♯32 チグハグな感じの母娘たちと、可愛い仙女の怖さを思い知った
第32話です。
悲しい告白をしよう。
意外でもなんでもないと思うけれど、ボクはこの蒼き月の海に流れ着くまでは、所謂『陰キャ』と呼ばれるグループに属していた。
『空気』と言い換えてもいい。
離島にあった小さな学校――小学校から高校までが同じ校舎の中にあった――では、クラスの中心人物たち、陽キャとは常に距離を置いていて、特に親しい友人も作らず、かといってイジメられるということもなく(ボクが謎の格闘術を体得していることは周知の事実だったから)、いつしか周りからは腫物のような扱いをされるようになっていたのだ。自然と。
それでも学級委員長といった比較的責任感の強い女子とか、偶々近くの席になった心優しい女子とかは、そんなボクを憐れんでか、あるいはしつこくナンパしてきた観光客から助けてもらったことを恩に感じてか、一時期はちょくちょく話し掛けてくれたりもしたのだけれど、そんなコたちもすぐボクに愛想を尽かして、目すら合わせてくれなくなるのがお決まりだった。
……代わりに二学年も下のはずの従妹が「え、なんでキミがここにいるの?」と訊きたくなるくらい、いつもボクの周りをウロチョロしていたけれど。そして女子たちは、そんな従妹に対して気味の悪さを感じていたのか、アイツの姿を見た途端そそくさと逃げていくのが常だったけれど。どうもアイツのヤバさ、恐ろしさは、ボク以外の人間でも一目で見抜けるほどのモノだったらしい。流石だ。
………………。今ふと思ったんだけれど、アイツ、女子たちに変なことをしていないよね? それで恐れられていたってことはないよね? 大丈夫だよね?
まあ、いいや。
前置きが長くなったけれど、何が言いたいのかと言うと、ボクには本来、人望というモノが全く無かった――ヒトから好かれるということがほとんど無かった、ということだ。
さらには、そんなボクでも露骨に嫌悪や憎悪、敵愾心を向けられるのはやっぱり辛いということだ。
だって人間だもの。
「また来たのね! 怪人!」
撓艇で浜辺に上陸したボクをビシッと指さしつつそう吼えたのは、例のどう見ても小学生なママさん――リオンさんである。
ショートカットにした焦げ茶色の髪、綺麗に切り揃えられた前髪の下のクリクリした大きな瞳は、ボクに対する不審と嫌悪、怒りで爛々と燃えていた。
メチャクチャ敵視されている……。
ボクの後ろには、ツバキたちへの伝言をアデリーナさんに任せてボクについてくることにしたカグヤと、「連中に一言文句を言ってやらないと気が済まないわ!」と言って無理矢理ついてきたアリシアの姿もあるワケだけれど、そっちは目に入っていないようだ。
相当ボクを危険視しているらしい。
まあ、彼女からすればボクは恐ろしい『<魔女>殺し』と似た姿に『変身』することが出来て、異常なチカラを揮う、胡散臭い輩だからなぁ……。
無理もないといえば無理もないのかもしれないけれど。
でもやっぱ悲しい……。
「何!? また仲間になれって話!? その手に乗るもんですか! どうせ油断したところを一人一人始末していくつもりでしょ!?」
……それにしたって疑心暗鬼が過ぎない?
仮にそうなら、なんでアリシアやサシャちゃんたちは殺されていないんだよって話になると思うのだけれど。
でも、この様子じゃあ、何を言っても無駄か……。
疑心暗鬼のあまり、明らかに正常な判断力を失ってるもん。
それだけ娘さんを守るのに必死ということでもあるんだろうけれど。
ボクはリオンさんの背中に隠れているセミロングの女の子――シャロンをチラリと見遣る。
このコはボクのことをどう思ってるんだろ……?
「っ」
シャロンはボクと目が合うと、頬を赤らめて縮こまり、ササッと完全に隠れてしまった(とは言っても彼女の目は前髪の下に隠れてしまっているので、目が合ったというのはボクの気のせいかもしれないけれど)。やっぱ恐れられているっぽい。
「ちょっと! 私の娘がメチャクチャ可愛いからって色目を使わないで頂戴!」
使ってねーよ。
シャロンが可愛いことに異論は無いけども、ボクはどちらかというと年上のお姉さんのほうが好みなんだ。
てか、何気に親馬鹿っぽいなぁ、このヒト……。
「変な言いがかりはヤメて!」
ボクのナナメ後ろに控えていたアリシアが「聞き捨てならない」とばかりにズズイッと一歩前へ出て、吼え返す。
「イサリ……もとい船長は、女の子に色目を使うような奴じゃないわ!」
そうだそうだ言ってやれ。
「コイツにそんな甲斐性があったら誰も苦労してないのよ! こんな朴念仁より、そっちのほうがむしろ助かったのに!」
どういうこと!?
今、援護射撃を装ったフレンドリーファイアを喰らった気がする!
「嘘よ! 男はみんなケダモノなんだから! その証拠に、普段は草食系だった私の夫もお酒が入ったら野獣と化したもの! 特に寝台の上では凄かったのよ! まあ、私もそれを狙って料理にお酒を入れたワケだけれど!」
大声で何言ってんのこのヒト。
てか、何してんの。
『ビトルビウス』の骨董屋のお婆さんといい、このヒトといい、なんでお酒の力を借りて男を落とそうとするの……。
あと、あなたの背後で娘さんが頭を抱えちゃってますよ。
「あのヒト、あれでお母さんなの?」
初めてリオンさん母娘と対面したカグヤが、ボクの隣で眉を顰める。
「どう見ても子供だよね……? 仮に成人だとしても、もう少し慎みってモノを持つべきなんじゃないかな?」
見た目十二歳くらいのくせに場合によってはボクとベロチュウしようとしている奴に言われたくないと思うぞリオンさんも。
「とにかく帰って! 食料や水なんかを分けてくれたことにはお礼を言うわ! でも『<魔女>殺し』の仲間になんてならないんだから!」
「だからボクは『<魔女>殺し』とは無関係だってのに……」
拳を振り上げ、火を吹く勢いで怒鳴るリオンさんに、改めて説明しようとするも、
「なんだなんだ」
「あっ、アイツまた来てやがる!」
「ホントしつこいわね……!」
他の面々がぞろぞろ集まってきて、微妙に殺気立ち始めたため、断念する。
代わりに、当初の目的を果たすことにした。
「今回は皆さんに進言があってきたんです」
「進言?」
怪訝そうに眉を顰めるリオンさん。
「はい。今夜は焚火をしないようにしてください。『秩序管理教団』の船がちゃんと沈んだか――皆さんが死んだか、『<魔女>殺し』が確認しに戻ってくる可能性があります。焚火なんかしたら、『沈む船から脱出できた人間がここにいますよ』と喧伝するようなものです」
「………………。その心配は無いと思うわ。たぶん、アイツは今頃『ビトルビウス』に向かっているはずだから」
「「「!?」」」
ビトルビウス――アリシアがいた島に……!?
「アイツ、立ち去るとき、『さあ、次はビトルビウスで目撃されているという赤毛の<魔女>だ』って誰かと会話していたの。相手の姿は見えなかったけれど……」
『赤毛の<魔女>』って……アリシアのことか……!?
まさかアリシアも狙われているのか!?
「っ」
チラリとアリシアを見ると、彼女は青ざめ、恐怖でガタガタと震えていた。
無理も無い。
『<魔女>殺し』などという得体の知れない輩に、自分の存在を認識され、命を狙われていることがわかったのだ。
恐ろしいに決まっている。
「大丈夫」
ボクは震えるアリシアの肩をそっと抱き、引き寄せて、彼女の耳元で囁く。
「――たとえ『<魔女>殺し』とやらが目の前に現れても、ボクがキミを護る。絶対に」
「…………イサリ…………」
アリシアの涙で潤む瞳、縋るような眼差しが、こちらをジッと見上げてくる。
その蠱惑的な唇が、ボクの名を、そして小さな独り言を紡ぐ。
「……ああ……やっぱダメだ……抑えきれない……早く欲しいよ……」
? 何が欲しいんだろ?
「ねえイサ……船長。『トゥオネラ・ヨーツェン』って、お酒も積んでたわよね?」
何故? 今そんな話を!?
お酒を使って何をするつもり!?
「もうっ。アリシア! ツバキの話を忘れたの? 今は耐えるときだって言われたよね?」
「う。」
カグヤに忠告されたアリシアがバツの悪そうな表情を浮かべる……けど、なんの話だろう?
「ちょっと! 私たちをほっぽっといてイチャイチャしないでくれる!? 何しに来たのよあなたたち!」
いつ誰がイチャイチャした?
「そうだそうだ! 早く帰れ!」
そのとき。浜辺に集まった面々のうちの一人、<魔女>の父親と思しき男の一人が、足元に転がっていた大きめの貝殻を拾い、こちらへと投じた。
サザエのようなトゲトゲが付いた、ギリギリ鷲掴み出来るくらいのサイズの巻貝を。
……たぶん、それはただの威嚇で、本当にぶつけるつもりは無かったのだと思う。狙いを付けた様子は無かったし。
だから、
「あ痛っ」
それがボクの額に見事命中したのも、あくまで偶々だったのだろう。
ボタボタと零れ落ち、砂浜を染める血の雫――
「あ――」
「っ!」
リオンさんが息を呑んで反射的にボクへと手を伸ばし、シャロンが悲鳴を上げそうになった口を手で押さえる。
「っ、なんてことすんのよ!?」
アリシア、ブチギレ。
「ちょっ、アリシア、ストップ! ストップ! これくらい平気だから!」
貝殻を投げた男に、絞め殺さんばかりの迫力で掴みかかろうとするアリシアを、ボクは慌てて羽交い絞めにして止め――その瞬間だった。
ドオン!
「「「「「「「っ!?」」」」」」」
激震が。
立っていられないほどの衝撃が、一度だけ島全体を襲った。
押し寄せていた白波が波打ち際でひっくり返り、砂浜の砂が跳ね上がる。無人島の大部分を覆う密林の中で驚いた獣たちの叫び声がいくつも上がり、海鳥たちが大慌てで空中へ飛び立った。
「な……なんだ!? 地震!? 津波とか来ないよね!?」
ボクはキョロキョロと周囲を見回し、そして隣の『それ』に気付いて「ひえっ」と思わず悲鳴を上げる。
アリシア以上にブチギレている者がそこにいた。
言わずもがな――カグヤである。
貝殻を投げた男を睨むカグヤの瞳……瑠璃玉のような色合いから、紅玉のような煌めきへといつの間にやら変化していた双眸は、普段の彼女からは想像できないほど寒々しく、まるで害虫を駆除する際の人間のそれのようで、直接それを向けられていないボクですら畏怖を覚えずにはいられなかった。
また、鴉の濡れ羽のような黒から、紫水晶を塗したような菫色へと変化したその髪は、まるで彼女の憤怒を表すように、ゆらゆらと静かに揺らめいている……。
よく見ると彼女の周りの空気が、パチン、パチンと、火花を散らして爆ぜていた。
それでいて、周囲の気温は一瞬で十度近く下がったような気もする。
「あ……あああ……、――きゅう」
あ。貝殻を投げた男が白目を剥いて気絶した。
よく見ると失禁までしちゃってるし。
カグヤはそんな男を冷たく見下ろし、スッと右手を持ち上げ、男へと向け――って、何する気だ!?
「ちょっ、カグヤ!? 落ち着いて! ボクは平気だってば!」
ボクがその腕を掴むと、カグヤはそこでようやくハッと我に返ったようだった。
彼女の瞳と髪の色が、徐々に元の色へと戻る。
「……ごめん、だんなさま。つい怒りで我を失っちゃった。もう大丈夫。止めてくれてありがとう。危うくこの辺り一帯の地形を変えちゃうトコだったよ」
………………うん、聞かなかったことにしよう☆
……薄々察してはいたけれど、このコ絶対『仙女』なんて可愛い存在じゃないだろ。
もしかしてボク、想像以上にヤバいコに惚れられちゃったのでは……?
……深く考えないことにしよう。
「失敗したなぁ。こんなトコで『あの姿』になる予定なんて無かったのに。――これが原因でこのあとの展開、これから辿る未来線が、最良のそれから外れるなんてことにならないといいのだけれど」
考えない……! 何も考えないぞ……! そうだ、話を戻そう!
「えーと……。なんか、余計なアクシデントで話が逸れてしまいましたけど、そういうことなんで。今夜は焚火を控えてもらえます?」
いつの間にか傍にいて、一生懸命背伸びをしてボクの額の出血を布で拭ってくれていたリオンさんが、ボクの言葉にハッとして慌てて距離を取り、取り繕うようにふんぞり返る。
「ふ、ふん! まあいいわ! そのコが怖……じゃない、食糧や水を分けてもらったから、あなたの言うとおり今夜は焚火を控えてあげる! ただし、今夜だけよ! 明日からは自由にさせてもらうんだから!」
どうやら、ボクたちの帆船の乗るつもりは、相変わらず微塵も無いようだった。
……まあ、でも、さっきのカグヤを予備知識なしに見せられたら、ボクでも怖じ気づいて同道を拒否したかもしれない……。
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