとひょっとするのでは?」


 すると髭面さんは何故かジト目で、


「……そういうトコだぞ」

「何がっ!?」

「こりゃおまえさんが刺される日もマジで遠くなさそうだな」

「なんでっ!?」


 誰に刺されると言うの!?


「わあああああああんっ! せんちょー!」


 ……っと。ヤバい。ほったらかしにされたと感じたのか、サシャちゃんがまた大声で泣き出してしまった。

 どうしたらいいんだこれ。


「ほれ、泣くな嬢ちゃん」


 意外と面倒見の良い性格な艇長コクスンのオッサンが、アデリーナさんに抱っこされたサシャちゃんに近寄りあやす。


「泣き止んで、ちゃんとお留守番もすると約束できたら、大好きな船長が今晩一緒に寝てくれるらしいぞ」

「「「えっ!?」」」


 ボクとアデリーナさんとサシャちゃん(一瞬で泣き止んだ)が揃って目を丸くする。


「ちょ、ちょっと! ボクとアデリーナさんに断りも無く、何を勝手に」

「いいじゃねえか、添い寝くらい。減るモンでもなし」


 減るよ! みんなにバレたときに! みんなからの信用が!


「アデリーナさんがイヤでしょ、まだ幼い自分の娘が、目の届かないところで父親でもない男と一緒に寝るなんて! 甲板デッキで衆人環視の中、一緒にお昼寝するのとはワケが違うんですよ!? ねっ、アデリーナさん!」

「えっ!? え、えーと、」

「サシャちゃんだって、お母さんと一緒に寝られなくなるのはイヤでしょうし!」

「うーん……。なあ、嬢ちゃん。今晩、船長とお母さん、どっちと寝たい?」

「どっちも!」


 うん。そりゃそう答えるに決まってるよね、四歳児にそんな訊きかたしたらさ。


「よーし。じゃあ今晩は船長とお母さんと嬢ちゃんで、川の字になって寝るか!」

「「!?」」「ねるー!」

「これなら何も問題ないだろ、若旦那。船長室の寝台ボンクは多少大きめだから、大人二人と子供一人くらいならなんとか寝られるだろうし」

「なるほど確かに問題ない……ワケないじゃん!」


 百歩譲ってサシャちゃんの添い寝をするのは良しとしよう! 本当はそれも良くないけど!

 でも、大人の色香漂う銀髪美人さんと同衾どうきんなんて……そんなの耐えられる気がしないよ!

 相手が見た目小学生なリオンさんならまだしも!(失礼)


 何より亡くなった旦那さんに申し訳が立たないって!


 当然ながらアデリーナさんもそれは問題があると思ったらしく、


「も……申し訳ありません! まだ心の整理が出来ていませんので! 今夜はわたくしが責任を持ってこの子を寝かしつけますから!」

「あっ。せんちょ! せんちょー!」


 顔を真っ赤にし、サシャちゃんを抱えたままお辞儀すると、よっぽどイヤだったんだろうな……とちょっぴり悲しくなるような猛ダッシュで船内へ戻っていった。


 それを見送り、


「ありゃ。要らんお節介だったかな」


 頬を掻く艇長コクスンのオッサン。「ありゃ」じゃねえ。


「……なんか歓迎会って空気でも無くなってしまいましたし、今夜はこのへんでお開きにしますか」

「そうだな。もういい時間だし」


 主計長パーサーのオッサンと髭面さんがそう言って甲板デッキに広げたあれこれを片付け始めたちょうどそのとき。



「おっ。良かった。半分ダメ元で来てみたが、まだ起きていたみたいだな」



 ダンッ! と、早乙女さおとめ装束に身を包んだ赤毛の少女が突然夜空(そら)から降ってきて、ボクのすぐ目の前、甲板デッキに勢いよく着地した。


「クーリエ!?」


 この第七<神域>トゥオネラの管理者の突然の来訪に、ボクは驚き目をみはる(余談だがボクはこの造物主カミサマが普段どこに住んでいるのか、まだ教えてもらっていない)。


 クーリエが造物主カミサマの一柱ひとりであることを知らない――カグヤと同じ仙女だと思っている――男衆は、「あれっ、クーリエの嬢ちゃん!?」「今、どこから現れたんだ?」「まさかこんな時間に農耕の指導をしに来たのか?」と、ボク以上に驚き目を丸くしていた。


「どうしたの、クーリエ。こんな時間に」

「昼間、マリナから聞いたぞ。夜が明けたら、おまえたちは一度ここを離れるんだろ?」

「ああ……うん」

「だから、今のうちにカグヤから頼まれていたモノを渡しておこうと思ってよ」

「カグヤから頼まれていたモノ? 何それ?」

「まずはこれだ。ギリギリ熟成が間に合ったぜ」


 そう言ってクーリエが差し出したモノ。

 それは大きめの蜜柑みかんくらいのサイズの、洋梨に似た緑色の果実だった。

 表皮には形の崩れた三日月のような模様が浮かんでいる。


 これは!


「『バビロンの実』じゃないか」

「ああ。こっちの言語を片言カタコトでしか喋れない奴がいるから、そいつに使わせるって言ってたぜ」

「イリヤか」

「あとはこれも」

「これ……イリヤの薙刀なぎなた?」


 蒼き月の海(ルナマリア)の技術では作れないであろうこの高品質な薙刀は、間違いない、イリヤの薙刀だ。

 って、あれ? の部分が白くなってる……?


「この<小地球樹エリダーン>の樹液で柄の部分をコーティングしておいた」

「<小地球樹エリダーン>?」

「なんだ、まだ知らなかったのか? この『樹』の名前だよ」

「!」


 この『樹』、そんな名前だったのか……。


「この船にも使われているから知っているだろうけどよ、この<小地球樹エリダーン>の樹液には耐久性を上げる作用がある。あと、破邪の効果もな。また混沌の眷属を相手取ることになったとき、多少は役に立つはずだ」

「混沌の眷属……」


 あのキロウスのような侵略者どもや『月棲獣げっせいじゅう』などの生物兵器、それに『深きものども』のことか。


「もっとも、刃の部分はそのままだから注意するよう言っとけ。刃の部分で混沌の眷属を攻撃しても意味はねーぞ」

「わかった」

「最後に、だ」


 クーリエは受け取った薙刀をまじまじと観察していたボクに、ニヤリと笑って告げた。



「イサリ。おまえにアタイから試練をくれてやる」



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