閑話 それは少しだけ未来の(イチャイチャ)話②
閑話第2弾。
※語り部は本編未登場ヒロインの一人、シャロンです。
世界中の人々の間で恐れられ、忌み嫌われている<魔女>たちと、その主人である『幽霊船長』の帆船――『トゥオネラ・ヨーツェン』。
その食堂で、今宵もまた恐ろしい夜会が――<魔女>たちのお茶会が開催されようとしていました。
「――それでは、仮議長として第46回『旦那様対策会議』の開会を宣言する」
長机に両の肘をつき、重ねた掌の上に顎を載せたツバキさんが、厳かに開会を宣言します。
ツバキさんは艶のある黒髪を腰まで届くストレートにした二十歳手前のお姉さんで、この帆船の第1班の『航海士』です。ルーナちゃんを別格とすれば、カグヤちゃんやアリシアさんと並んで船長さんとは『最も長い付き合い』であり、自然とわたしたち<魔女>のリーダー格みたいな立ち位置となっています。そのため船長の信頼が最も厚い<魔女>だと言って差し支えないでしょう。……ちょっと羨ましいです。
「今日の議長は誰の番じゃったかな?」
「はい。私ね」
そう言って立ち上がり、ツバキさんの横に移動したのはナズナさん。ふわりとした亜麻色の髪を肩の上で切り揃えた二十代前半の女性で、とっても優しく非の打ちどころが無い完璧超人で、わたしたちみんなのお姉さんみたいな存在です。ちなみに彼女は彼女で第3班の『航海士』でして、ツバキさんとは……なんというか……龍虎というか……宿命の好敵手というか……そんな感じです。
ぶっちゃけると『船長さんにとってどっちがより頼れるお姉ちゃん的存在か』を日頃から争ってまして……。いろいろとお察しください。
「では早速議題に入りたいと思います。本日の議題は二点。一点めはいつもの定時報告です」
「『今週の旦那様』じゃな」
……以前から思ってたんですが、その議題の名称、どうなんでしょう。
普通に『定時報告』じゃダメなんでしょうか……。
「二点めは前回に引き続き『なんか旦那様、ルーナちゃんとカグヤちゃんとマリナさんの特別扱いが最近ますます酷くなってない? 問題』についてです」
「由々しき問題じゃな」
……もしも船長さんが、わたしたちが毎週太陽の日の夜に開催しているこのお茶会の内容を知ったら、どういう顔をするんでしょう……。
「ではまず一点めの議題。『今週の旦那様』についてです。地球の日及び火星の日の旦那様……船長クンについて、何か報告があるかたはいらっしゃいますか?」
「はい」
上品に紅茶を啜りつつ手を挙げたのは、銀色の髪を緩いふたつのおさげにした、深窓の令嬢といった雰囲気の十代後半の女性――レネさんです。えーと、キリが無いので、ここからは詳しいプロフィール紹介は省かせて頂きます。
「地球の日の夕食時のことなのですが、議長……ナズナさんが、船長様に『あーん』して差し上げてました」
「なんじゃとぉ!?」
「「「「「「「えーっ!?」」」」」」」
たちまちみんな(わたし含む)の注目が議長のナズナさんに集まります。
「どういうことじゃナズナ!? さては抜け駆けしよったな!? 『(新)<魔女>協定』を忘れたか!?」
詰め寄るツバキさん。早くも龍虎激突です。
ちなみに『(新)<魔女>協定』というのは、簡単に言うと、お互いの抜け駆けを禁止した取り決めです。船長さんはみんなに慕われていますからね。いくら船長さんが「嘘でしょ……」と言いたくなるほどの朴念仁さんでも、この帆船に乗っている<魔女>の皆さんは飢えた肉食獣みたいな女性ばかりなので、そういう取り決めがないと、この帆船赤ちゃんだらけになっちゃうんじゃない? 船長過労死しちゃうんじゃない? という懸念から、結ばれることになりました。……前身である『(旧)<魔女>協定』の目的、趣旨はもうちょっと真面目(?)なモノだったんですけど。
……まあ、わたしから言わせれば、あの協定にどれほどの意味があるんだろう? という気がしてならないのですが。
ナズナさんは「あらあら」と頬に手を当ててニッコリと余裕の笑みを浮かべ、
「違うのよ? あのときは船長クンが好き嫌いをしてアンモナイトの串焼きを残そうとしていたから、私が『好き嫌いはメッよ』って叱って強引に食べさせていただけなの。別にイチャイチャしようと思ってしたワケじゃないわ。あくまで船長クンのためを思ってやったことなのよ?」
「……ほ、本当じゃろうな……?」
「もちろん」
「そういうことなら……仕方ない……か……?」
ツバキさんチョロいです。アッサリ信じちゃいました。他の皆さんも「まあ、ナズナさんだしなぁ」という感じで無理矢理納得したようです。
……でも、ニコニコしているナズナさんの朗らかな笑顔をちょっぴり胡散臭く感じるのは、わたしの心が汚れているからなのでしょうか……。
「では続けて水星の日と木星の日の船長クンについて。何か報告があるかた?」
「はい」
手を挙げたのは、ストレートの黒髪を地面まで届きそうなほど伸ばし、母親の形見だという眼鏡を掛けた十代前半の女の子――クロエさんです。
「木星の日の深夜、ツバキさんが船長室から出てきたのを目撃しました」
「「「「「「「なんだってーっ!?」」」」」」」
どうなってるんですか、ウチのお姉様がたは。さっきは議長で今回は仮議長が容疑者じゃないですか。
「ち……違うぞ! 疚しいことは何もしていない!」
「……本当でしょうか?」
クロエさんが普段から怜悧な眼差しを更に鋭くして年上のツバキさんを睨んでいます。ちょっと怖いです。クロエさんはなんというか……一見、船長さんに対してツンケンした態度を取っていますが、その実、船長さんを崇拝しているっぽいところがありますからね……。船長さんはクロエさんの気質をなんて表現してましたっけ……。ああ、そうだ、『ヤンデレの素質アリ』って言ってたんでした。ヤンデレの意味はよくわかりませんけれど、たぶん誉め言葉じゃないですよね、これ……。
「本当じゃ! あのときはその……、旦那様が久しぶりに軽ーく船酔いしたと言うから、『桃仙郷の実』を届けただけなのじゃ!」
『桃仙郷の実』というのは大抵の病気を治し、四肢欠損レベルじゃなければどんな怪我もたちまち癒すチカラがある桃色の実のことです。正直、軽い船酔いくらいで使うモノじゃありません。ツバキさんはこれで結構、船長さんに対して過保護なところがあります。その辺りはナズナさんのほうがまだ冷静かもしれません。
「では実を届けただけで、すぐに部屋に戻ったワケですね?」
「い、いや、船酔いが治った旦那様が寝付くまで、ずっと頭を撫でてあげたりはしとったが……」
イチャイチャしとるやんけ。
「……はい、ではツバキちゃんへ課す罰についてはあとで改めて話し合うとして、続けて金星の日と土星の日の船長クンについて。何か報告があるかた?」
「うぉいっ!?」
粛々と進行する(サラッとツバキさんを有罪認定する)ナズナさんに、ツバキさんがツッコミを入れるものの、誰一人助け船を出しません。だって、どう考えても有罪ですから。そもそも船長さんのお部屋で船長さんと長時間二人きりなんて……もうその時点で有罪です。疑わしきは罰せよ、です。
「はい!」
次に手を挙げたのは、腰に届く赤みがかった金髪を紐で縛ってサイドテールにした十代半ばの女性――アリシアさんです。
「金星の日の午後、檣楼でリズが船長の顔を自分のおっ〇いに埋めてました!」
「ちょっ!? アリシア姉ちゃん!?」
「「「「「「「えええええええっ!?」」」」」」」
なんですかそれは。有罪どころか、もはや処刑モノの重罪じゃないですか。
告発された砂色がかった金髪の癖っ毛を背中まで伸ばした十代半ばの女の子、リズさんがワタワタと慌てふためいています。
「ち……違うよ!? あれは頑張ったセンチョーへご褒美をあげていただけだよ!?」
言い訳になってないじゃないですか。
「言い訳になってないわ!」
案の定アリシアさんが立ち上がり、鬼の首を取ったかのようにリズさんをビシッと指さして咆えます。
「だいたい、私の作った料理でみんなが死にかけている隙にアイツとイチャイチャしようだなんて、小癪なのよ! みんなに謝りなさい!」
「「「「「「「いやまずおまえが謝れ。」」」」」」」
「(´・ω・`)」
アリシアさん、みんなから異口同音に責められてショボンとしちゃいました……。
まあ、でも、自業自得です。わたしだってあれは死ぬかと思いましたもん。しばらく痙攣が止まりませんでしたし。
わたしたちのためにあの料理を完食してくれた船長さんはホントすごいです。改めて、その……惚れ直しちゃいました。
でもあまり無茶はしないでほしいです……。船長さんも一時、生死の境を彷徨ってましたよね、あれ……。
船長さんもわたしたちも、『桃仙郷の実』が無かったらヤバかったと思います。
「はい、ではリズちゃんへ課す罰についても、ツバキちゃんへ課す罰と一緒にあとで話し合うとして、最後に本日、太陽の日の船長クンについて。何か報告があるかた?」
「あ。やっぱ妾も罰せられるんじゃな」
…………シーン…………。
……あれ?
頭を抱えているツバキさんは、まあどうでもいいとして、誰も挙手しません。
これは……まさか……!?
「……あら? 誰も何も無いの? 本当に?」
ざわ……。
ざわ……。
ざわ……。
衝撃です……。今日は太陽の日。帆船を停泊させての休暇日だったというのに。
なのに、まさかあの船長さんが……誰にもイチャイチャされてないなんて!(『誰ともイチャイチャしてない』、ではないところがポイントです)
みんなも「スゴイ」「奇蹟だわ」「明日は嵐でしょうか」「なんだ、みんなやれば出来るじゃない」とざわついています。たった一日誰にもイチャイチャされていないだけでここまで言われちゃう船長さんって、冷静に考えるとすごいですね。なんで未だに童貞さんなんでしょう。
……ていうか、ふと思ったんですけど、
「――単に船長さん、今日はこの場にいない女の子とイチャイチャしていただけなんじゃ? ルーナちゃんとかカグヤちゃんとかマリナさんとか」
…………シーン…………
わたしの発言に、場の空気が重くなってしまいました。
言わなきゃよかったでしょうか。
でも、みんなだって、薄々は気付いてたと思うんですよね……。
単に都合の悪い事実、考えたくない可能性から目を逸らしていただけで。
「……それでは、次の議題に移りたいと思います」
ナズナさんが進行を続けます。表面上はすまし顔で。淡々と。
「二つめの議題……『なんか旦那様、ルーナちゃんとカグヤちゃんとマリナさんの特別扱いが最近ますます酷くなってない? 問題』について」
そこからはもう、ただの愚痴り合いでした。
やれ「なんか最近のルーナちゃんの船長を見る目が、以前と微妙に違ってる気がする」だの、やれ「カグヤちゃん、以前ほど自分から船長にベタベタしなくなったよね。……なんか、逆に本気、って感じがしない?」だの、やれ「マリナさんはルーナちゃんやカグヤちゃんみたいなチビっコじゃないのに、なんであんなにスルリと船長の懐に潜り込めるの……? ズルくない?」だの。
気付けば全員、長机に突っ伏して頭を抱えていた始末です。
「……今気付いたんじゃが、この議題、話し合う必要があるんかの? だってこれ、答えなんぞ出しようがなくない? そもそも何を決めればいいのかすらわからんもん。どんだけやっても愚痴の吐き合いにしかならんじゃろこれ」
頭を抱えたままツバキさんがポツリと言います。……気付くのが遅いですね。わたしは前回で気付いてましたよ。あ、これ不毛だ。なんの生産性も無いな、って。
まあ、それを言ったら、このお茶会自体が不毛なんですけれども。
「――やっと気付いたのね、シャロン! そしてみんな!」
そのとき、突然、食堂の扉をバン! と勢いよく開け放ち、ずっと扉の向こうで聞き耳を立てていたらしい人物が入ってきました。
焦げ茶色の髪をショートカットにした、身長150㎝くらいの、クリクリした大きな瞳が愛らしい、十代前半の女の子――
……いえ、嘘です。
彼女はこんな見た目でも、れっきとした成人です。
何故か<魔女>のみんなと同じ衣装――船長さんが言うところの『セイラー服の襟がついたスクール水着モドキ』を身に着けていますが、紛れもない<漂流者>であり、一児の母なのです(ちなみに胸元のゼッケンには子供のような拙い字で『おかあさん』と書かれています)。
……というかぶっちゃけますと、彼女の正体は、わたし、シャロンの母のリオンです。これでも十三歳の娘を持つ、三十二歳の母親なのです。
そうです……この、娘としてはいろいろと頭を抱えたくなる……そして「老化という概念をどこに置いてきちゃったの?」とツッコみたくなる女性こそが、わたしの実のお母さんなのです……。
てゆーか、今「やっと気付いたのね!」って言いましたけど、わたしはこの議題の不毛さにはとっくに気付いてましたよ、お母さん。
「いい!? シャロン! みんな! 恋は戦争なの! こんなトコで呑気にくっちゃべってたら、本気でルーナちゃんたちに旦那様を取られちゃうわよ!?」
ちなみにこの未亡人は、<漂流者>の中では唯一船長さんを『旦那様』と呼んでいます。……何を考えているんでしょうねマジで。
一度じっくり母娘で話し合う機会を持つべきかもしれません。
「その証拠に旦那様ってば、今、カグヤちゃんと甲板で星空を眺めちゃってるんだから! 遠目で観察した限りじゃあ旦那様はいつもどおりって感じだったけれど、カグヤちゃんは妙にモジモジしてたし! あの空気、カグヤちゃんのアクション次第でどうなるかわからないわよ!?」
何おもいっきり出歯亀してるんですかお母さん。
やめてください、娘として顔から火が出るくらい恥ずかしいです。
「「「「「「「なっ……!?」」」」」」」
あっ。みんなが真に受けちゃいました……。
こんなの、絶対いつものようにお母さんが大袈裟に伝えてるだけなのに……。
みんな、忘れちゃったんですか? お母さんは船長さんを揶揄ったり、みんなを船長さんにけしかけて振り回される船長さんを見るのが一番の楽しみと公言して憚らないヒトなんですよ?
「いかん! みんな、お茶会は中止じゃ! 旦那様とカグヤのイチャイチャを阻止するぞ!」
「「「「「「「おー!」」」」」」」
ああ……、みんな食堂から飛び出していっちゃいました……。
「……お・か・あ・さ・ん?」
わたしは「行ってらっしゃ~い☆」と食堂の出入り口でみんなに手を振っているお母さんを睨みつけます。
すると、
「だってー。お母さんとしては、やっぱり旦那様にはまず、娘とくっ付いてもらいたいじゃない?」
お母さんはペロッと舌を出し、悪びれもせずにそう宣いました……。
やれやれ……。<魔女>とはいえ未婚、それどころか男性とお付き合いしたことがない女性ばかり。甘いも酸いも噛み分けてきたお母さんには、わたしを含め、誰も敵わないようです。
「そして娘の次はお母さんよ! 一緒に頑張りましょうね、シャロン! 目指せ母娘丼!」
…………本気ではっ倒しますよ?
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