♯44 続々・凛々しいお姉さんと、運命の再会を果たした
第44話です。今更ではありますが、作中に登場する各スポットの位置関係をリアルの月面図で確認する場合、上下を逆にする必要があります。ご注意ください。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁぁっ!」
男衆が客人たちを押し込んだ船室へ、ルーナ、アリシア、シャロンの三人に手伝ってもらって水と食べ物を届けに行くと、禿げ頭の男性が真っ先にジャンピング土下座で出迎えた。
人間って正座した状態でこんなに跳べるものなんだ……と感嘆せずにはいられないような、それはそれは見事なジャンピング土下座だった。
ていうか、生まれて初めて生で見たよジャンピング土下座なんて。
「悪いのは私一人です! 私は殺されても文句は言いません! ですからどうか! どうか妻と娘、そして友人たちは見逃してください! お願いしますぅぅぅぅ!」
床へ額を擦りつけるように平伏し、禿げ頭の男性が懇願してくる。
「船長サン! アタシからも謝らせてくれ! ウチの亭主が馬鹿な真似をして本当に申し訳なかった! けど、本来は悪いヒトじゃないんだよ! 虫のいい話だとは思うけれど、どうか赦してやっとくれ! このとおりだ!」
「ワタシからも謝ります! 馬鹿で愚かで禿げてる父の、愚か極まりない行いをどうかお赦しください!」
肝っ玉母ちゃんとそばかすちゃん――奥さんと娘さんも土下座してくる……のはいいんだけれど、そばかすちゃん、今、『愚か』って二回言わなかった? あと、禿げてるのは関係ないと思うんだ。
「最初に謝る相手が違うでしょう」
ボクの言葉に禿げ頭の男性はハッと顔を上げると、彼が怖いのかボクの背中に隠れているルーナへ向き直って、
「お嬢さん! 怖い思いをさせてしまって本当に申し訳なかった! だが、脅すだけで決して傷付けるつもりは無かったんだ! どうか赦してほしい!」
と、再度深々と頭を下げる。
「あ、あの、わたくしは別に怒っていませんから……。怪我もしていませんし」
心優しいルーナは大の大人に土下座されて逆に恐縮していた。ホント良いコだなぁ。
「被害者であるルーナがこう言ってるし、あなたも反省しているみたいなんで、奥さんと娘さんに免じて今回のことには目を瞑ります。このコが掠り傷のひとつでも負っていたら問答無用で人食いアノマロカリスの餌にしてましたけど」
「「「ありがとうございます!」」」
ボクの言葉に親子は声を揃えて礼を言い、「うう……すまないおまえたち……」「まったく、手の掛かる亭主だよ」「お母さんの言うとおりだよ! ただでさえ禿げてるのに!」と抱き合って喜んでいた。……だから禿げてるのは関係ないやろ、そばかすちゃん。
「船長殿。俺からも礼を言う。それと謝罪も。連れが失礼した」
寝台の下段に腰掛けていた黒髪の偉丈夫がそう言って立ち上がり、深々と頭を下げてくる。……やっぱ厳つい面相のわりに礼儀正しいな、このヒト。好感が持てる。
「「………………」」
……ちなみに黒髪の眼鏡っ娘ちゃんと、ボクが昔憧れたお姉さんである『あのヒト』は、丸窓の前に立ち、鋭い眼光でこちらを見据えていた。
この様子を見るに、ボクの印象はお世辞にも良いとは言えないようだ。……ボク、何も悪くないと思うんだけどな……。
「だからもういいですって。――それより、水と食べ物を持ってきたんで。どうぞ」
ボクが目配せすると、ルーナ、アリシア、シャロンが、手に持っていたトレイを床に置く。髭面さんが用意してくれたパンとスープ、そして水差しとコップを彼女たちが床に並べていると、
「……毒とか、入れてませんよね?」
黒髪の眼鏡っ娘ちゃんがそこで初めて口を開き、銀鈴の声を発した。
「なっ……!」
喧嘩っ早いアリシアが眼鏡っ娘ちゃんを睨み、文句を言おうと口を開きかける。
が、
「やめろ、クロエ。失礼だぞ。彼らは信用していい」
それより一瞬早く、父親である偉丈夫が眼鏡っ娘ちゃん(クロエという名らしい)を窘めた。
「わたしにとって信じられるのは身内だけです。赤の他人を信用など出来ません」
しかし窘められた眼鏡っ娘ちゃんに悪びれる様子は一切無い。
「他人なんか信用したから……母さんは死んだんじゃないですか」
「クロエ……」
……他人を信用したからお母さんが死んだ?
それってどういう……。
「このヒトたちだって……わたしやオリガさんの正体を知ったら……」
「待てクロエ、それは」
「美味っ! 何これ美味っ!」
父娘の間にシリアスな空気が漂う……が、それを、我関せずとばかりに横で料理にがっつくそばかすちゃんがぶち壊していた。
吃驚するくらい空気を読まないな、この娘さん……。
「いやこれマジで美味いって! ほら、クロエも食べてごらんよ! ウチのお母さんの手料理にだって負けてないから!」
「なんだってぇ!? そいつは聞き捨てならないね!」
そばかすちゃんの言葉に肝っ玉母ちゃんが反応し(どうやら料理の腕前に自信があるようだ)、アンモナイトとシジミが入ったスープを手に取って啜る。
そして目をカッと見開き、
「! こ、コイツは……っ! ――出来る……!」
……うん。美味しいよね、髭面さんの料理。個人的にはアンモナイトとかの仰天食材は勘弁願いたいけども。
「ちょっ……不用心すぎますよ、二人とも。毒が入っていたらどうするんですか」
慌てる眼鏡っ娘ちゃん。入ってないっちゅーに。
「今、娘さんが仰った、娘さんたちの正体についてですが」
ボクは思い切って黒髪の偉丈夫へ質す。
「――それって、娘さんたちが<魔女>だってことで合ってます?」
「「「「「「!」」」」」」
客人たちが揃って息を呑んだ。
どうやら当たりらしい。
彼らが緊張で全身を強張らせ、険しい表情で身構えるのを見て、ボクは告げる。
「そう身構えなくていいですよ。『何が<魔女>だ馬鹿馬鹿しい』ってのがボクのスタンスなんで」
「「「「「「え?」」」」」」
「ここにいるアリシアとシャロンも<魔女>ですしね。でもボクにとっては大事な仲間です」
ボクの背後でアリシアとシャロンが「仲間……」と複雑そうな顔をする。……はて。何が気に入らないんだろう?
「ちなみにこっちのアリシアはあなたがたの目的地である『メネラウス』の生まれらしいですよ」
「! 『メネラウス』出身の<魔女>で、名前がアリシア!?」
肝っ玉母ちゃんが何故かひどく驚いてアリシアへと詰め寄る。
「言われてみれば、その赤毛、その顔立ち……アンタ、もしかして『あの』アリシアなのかい!? シンシアの娘の!」
「え……お母さんを知ってるんですか?」
「知ってるも何も、アタシらが『メネラウス』へ逢いに行こうとしていたのは――頼ろうとしていたのは、アンタのご両親だよ!」
「「「「ええっ!?」」」」
何その偶然!?
「アタシら一家は十三年前まで『メネラウス』に住んでいたんだ。アタシとアンタのお母さん――シンシアの出逢いは偶然だったけれど、同じ<漂流者>同士気が合ってねぇ……アタシらが引っ越すまでは家族ぐるみの付き合いをさせてもらってたんだよ。アンタはまだ小さかったから憶えてないだろうけれど、アタシはアンタを何度も抱っこしたことがあるんだよ?」
「! もしかして……お母さんが生前言っていた『ビトルビウスに引っ越したはずなのに見つからない友人』は、あなた……?」
「アタシらを訪ねて『ビトルビウス』まで来てくれたのかい?」
「……ええ。いろいろなところへ移り住んだあと、最終的に。……たぶんお母さんも、もう古い知人を頼るしかないと思ったのね……」
「すまないねぇ。確かに最初は『ビトルビウス』に住んでたんだけど、五年ほど前にあそこの住人に迫害されてねぇ……。『グローブ』へ逃げたんだよ」
「そうか……それで……」
……そういえば『ビトルビウス』の骨董屋のお婆さんも「五年くらい前に息子夫婦と<魔女>の孫娘を島の人間に殺されてしまった」って言ってたっけ……。
「――って、ちょいと待っとくれ! 今、『生前』と言ったかい!? まさか……!?」
「……はい。お母さんは病気で一ヶ月ほど前に……」
「死んだ……シンシアが……? それじゃあロビンさん――お父さんは?」
「お父さんは……私とお母さんを逃がすために……犠牲に」
「っ。……じゃあ、アンタは天涯孤独に……」
「孤独なんかじゃありません。今の私には彼……船長がいるから。私が今こうして生きていられるのも、笑顔を取り戻せたのも、すべて彼のお陰なんです」
「! ……そうかい。……そうなんだね」
双眸に涙を湛えた肝っ玉母ちゃんはアリシアをぎゅっと抱き締めると、ボクへと向き直り再度深々と頭を下げてくる。
「船長さん。どうやら友人の娘がお世話になったようだね。シンシア――このコの母親に代わり、アタシから礼を言わせとくれ」
「あ……いえ、ボクのほうこそアリシアにはいろいろと助けられてますから」
同い年故の気安さみたいなものもあるしね。
そういう意味じゃアリシアって、性別こそ違うけれど、陰キャなボクに出来た『初めての友達』と言えるかもしれない。
男女間でも友情ってちゃんと成立するんだなぁ。
「船長さんのお陰でアタシはこうして友人一家の消息を知ることが出来た……無駄足を踏まずに済んだよ。本当になんとお礼を言ったらいいか……」
「あ。そっか。皆さんが『メネラウス』へ行く理由、これでもう無くなっちゃったんですね。これからどうするんですか?」
「ふむ……。確かに『メネラウス』へ行く理由は無くなったが、かといって『グローブ』へ戻ることも出来んしな……」
そう答えたのは、黒髪の偉丈夫だった。
「どうだろう船長殿、我々の今後の方針が決まるまで同道させてはもらえないだろうか」
「はあ、まあ、それは構いませんけど……。皆さんが乗ってきた漁船はどうします? 投棄してしまっていいんですか?」
「出来れば曳航してもらえると助かる」
「わかりました。ではそのように。……えーと、」
「そうか。まだ名乗っていなかったな。俺の名はロウガだ」
「ロウガさん」
「うむ」
黒髪の偉丈夫――ロウガさんは頷いて、眼鏡っ娘の頭に手を置き、
「そしてこの子はクロエ。俺の実の娘で、もうすぐ十五になる。お察しのとおり、この子の死んだ母親は<漂流者>だ。――クロエ。挨拶しなさい」
「……イヤです。わたしはこのヒトたちを信用できません」
眼鏡っ娘――クロエはボクをジロリと睨んでからプイッと顔を逸らす。
「やれやれ……。すまんな船長殿。いろいろとあったものでな。見てのとおり多少気難しいところがある。気を悪くせんでやってくれ」
……多少……?
『バビロンの実』で得た自動翻訳能力の翻訳ミスを疑っていたボクに、肝っ玉母ちゃんが「よっしゃ、次はアタシらだね!」と言って握手を求めてくる。
「アタシはターニャ。出身地は地球のイタリアってトコでね、二十年くらい前――二十歳のときに『メネラウス』に流れ着いたんだ。で、この救いようのないダメ亭主と出逢って、にゃんにゃんした結果そこのオリガが出来たってワケさ。改めてよろしく頼むよ、若き船長サン!」
にゃんにゃん……。
「オリガでーす♪ お母さんとお父さんがにゃんにゃんして出来たワタシも、クロエと一緒でもうすぐ十五になりまーす♪ お母さんと禿げてるお父さん共々よろしくお願いしまーす♪ ちなみに恋人募集中でーす♪」
だから禿げてることをイジらないであげて! それだって立派な個性だよ!
「救いようのないダメ亭主な上、禿げてる親父のピーターです……。このたびはご迷惑をお掛けしました……。どうぞ『ハゲ親父』とお呼びください」
アンタはアンタでそこまで卑屈にならんでもええやろ……。流石に少し可哀相になってきた。自業自得と言えば自業自得なんだけど。
「ワタクシはイリヤ。ターニャさんと同じく地球出身ヨ」
最後に『あのヒト』が名乗る。相変わらずこちらを鋭い眼光で見据えつつ、やっぱり変なイントネーションで。いかにも『流れ的に仕方なく』といったふうに、淡々とした口調で。
「生まれタのは日本という国デ、一年ほど前――正確には七ヶ月ほど前にコッチに流れ着いたワ。本当なら高校二年生なのだケレド、誕生日の前ダカラまだ十六歳ヨ」
なるほど。ところどころイントネーションがおかしいのはこっちに流れ着いてからまだ七ヶ月しか経っていないからか。いや、むしろ七ヶ月でこっちの言葉をここまで喋れるようになるなんてスゴイ学習能力だと言うべきか。きっと必死に覚えたんだろうなぁ……死活問題だし。『バビロンの実』で楽をした身としては申し訳なさを感じずにはいられない。
………………って、え?
「……十六歳?」
「? ええ」
「…………十九歳じゃなく?」
「どうして十九歳だと思ったノ」
え………。
だって従妹の家の神社で巫女さんのバイトをしていたのは、大学生とか短大生とか専門学校生とかのお姉さんばかりで……。昔ボクが「イリヤ姉ちゃんは何年生なの?」って訊いたときに、「一年生よ☆」って答えが返ってきた記憶があるから……。後年振り返った際に「てことは彼女、当時は大学一年生とかだった――つまり十九歳だったんだな」って思ったワケで……。
あっ!? もしかしてあれ、「高校一年生よ」って意味だったのか!? 彼女は母親が叔母さんの知り合いだったから、高校生だけど特別に雇ってもらっていたとか!? 小1のガキの目には高1も大学1年も『自分よりずっと大人のお姉さん』であることに変わりは無かったから、ボクが自分の勘違いにずっと気付いていなかっただけ!? 当時のボクと彼女の年齢差は、実は十二も無かった!?
……あれ? でも、バイトを辞めてしまってから数ヶ月も経たないうちに、婚約者が決まったというような話を叔母さんから聞いたりもしたような……。高1かそこらで婚約?
あ、いや、彼女の家はかなりのお金持ちだったはずだから、そこまでおかしい話でもない……のか? 政略結婚的な……。
確か彼女の誕生日はバレンタインデー、つまり二月十四日だって話を聞いた気もするし……。高1の春に小1のボクと出逢い(ってことは当時彼女は十五歳だったワケだ)冬にお別れをし、数ヶ月後、十六歳になったくらいのタイミングで婚約者が出来て……。そのあとすぐにこっちへ流れ着いて、それからまだ七ヶ月くらいしか経っていないから、誕生日前でまだ十六歳だと。まとめると、こんな感じ?
「なんてこった」
衝撃の事実!
ボクが当時十九歳だと思っていたお姉さんは実は十五歳だった!
しかも時空を超えたときの年齢や流れ着いた時代の関係で、十六歳のボクと今や同い年に……!(学年で言えばひとつ上だけど)
なんという勘違い……なんという運命の悪戯……。
でも、そうか。さっき甲板で目を白黒させている彼女を見たときに、記憶の中の彼女よりも幼く、どこか頼りなく見えたのは、そういうことか……。
ボクと同じ十六歳なんだもんな……。
「マジか……」
「? どうしたノ? ワタクシの出自に何か引っ掛かることデモ?」
思わず床にしゃがんで頭を抱えるボクを見て、『あのヒト』――イリヤ姉ちゃんが怪訝そうに訊ねてくる(姉ちゃんとは言っても今や同い年だけど)。
「いや……なんでもないよ」
「……変な男ネ」
『化け物』の次は『変な男』って言われた……。昔憧れたお姉さんに……。
「そういえば船長殿」
立ち上がったボクに、再びロウガさんが声を掛けてきた。
「そちらのお嬢さんがたの名前は先程の会話で出てきたからもう存じ上げているが、まだ肝心のあなたの名前を伺っていなかったな」
え? ……あ、そうか。ボク、まだ名乗ってなかったっけ。
それにみんなもボクのことは『船長』や『旦那様』としか呼んでなかったしな。
「ボクはつい最近そこのルーナと一緒にここに流れ着いた地球人――史上初の男性版<漂流者>で、」
ボクはチラリとイリヤ姉ちゃんの反応を窺いつつ、正直に名乗る。
「――名をイサリと言います。まだ十六歳ですが、なんやかんやあってこの『トゥオネラ・ヨーツェン』の船長をやってます。『なんも船長』ですけどね」
その瞬間だった。
「っ!」
「え? ――あ痛っ!」
ボクはイリヤ姉ちゃんに両の手首を掴まれると、その場に押し倒され、床に組み伏せられる。
「「「なっ!?」」」
それを見たルーナ、アリシア、シャロンは目を剥いて青ざめ、
「「「「「何を!?」」」」」
連れの突然の蛮行に、ロウガさん、クロエ、ターニャさん、ピーターさん、オリガも絶句していた。
そしてボクが「痛ぁ……」と床にぶつけた後頭部の痛みに顔を顰めていると、
「……イサリ?」
周りの様子など全く意に介すことなく、イリヤ姉ちゃんはボクに覆い被さり、こちらの顔を覗き込んで、まじまじと観察しながら訊ねてくる。
「アナタ……まさか『あの』イサリなノ?」
てか、顔近っ! 近すぎるって! イリヤ姉ちゃんみたいな美人に――しかも昔憧れた女性にこんな至近距離から見つめられたら緊張で何も言えないよ! 「そうだよ」って首肯したいのに、「あうあうあう……」というマヌケな声しか出てこない……!
「ちょっと! イサリから離れなさいよ!」
アリシアが眦を吊り上げて憤りつつ、ボクからイリヤ姉ちゃんを引き剥がす。
「イサリさまっ、大丈夫ですかっ!?」
「い、今のうちにこっちへ!」
そしてボクはルーナとシャロンに腕を掴まれ、半ば引き摺られるような形で船室から強制的に脱出させられるのだった……。
「あっ……イサリ! イサリーっ!」
扉が閉まる直前、最後に見たイリヤ姉ちゃんは、必死の形相でボクの名を叫び、こちらへと腕を伸ばしていた。
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