♯4 小さなお嬢様と、帆船の話をした
第4話です。帆船関係の蘊蓄については「※諸説あります」ということで……(予防線)
「すごい……すごいよルーナ! 見て、本物の帆船だ!」
それもヨットのような現代技術の結晶じゃない、古式ゆかしい木造巨大帆船!
どう見ても内燃機関なんて積んでいない、完全に風の力だけを頼りに動かすヤツだ!
「あんなに大きな帆船が実際に動いているところを見るのは初めてだよ……!」
ボクの地元のミュージアム施設では、江戸時代初期に遣欧使節団を乗せて太平洋を航った木造洋式帆船の復元船が最近まで展示公開されていたから、動いていないモノなら間近で観察したことも船内を見学したこともあるのだけれど。
まさか動いているモノをこの目で見られる日が来るなんて!
感動だ!
「Foooooooooo!」
「……イサリさまは船がお好きなのですか?」
「え? ああ、うん」
テンションぶち上がりなボクにこころなしか引いているように見えなくもない(……何故?)金髪の幼女の問いにボクは肯き、
「ボクの家は先祖代々漁師の家系でね。物心つく前から祖父や父の漁船に同乗することが多かったから。その影響だろうね」
「漁師さん」
「ボクさ、将来は船乗りになるのが夢なんだよねー。……家族は漁師を継いでほしいみたいなんだけどさ」
「船乗りさんですか。素敵な夢だと思います。……もちろん漁師さんは漁師さんでご立派な職業だと思いますけど」
まあ、船乗りと言ってもいろいろあって、ボクが憧れているのは航海士なのだけれど。
……ていうかこのコ、受け答えにソツが無いな。本当に小学生?
流石は良家のお嬢様。相当厳しく躾けられてきたと見た。
「うん。だからってワケでもないけれど、去年――中3のときね――資料を参考に、家族に内緒で縄文時代の丸木舟の再現したりもしたっけ。家の裏山の樹を伐って、削ったりなんだりしてね」
「え。」
「で、住んでいた離島から本土まで、実際にその丸木舟で航ることに挑戦したりもして」
「ええっ」
「途中までは調子良かったんだけど、半分くらい行ったトコで浸水が始まっちゃってさー。結局、沈没しちゃったんだよね」
「えええええっ」
偶々近くを通りかかった顔見知りの漁師さんに救助されたのも、今となっては良い想い出だ。
「……あのときは家族にメチャクチャ怒られたっけなぁ……」
「丸木舟の作り込みが甘い!」って。
……怒るポイントがおかしくない? ボクの家族。
普通は危ない真似をしたこととか、他人様に迷惑を掛けたことを怒るよね?
なのにボクの家族、「一度の失敗で諦めるな!」とか言って、ボクにもう一回丸木舟を作らせたんだよ?
でもって、その舟で再度海に突撃させたんだよ?
何考えてんのマジで。
オマケに、横で見ていた従妹がボクの真似をして作った舟のほうが普通に出来が良かったし。しかもそれに乗った彼女のほうが、ボクよりもずっとずっと短い時間で海を航ることに成功していたし。
どういうスペックしてんだよあの従妹は。小5のときは全く泳げなかったくせに、中学に上がるころには個人メドレーで全国大会に出場するほどの腕前になってたし。漁船から落ちてボクに救助されたのがよっぽど屈辱だったんだろうなぁ……。
「イサリさまは昔からとってもチャレンジ精神旺盛だったのですね」
「……うん。こっちが申し訳なくなるほどの好意的解釈ありがとう」
でもね、ああいうのはただの無鉄砲って言うんだよ?
キミは絶対に見習っちゃダメだぞ☆(言われるまでもないだろうけれど)
……なんてやりとりをしているうちに、件の帆船はもう目と鼻の先まで迫っていた。
こちらの予測を遥かに上回る速さ、無駄の無い舵取りで。
「すごいな、あの船」
「すごい?」
「うん。漫画やアニメでの描写でしか帆船ってモノを知らないと、つい勘違いしてしまいがちなんだけどね。内燃機関を用いず風の力だけを動力源とする昔ながらの帆船は、実はどこへでも行けるワケじゃないんだよ」
「えっ」
ルーナの愛らしい水色の目が驚きで真ん丸になる。
「好きなタイミングで好きな方向へ行けるワケじゃないんだ。むしろ風向き次第で行ける方向が限られてしまうし、それがコロコロ変わったりもする」
「じゃあ、帆船でどこへ行けるかは、完全に風任せ、運任せということですか?」
「完全に、と言ったら言い過ぎになるね。それだと、じゃあその帆やホイールはなんのためのモノなんだってことになるから」
「ホイール? って、車のタイヤを付けるあれですよね? ……帆船にもタイヤが付いてるんですか?」
「ああ、違う違う。ごめんね、わかりにくい言いかたをして。この場合のホイールってのは舵輪のことだよ。……舵輪ってのはわかる?」
「えっと……船長さんの『ヨーソロー』っていう掛け声に合わせて船を操縦しているヒトが両手で回す、あの大きな輪っかのことですよね? 車で言うところのハンドルでしょうか?」
「そうそう」
厳密に言うと『宜候』は『今向いている方向で良し!』、つまり『進路をそのまま保て!』って意味だから、その掛け声に合わせて操舵手が舵を切ることはまず無いんだけどね。
あと、そういう指示を出すのは、基本的に船長じゃなく航海士の仕事だし。
まあ、でも、一々そこまで細かく指摘することも無いだろう。相手は小学生だ。
「とにかく。こちらを目指し、あっという間に近付いてくるあの船を動かしているヒトたちはみんな、メチャクチャ優秀だってこと」
「……でも、なんだかあの船、すっごくジタバタした動きをしてますよ?」
「ジタバタ?」
船の様子に対して『ジタバタ』って……、独特の表現をするコだ。
「ジタバタというか、カクカクというか、ジグザグというか……。あれ、一直線にこっちへ向かってきているワケじゃないですよね? 頻繁に船首の向きを変えていますし。正直、無駄の多い動きをしているようしか見えません」
「あー……」
なるほど。帆船についてよく知らないヒトの目にはそう映るのか。
ボクから言わせれば、あれ、トンデモなく神懸かった操船なんだけどな……。
「それは仕方ないよ。どうもこっちは完全な風下みたいだから」
「? どういうことでしょう?」
潮風に揺れるルーナの亜麻色に近い金髪の、サラサラと流れていく方向を確認しながら言うボクを、当人がきょとんとした顔で見上げてくる。
……どう説明したもんかな。難しいな。
せめて図に書いて教えられればよかったんだけど。紙もペンも無いしな。
「頭の中でイメージしてごらん。まず、方角を東西南北とその中間の八つに分けます」
「上から時計回りに、北・北東・東・南東・南・南西・西・北西の八つですね」
「そ。で、キミが乗った帆船は今、正面――北へ行きたいとする」
「はい。北が正面……と」
「ですが、今はモロに正面、北から風が吹いています」
「行きたい方向が風上というワケですね」
「ここで問題です。キミを乗せた帆船は、そのまままっすぐ北へ行くことが出来るでしょうか?」
「……出来ない?」
「なんで?」
「だって帆船は風の力で進む……つまり風に押してもらって進むモノなのでしょう? なのに正面から風が来るんじゃ、押してもらえないどころか、むしろ押し返されてしまうんじゃないでしょうか」
「ぴんぽーん。正解。この場合、北は『絶対に行けない方角』なワケです」
「やりました!」
鯨の上でぴょんと跳ねて喜ぶルーナ。可愛い。
……このコ、どうも嬉しいと飛び跳ねて喜びを表現する癖があるようだ。
だが、彼女は不意にピタリと動きを止め、
「……あれ? でも、さっきのイサリさまのお話ですと、こっちが風下なんですよね? つまりあの船は今、風上に向かって進んでいるワケではないのでは?」
「そうだね」
「え? では今の問題にはなんの意味が……?」
「ここでまた問題です。先程、正面、北から風が吹いてきていると言いましたね。そのため、北は『絶対に行けない方角』だとも。ではこのとき、逆に、『最も進みやすい方角』は、例えばどこでしょう?」
「南です!」
即答だった。
気持ち良いくらい見事に引っ掛かってくれたな……。
まあ、ボクも『逆に』ってわざと強調したしな。
でも、一応ヒントも与えたのだけれども。
『例えば』ってさ。
それはつまり、正解はひとつじゃないってことだよ?
「ブッブー。ハズレでーす」
「なんでぇぇぇぇぇぇ!? この場合、南が完全に風下なんですよね!? でしたら、」
「完全に風下だからこそダメなんだよ。正解は完全にじゃなく少しだけ風下の南西と南東でしたー」
ボクが答えを教えると、ルーナは目を瞬かせる。
「ど、どういうことでしょうか?」
「ルーナ。キミがさっき自分で言ったんだよ。帆船は風の力で進む……つまり風に押してもらって進むモノだって。帆船はね、帆で風を受けないと進めないモノなんだ」
「?」
「今こっちに向かってきているあの帆船をよーく見てごらん。いろいろな形の帆が、いろいろな向きについているよね?」
「はい。こっちから見て二等辺三角っぽい帆や長四角の帆、それに台形っぽい帆もあります。向きも横を向いていたり斜め前を向いていたり……」
「そう。昔ながらの帆船は、帆で風を受けて、風に押してもらうことでしか進めない。だから帆を張る数を増やしたり、帆の向きを変えたりして、少しでも沢山の帆で、少しでも多くの風を捕まえる必要がある」
「少しでも沢山の帆で……あっ」
気付いたらしい。
「もうわかったね? なんで完全な風下の南が、最も進みやすい方角というワケじゃないのか」
「そっちへ進もうとすると、完全な風上、つまり真後ろから風を受けることになる……そうすると位置関係的に帆船の後ろのほうの帆にだけ風が当たることになって、前のほうの帆には風が届かない……!」
「そういうこと。いっぽう、完全な風下ではない南西や南東に進む場合は、風を真後ろから受けるワケじゃないから、前のほうの帆にも風が当たりやすい。斜め後ろとかからね。つまり、後ろのほうの帆が、前のほうの帆に風が当たるのを邪魔せずに済むんだよ。だから、このふたつが最も進みやすい方角と言えるワケさ」
……まあ、この場合の『進みやすい』というのは『快適な航海が出来る』という意味合いであって、実は『最も速力が出やすい』のは風をほぼ真横に受けることが出来る東と西だったりするのがややこしいところなんだけど……。
それについては触れないでおこう。ルーナを混乱させてしまいそうだ。
あ、ちなみに北東や北西に進むのは普通に大変です。所謂逆風なので。
「じゃあルーナ、こちらに向かってきているあの帆船が、キミが言うところの『ジグザグした無駄の多い動き』をしている理由もわかったね?」
「さっきの話に照らし合わせると、こっちが完全な風下、南だから……、少しでも多くの風を帆で受けるために、帆船の進路を『最も進みやすい方角』の南東や南西になるよう調整しながら進んでいる……?」
「そう。一見すると『ジグザグした無駄の多い動き』に見えるかもしれないけれど、実はあれが最速でここへ辿り着くための最適解なんだ。ただ風任せに……ずっと真後ろから風を受け続けるよりも遥かに早く着く方法なんだよ」
「奥が深いです……」
まあね。
『順風満帆』なんて言うけれど、順風だからって必ずしも楽が出来るワケじゃないのが帆船の難しいところだよなぁ……。
「ま、普通はルーナみたいに真後ろから風を受けるのが最も速力が出るんじゃないかって思っちゃうよね。なんとなく、イメージでさ。ボクも最初はそうだったし」
「イサリさまは本当に博識なのですね……! イサリさまなら、すぐに船長さんになれるのでは?」
「まあ、『なんも船長』だったらなれるかもね」
「『なんも船長』?」
ルーナがきょとんとした顔でオウム返しする。
「船乗りがよく使うダジャレだよ。船長ってのはみんな、あんまり仕事をしないから――なんもせんから、『なんも船長』」
「!?」
「これも世間一般にはあまり知られていないことなんだけどね。船長ってのは基本的に当直も無いし、好きなことをしていればいいんだ。船を動かす実務や雑務は、みーんな部下がやってくれるものなんだよ」
「そ、そうなのですか……?」
表情から察するに、ルーナの中で、船長というモノに対するイメージがガラガラと音を立てて崩れているっぽい。
幻滅と言うと大袈裟だけど、概ねそんな感じ。
……一応フォローしておくか。
「ああ、でも、もちろん仕事が全く無いワケじゃないよ? 定時で行われる当直交代の際は仕事の引継ぎがあるから船長も現場で報告を受けるし。出入港や悪天候なんかのときは、号令を発して指示を出さなきゃいけないしね」
「……でも、それ以外は『なんも船長』なんですよね……?」
「ま、まあ、これはあくまで一般論であって、ケースバイケースだとは思うけれど。忙しい船長さんも沢山いると思うよ? 世の中にはいろいろな船があるワケだし」
ちなみにボクは『なんも船長』という響きが決して嫌いじゃない。
将来なりたいのは航海士なんだけど、『なんも船長』になれるのならそれに越したことはないとすら思っている。
だってほら、楽そうだしね。
「……まあ、ルーナにこれを言ったらそれこそ幻滅されそうだから、口が裂けても言えないけれど……」
「はい?」
「なんでもない」
体感的にはまだ出逢って数時間しか経っていない女の子だけれど、苦難をともにしたこともあって、ボクはこのコにすっかり親しみを覚えてしまっている。このコに嫌われるのは出来れば避けたい。
このコがボクを内心どう思ってるのか……それはわからないけれど。
まあ、でも、出逢ってからここまでのやりとりを鑑みるに、少なくとも嫌われてはいないだろう。
頼りになる『お兄ちゃん』を、それなりに演じてあげられているのではないだろうか。
このコがちゃんと家族のところへ帰れるまでは、ボクが『お兄ちゃん』になってあげられればいいなと思う。
「正直、可愛い『妹』が出来たみたいで悪い気はしないしね」
ずっと欲しかったんだよねー、ボクを素直に慕ってくれる可愛い妹分の女の子。
……え? 何? 従妹? ハッハッハッ、ナイスジョーク。
そりゃあ客観的に見ればアイツは美少女と呼んで差し支えないと思うよ?
それにアイツの家は海神を祀る由緒正しい(しかも結構デカい)神社だから、家業を手伝うときは巫女さんの格好をしているのも、本来であればポイントが高いと思う。
でもね……。外見が重要じゃないとは言わないけれど、人間、一番大切なのはやっぱり内面だと思うんだ……。
性格だと思うんだよ。
所有している夜のオカズの傾向を親にバラそうとする『妹』なんてゴメンだって。
向こうだってボクのことは『便利に使える下僕』程度にしか考えてないだろうしね。
「あっ」
天敵の顔を頭に思い浮かべてたボクの隣で、ルーナが声を上げる。
「イサリさま、あれをご覧ください! ヒトです! あの船、ヒトが乗ってます!」
「まあ、そりゃあ乗ってるよね」
乗っていないのにあんな人為的な動きをしている船があったら、それはもうホラーだよ。たぶん幽霊船ってヤツだ。
それは勘弁してほしい。
ボク、幽霊とか怪奇現象とか、そういう怪談の類は昔から苦手なんだ。
だって……、
「大きな船ですね。何人くらいで動かしているのでしょう」
「うーん……。見た感じ、標準サイズのトップスル・スクーナーみたいだし……。少なくとも操船のための人員だけでも四十人はいるんじゃない?」
「あの船ひとつを動かすのにそんな大人数が必要なんですか!?」
「交代要員も含めての人数だよ。常に全員で操船しているワケじゃないって。ちなみに船医や料理人といった操船以外の仕事をする人員も乗っているだろうから、あの船に乗っている人間は総勢で五十人前後ってトコじゃないかなぁ。まあ、当てずっぽうだけどね」
あの船が何交代制を採用しているのかもわからないし。
「ちなみに、とっぷする・すくうなあ? というのは?」
「帆船のタイプだよ。他にもバーケンチンとかバークとかクリッパーとか、いろいろあるんだ」
「何が違うんですか?」
「大雑把に言うと帆檣の数とか縦帆及び横帆の枚数とか」
「うぅ……。専門用語が多すぎてよくわかりません」
「……そうだよね」
かといって、すべて説明すると長くなるしなぁ……。
ぶっちゃけトップスル・スクーナーだから規格が全部同じってワケでもないし。
「あれも標準的なトップスル・スクーナーとは微妙に船体の形が違うしね……」
前方帆檣と中央帆檣と後方帆檣の計三本の帆檣は、標準的なトップスル・スクーナーのそれと言えるけれど(ちなみに世の中には帆檣が四本のトップスル・スクーナーとかもある)、いっぽうで白い塗料で染め上げられた木造の船体の形が微妙に細長い。船体の形だけなら、カティサーク辺りのクリッパーと呼ばれる帆船に近い印象だ。
と、近付いてくる帆船の艤装を観察・分析していたボクに、ルーナは続けてこんな質問をしてきた。
「それで、どの船が一番良い船なんですか?」
な……っ、
なんて質問をするんだこのコは……。
悪気が無いのはわかるけれど……。世の中の筋金入りの帆船ファンが聞いたら、激おこの禁断の質問だぞ、それ。
「なんとも言えないなぁ。結局は用途によるし。どの船にも長所と短所があるからね。『小型ゆえに速力は出るし小回りもきくけどヒトとモノはあまり運べません』って船と、逆に『大型で鈍重だけどヒトとモノはいっぱい運べます』って船があったとしたら、レースなら前者が有利だし、交易なら後者のほうが有用でしょ?」
「なるほど……言われてみればそうですね」
「あれは一昔前まで大阪市がセイル・トレーニング事業に用いていた練習用帆船『あこがれ』に似ているね」
もちろん船体の長さとか細部はあちこち違うし、何よりあの船は純粋な木造船みたいだけど。
「……イサリさま。わたくし、なんだか怖くなってきました」
徐々に近付いてくる帆船の威容に気圧されたか、ルーナがボクの背中に半分隠れるように縋りついてくる。可愛い。
「大丈夫。心配要らないよ」
まあ、ぶっちゃけ「大丈夫」の根拠は何も無いのだけれど。
だって、あれが海賊の船じゃない保証なんてどこにも無いのだ。
なにしろ、ボクたちの世界、時代にだって(流石にこういった帆船は使っていなかったものの)ソマリアとかには普通に海賊と呼ばれている者たちが存在するのだから。
そんなワケで、正直ボクも今、結構ビビってるんだけど……。
でも、このコの手前、ボクが取り乱すワケにはいかないよなぁ……。
「……そういえば」
取り乱すといえば、この白鯨、あんなに大きな船が自分のほうに近付いてきているのに、ウンともスンとも言わないな……。
まさか本当に死んでるんじゃ?
「オイ鯨。生きてるか?」
足元の真っ白い巨体に向かって話し掛ける。
「おまえ実は喋れるんだろ。質問に答えろって」
………………。
返事がない。ただの屍のようだ。
……え、マジで死んでるの?
無視してるだけじゃなくて?(それはそれで腹立つけども)
ボクたちを勝手にこんなワケわかんない海に連れてきておいて、自分だけ勝手に死なないでほしいんだけど。
ギ……ギギギ……ギィィィィィ……
ボクが足元、白鯨の巨体を掌でペシペシ叩いているうちに、大きく旋回し、前方帆檣の天辺近くに張られていた二枚の横帆で正面から風を受け止め『逆帆』と呼ばれる状態にすることでブレーキを掛けた帆船が、ボクたちの目の前で停止する。
白鯨の巨体と、純白に塗り上げられた船体。彼我の距離は10mあるかどうかといったところだ。
これだけでもあの帆船を操る者たちの操船技術が生半可なモノではないことがわかる。
「さて……。鬼が出るか蛇が出るか」
海賊や奴隷商が出てきたらどうしよう。
「……言葉、通じるでしょうか?」
帆船を見上げるルーナが不安そうに訊ねてくる(こっちは波間に漂う鯨の背中の上、あっちは海面を滑るように進む帆船の上なので、必然こちらが見上げる形になるのだ)。
ボクは彼女の頭を優しく撫でて、
「船乗りの公用語とも言える英語には多少自信がある。任せとけ」
「イサリさま……!」
「そう簡単に詰んでたまるか。そうだろ?」
本当はあんまり英語に自信は無かったのだけれど、ルーナの不安そうな顔を見ていられなくて、ボクは敢えて自信たっぷりに太鼓判を押してみせる。
自分を鼓舞する。
そうだ――ボクは必ずルーナを家族のところへ送り届ける!
そしてボクはいつか船乗りになるんだ!
だからこんなところで詰むワケにはいかない!
……そして。
そんなボクに、頭上、帆船の船首楼甲板から、一人の男性が声を掛けてきた。
「■〇▽×☆◎▲◇★!?」
…………………………。
………………うん。
日本語どころか英語ですら無かった。
果たして何を訴えようとしているのやら……。ジェスチャーを見てもチンプンカンプンである。
「……ルーナ」
ボクは金髪の幼女に振り返り、ニッコリと微笑んで告げた。
「詰んだ」
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