♯42 凛々しいお姉さんと、運命の再会を果たした
第42話。この章のヒロイン『たち』の登場です。
その漁船は一枚帆の帆檣を一本しか持たない、大人が十人も乗ればぎゅうぎゅう詰めになってしまうような、小さな木造船だった。
フォルムとしてはヨットに近い。この蒼き月の海における標準的な漁船だ。現にボクは同じタイプの漁船を『ビトルビウス』でいくつも見た。
ただ、これは蒼き月の海全域に言えることらしいのだけれど、こちらでは漁業というモノは基本、陸地の近く――『近海』や『内湾』と呼ばれるような場所でしか行われないそうだ。沿岸漁業がメインで、沖合漁業や遠洋漁業はまず行われないとのこと。
理由は言わずもがな。この蒼き月の海には風の力で動く帆船か、櫓や櫂で動かす小舟しか存在しないためである。外洋で魚が獲れても、帰還するのに時間が掛かり過ぎるため途中で腐ってしまうのだ。
それに『深きものども』と遭遇するリスクもある……(もっともアイツらは沿岸部にも普通に現れるみたいだけれど。アイツらに滅ぼされた漁村は数知れないと聞く)。
「ということは、だ」
ボクは『トゥオネラ・ヨーツェン』の船首楼甲板で腕組みをして唸る。
「この近くに有人島があるということなのかな? 海図には載っていなかったけれど」
『トゥオネラ・ヨーツェン』はここ数日、風に恵まれ、順調に航海を続けていた。『晴れの海』は既に抜けて、『夢の湖』に突入している。ボクの記憶が確かなら、この辺りに存在する大きな有人島は、既に通り過ぎた『ダニエル』とこの先にある『グローブ』くらいだったと思うのだけれど……。
「あり得るの」
ボクの隣で同じく腕組みをしたツバキがコクリと頷く。
「旦那様も知ってのとおり、この蒼き月の海はその大半が多島海じゃ。有人島と無人島を合わせれば、それこそ星の数ほども島が存在する。たとえ有人島でも、海図に名前が載っとるのは、基本的に交易船が立ち寄るレベルの大きな島だけじゃからな」
「ふむ」
「というか、小さな有人島にはそもそも名前が無いことも多い。シャロンたちが元々住んでいた島もそんな島のひとつだったようじゃな」
……もしかして、
「こっちの海図って、有人島であってもあまりに小さい場合は、名前以前に島自体が描き込まれていないこともザラだったり?」
「当然じゃろ。星の数ほども存在する島をすべて把握することなぞ事実上不可能なんじゃからな。仮に把握できても、全部載せたら海図がごっちゃごっちゃになってしまうじゃろ。妾たちが使っているあの海図も、先人たちが何世代にもわたって少しずつ補完した結果出来上がったモノなんじゃ」
そういえばツバキも海図に載っていない有人島を偶然発見したときは、手描きで新たに描き込んでたっけ……。
「なるほど……。『ダニエル』と『グローブ』を基準として見ればここは外洋って位置付けになるけれど、近くに小さな有人島が存在する可能性はある……。そこを拠点としている漁船なら、いてもそこまで不自然じゃないってことか」
「いや、それは不自然じゃ」
安堵しかけたボクの言葉に、しかしツバキは頭を振った。
「見張りの報告によれば不審船は一隻だけなんじゃろ? こっちの漁師たちはな、有事を想定し単独行動は絶対に避ける。漁も何隻かで協力して行うはずじゃ」
「……見たところ帆が破れてしまっているし、突然の嵐か何かで仲間とはぐれたのかな? もしくはどこかの有人島の港に係留されていた漁船が、何かの弾みで流されちゃったとか?」
「それなら話が早くていいんじゃがな……」
なんてやりとりをしているうちに、『トゥオネラ・ヨーツェン』と件の漁船、彼我の距離は20mほどにまで縮まっていた。
「……ヒトが乗っているねぇ。五人かな?」
「乗っとるの。……六人じゃな。一人、比較的ちっこいのが大人の陰にいる」
当たり前だが向こうもこちらにはとっくに気付いていたようで、乗っていた六人のうちの一人がブンブン大きく手を振っていた。
「……手を振っているねぇ。『助けてくれー。乗せてくれー』って感じで」
「振っとるの。明らかに救助を求めとるな」
…………また変なトラブルに巻き込まれそうな予感がヒシヒシとするなぁ。
「一応訊くが、どうするんじゃ旦那様? 無視してこのまま置き去りにするという選択肢もあるにはあるが」
「……訊く前にもう目配せで艇長のオッサンに撓艇を下ろすよう指示してるじゃんツバキ」
「旦那様に『見捨てる』なんて選択肢は無いじゃろ」
「わかってるのなら訊かないでよ……」
ツバキの指示で右舷側の撓艇が下ろされ、海に浮かぶ。
「そんじゃまあ、迎えに行ってあげますか」
ボクは撓艇へ乗り込もうと縄梯子に手を掛けるも、
「待て、旦那様!」
ツバキに制止されてしまった。
「危険じゃ。旦那様自ら迎えに行く必要は無い。ここは男衆に任せておけ。まだ信用できる相手かどうかもわからんのじゃぞ!」
ツバキは半ば抱き着くように背後からボクの胴体へとその両腕を回し、必死に訴えてくる。
その表情はとても真剣で、「あのー、ボクの背中におっ〇いが当たっちゃってますよ?」なんて茶化せる空気じゃなかった。
「危険……? 海賊かもしれないと?」
「その可能性は低いじゃろうが念には念を入れるべきじゃ。げっせいじゅう? とやらとの死闘で全身打撲した旦那様の治療に使って、『桃仙郷の実』も在庫が尽きてしまった。もうこれまでのような無茶は出来んのじゃ。――いや、妾がさせん」
そう言ってボクを真っ直ぐ見つめるツバキの瞳は、憂いの光を帯びていた。
「――旦那様の身に万が一のことがあったら……妾は……」
「ツバキ……」
相変わらず優しいなぁ、このお姉さんは。
こんなに真剣にボクの身を案じてくれるなんて……。本当のお姉ちゃんみたいだ。
「今度から『ツバキお姉ちゃん』って呼んでいい?」
「なんじゃい急に!?」
「いや、なんか今のツバキ、優しいお姉ちゃんって感じがして、すごくいいなぁって」
「えっ。そ、そうかの?」
「だからもういっそ『お姉ちゃん』って呼ぼうかなって。ダメ?」
「ん、んんん~……! 今、『らいばるを出し抜くちゃんすじゃぞ!』と背中を押そうとする自分と『お姉ちゃん役は他のヒトに任せたら? ツバキちゃんは一挙両得を目指せるほど器用じゃないでしょう?』とそのぽじしょんだけは譲るまいとする誰かが頭の中で喧嘩しとる……! らいばるって誰!? 誰なんじゃこの亜麻色の髪を肩の上で切り揃えた二十代前半くらいの女は!?」
知らんがな。何ワケのわからないことを言ってるのさ。
何? 少しだけ未来の自分と交信でもしたの?
「とか言っているうちに、撓艇、もう行っちゃったじゃん……」
どうやらこちらの迎えは艇長のオッサンだけということに決まったようだ。まあ、撓艇の定員の問題もあるしね……。何回も往復させるのもあれだし。男衆の判断は妥当だろう。
「旦那。お嬢。念のためこれを」
異変に気付きこれ幸いとアデリーナさんのお説教から一人だけ逃れてきた主計長のオッサン(ズルい)が、白塗りの棍を差し出してくる。
最初から喧嘩腰みたいになるのはどうなんだろう……とも思ったけれど、それでツバキを少しでも安心させられるのならと素直に受け取っておいた。
そして六人の漂流者を出迎える。
「ふむ……。純白の帆船とは珍しい」
無事戻ってきた撓艇から、縄梯子を使って甲板へ最初に上がってきたのは、三十代後半くらいの厳つい面相の偉丈夫だった。ボクやツバキ、そしてこの帆船の男衆同様、黒髪だ。……黒髪はこの辺りじゃ珍しいはずなのだけれど。ちなみに司厨長の髭面さんほどじゃないけれど多少の顎髭を蓄えている。体格も良い。無造作に立っているように見えて隙が無かった。彼がその気になれば腰帯に佩いている長剣を一瞬で抜けるだろう。
――強い。
叔父さんと叔母さんによる修練で培われたボクの勘が、そう言っている。
「………………」
続いて上がってきたのは、ツバキが言うところの『比較的ちっこいの』だった。
この暑いのに頭衣付きの外套でスッポリと全身を覆っており顔はよく見えなかったが、体格的におそらく十代半ばの少女だろう。非常に華奢で、外套越しでも儚い雰囲気を醸している。
頭衣の下で何かが朝陽を反射してキラリと光った気がしたけれど……気のせいかな?
「いや~、助かったよおまえさんたち! このままおっ死ぬしかないかと、半ば覚悟してたトコなんだ!」
「よかったね、お母さん、お父さん。偶々この帆船が通りかかってくれて」
「あ、ああ……」
次に上がってきたのは、赤銅色の髪を後ろで縛っている四十歳くらいの女性。女性にしては体格が良く、はすっぱな口調がいかにも肝っ玉母ちゃんといった感じだが、顔立ちは整っていて美人と言って差し支えない。
そして、『比較的ちっこいの』同様、頭衣付きの外套でスッポリと全身を覆った女性。彼女も顔は見えなかったけれど、『比較的ちっこいの』に比べると身長が高く、声音などから判断するに彼女も十代半ばくらいか?
あと、五十歳くらいの禿げ頭の男性。彼もそこそこ体格が良かったけれど先程の黒髪の偉丈夫ほどではない。何かを警戒しているのか、キョロキョロと鋭い目つきで甲板を見回していた。その腰帯には、刃渡り40㎝くらいの短剣が佩かれている。
どうやらこの三人は親子らしい。
そして――最後にもう一人。
「神の思し召しに感謝、ネ」
ちょっと不自然なイントネーション、しみじみとした口調でそう言いながら、二十歳手前くらいの女性がゆっくりと甲板に降り立った。
墨を流したような艶のある黒髪を白いリボンで結わえてポニーテールにしている、きびきびとした仕草と切れ長の瞳が凛々しい、どことなく気品がある長身の美女だ。
その右手にはこの蒼き月の海のモノではないことが一目でわかる高品質の薙刀が握られていた。
「っ」
彼女の顔を見た瞬間、ボクは頭が真っ白になる。
手から力が抜けて、持っていた棍を甲板に落としてしまう。
「馬鹿……な」
無意識のうちに呟いていた。
「なんで『あのヒト』が蒼き月の海に……?」
――『きっと……。いつかまた会いましょう、イサリ』
それも、あの別れの日と……ボクの記憶の中の彼女と全く変わらない姿で――
「他人の空似か?」
いや……しかし……。
他人の空似にしては……あまりにも……。現にあの薙刀は……。
「…………?」
『あのヒト』がこちらの視線に気付き、ボクの顔を見て怪訝そうな表情を浮かべる。
どうやら向こうはボクがボクだということに気付いていないようだ。
……まあ、当然か。
『あのヒト』が知っているボク……最後に見たボクは、七歳のときのボクなのだから。
十六歳になったボクを見て、ボクだと気付けというほうが無理な話だ。
いや、彼女は本当に『あのヒト』なのか……?
「旦那様……? どうしたんじゃ? ……おい、旦那様!?」
ツバキが隣で何か言っているけれど、全く耳に入ってこない……。
「この帆船の船長はどちらに?」
黒髪の偉丈夫が訊ねてきた。
ボクがハッと我に返って名乗り出るよりも早く、
「この『トゥオネラ・ヨーツェン』の船長はここにいる旦那様じゃ。……が、旦那様は今、体調が優れん様子。話なら副長である妾が聞く」
ツバキがボクを庇うように、毅然とした態度で一歩前へ出る。
「では奥方。まずはお招きいただけたことに感謝する。三時間ほど前に強風で我らの船の帆が破れてしまってな。それからずっと漂流していた故、助かった」
「奥方!? い、いや、妾は『まだ』旦那様の正式な妻では、」
「? 旦那なのだろう?」
……まあ、何も知らなければそう思うよね。
「と、とにかく違うのじゃ! 『まだ』結婚はしていない!」
ツバキお姉ちゃん、顔真っ赤。
「ふむ……なるほど。許婚というヤツか」
……あーあ。ツバキが一々『まだ』を付けるものだから、別の誤解を生んじゃってるよ……。
でも、あれだな。
この様子なら、ひとまず警戒は解いてもよさそうだ。
この偉丈夫も面相こそ厳ついものの、物腰穏やかで礼儀正しいし。
「いや、許婚でもないんじゃけども」
「ふむ? 関係性がイマイチ見えんな」
関係性か。
……ボクとツバキってどういう関係なんだろう? 夫婦や許婚じゃないのは事実だし。……恋人とも程遠いし。
『トゥオネラ・ヨーツェン』の船長と副長というある意味ビジネスライクな関係だけじゃないとは思うのだけれど……。「じゃあどんな関係?」と訊かれたらどう答えればいいのかわからないな……。
仲間? 友人? 戦友? 恩人? ……どれもイマイチ、ピンと来ない。
姉貴分と弟分が一番しっくり来るか?
でもツバキのほうは『お姉ちゃん』って呼ばれるのは抵抗があるっぽいんだよなぁ。向こうはこっちに対して、そこまでの思い入れは無いと見るべきか?
ていうかあれだな、冷静になって考えると、ちょっと親切にしてくれた女性に対して「お姉ちゃんって呼んでいい?」とか、普通に図々しいなボク。図々しいというか、もはや気持ち悪い。
調子に乗っている感が半端ないというか……思い上がりも甚だしいんじゃないだろうか。
もっと適切な距離感を心掛けないと。
……適切な距離感ってどれくらい? ボクとツバキってどういう関係?
ダメだ。思考がまとまらない。……なんかモヤモヤする。
「まあ、いい」
思索に耽るボクを脇目に、偉丈夫は鷹揚に頷き、
「では――副長殿。不躾な頼みで申し訳ないのだが、水と食べ物を少々恵んではもらえないだろうか? 実は我らはもう半日以上飲み食いをしていなくてな。あと、厠も使わせてもらえると助かる」
「……いいじゃろ」
ツバキは頷き、主計長のオッサンに目配せをする。
オッサンは一歩前へ出て、
「厠を使いたい方はついてきてください。食糧庫へ行く前に案内しますんで」
と言って、ただ一人挙手した禿げ頭の男性を伴い船内へと戻っていった。
「重ねて感謝する、副長殿」
「礼は不要じゃ。代わりに、いくつかこちらの質問に答えてもらおう」
「当然の要求だな。答えられることなら嘘偽りなく答える」
「お主らはどこから来たんじゃ?」
「ここより南、『グローブ』という名の島だ。ご存じかな? 織物でそこそこ有名な島なのだが」
「そっちの赤毛の一家はともかく、お主らもか?」
「うむ」
偉丈夫は『比較的ちっこいの』の頭衣を被った頭を掌でポンポンし、
「俺の髪の色が気になるか? それならお察しのとおり、俺と俺の娘は『ヤポネシア』の生まれだ。……もっとも、この子が生まれてすぐに『グローブ』に移り住んだ故、この子は『ヤポネシア』を知らんがな」
どうやら『比較的ちっこいの』はこの偉丈夫の娘さんらしい。
「……そっちの髪を結わえている黒髪の女は? お主の身内ではないのか?」
チラリと『あのヒト』を見遣り、ツバキが追及する。
「仲間という意味では身内だが、血縁関係は無い。俺たち一家が彼女と出逢ったのは一年ほど前。『グローブ』の海岸でだ。俺の妻と彼女は同郷ということもあって、たちまち仲良くなってな。出逢ってからずっと家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている。……まあ、そうは言っても彼女は独り身だが」
……なるほど。「嘘偽りなく答える」というのは本当のようだ。
嘘にならないよう注意を払って、それでいて話せないことは上手く伏せて話している……。
「お主の奥方は今どこに?」
「……一ヶ月ほど前に逝ってしまった。今は『グローブ』で眠っている」
「そう……か。すまんの」
「いや、いい」
「では、そっちの赤毛の一家との関係は?」
「簡単に言えばご近所さんだな。あちらとも家族ぐるみの付き合いをさせてもらっている」
「ふむ。――それで? なんであんなところで漂流しとったんじゃ?」
「アタシたちは『メネラウス』に行きたいんだよ!」
その質問に答えたのは、肝っ玉母ちゃん(仮称)だった。
「『メネラウス』にいる古い知人に逢いに行きたいんだ!」
「『メネラウス』?」
……そこって確か、アリシアの生まれ故郷じゃなかったっけ?
「そう、『メネラウス』だ」
と偉丈夫が頷く。
「あちらの一家が『メネラウス』に住んでいる知人を頼りたいというので、俺が連れていくことになったんだ。……他に行くアテも無かったしな」
……『知人を頼りたい』? 『他に行くアテも無かった』? それって……。
「待て。お主ら、あんな漁船で『メネラウス』に向かうつもりじゃったのか!? ここからどんだけ遠いと思っとるんじゃ!? 自殺行為以外の何物でもないぞ!?」
「あの漁船では『ポシドニウス』までしか行くつもりは無かったさ。『ポシドニウス』で貿易船を見つけ、密航するつもりだった。俺の記憶が確かなら、『ポシドニウス』からなら『ビトルビウス』や『メネラウス』を経由して『エラトステネス』へ向かう貿易船が定期的に出ていたはずなのでな」
『ポシドニウス』は『晴れの海』地方で一番大きな有人島だ。『トゥオネラ・ヨーツェン』も数日前に寄港し、物資を補給した。……<魔女>とその身内を大勢抱えていたこともあって長居は無用と判断し、停泊はしなかったけれど……。
というか、なんか今、不穏なワードが聞こえた気がするんだけれど……。密航とかなんとか……。
「いや、『グローブ』から『ポシドニウス』まで漁船で向かっとる時点で充分無謀なんじゃが。この『トゥオネラ・ヨーツェン』でも一週間は掛かるんじゃぞ。だいたい、『深きものども』に襲われたらどうするつもりだったんじゃよ」
「わかってはいたが……あのまま『グローブ』に留まっているのも難しい状況だったのでな。どのみち他に選択肢は無かった。それでも名前すら無いような小さな有人島をいくつか経由して、どうにかこうにかここまでは辿り着いたのだが……。やはり無謀な挑戦だったな」
……なんか、話を聞けば聞くほどイヤな予感がするのはボクだけなんだろうか。
まさかとは思うけれど、あの『比較的ちっこいの』……。
いや、あの肝っ玉母ちゃんの娘さんもか……?
そうなると、彼女たちの母親は……。
「……あの漁船はどこから調達した?」
「安心しろ。盗んだワケではない。俺の所有物だ。俺はこれでも漁師でな」
「むう……」
「質問は以上かな? それなら、俺からもひとつ訊いていいだろうか?」
「……なんじゃ」
「この帆船はどこへ向かっている?」
「詳細は言えんが……『死の湖』方面じゃ」
「『死の湖』か……物好きな。――『ポシドニウス』とは逆方向だな」
「悪いが、送ってはやれんぞ。妾たちも先を急ぐ旅なのでな」
「まあ、そうだろうな。なら、船の帆を修繕するのに必要な道具を貸してはもらえないだろうか」
「あの漁船の帆を直して旅を続けるつもりか」
「ああ。帆を直す技術はあるんだが、道具が無くてな……。急な出航となったせいで、用意できなかったんだ」
「道具を貸すのは構わんが……。悪いことは言わん。『グローブ』まで送ってやるから、何か別の方策を考え――」
そのときだった。
「全員、動くな!」
そんな警告とともに、船内へと続く扉がバン! と勢いよく中から開かれた。
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
何事かとそちらへ振り向くと、そこに立っていたのは主計長のオッサンの案内で用を足しに行ったはずの禿げ頭の男性。
「動いたら人質がどうなっても知らんぞ!」
その右手には腰帯に佩いていた短剣が握られていて……、
左腕だけで羽交い絞めにされていたのは……、
「ふぇぇぇぇぇぇん」
何があるかわからないからと、ボクが船内へ引っ込ませていた女の子。
瞳に涙を湛えたルーナだった。
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