♯49 もう一人の仙女様と、運命の地で再び巡り会った
第49話です。
鳥居の傍に佇んでいたその少女の姿を目にした瞬間、ボクはそのあまりの可憐さに息をするのも忘れて魅入ってしまった。
幻想的と言ってもいいその容姿に、心奪われた。
――青瓊玉のように艶めく、腰まで伸ばしているふわりとした蒼い髪。
――パッチリとしていて愛らしい、月の光を宿したような琥珀の瞳。
――雪のような白磁の肌と、すっと通った鼻梁、瑞々しい桜色の唇……。
年齢はボクと同じ十六か、あるいは十七か……それくらいだろう。その落ち着いた雰囲気から判断するに、ボクより年上ということはあっても年下ということはなさそうだ。その身を包むのはカグヤのそれによく似た袖や袴などの丈を短くした巫女装束のような衣装で、頭に黒と白のツートンの紐リボンを付けている。
あまりにも美しく、あまりにも儚く、……そしてあまりにも神々しい少女だった。
ボクの周りにはいろいろなタイプの美人・美少女がいるけれど、もはや人間離れしている彼女と肩を並べられるのは、せいぜいカグヤとルーナくらいなものだろう。どっちも幼女やんけ。
……それと。
ボクは、こうも感じていた。
「誰かに似ている……ボクは彼女の顔に見覚えがある?」
そうだ。
その証拠に彼女も言っていたではないか――「ようやくまた逢えましたね」と。
……でも、誰に似ているんだ?
ボクはいつ、どこで、彼女と逢った……?
「ああ、やっぱりこの髪と瞳では目立ってしまいますよね……。こっちが本来の姿なので、まずはこの姿でお会いするのが礼儀かと思ったのですけれど」
ボクの背後で、他の面々が「見て、あのコ!」「えっ、あの髪の色は……!?」「人間……なの?」とざわついていることに気付いた少女が苦笑を浮かべる。そして、
「少々お待ちくださいね☆」
ボクと手を繋いでいるルーナをチラリと見、少女がそう言ったのと同時に。
「! 見てくださいイサリさま! あのかたの髪と瞳! 色が……!」
「う、うん」
「「「「「「「あっ」」」」」」」
ボクとルーナ、そして仲間たちが見守る中、少女の髪と瞳の色が見る見るうちに変化していった。
――蒼い髪は、月の光を宿したような亜麻色の金髪へ。
――琥珀の瞳は、透明感のある澄んだ水色の瞳へ。
それは、
「わたくしと一緒です……!」
そう――それはルーナと同じ色だった。
「これは……、どっちだ?」
先程の発言から察するに、カグヤが普段は黒い髪と瞳の姿で過ごしているように、彼女も普段は『もうひとつの姿』で過ごしているのだろう――そしておそらくは、『この姿』こそがそれなのだろう。
だが――どっちだ?
『この姿』の髪と瞳がルーナと同じ色なのはただの偶然なのか? 『この姿』は元からこの色だったのか?
それとも、ルーナに合わせて『この姿』の髪と瞳の色を設定変更したのか?
前者なら「そんな偶然あるか?」という疑問が、後者なら「なんでルーナに合わせる必要があるんだ?」という疑問が生じるが……。
「カグヤ。彼女は?」
「……このコはマリナ。わたしの双子の妹だよ、だんなさま」
ボクの問い掛けに、「あーあ、やっちゃった……」と言いたそうにしゃがんで頭を抱えているカグヤが答える。
こんなカグヤ初めて見た……って、ちょっと待て。
「双子の妹!? お姉さんじゃなくて!?」
カグヤが見た目十歳くらいなのに対し、彼女は十六歳くらいだぞ!?
二人が双子だなんて信じられないよ!
「そんなに信じられない?」
「そりゃあ――」
…………いや、待てよ?
「……もっと信じられない母娘が身近にいたわ……」
よく考えたら、リオンさんがこの見た目でシャロンのお母さんなことのほうが信じられないわ……。
まあ、リオンさんの場合別の意味で人間離れしているというか存在自体が反則気味なところがあるから、引き合いに出すべきじゃないのかもしれないけれど……。
「旦那様! 今、何か失礼なことを考えてるでしょ!」
見た目小学生なママさんが背中をポカッと小突いてくる。……鋭い。
「ちょっと待つのじゃ! マリナじゃと!?」
「そっか、この声……! どこかで聞き覚えがあると思ったら、あのときの神様です!」
ん?
「どうしたの、ツバキ、ルーナ」
「! そうじゃった、ドタバタ続きじゃったせいで旦那様にはすっかり話しそびれとったな。――実はの、旦那様が『月棲獣』とかいう化け物と戦ったあの日、巨大隕石の衝突時の余波に『トゥオネラ・ヨーツェン』がモロに巻き込まれずに済んだのは、マリナを名乗る女が『この島から離れろ』と助言してくれたお陰なんじゃ」
「ええっ!?」
「あのとき、わたくしの頭の中に直接語り掛けてきた不思議な声……。あの声と、このかたの声は一緒なんです!」
「! そういえば……」
――『これは一種の残留思念……。「彼女」があなたのために生らした実にわたくしのチカラを注ぎ込むにあたり、一緒に組み込んでおいた自動応答プログラム……。あなたの絶望を感知したときに自動再生されるようにしておいたメッセージです』
「――同じだ……。彼女の声は、あのメッセージと……」
! そうだ思い出した! マリナって名前、どこかで聞き覚えがあるなぁと思ったら、『月棲獣』との死闘の最中カグヤが口にした名前じゃないか!
あのときカグヤは彼女のことを『もう一人の仙女』と呼んでいた……!
……ということは、やはり彼女が……。
「改めて自己紹介させていただきますね。わたくしはマリナ。姉・カグヤと同じく、この蒼き月の海を管理する仙女です」
そう言って少女――マリナはペコリとお辞儀する。
「本当はわたくしも姉とともにイサリさんをお迎えに行ければよかったのですが、理由あって出来ず……。申し訳ありません」
「じゃあ、キミはずっとここで……」
「はい。ここで今日という日を……あなたにまた逢える日を……一日千秋の思いでお待ちしておりました……」
再び顔を上げたマリナの瞳からは――大粒の涙が零れていた。
「えっ……マリナ、さん?」
「っ」
そして彼女はもうこれ以上は抑えきれないといった様子で突然駆け出すと、ボクの胸の中に飛び込んでくる。
「「「「「「「あーっ!」」」」」」」
それを見て一部の女性陣が黄色い悲鳴(?)を上げ、
「逢いたかった……っ。誰よりも大好きなあなたに……ずーっとずーっと……もう一度……!」
マリナはボクの胸に顔を埋め、グスグスと嗚咽を漏らす。
「あなたのいない日々は空虚で……あなたのいない世界は色褪せて見えて……! わたくし、やっぱりあなたがいないとダメなんです……! ごめんなさい……せっかくあなたがわたくしのために沢山頑張ってくれたのに……でも、あなたが隣にいないのなら、なんの意味も無かった……。――本当にごめんなさい、イサリさん。恩知らずなわたくしを赦してください」
な、なんだ?
彼女はいったいなんの話をしているんだ?
「……でも、これはあなたの鈍感さが招いたことでもあるんですからね……? 現にあなたは、この時点で取り返しがつかないことになってるって、気付いていないでしょう?」
「へ? それってどういう……」
「…………ふふっ。そうですよね。突然こんなことを言われてもワケがわかりませんよね。いいんです……わたくしが今言ったことは忘れてください。でも、これだけは忘れないで。わたくしはあなたをお慕いしております。初めて出逢ったあの日にはもうあなたに心奪われていたんです」
「っ」
ドキッ
「……ん? 『ドキッ』?」
この胸の高鳴りは……もしや恋? まさかボク、彼女のこの笑顔に一目惚れしちゃったのか?
ってことは、これがボクの初恋……。
ドキドキドキドキ(汗)
「ん、んん……?」
いや待て……。確かに「生まれて初めて同世代の女の子に好意を寄せられちゃったぜー、ひゃっほう!」という嬉しさを感じているのは事実だけれど……。でも、同時に湧き上がるこの……罪悪感? 気まずさ? ソワソワ? みたいなモノはなんだ……?
なんでボク、こんなに汗を掻いてるの……?
「! そうか」
わかった! マリナの髪と瞳の色のせいだ!
ボク、いつの間にかマリナじゃなくてルーナと話しているような錯覚に陥っていたんだ!
まるで年頃の娘さんに成長したルーナが突然目の前に現れて、告白されたような気分になってしまって……。それで罪悪感や気まずさを感じて、ドキドキソワソワと……。
何それ!? 最低だよボク! そんなの、マリナとルーナ、両方に対して失礼じゃん!
ていうか、シンプルに気持ち悪い……! いくら髪と瞳の色が一緒とはいえ、告白してくれた女性に妹分の女の子を重ねるって! 自分で自分が気持ち悪いよ!
……いや、でも、改めて見ると彼女、マジでルーナにそっくりだな。髪と瞳の色が一緒だから、実際以上にそう感じているだけなのかもしれないけれど。こうして見ると、顔立ちまで似ているような……。
「くすっ……。ごめんなさい。混乱させるようなことを言ってしまって。さっきも言ったとおり、わたくしが今言ったことは忘れてください、イサリさん」
「え? あ……」
だんだん明後日の方向へ向かい始めていたボクの思考が、マリナによって現実へと引き戻される。
彼女はボクの背後の一団を順繰りに見遣ると、
「休憩するのにちょうどいい広場がこの先にありますので、ご案内しますね。皆さん、わたくしのあとについてきてください」
と告げて、
「さあ、イサリさんも☆」
可愛らしいウインクをし、歩き出した。
ボクは呆気にとられつつ、傍らのカグヤへと告げる。
「……カグヤ。キミの妹さん、キミに負けず劣らず、掴みどころのない性格をしているね」
「悪いコじゃないんだけどね……。ようやくだんなさまに逢えて、浮足立っちゃうのはわかるんだけれど……。でも、発言にはもっと気を付けてもらわないと……。歴史に悪い影響があったらどうするつもりなんだか……」
うわ。こんなジトッ……とした目のカグヤ、初めて見た。
……相変わらず言ってることは意味わかんないけど。
「さしものカグヤも妹さんには手を焼いている感じ?」
「そうだね。あのコ、昔から『思い込んだら一直線!』って感じだったから。ねっ、ルーナ」
「『ねっ』と申されましても……。わたくし、昔のマリナさんを存じ上げませんので……。あっ、でもっ、一途なのは悪いことではないと思います!」
カグヤに同意を求められて、胸元で拳を握りしめ力説するルーナ。
「………………ソウダネ」
そんなルーナを見るカグヤの目は、もはやジトッ……を通り越して、どんよりしていた。
『枝』を開拓して作った坂を上り切った先にあったのは、もはや洞窟と言ってもいい巨大な『洞』だった。
どれくらい巨大かというと、ここが海中なら白鯨でもくぐり抜けられそうなほどである。
そしてその『洞』、20mほど続くトンネルをくぐり抜けた先には、広大な空間が広がっていた。
別世界が広がっていたと言ってもいい。
「ふわぁー……」
「これはスゴイの……」
「嘘でしょ……ここ、本当に樹の内部なの……? この広大な空間が……?」
「しかも、これほどの広大な空間でも、樹の内部を丸々くりぬいて作ったワケではなさそうですね……樹木全体で見れば、あくまで『幹』の一部に出来た小さな穴でしかないようです」
「す、すっごく明るいです……普通にお日様の下みたい……」
「どうやら上のほうにも大きな洞が空いていて、そこから日差しが射しこんでいるみたいねっ。ほらっ、真上に青空が見えるわ!」
「なんて広いノ……東京ドーム十個ぶんくらいはあるんじゃないカシラ……」
「信じられません……。あの帆船に乗ってから信じられないことばかりです……」
見れば、ルーナ、カグヤ、アリシア、アデリーナさん、シャロン、リオンさん、イリヤ姉ちゃん、クロエは揃って眼前の絶景に圧倒されている様子だった。
アデリーナさんに抱っこされているサシャちゃんも「わあ……!」と目を輝かせている。
ターニャさん、ロビンさん、オリガ、そしてその他の面々も皆、「むう……」とか「はえー」とか感嘆の声を漏らしていた。
まあ、無理も無い。
今、ボクたちの目の前に広がる広大な空間――『洞』の内部。
そこには、肥沃の大地が広がっていたのだから。
……そう。大地である。あるいは土地と言い換えてもいい。
イリヤ姉ちゃんが言ったとおり、『洞』の内部は東京ドーム十個分はありそうな広大な空間で、そこには普通に田畑を作れそうな大地が広がっていたのだ。
しかも、見た感じ大地の三分の一は緩やかな丘陵地帯で、緑が生い茂っている。なんだあれ、苔か? と首を傾げていたら、カモガヤやクローバーだとマリナが教えてくれた。実質、牧草地じゃん……。
オマケに、『洞』の内壁のあちらこちらに空いた穴からは大量の水が滝のように流れていて、落下地点に泉を作っている。しかも、そこを始点にいくつもの小さな川が出来ていて、水源には困らなさそうだ(ちなみに川の終着地点はいずれも『洞』の内壁に出来た大きな穴だった)。
「これは……腐葉土か?」
足元の地面の土を抓み、まじまじと観察し唸るロウガさん。
「――外界では見かけない腐葉土だな。しかも一種類ではない上に、普通の土に限りなく近い性質のモノもあるようだ。これなら農作物を育てることも可能だろう」
ずいぶんと詳しいな……と思ったら、彼の奥さん、つまりクロエのお母さんが研究も兼ねて菜園を作っていたらしい。で、彼も一緒に菜園の世話をしていたら、いつの間にか詳しくなっていたんだとか。
「あのー。向こうのほうに、檜や橅の森っぽいのが広がってるんですが……。樹の中に森って、おかしくないですか?」
遠くに見える森に対してツッコむロビンさん。……まあ、気持ちはわかる。わかるけど、それを言ったら全部がおかしいんだよね、ここ……。
「あっちにログハウスっぽいのがあるねぇ」
ターニャさんが遠くにポツンと一軒だけ建っている小さな丸太小屋を目敏く見つけると、
「わたくしのお家ですね」
とマリナが教えてくれた。
そして彼女は、隣に立つボクだけに聴こえる小声で、
「もっとも、普通ではない方法で建てたモノなのですけれど……」
と付け足す。
「『普通ではない方法』?」
それってもしや、造物主サマのチカラを使って建てたってこと?
……そういえば、この<神域>を管理する造物主サマはどこにいるんだ?
「よーし皆の衆、野営の準備じゃ! とりあえず今日のところはマリナの家の近くに天幕を張るぞ! 全員、旦那様に続け!」
「「「「「「「はーい!」」」」」」」
むう。造物主サマについて、一刻も早くマリナに話を聞きたいところなのだけれど……そうもいかないようだ。
「さあ参りましょう、イサリさま☆」
「あ……ああ、うん」
仕方ない……ツバキがボクに続けと言ってしまった以上、ボクが先頭を歩くしかない。この<神域>を管理する造物主サマについては、落ち着いてからゆっくり話を聞くとしよう。
「<種を播くもの>……か」
ボクはルーナに手を引かれて歩き出しながら、いったいどんなヒトなんだろうと、まだ見ぬ造物主サマについて想像を巡らせるのだった……。
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