♯25 頼れる仲間たちと、新たな仲間を迎え入れた
第25話。第1章のエピローグになります。次話は閑話で、そのまた次から2章に突入です。
その後の顛末について、ざっと説明したいと思う。
まず、『秩序管理教団』の帆船についてだけれど、これはボクが神威体現闘法<漁火の拳>を使って船底に穴を開け、明け方くらいに沈没させておいた。
放置しておいたら誰かの迷惑になるかもしれないし、近くの無人島に泳いで避難した『秩序管理教団』の連中が戻ってきて、再利用されるのもイヤだったからだ。
ツバキが近くの海に投下した二種類の『不思議な樹の実シリーズ』、湯沸かしの実と照明の実については(ちなみに前者が『竜宮の実』、後者が『エル・ドラードの実』という名らしい)夜明け前にはその効力を失っていたため、そのまま放置することとなった。
カグヤが「お魚さんたちが食べてくれるだろうから、放置しておいても問題ないよ」と保証してくれたためでもある。……てゆーか、あれ、食べられるんだ……。しかも魚でも……。でも、本当に大丈夫? 食べた瞬間お腹の中で爆発したり、口からビカーッって光が飛び出すようになったりしない?
あと、今回ボクの足場になったり海面からジャンプして敵の注意を引いたりと大活躍してくれた白鯨は、あの戦いの直後、日の出とともにどこかへと去ってしまった。……が、小一時間ほどで戻ってきて、今も停泊中の『トゥオネラ・ヨーツェン』の傍を元気に泳ぎ回っている。
彼女が姿をくらましていた間ボクは「もしかしてシロを顎で使いすぎた!? 愛想を尽かされちゃった!?」とかなり気が気じゃなかったのだけれど、ちゃんと戻って来てくれたので安心した。正直に言うと、ボクは彼女にすっかり愛着を抱いてしまっているので、もうこの際ボクのストーカーでもなんでもいいからずっと付いてきてほしい。
なお、これは余談なのだけれど、あの戦い以降、ルーナが「シロちゃん!」と呼び掛けると、彼女はぷしゅー、と(いかにも「仕方ないなぁ」という感じではあるが)潮を吹いて返事をしてくれるようになった。もしかして、ボクが「甘んじて受け入れてあげて」とお願いしたからだろうか。だとしたらなんか申し訳ない……。そのうち彼女にも何かお礼がしたいけれど、鯨にお礼ってどんな方法があるかな?
そして『秩序管理教団』の帆船から救い出した人々についてだけれど、彼女たちは全員『トゥオネラ・ヨーツェン』で保護することになった。
とはいえ、彼女たちが<魔女>とその身内である以上、そのへんの適当な人里へ送り届けてハイサヨウナラというワケにもいかない。かと言って、二十人近くいる客人たちをいつまでも抱えたままというのも難しい(この帆船にそんな余裕は無いのだ。あらゆる意味で)。
どうしよう……と悩んでいたら、カグヤが「彼女たちの移住先については、わたしに心当たりがあるから。だんなさまは心配しないでいいよ」と言ってくれた。有り難い。
……けど、本当に大丈夫なんだろうか。<魔女>とその身内たちでも安心して住める地ってどこなんだろう。この蒼き月の海にもそんな場所があったんだなぁ。
ちなみについ先程、彼女たちに割り当てられた部屋……二段ベッドがふたつ設置されている三畳間のいくつかに、何か困っていることは無いかなと思って順番に顔を出してみたのだけれど、思いの外、寛げている様子だった。肉親以外の者と相部屋になってしまった者も結構いたのだけれど、気にしていない様子だ。
……ていうか、なんでみんな、ボクの姿を見るや否や床に五体投地して平伏すの……。ヤメてほしい。そんなに恩を感じられても、正直困る。ボクは別に、このヒトたちを救うつもりであの帆船にカチコミをかけたワケじゃない。こう言ったらなんだけれど、ボクがこのヒトたちを救うことになったのは偶々だ。あくまでアリシアのオマケみたいなものなのだ。だから感謝はアリシアにしてほしい。そう言ったら「そういうことであれば、我々は今後アリシア派として彼女を応援したいと思います! 彼女が他の女性乗組員の皆さんに負けないように!」と返された。
……あれってどういう意味だったんだろう。言われたときは、応援ってのはアリシアの新しい人生を、と解釈したのだけれど。でも、だとすると「他の女性乗組員の皆さんに負けないように」という言葉の意味がよくわからないし……。うーん、謎。
最後に。
当のアリシアについてだけれど――
「ね、ねえ。どうしてもこの格好をしないとダメ……? やっぱ恥ずかしいんだけど」
「当然じゃ。お主は他の連中と違って、妾たちがこれから送り届ける地に定住する気は無いんじゃろ。今後もずっとこの帆船に乗り続けるつもりなら、乗組員の一人としてちゃんと働いてもらう。この帆船の女性乗組員は全員それを着る決まりなんじゃ」
「……あのカグヤってコは着てなかったじゃない」
「アヤツは特別じゃ。仙女じゃからな」
「せんにょ」
ツバキの言葉に、胸や股間を手で隠し、もじもじしていたアリシアは目を瞬かせる。
彼女は今、朝日に照らされた『トゥオネラ・ヨーツェン』の船首楼甲板で、あの『セイラー服の襟がついたスクール水着モドキ』を着て気恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
なんでもアリシアはボクと同い年、つまり十六歳らしく、そのボディラインはツバキほどではないけれど、出るべきところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる(ちなみにこっちの一年は地球と同じく365日らしい)。
有り体に言って、えっちぃ。
ツバキくらい堂々としているとこっちもあまり意識せずに済むのだけれど、こんなふうに恥じらわれるとこっちまで意識してしまい、目のやり場に困ってしまう。
ただでさえこのコ、現代日本でならトップアイドルにだってなれそうなくらい可愛いってのに……困ったものだ(ちなみに彼女が全身に負っていた痣や傷は、『桃仙郷の実』を食べたことであっという間に完治した。……『不思議な樹の実シリーズ』ホントすげえ)。
「まあでも、こんな格好をさせられたら、そりゃあ恥ずかしいよね……」
ああも堂々としていられるツバキとか、自慢げに披露できるルーナのほうが、どっちかというと変なんだよな……。
前者は単純に慣れているだけ、後者はまだ十歳だから、という理由があるにしてもさ……。
それにしたって、もうちょい男の目を気にしてもいいと思うんだけどな……。
「てかツバキってば、いつの間にアリシアのぶんの制服を用意していたの……? この服、見たところアリシアの身体にジャストフィットしているけれど。採寸するタイミングなんて無かったはずだよね?」
「妾はたとえ着衣の上からでも相手の体型を正確に把握できるんじゃよ」
マジか……。このお姫様にそんな特技があったとは……。
その技能、ボクも欲しい。
「いや、だとしても、裁断や裁縫は? いつの間にしたワケ? これもルーナの制服みたいに、ツバキの予備の制服を手直ししたモノなんでしょ?」
「旦那様が『秩序管理教団』の帆船を沈めたり、アリシアたちを撓艇でこの帆船に乗船させたりしている間に、ちゃちゃっとな。流石に十歳児よりは体型が近かったから、比較的すぐに完成したぞ」
それにしたって仕事が早くない……? ていうか、
「ツバキにはわかってたの? アリシアが『正式な乗組員になりたい』って言い出すことが」
「そりゃあ……旦那様じゃからな。どうせこうなるだろうと思っとったわ……」
? なんでそこでボクが出てくるんだ? 今はアリシアの話をしているのに。
「ね、ねえイサリ」
首を傾げていると、アリシアがもじもじしながらボクの服の裾を引っ張り、
「ど、どう……? 似合ってる? 正直な感想を聞かせてほしいのだけれど……」
羞恥で頬を赤らめ、目を逸らしつつ――ときどきボクの顔をチラチラと盗み見ながら、そう尋ねてきた。
「え。」
どうしよう……。正直な感想と言われましても……。本当に馬鹿正直に「とってもえっちぃと思います」って答えてしまっていいもんかな?
……どう考えてもダメだよね。
やはりここは無難に「よく似合ってるよ」とでも……いや待て、こんな痴女みたいな格好を「似合ってる」と評されるのって当人的にはどうなんだろう……。
じゃあルーナのときみたいに「可愛いよ」なら……あ、でも、年下の女の子ならともかく同い年の女性に「可愛いよ」という褒めかたは微妙かな? なら「綺麗だよ」とか「美しいね」とか? いや、それはそれで「こんな痴女みたいな格好をしているのに?」ってなってしまうか?
あ、あれ? これ、どう褒めるのが正解なんだ??
「か、可愛いよ」
とりあえず、ルーナに喜んでもらえた実績があるヤツにしておこう……。
困ったときのルーナ頼みだ。
……なんかここ数日で、ボクの行動原理みたいなモノが、すっかりルーナを基準とするようになってしまった気がする……。
ひょっとしてボク、元々シスコンの素質があったのかなぁ……?
「ほ、本当? ……良かった。ありがと、イサリ」
まあ、アリシアには喜んでもらえたようだし、良しとしよう。
「アリシア」
そこでツバキが、渋面で口を挟んできた。
「旦那様のことを名前で呼ぶのは禁止じゃ」
「…………なんで?」
…………おや?
なんだろう、一瞬空気がピリッとしたような……。
気のせいかな?
「旦那様はこの帆船の船長なんじゃ。基本的には『なんも船長』じゃがな。お主も正式にこの帆船の乗組員になるつもりなら、分別はきちんとつけろ。旦那様のことはちゃんと『船長』と呼べ」
「……あなたも『船長』とは呼んでいないみたいだけど? 何よ、その『旦那様』って。あなた、イサリの何?」
「旦那様はカグヤの『だんなさま』なんじゃ。じゃから妾は『カグヤのだんなさま』という意味で『旦那様』と呼ばせてもらっとる。他の男衆も『旦那』や『若旦那』と呼んどるじゃろ」
「え!? まさかあのコ、イサリの婚約者なの!?」
「そんなところじゃ」
……あの。ボク、あのコを娶ることにしたなんて一言も言ってないんですけど。
現状、あのコが勝手にボクを『だんなさま』って呼んでいるだけなんですけど。
「……まあ、いいわ。じゃあ、私もイサリのこと、『旦那様』って呼ぶから」
「それもダメじゃ」
「なんでよ!? どうして私だけダメなワケ!?」
「妾はカグヤの後見人という立ち位置じゃが、お主は違うじゃろ」
「他のヒトたちだって、あのカグヤってコの後見人ってワケじゃないでしょ!?」
「男衆は妾の正式な部下じゃ。じゃから立場上、『上司が後見人となっている娘の婿候補』にはいろいろ弁えんといかんのじゃ。じゃが、お主は別に妾の部下というワケではなかろ」
えー……でも、その割にあのオッサンたち、「旦那ってロリコンなんスか?」とか「俺、若旦那がいつ女に刺されるかの賭けで半年後に賭けてるんで! それまでは刺されないよう注意してくださいね!」とか、隙あらばボクを揶揄してくるんですけど。あのヒトたち、微塵も弁えてないんですけど。
「くっ……まあいいわ。新参者だし、呼びかたについては呑みましょう。……イサリと二人きりになれるタイミングがあったら、こっそり呼びかたを変えればいいだけだしね(ボソッ)」
アリシアは何やらブツブツ独り言を言っていたかと思えば、フフフ……とほくそ笑んでいる。……なんか怖い。
「あの、イサリさま。ひとつお訊ねしてもよろしいでしょうか?」
と、そこで、アリシアの全身を無言で眺め回していたルーナが、ボクの服の裾を引っ張った。
彼女はアリシアの年齢相応な大きさのバスト、そこに縫い付けられているゼッケンの文字を指さして、
「『くぉーたーますたー』というのは、どういう意味なのでしょう?」
「クォーターマスターというのは操舵手のことじゃ」
その質問にツバキが答える。
「ちなみに操舵手というのは、妾のような航海士の指示に従って舵輪の操作をし、実際に船を動かす者のことを言う。この『トゥオネラ・ヨーツェン』は特別製じゃから、舵輪は他の帆船よりも軽いし、アリシアは腕力を一時的に強化できるという話じゃから、今後を見据えて『操舵手』になってもらうことにした。無論、最初は見習いとして修行を積むことになるがな」
『今後を見据えて』、か。……ツバキはどんな今後を見据えているんだろう?
「私、操船なんてしたこと無いんだけど」
「じゃからまずは修行を積んでもらうと言ったじゃろ。『この帆船の乗組員になるためならどんなことでもする』と言ったのはお主じゃぞ」
「……わかったわよ。操船でも船長の夜の相手でも、なんでもしてやるわ」
「船長の夜の相手をしろなんて誰も言ってませんけど!?」
イヤがる女の子を手籠めにするような真似、ボクはしないよ!
というかこの場には小学生だっているんだから、そういう際どい発言はヤメてほしい!
「――んじゃ、そういうワケだから。末永くよろしくね、イサリ。じゃなかった、船長☆」
そう言ってボクの隣に立ち、こちらの左腕に両の腕を絡めてしなだれかかりながら蒼穹を仰いだアリシアは、出逢った直後が嘘みたいな笑顔を浮かべていた。
誰かに見せつけるような――あるいは誇るような、幸せそうな笑顔を。
……とまあ、そんなこんなで。
アリシアは正式にこの『トゥオネラ・ヨーツェン』の乗組員となったのである。
☽
「……カグヤ、大丈夫?」
「何がなんでもアリシアを救出したい」――そんなボクの我儘のために、倒れてしまうほどの無理をしてくれたカグヤ。
彼女はボクの死闘の結末を見届けるため、一度は起き上がり甲板まで出てきたらしいのだけれど、ボクの勝利を見届けたあと再び倒れ、ツバキによってまた船長室へ運び込まれていた。
「――やっぱり、ちゃんと医務室で休もう? それに、キミは『意味が無い』と言ったけれど、ダメ元で『桃仙郷の実』は食べておこうよ」
「だんなさま……。ごめんね、心配させてしまって……。でも、医務室で休んだところで、この帆船にちゃんとした船医がいない以上、あまり意味は無いから……。それにこれは怪我でも病気でもないしね……」
カグヤは寝台に横になったままボクの問い掛けにそう答え、
「でも、大丈夫だよ。少し休んだら、体調はだいぶ良くなったから……。今は念のため安静にしているだけなの」
ニッコリと、微笑む。淡く。
……嘘だ。
このコの性格なら、本当に体調が良くなったのなら、さっさと起き上がり歩き回っている。
「だんなさま、頑張ったご褒美にいっぱい甘えさせてもらうからね!」とかなんとか言って、体当たりするような勢いでボクに絡んできているはずだ。
このコとは出逢ってまだ数日だけれど、それくらいはわかる。
「……カグヤ……」
なんでキミは、ボクのためにそこまでしてくれるの?
どうしてボクがこの蒼き月の海に流れ着くことを予見し、迎えにくることが出来たの?
何故ボクなんかを『だんなさま』と呼ぶの?
キミは自分のことを仙女だと言ったけれど、それは本当なの……?
次々と湧き上がる疑問をグッと呑み込む。
カグヤは「いずれ話す」と約束してくれた。ならば、相応しいタイミングがあるということなのだろう。それは今では無いはずだ。
だから、
「……ごめん、カグヤ」
代わりに、寝台に横になっているカグヤの頭、鴉の濡れ羽のような美しい黒髪を撫でて謝る。
「――ボクの我儘のために、キミにこんな大変な思いをさせてしまって……」
「謝らないで、だんなさま」
カグヤはふらつきながら上半身を起こし、頭を撫でていたこちらの右手を両の掌で包み、
「――本当はね、謝らなければならないのは、わたしのほうなの」
泣きそうな顔になって、そう言った。
「それはどういう意味……?」
「…………ごめんね、今はまだ何も言えない。でも、いつか必ず話すから」
……わかったよ。
だから、そんな哀しそうな顔をしないで。
自分でもどうしてかはわからないけれど、キミの涙を見ていると、たまらなく胸が締め付けられて……苦しくなるんだ。
自分は何か大切なことを忘れてしまっているんじゃないかって……。そんな焦りと、申し訳なさと、罪悪感で、どうしたらいいのかわからなくなるんだよ……。
「ねえ、だんなさま。もし、今回の件でだんなさまがわたしに対して恩のようなモノを感じてくれているのなら……。わたしの我儘を、ひとつだけ聞いてくれる?」
「我儘? 何?」
「ほっぺたにでいいから……接吻して」
…………。
………………。
……………………。
…………………………。
「あっ、ほっぺたがあれなら、額でもいいから! チュッって、軽くでいいの! ほら、今のわたしの外見年齢ってこんなだし、親が子に親愛の情を籠めてするような、あんな感じでいいから――っ!?」
「……じゃあボク、出航の号令をかけなくちゃいけないからもう行くね。なんかツバキの話だと次の目的地はキミが<神域>と呼んでいるところらしいから、本当はキミに<神域>とやらについていろいろ訊こうと思ったのだけれど。また今度にするよ。――もう無理に起き上がったりせず、ちゃんと休んでいるんだよ」
そう言ってボクは船長室を出る。
扉を閉める寸前に見たカグヤは、蒸気が出そうなくらい顔を真っ赤にし、ボクがその桜色の唇に接吻した瞬間と全く同じ体勢で固まっていた。
1章 了
2章へつづく
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