♯53 混沌からの侵略者と、造物主たちの因縁を知った
第53話です。
「これは……壮観だな……」
小高い丘の上から見渡すに、どうやらその『洞』はボクたちがこれから開拓しようとしているあの『洞』よりだいぶ狭いようだったが、その面積の大半が鬱蒼と繁る緑で覆われていた。
そう。
どこまでも続く高さ2mほどの果樹棚の、網目状になっている天板を、隙間なく覆う低木の枝葉で。
それは紛うことなき果樹園だった。
「小学生のとき遠足で行った葡萄園みたいだなぁ」
……あれ? ちょっと待てよ?
「ねえ、なんでここ、こんなに明るいの? あっちの『洞』みたいに天井に穴が空いていて、そこから星明かりが射しこんでいるワケでもないのに」
昼間同然というほどではないけれど、夜が明けた直後くらいの明るさはあるぞ、ここ。
見た感じ、『エル・ドラードの実』……照明の実の灯りとも違うよね、これ。
「ああ」
ボクの問い掛けにカグヤがクスリと笑って答える。
「ほら、よーく見て。あっちとは違って、こっちの『洞』の内壁や天井にはヒカリゴケの一種がびっしり生えてるんだよ」
「え。でも確かヒカリゴケって、」
「はい」
頷いたのはマリナだ。
「地球のヒカリゴケの場合レンズ状の細胞で光を反射することで光っているように見えるだけで実は自力発光はしていませんが、月のヒカリゴケの中には自力発光が可能な種もあるんです」
「ほーん……。蒼き月の海の固有種ってことかぁ」
まあ、人食いアノマロカリスなんてモノがいる世界だしな……。自力発光する植物があってもおかしくはないか。
そんなやりとりをしながら丘を下りて、果樹園へと近付き、果樹棚の天板を覆う低木の枝葉のトンネルをくぐる。そのまましばし歩いてから見上げると、そこには色とりどりな果実が垂れ下がっていた。
ヘチマみたいな形の黄緑色の果実。トマトみたいな水色の果実。蜜柑みたいな形の白い果実。バナナみたいな形の茶色の果実。エトセトラエトセトラ……。
「うわ、マジで生ってるよ……『不思議な樹の実シリーズ』が……」
しかも同じ枝に『竜宮の実』と『エル・ドラードの実』と『ザナドゥの実』みたいな感じで数種類の果実が並んで生っているし……。
トコトン常識が通じないなぁ、ここは。
「ねえだんなさま、憶えてる? 造物主は全部で八十八柱いるって話」
「もちろん。キミたちやスーザンのような上位眷属と呼ばれる存在が十二柱、それ以外の下位眷属と呼ばれる存在が七十六柱だろう。……それがどうかしたの?」
「だんなさまが言うところの『不思議な樹の実シリーズ』はね、全種類に、そのうちの一柱のチカラが注ぎ込まれてるんだ。『デイジーワールドの実』に限らずね」
「全種類に造物主サマのチカラが……?」
「はい」とマリナが頷き、「この『樹』には、わたくしたちのチカラを吸収し、『実』というカタチに変換する性質があるんです」
なるほど。道理で「そんなんアリ?」ってツッコミたくなる実ばっかりなワケだよ。
まさか造物主サマのチカラが材料になっていたとは……。
……待てよ? ってことは、
「カグヤのチカラが材料になっている実もあるってこと?」
「言ったでしょう? 『地球系統』は実体の無い存在、つまり神霊や魂魄といったモノに肉体を与えたり、生き物を成長させたり、傷付いた肉体を修復・再生したりといったことが可能なチカラだって」
「傷付いた肉体を修復・再生――そう聞いてピンと来るものはありませんか?」
「……あっ! もしかして『桃仙郷の実』!?」
「ぴんぽーん☆」
「正解です☆」
「ははあ……なるほどねぇ」
「まあ、『桃仙郷の実』は『デイジーワールドの実』と比べればレアリティはそこまで高くないけどね」
「一個生るのに五年はかかる『デイジーワールドの実』とは違い、『桃仙郷の実』は半年もあれば一個は確実に生りますしね」
「レアリティ」
急にゲームみたいな単語が出てきたな……。
「『デイジーワールドの実』がURだとしたら『桃仙郷の実』はRくらいかな。で、『バビロンの実』がSRで『エル・ドラードの実』や『竜宮の実』がNだね」
「はあ」
なんか一気に俗っぽくなったな!
「造物主サマと言えばさ、」
ボクは目の前に垂れ下がる『竜宮の実』を指でツンツンしながら、ふと湧いた疑問を口にする。
「キミたちとスーザン以外の造物主サマについてだけど」
「……うん」
「はい」
「残りの上位眷属たちはみんな各々が管理する<神域>にいるんだよね? ここを管理する<種を播くもの>みたいに」
「そうだね」
「基本的には」
……『基本的には』? なんだ、その含みのある言いかた……。
「もしかして、キミとマリナ以外にも<神域>を留守にしている上位眷属がいるの?」
「どうかな。わたしとマリナは同じ地球の化身、分霊同士だから離れていても思念伝達による情報共有が可能だけど、他の上位眷属はそうじゃないから」
「皆さんの現状を確かめようがないんです」
……あれ? 今、二人の説明に何か引っ掛かるモノを感じたんだけど……なんだろう?
…………ダメだ。わからん。まあいいや。
「じゃあ、下位眷属たちは? どこで何をしているの? これはアリシアから聞いた話なんだけどさ、なんか、スーザンが言っていたらしいんだよ。キミたちは、月と地球に住まうすべての生命体の敵とずっと戦い続けてきた――その戦いで多くの同胞たちが散っていった、って」
「「………………」」
「その散っていった同胞たちというのは……」
「お察しのとおり、下位眷属たちだよ」
「四半世紀近く前に大きな戦いがありまして。<隙間の神>さんを始め、多くの下位眷属が散っていったんです」
誰だよ<隙間の神>さん。
いやまあ、話の流れ的に下位眷属たちの代表格ってトコだろうけれど。
「じゃあ、あの『月棲獣』も」
「うん。その戦いの終盤で、敵の手により送り込まれた生体兵器だよ。下位眷属たちが総出で奴を第十一<神域>ロストワールドに閉じ込めてね。以来、スー……スーザンがたった一柱で足止めしてきたんだ。四半世紀もの間ずーっとね」
四半世紀もの間ずっと一柱で……。
「なお、それに先駆けて送り込まれた敵の雑兵が『深きものども』です」
雑兵……。あの『深きものども』が……。
「わたしたち造物主と、わたしたちの敵の間には、長きにわたる因縁があるってワケ」
敵……か。
「ねえ、カグヤ。ボクが戦ったメガネウラの化け物――<バグ>だっけ? キミはあれを、『深きものども』や『月棲獣』と同じ類のモノだと言ったよね? 『混沌の眷属』によって改造された生物兵器だと」
「……言ったね」
「つまり、キミたちの敵は『混沌の眷属』と呼ばれる者たちで、ボクが戦ったあの『何か』もその一人なんだろう?」
「………………」
「何者なの? 『混沌の眷属』ってのは」
「わかんない」
……『わかんない』?
「カグヤ、今更隠しごとは――」
「隠しているワケじゃなくて。本当に何もわかってないの。わかっているのは、連中はこれまで数多の宇宙、異し地球で暗躍してきたことだけ」
……ちょっと待て。
「数多の宇宙? 異し地球?」
「うん。聞いたことはない? 多元宇宙や平行宇宙って言葉」
「あるけど……え、待って。宇宙が沢山あるのはいいとして、『ここ』以外の宇宙にも地球が存在するの!?」
「そりゃあ存在するよ。最初の地球が存在した第0宇宙はどうか知らないけれど、第1以降の平行宇宙には造物主サマがいる宇宙がちょこちょこ存在するから。そういう宇宙じゃあ『とりあえず作っとけ』みたいなノリで作られがちだからね、地球」
……『とりあえず作っとけ』みたいなノリで地球が……。
いや、重要なのはそこじゃない。
今、彼女はなんて言った?
「『最初の地球が存在した第0宇宙はどうか知らないけれど』?」
「うん」
「……ここが第0宇宙じゃないの? ボクとルーナが住んでいたあの地球が最初の地球じゃ……」
「違うよ。ここは第52平行宇宙。この宇宙の地球は最初の地球――『オリジナルの地球』を参考に創造られた模造品。レプリカ。『模造地球デイジーワールド』だよ」
カグヤの断言に。
「あ……」
不意に思い出す。
以前、スーザンやあの『何か』が口にした言葉を。
――『守人の因子を持つ者よ――我が姉のチカラにより「かつて」「あの地球」へと召喚されたオリジナルの地球を出自とする魂魄よ。汝に試練を課そう。我ら造物主をもってしても滅ぼすことが叶わなかったこの混沌の獣。見事打ち倒し、汝の魂魄の価値を我らに示せ』
――『あ……あり得ないっ! なんでぇ!? なぁんで別の宇宙、「オリジナルの地球」を出自とする魂魄がぁ、この宇宙にぃ!?』
「待ってくれ。スーザンやあの『何か』はボクを『オリジナルの地球を出自とする魂魄』と呼んだ。それはどういう……」
「……それは、」
カグヤは答えようと口を開きかけ――そして。
「「っ!?」」
マリナ共々、丘の上を――今さっきボクたちがくぐり抜けてきた蒼い鳥居型の『門』がある方角を弾かれたように見上げる。
二人の顔に浮かぶモノ――それは驚愕。そして焦燥。
「か、カグヤ? マリナ? どうしたの?」
「この気配……! そんな、あり得ない……!」
「どうして!? どうしてここに『混沌の眷属』の気配が!?」
……なんだって?
「まさかあの『何か』かそれの同類が、この<神域>に侵入したってのか!?」
「信じ難いことだけど、そうみたい。ねっ、マリナ」
「はい。厳密に言うと、少し前に侵入を果たし今の今まで潜伏していた『混沌の眷属』が派手に動き出したことで、ようやくわたくしたちの探知網に引っ掛かったという感じでしょうか」
「すぐそこにいるワケじゃないのか」
「うん。気配は『トゥオネラ・ヨーツェン』が停泊中のあの『枝』の辺りから感じるよ」
「ですが、いつの間に……どうやって侵入を……」
「……ボクたちの船に潜り込んでいたとか?」
「それは無いよ。『トゥオネラ・ヨーツェン』の船体はこの『樹』の樹液でコーティングされてるんだから」
「この『樹』の樹液には破邪のチカラがありますから、『混沌の眷属』が触れたらタダでは済まないはずです。密航するのは無理でしょう」
「じゃあ、どうやって………………あ」
そのとき。
ボクの脳裏に、ここに上陸した直後のツバキと主計長のオッサンの会話が甦った。
『……んん?』
『どうしたんじゃ、主計長』
『あ。すみませんお嬢。今、ロウガ殿の漁船の甲板で何かが動いたような気がして……』
『なんじゃと!? …………誰も乗っておらんではないか』
『ですね。すみません、気のせいだったみたいです。疲れで幻でも見えたのかな?』
「ロウガさんの漁船だ……! たぶん、曳航してきたあの船の船底かどこかにしがみ付いていたんだ! あの有人島からずっと! 撤退するフリをして! 侵入したのは十中八九、先日ボクが戦ったアイツだ!」
アイツは人間じゃないんだ。それくらいの芸当、出来てもおかしくはない。
主計長のオッサンが見たのは、こちらの様子を窺うため海面下から姿を現したアイツに違いない!
「そうか! だんなさまが戦ったあの『混沌の眷属』は、仲間と思念伝達で常に情報を共有していたんだ。で、その仲間……たぶん向こうのリーダー格が、造物主のチカラで戦うだんなさまをここの関係者だと判断して……」
「『混沌の眷属』にとってここは言わば敵の本丸ですから……そこに攻め込む好機と見て、部下に戦いを中断させたというワケですね。そしてここへの潜入と破壊工作を指示した……」
つまり、ボクたちは泳がされていたのか。
カグヤが言うところの『向こうのリーダー格』……おそらくはあの『何か』が『お姉ちゃん』と呼んでいた存在に。
ただ、どうしてアイツがここに着いてすぐに動かなかったのか……このタイミングで動き出したのかはわからないけれど……。
まあ、いい。考えるのはあとだ。
「船にいるみんなが危ない! <種を播くもの>に会うのは後回しだ! すぐに向かおう!」
「待って、だんなさま! 忘れたの!? あなたは今『変身』できないんだよ!?」
「あ……」
そうだった。それなら、
「マリナ! 『デイジーワールドの実』は!? どこに生ってるの!?」
もう一度『デイジーワールドの実』を使ってマリナのチカラ――『星核構築』とやらを取り込めれば……!
目の前の果樹園を見回し訊ねるボクに、しかしマリナは申し訳なさそうに頭を振った。
「ごめんなさい、イサリさん。今すぐ使える『デイジーワールドの実』はありません」
「そ、そんな……」
マズい……生身じゃあ、とてもアイツには太刀打ちできないぞ。
「ですが、ご安心を。ここにはわたくしがいます。『デイジーワールドの実』はありませんが、わたくしがイサリさんの身に宿り『星核構築』のチカラの供給源になればいいんです」
「え。ボクの身に宿り……って、まさかスーザンみたいに受肉を解除して?」
「はい。カグヤちゃんに『地球系統』のチカラを使ってもらうことで、再度受肉することは可能ですしね」
「わたしも一緒に宿るよ、だんなさま」
「えっ、カグヤも!?」
「うん。『地球系統』の供給源としてね。そうすればだんなさまが戦いの中でダメージを負ってしまっても癒してあげられるし、それに……なんだっけ……あのトンデモ技法」
「……神威体現闘法<漁火の拳>?」
「そう、それ。それを使う際に大気中から取り込まなきゃいけない『地球系統』の量を軽減してあげられると思うから」
「でも……本当にいいの?」
「まあ、今ならみんなに見られずに済むから、わたしの正体がバレることもないだろうしね」
どうやらカグヤは自分が造物主の一柱だということをみんなには知られたくないらしい。
……悩んでいる場合じゃないか。
「わかった。それで行こう」
「それじゃあ――」
「参ります!」
ボクが頷くと、カグヤとマリナは祈るように胸元で両手を組み、目を閉じる。
そしてカグヤの全身は紫、マリナの全身は蒼の光の膜に包まれて変化し――
次の瞬間、二人の姿は、掌サイズの地球儀へと転じていた。
それぞれフレームの部分にカグヤとマリナにそっくりな女神の彫刻が施された、ふたつの地球儀だ。
空中をふわふわと漂っていたそれらは、そのままボクの胸へと吸い込まれるように消える。
わかる。感じる。
今、ボクの中にあの二人がいる……!
『変身』できる!
あとは――間に合うかどうかだ。
「無事でいてくれよ、みんな……!」
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