♯27 続・小さなお嬢様と、女の戦い(?)に巻き込まれた
第27話。実質的な後編です。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの地球と、ボクの魂魄が、まだ幼かったころの記憶……。
あまねく樹木が朽ち果て、シダだけがかろうじて存在する荒涼の大地。
そこに横たわるティラノサウルスの物言わぬ骸、風化しつつある頭蓋骨の傍らで。
「――見つけたわ……。初めてあのコよりも先にあなたを……オリジナルの地球を由来とするこの美しい魂魄の輝きを見つけることが出来た……」
プルガトリウスという小さなネズミのような哺乳類だった当時のボクを、そっと両の掌に掬い上げてそう言ったのは、白無垢や巫女装束を彷彿とさせる衣装に身を包んだ一人の女の子だった。
「もうっ、駄目でしょう? どうして今回に限って、こんなに早く転生してしまったの?」
女の子は当時のボクの小さな頭を愛おしそうに撫でて、責めるというよりは憐れむような声音でそう告げると、溜め息をついて天を仰ぐ。
そこでは分厚い天鵞絨のような黒雲、惑星全土を覆うほどの大量の塵が不気味なとぐろを巻いている。
直径十キロを超える超巨大隕石の衝突で発生し宙へと舞い上がった大量の塵で出来たあの雲は、長きにわたってこの惑星の全土を覆い、太陽光を遮り、この惑星の気温を二十度近くも下げてしまった。
そのため光合成ができなくなった植物が枯れ果て、それを主食としていた草食動物も死に絶え、それらを餌としていた肉食動物までもが滅び去り……生き残ったのは当時のボクのような儚い小型種だけだった。
当時の地球は、紛うことなき死の世界だったのである。
「この大量絶滅――衝突の冬はまだまだ続くわ。数年前、あなたがトリケラトプスだったころに、わたしに従う眷属が揮ったチカラの影響でね。この模造された地球の元型――オリジナルの地球の歴史どおりに……」
――『なのに、どうして今回に限って、こんなに早く転生してしまったの?』
女の子は悲しげにそう繰り返した。
「でも……大丈夫。大丈夫だから」
女の子は当時のボクの小さな躰を大切そうに両の掌に包み込むと、ふわりと宙に浮かび上がる。
「そう……絶対に大丈夫。わたしが……ううん、わたしたちが必ずあなたを守ってみせる。あなたが天寿を全うできるよう、あなたに寄り添うからね」
――『だってわたしは、数年前のあの日、トリケラトプスとしての生を終えんとするあなたに、次はわたしもそうすると誓ったのだから……』
そう女の子は言った。
「まずはあのコと合流しないと」
そして女の子は、不思議なチカラで空中へ浮かび上がる。
するとそれを待っていたかのように曇天がすすり泣いて、地上をその涙が濡らし始めた。
「ついに始まった……」
それは地上の生き物はもちろん、アンモナイトを始めとする数多の海棲生物をも滅ぼすことになる無慈悲の涙雨。いつ止むとも知れぬ酸性雨。
「あなただけは、わたしたちが守るからね……」
……だが、このとき、彼女は気付いていなかったのだ。
そして当時のボクもまた。
彼女に従う眷属のチカラが齎した過酷な環境、それによる当時のボクの飢餓と栄養失調は、この時点で取り返しがつかないレベルだったことに。
このあとすぐに待ち構えている死別、当時のボクが迎える『餓死』という最期が、彼女の矜持、アイデンティティを完全に打ち砕いてしまうことに……。
「必ずあなたを守ってみせる。〈破壊と修正のガイア〉の名にかけて!」
まだ……気付いていなかったのだ。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの地球と、ボクの魂魄が、まだ幼かったころの記憶……。
☽
いつの間にかうたた寝してしまっていたようだ。変な夢を見ていた気がする。変で、意味がわからなくて、そのくせ妙に懐かしい夢を。
……内容までは思い出せないけれど。
「危ない危ない……。寝る前にお風呂に入っておかないと……」
ボクは寝台の上で身を起こし、欠伸をひとつして立ち上がる。
そして男女共通の白い作務衣のような寝間着を手に取り、部屋を出ようと扉に手をかけたところで、
コンコン
と、誰かに外からノックされた。
こんな夜更けに誰だろ? と疑問に思ってから「あ。そういえば」と思い出す。
「アリシアが来るって言ってたっけ……」
何か相談でもあるのかな……と思いながら扉を開けると、そこには案の定、腰に届く赤みがかった金髪を紐で縛りサイドテールにした美少女が立っていた。
「こ、こんばんは船長。ううん……イサリ」
寝間着に身を包んだアリシアは風呂上がりらしく、全身の卵肌がほんのり朱に染まっていて、なんていうか……やたら色っぽい。風呂上がりの寝間着姿を異性に見られるのは彼女としても恥ずかしいのか、もじもじしている。
「夜更けにお邪魔してしまってゴメンなさい。……部屋に入れてもらってもいい?」
「あ、うん」
潤んだ瞳、上目遣いでの問い掛けに、思わずドキドキしながら肯いて、そこでボクはハタと我に返った。
……こんな夜更けに密室で年頃の男女が二人きりって、どうなんだろ?
何も疚しいことなどしていなくても、あらぬ誤解を招くんじゃ……。
「あ、やっぱり――」
「話は甲板で聞くよ」と告げる前に、アリシアがサッと部屋の中に入り、ボクがさっきまで寝ていた寝台にさっさと腰掛けてしまう。
……まあ、仕方ないか。
甲板なら当直のヒトがいるから、万が一あらぬ疑いを掛けられた際に何も疚しいことはしていないと証言してもらおうと思ったのだけれど、誰にも聞かれたくない相談かもしれないしね……。
「イサリも座ったら?」
立ち尽くすボクに、アリシアが自分の隣へ座るよう促してきた。
確かに、ずっと立ちっぱなしで話を聞くのは辛い。アリシアの左隣に、拳みっつぶんくらいのスペースを作って腰掛ける。
「………………」
ズズイッと、アリシアが無言で身を寄せ、せっかく作ったスペースを潰してしまった。何故。
肩と肩が僅かに触れ合う。……なんか気まずくて、ボクはこっそり横に移動、拳ひとつぶんのスペースを新たに作る。……アリシアが再び距離を詰めてきて、肩どころか腕までピタッとくっつけてきた。だから何故。
「……イサリ。改めてお礼を言わせて。私を救ってくれてありがとう。アンタがいなかったら、私は今この瞬間も大変な目に遭っていたに違いないわ」
「ど、どういたしまして」
アリシアが頭を傾けて、ボクの肩の上にそっと載せてくる。首筋にかかるアリシアの吐息がくすぐったい。風呂上がりのアリシアからは良い匂いが立ち昇っている。さっきからドキドキが止まらない。緊張で喉がカラカラだ。ルーナとカグヤで、多少なりとも女の子の体温と匂い、そして身体的接触に慣れておいてよかった……。でなければ、今頃理性を失っていたかもしれない。
……十歳かそこらの女の子たちでそういうのに慣れちゃうというのも、それはそれでどうなんだという気がしなくもないけれど。
…………え? 従妹? そりゃあアイツとは、それこそ子供の時分にプロレスごっこで遊んだりもした仲だけれど、それだけに女の子として意識したことがそもそも無いんだよね。ジャーマンスープレックスしてくるような奴だし。
そういやアリシアって、今は妙にしおらしいけれど、普段の物言いや雰囲気、不遜な態度は、どことなく従妹を彷彿とさせるんだよね。
ヤベエ、別の意味で緊張してきた。
「ねえ、イサリ」
と、アリシアがボクに寄り掛かったまま上目遣いで見つめてくる。
「私ね、アンタにお礼がしたいの。何か私にお願いは……私にしてほしいことはない?」
「え。」
突然そう言われましても。別に見返り目的で助けたワケじゃないしなぁ……。
してほしいこと? ……してほしいことねえ。
「本当になんでもいいの。アンタのためなら、どんなことでもするわ」
『どんなことでも』て。
そういうセリフ、あんまり軽々しく言わないほうがいいと思うよ?
世の中にはこれ幸いと性的な奉仕を要求してくる輩もいるだろうし。
お願い……お願いかぁ。うーん…………あ、そうだ。
「それじゃあ――」
「! 何!?」
アリシアが前のめり気味に詰め寄ってくる。
「出来るだけルーナに気を配ってあげてくれない? 男のボクじゃどうしても気が付かないことや至らないことがあると思うんだ。そういうことに、アリシアが気を回してやってくれると嬉しいな」
「………………」
ボクのお願いに、何故かアリシアはガクッと項垂れてしまった。
「わ、わかったわ。……他には? アンタ自身がしてほしいこと、何かあるんじゃないの?」
「特には……」
「嘘よ! アンタ私と同い年なんでしょ!? 十六歳の男だったら絶対あるはずよ! 自分で言うのもなんだけれど、私って容姿は整っているほうだと思うし!」
そんなこと言われても……。
確かにアリシアは美人だと思うけれど、恩に着せて「ボクの恋人になれ」とか「身体を差し出せ」とか要求するワケにもいかないしなぁ……。
そんなことしたらルーナやカグヤ、ツバキに合わせる顔が無くなってしまう。
大体、そんな要求、アリシアを困らせるだけだろうし。
「うーん……。パッとは思いつかないから、何か思いついたらお願いすることにするよ」
「アンタって……ホントお人好しというか……無欲なのね」
「……そんなことないよ」
ただ単に、ボクが本当に欲しいモノ……小さいころからずっと渇望してきたモノは、もう二度と手に入らないか、そう簡単には手に入らないだけで……。
「そう言うアリシアこそ、今日からこの帆船での暮らしが本格的に始まったワケだけれど。何か困っていることや、ボクにお願いしたいことは無いの?」
「!」
ボクの問い掛けにアリシアの肩がピクリと震えた。
「もし何かあれば、出来る限り相談に乗るし、力にもなるよ?」
「……なんでもいいの?」
「ボクに出来ることなら」
ボクはこのコに「ボクたちの帆船に乗っている限り、決して淋しい思いはさせない」「これからのキミの人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげる」と約束した。それを違えるつもりはない。このコが一刻も早くこの帆船に馴染めるよう、努力を惜しまないつもりだ。
アリシアは立ち上がってボクの正面に回ると、頬を赤らめ、部屋を訪れたときのようにもじもじしながら、
「私……ね。もう、この世に、肉親が――家族が誰もいないんだ」
と切り出した。
「……うん」
どうやら真面目な話のようだ。ボクも立ち上がり、アリシアの視線を真っ向から受け止めて頷き、先を促す。
「だから……ね。お父さんとお母さんに代わる紲が欲しいの。それも、ちゃんと目に見える形で。ああ、私は必要とされているんだ……このために生きているんだって、そう実感できるモノが欲しい」
「うん……?」
えーと……、結局ボクは何をすればよろしいんでしょうか?
「だ……だから……」
うわ、いつの間にかアリシアの顔が茹蛸みたいに真っ赤になってる。大丈夫? 実はお風呂に長時間入っていたせいで、のぼせてしまったって可能性はない?
「だからね……、この場で私を抱い――」
「旦那様、ちょっといいかの? ルーナなんじゃが――って、アリシア!?」
そのとき。困ったような顔をしたツバキが扉を開けて部屋に入ってきて、アリシアに気付いて絶句した。
彼女の後ろには、やはり困ったような表情を浮かべたカグヤと、ウルウルと目を潤ませているルーナの姿もある。
「アリシア! 湯浴みに行ったはずのお主が、どうして旦那様の部屋に!? ――ハッ!? ま、まさか、お主……!」
「あーもうっ。いいトコだったのに」
詰め寄るツバキを無視し、「チッ」と舌打ちするアリシア。
その横で、
「ふぇぇぇぇぇぇんイサリさまぁ!」
ルーナが号泣しながらボクの胸に飛び込んでくる。
「ルーナ!? どうしたの!?」
「やっぱりイサリさまと離れるのヤだぁ。一緒に寝るのぉ……ぐすんぐすん」
あー……。
「ごめんね、だんなさま」
微妙に幼児退行しているルーナを見遣り、「やれやれ」と小さく嘆息しつつ、カグヤが申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「一応、わたしやツバキなりに、ルーナが淋しくないようお話をしたり、添い寝してあげたり、配慮はしたんだよ? その甲斐あって、一度は寝付いてくれたんだけど……イヤな夢を見ちゃったらしくて。起きた途端、『イサリさまぁ!』って泣き出しちゃったんだ」
「イヤな夢? どんな夢を見ちゃったの?」
「ぐすん……せっかくお家に帰れることになったのに……イサリさまが『自分はここに残ることにしたからルーナだけ帰ってね』って……」
何そのボク。無責任すぎるだろ。ルーナを泣かせやがって。目の前にいたらボクがぶっ飛ばしてやるのに。
「大丈夫だよルーナ。約束しただろう? 『一緒に地球へ帰ろうね』って。……ほら、もう泣かないで。今夜も一緒に寝てあげるから」
「イサリさま……でも、接吻」
「ちゃんと泣き止んでくれたら、おやすみなさいのチュウをしてあげるから」
「唇に……してくれますか……?」
「わかったわかった。だから涙を拭いて。せっかくの美人さんが台無しだぞ? ほら、チュー。……さ、もう寝よう?」
ルーナの亜麻色に近い金髪を撫でながら頬を濡らす涙の雫を指で拭い、次いで桜色の薄い唇に触れるか触れないかくらいの接吻をする。
そしてルーナを抱え上げ、寝台に横たわらせてから、
「ごめん、アリシア。そういうワケだから、話の続きはまた明日でいいかな?」
とアリシアへ訊ねるも、
「負けた……こんな幼女に……」
アリシアは床に両の手と膝をつき、項垂れていた。
「ど、どうしたのアリシア!? なんで落ち込んでるの!?」
「旦那様……そっとしておいてやれ」
「そうだよ、だんなさま。一世一代の大勝負を、こんな年下の女の子にご破算にされちゃったんだから。そりゃあ落ち込みたくもなるよ」
「へ?」
ツバキもカグヤも、なんの話をしているの?
「それじゃあ妾たちはそろそろ副長室に戻るとするかの」
「ほら行くよ、アリシア」
「ちょっ、待っ、くううっ……憶えてなさいよアンタたち!」
ツバキとカグヤに両腕を掴まれ、ズルズルと引き摺られて、アリシアは扉の向こう、通路へと消える。
「イサリの朴念仁ーっ!」
涙目なアリシアの叫びを遮るように、パタンを閉ざされる扉。
「……えーと、」
結局なんだったんだろ? アリシアのお願いって。
ていうか、なんでボク、朴念仁呼ばわりされたんだ?
「イサリさま。もう夜も遅いですし、早く寝ましょう? わたくし、またイヤな夢を見ないようにイサリさまとくっ付いて寝たいです。ぎゅってしてください☆」
「……まあ、そうだね。昨日今日といろいろあって疲れたし。あれこれ考えるのは明日でいいか」
ボクは扉を見つめ、しばしの間「うーん……?」と首を捻っていたが、寝台に横たわったまま両腕を広げておねだりしてくるルーナを見てなんかもーいろいろ面倒臭くなってしまい、さっさと寝ることにしたのだった……。
なお、その後も、まだお風呂に入っていなかったことを思い出してしまったために、ルーナとの間で「お風呂に入ってくるから部屋で待っててくれる?」「ヤダ片時も離れたくないです一緒に入ります」「流石にそれは完全にアウトだよ!」てな感じのすったもんだがあったのだけれど……、それはまた別のお話である。
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