♯17 赤毛のお転婆娘と、逃避行を開始した
第17話です。
ボクにはこの蒼き月の海に流れ着いた昨日からこっち、ずっと気になっていることがある(ていうかまだ二日目!? あんなにいろいろあったのに!? 間違いなくボクの人生で最も濃い二日間だったよ……)。
それはズバリ「叔父さんに教えてもらったこの胡散臭い格闘術……これっていったいなんなん……?」ということだ。
パッと見『型』は空手っぽいのだけれど、『動作』があちこち違う。なんというか、イマイチ実戦的じゃないというか、合理性や有用性よりも『見栄え』や『格好良さ』を優先している気がしてならないのだ。こう……どことなーく時代劇や特撮ヒーロー番組の殺陣っぽいというか……中二病っぽいのはせめてネーミングだけにしてほしいというか……そんな感じ。
まあ、でも、格闘術なんてごく普通の日常を送っている限り実際に活用することはまず無いし、手合わせも叔父さんとするくらいで対外試合みたいなモノも無かったから、これまであまり気にしないできた。そこまで関心が無かったと言ってもいい。所詮幼少期に患っていた重度の喘息を改善するため、体力を付けることを目的に始めた『運動』にすぎないのだ。一々ツッコむ必要も無いかぁ、なーんて思っていた。
もっとも、そんなボクでも、いつだったか叔父さんがこんなことを言い出したときは流石にツッコまざるを得なかったけれど。
――『実はねイサリくん、この神威体現闘法<漁火の拳>は厳密には格闘術じゃないんだよ』
……正直「いきなり何言い出してんの、このヒト」って思ったね。「いやアンタ神威体現闘法なんて公言しておいて今更何言ってんだ、おもいっきり『闘法』言うとるやんけ、これが格闘術でなけりゃいったいなんなのさ、知ってんだぞアンタこの前この闘法で内陸沿岸を爆走してた暴走族をまとめて病院送りにしてただろ、『離島まで爆音が届いててうるさいんだよ! 娘の勉強の邪魔だ!』とか言ってさ、どこの世界に暴走族を壊滅させちゃう神主さんがいるんだよ、急に覆面を被って飛び出していっておいてバレてないとでも思ってんのか」って、そりゃもう、心の中でツッコみまくったね。
たぶん顔にも出てたんだろうな、それに気付いた叔父さんは言い訳するみたいにこう言った。
――『いや本当なんだってイサリくん! これは格闘術というより仙術なんだよ! 仙人が使う術! 私が最初にキミに教えてあげたあの特殊な呼吸法、あれで大気中を漂う神秘のエネルギーを体内に取り込み、魂魄を種火代わりに爆発・燃焼させて、拳とかに乗せて叩き込む御業なんだ! この地球は大気中を漂う神秘のエネルギーが希薄だからイマイチ実感しにくいかもしれないけれど、宇宙最強の拳法なんだよ!』
ふーん。そうなんだ。宇宙最強と来ましたか。すごいねえ。つーか今、『拳法』って言ったよね。格闘術じゃん。で、それ、なんて漫画の設定? それともラノベかな? ――そんな怒涛のようなボクのツッコミに、叔父さんはしょぼんとした顔をしていた。
でも仕方ないじゃん? だって叔父さん、実は結構オタクだったんだもん。格闘モノのオタク。格闘モノの作品なら漫画だろうが小説だろうがドラマだろうがアニメだろうが、なんだって見てたんだよ。従妹が軽くオタクだったのは絶対叔父さんの影響だと思う。
神威体現闘法<漁火の拳>だって、叔父さんの中二病が生み出したオリジナル闘法だと思うのが自然だろう? でなけりゃ「叔父さん、なんで仙術なんて知ってんの……?」って話になるし(まあ、ボクはその理由も教えてもらったんだけど、内容が内容だけに叔父さんなりの冗談だったんだろうと思ってる)。
そんなこんなで、ボクは叔父さんの話を微塵も信じず、遅めの中二病と判断し、仙術云々の話は名前と一緒にすっかり忘れていた。つい昨日まで。そりゃあもう綺麗サッパリと。
……けれど。
この蒼き月の海に流れ着いてからのあれこれが、ボクの胸中にひとつの疑問を芽生えさせた。
それが件の、「叔父さんに教えてもらったこの胡散臭い格闘術……これっていったいなんなん……?」だ。
だっておかしいよ……こんなの。あの『深きものども』とかいう半魚人どもと戦ったときもチラッと思ったけどさ。
「神威体現闘法<漁火の拳>――『火樹銀花』」
コオォォォォ……
叔父さんから教わった呼吸法で息を吐きつつ、円を描くように動かした両腕、少しだけ指を折り曲げた手の甲でもって、こちらの頭と右腕と左脇腹へ振り下ろされたみっつの刺股の先端を、パシッ、パシッ、パシッ、と無造作に弾く。
「「「なっ!?」」」
そして驚愕のあまり硬直する男たちの顎に、順番に掌底を叩き込んでやると、男たちは「ぐはぁっ!」と眼前で爆発が起こったかのような勢いで吹っ飛んで、近くの民家の外壁に激突。そのまま動かなくなった。
「……うん」
マジで十メートルくらい吹っ飛んでた……。
ボクよりもガタイの良い、偉丈夫とでも呼ぶべき大の男が三人揃って。
香港映画やハリウッド映画でももうちょっと現実味を重視するんじゃない? と言いたくなるような勢いで。
派手に宙を舞い、激突した外壁に蜘蛛の巣みたいな亀裂を作ってめり込んでいた。
「いや、だから、そんなおもいっきり吹っ飛ぶような攻撃してないってば」
顎に掌底を喰らったくらいで大の男が宙を舞うか普通!?
しかもそんな漫画みたいに外壁にめり込んじゃう!?
せいぜい脳震盪を起こす程度でしょ!?
「う~ん……なんでだろ?」
めり込んだ外壁から剥がれ落ち、地面に突っ伏して動かなくなる男たちを見下ろして(……死んでないよね?)、ボクは額に脂汗を浮かべる。
「叔父さんが教えてくれた変な呼吸法、この蒼き月の海でやると妙に身体の芯というか奥深くが熱くなるのを感じるのだけれど……。何か関係があるのかなぁ?」
たとえば……そうだなぁ……叔父さんの与太話が全部本当で、叔父さんが言うところの『大気中を漂う神秘のエネルギー』が、この蒼き月の海は地球よりもずっと濃密……とか?
………………まさかね。
…………………………。
いや、でも、じゃあなんなのこの威力? 説明がつかなくない?
「嘘ぉ……」
この神威体現闘法<漁火の拳>ってまさか本当に仙術の類なの?
ボクこれまで自分のことをあんだけ凡夫だ凡夫だ言い張ってきたのに、実は仙術を使ってましたって……そんなの身分詐称もいいトコじゃん!
……てか、叔父さん、なんで仙術なんて知ってんの……?
とか、そんなことを考えていると。
「馬鹿な……」
「三人がかりで手も足も出ないだと……?」
外套を羽織りフードで顔を隠している女の子を、今も刺股で地面に押さえ続けている二人の男が、化け物を見るような眼差しをボクへ向けてきた。
「そりゃあそうだよ」
ボクはたった今のした男たち(完全にのびているようだが一応生きてはいるようだ……良かった)を一瞥してから、唖然としている二人へ呆れの視線を向けた。
「こんな狭い隘路で、素人が刺股みたいな長物をブンブン振り回そうってのがそもそもの間違いだよ。このヒトたち、下手に刺股を振り被ったり、格好つけて頭上で回転させたりするものだから、そこいらの家の看板や外壁に何度もぶつけちゃってたじゃん。そのせいで『おっとっと』って感じになってたじゃん。その上、連携を取るでもなく好き勝手に仕掛けるものだから、味方の攻撃を邪魔しちゃう場面もあったし。こんなの、ほとんど自滅だよ自滅。別にボクが強かったワケじゃないって」
もっと広いトコだったら――あるいは誰か一人が冷静に刺突の攻撃に徹していたら、結果は変わっていたかもしれない。
ここが隘路で――そしてこのヒトたちが武術の素人で良かった。
「くそっ。だったら……!」
残った二人のうちの一人が、手にしていた刺股を放り捨てる。
そしてこちらの胴体めがけて、両腕を広げ、「うおぉぉぉぉぉっ!」と叫びながら頭から吶喊してきた。
…………うん。単純な力の勝負なら勝てると踏んで、ボクを地面に組み伏せようとしたんだよね? 気持ちはわかるよ。でも、
「だからもうちょっと考えなよ……」
ボクは突っ込んできた男の、隙だらけの(「ここを狙ってください」と言わんばかりに差し出された)頭頂部に、容赦なく踵落としをお見舞いする。
「あがっ……」
男は脳震盪を起こし、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。
「流石に一対一で、しかも素人相手に負けたりはしないよ。これでも一応、九年間鍛えてきたんだし」
さて……。
残るは一人だ。
ボクは最後に残った男へと向き直る。
これまでの四人は風貌や格好に特筆すべきところの無い、荒事とは無縁のどこにでもいる通行人のオッチャン(ただし体格は良し)って感じの見た目だったけれど、最後に残ったこの男だけは違った。
「いやはや。大したものですね」
この状況でも余裕の笑みを浮かべ、刺股から手を離してパチパチと拍手までしてみせたその男の見た目を一言で表すなら、『司祭』だろう。
金の刺繍があちこちに施された豪奢な法衣に身を包み、女神っぽい刺繍が施された司教冠を頭に載せた、六十代くらいの白髪の男。
一見すると温和な雰囲気の、ヒトの良さそうな印象の老爺だが……。
「――ですが、悲劇のヒロインを救う救世主を気取るのは、ここまでにして頂きましょうか」
そう言って身に着けた法衣の袖をゴソゴソと弄り、何かを取り出す。
「………………?」
なんだあれ? 金色の……持ち手が付いた鐘? ていうか、ハンドベル?
どう表現したらいいのかわからない――血のように朱い奇妙な紋様が、鐘の表面に描かれているけれど……。
なんでこの状況でそんなモノを??
訝しむボクを見て、男――司祭はニヤリと笑うと、手にしたハンドベルを軽く振って鳴らす。
キイィィィィィィ……ン……
澄んだ高い音が、ボクの耳朶を打った。
心が落ち着くような、とても美しい音色だ。
…………………………。
…………えーと…………。
……だから何?
え、今のってなんの意味があったの?
特に変わった様子は無いのだけれど……。
「さあ、少年よ。これでおわかり頂けましたね?」
いや、何が?
すみません、あなたが何をしたいのかサッパリわかりませぬ……。
「そう、今あなたの中に芽生えたその恐れは正しい。そこの少女――<魔女>は、あなたがたった今気付けたように、とても危険な忌むべき存在なのです」
は?
「それも、触れればこちらの魂魄が穢れてしまうほどの、ね。この世界のためにも、誰かが彼女たちの罪を裁かねばならないのですよ。今のあなたなら自分が真にすべきことがわかるはずです。……ご協力頂けますね?」
……うん。
何を言ってるのか全っ然わかんないし、なんかもーいろいろ面倒くさくなってきちゃったから、とっととコイツをぶっ飛ばしちゃお☆
ボクは司祭に向かってニコッと微笑みかけて、次いで一足飛びで司祭との距離を詰めると、「えっ?」って感じで目を丸くしたその顔に、右の拳を叩き込む!
……相手はご老体なので、一応それなりに手加減はしておいた。
「ぐはあっ!」
まあ、それでも、司祭は鼻血を撒き散らしながら、盛大にその場にひっくり返ったワケだけれども。
司祭の手から離れたハンドベルが宙を舞い、民家の外壁にぶつかり、跳ね返って地面を転がる。
ボクは足元に転がってきたそれを拾い上げてしげしげと観察し、
「……なーんかイヤな感じがするな、これ。一応、こうしておくか」
足元に放り捨て、おもいっきり踏みつけて破壊しておいた。
「ば……馬鹿な……、効いていないだと?」
起き上がろうとするも叶わず再び地面に倒れ伏した司祭が、まるで宇宙人でも目撃したかのような目をボクへと向けてくる。
「あり得ん……。<漂流者>のすぐ傍に長い期間いなければ、『耐性』は出来ないはず……。実際、これまでそれが効かなかった男は、<漂流者>の夫――<魔女>の父親くらいだったというのに……。何故!? 何故だ!? ――ハッ!? まさか少年、その年齢で<漂流者>の嫁がいるのか? 実は既婚者なのか?」
「なんでやねん」
嫁どころか恋人すらいたことが無いよ。童貞だよ。悪かったなっ。
……ますます腹が立ってきた。相変わらず何を言ってるのかサッパリわからないし、この際もう一発くらい殴っておこうかな?
いや――今はまず、『あちら』が先か。
ボクは茫然とした様子で地面にペタンと座り込んでいる女の子へ歩み寄ると、彼女の目の前にしゃがんで目線の高さを合わせて訊ねる。
「ねえ、キミ。大丈夫? 立てる?」
……訊ねてから「あ。このコ、ひょっとしたら年上かも。敬語を使ったほうが良かったかな?」とチラッと思ったけれど、後の祭りなので気にしないことにした。
「――どういうつもりなの」
ボクの問い掛けに対する女の子の返答――第一声がそれだった。
女の子は明らかに緊張と疑心で、声を、そして全身を強張らせ、フードの下からボクを睨んでいた。
「<魔女>の私を助けるなんて、何を企んでるの? 私を何に利用するつもり?」
……えー……。
せっかく助けたのに……。それは無いんじゃない?
ていうかこのコ、なんか怖いよ……。
ここは隘路だから薄暗いし、フードを目深に被っているせいでこのコの顔立ちとかは全くわからないのだけれど……。声や背格好から判断するに、年齢はボクとそう変わらないだろう。たぶん。
なのに、やたら怖い……。
なんだろう、ボクの中で何かが警鐘を鳴らしている……。
本能が『このコとお近付きになるのはやめておいたほうがいいんじゃない?』と訴えてくる……。
今の短いやりとりだけでも、このコがボクの一番苦手なタイプだって、なんとなくわかっ――あ、そうか。
このコ、従妹に似てるんだ。物言いとか雰囲気とか、不遜な態度とかが。
うわ、どうしよう……。
「それじゃあボクはこれで」って言って、このまま立ち去ったほうがいいかな?
………………。
いや、流石にそういうワケにはいかないよね……。
たった今、殺されかけたばかりの――今この瞬間も恐怖で微かに全身を震わせている女の子を、まだ犯人たちもいるこの場に残して、自分だけさっさと立ち去るなんて。そんなワケにはいかないよ。
でも、どうしたもんかな……。どうにかしてこのコの警戒を解けないもんかな。
「別に何も企んじゃいないよ。女の子が殺されそうになってるのを見て、放っておけなかった。それだけ」
「……仮に最初はそうだったのだとしても、今さっき私が<魔女>だって知ったはずよ。助ける理由はもう無いはず」
<魔女>ねぇ……。
「<魔女>ってあれだっけ、神話の時代に生きとし生きるモノすべてを滅ぼそうとした連中だっけ? で、その証拠に不思議なチカラを持って生まれてくるんだっけ?」
「……そうよ」
「キミ、生きとし生きるモノすべてを滅ぼしたいの?」
「……なんの意味があるのよ、そんなことして」
「じゃあ<魔女>じゃないじゃん。助けても問題ないじゃん」
「………………」
ボクの言葉に、女の子は一瞬言葉を失うも、すぐに気を取り直したようで、
「――これを見てもそう言えるの」
と言って、近くに転がっていた刺股を両手で拾い上げる。
そして、ぐっと力を籠めて、折り曲げた。
……そう、折り曲げた。
木製の太い柄をぐにゃりと。まるで飴細工か何かのように。
折り曲げて――輪っかにして、輪の中に柄の先端を通して、きゅっと結ぶ。
言うまでもなく、女の子の細腕で出来るような所業ではない。
鍛え上げたマッチョメンとて容易ではないだろう。
……本来ならば。
「――どう? これが私が持って生まれたチカラ。……<魔女>の証拠よ。私に触れればあなたの魂魄まで穢れるわよ」
……そん……な……。
「そんな……、こんな……」
「っ。…………わかった? なら――」
「こんな……馬鹿力プラス従妹っぽい雰囲気って、何そのボク的に最悪な組み合わせ!? キミもうほとんどボクの天敵じゃん!」
「「いや何言ってんだ」」
ツッコまれてしまった。
異口同音に。目の前の女の子だけでなく、倒れている司祭にまで。
……ボク的には結構深刻な問題なのだけれど。
でもまあ確かに緊張感というか、シリアスな空気を削いでしまったかもしれない。反省。
なんだろうね……、なんでこう一々締まらないんだろうなボクは。
もうホントいろいろと面倒くさくなってきちゃったよ。押し問答すらしたくない。
「はいはい<魔女><魔女>わかったわかった。すごいねー。……じゃあとりあえず立とうか。手を貸すから」
「全然わかってないじゃない! そこの男が言ってたでしょう、私に触れたらあなたの魂魄が穢れるんだってば!」
「へー、魂魄がねえ。――で? 司祭さん、『魂魄が穢れる』って具体的にどんなふうに?」
「えっ!? えーと……、」
突然水を向けられて、言いよどむ司祭。いや、そこはちゃんと答えを用意しておけよ。設定を詰めておけよ。それとも忘れちゃったの?
「ほら見なよ、あの様子。<魔女>に触れたら魂魄が穢れるなんて、絶対に嘘じゃん。そもそもボクの魂魄なんて最初からそこまで上等なモンじゃないんだから、気にすることナイナイ」
「あっ――」
強引に女の子の手を掴んで引っ張り、立ち上がらせる。
思ったより小さな手だった。子供みたい。
親とはぐれてしまった、迷子の子供……。
有無を言わせぬボクに、女の子が怒りで顔を真っ赤にしたちょうどそのとき、
「司祭!」
「大丈夫ですか!?」
「こ、これはっ……!?」
げ。新手が来た。しかも三人も。オマケに、今もそのへんにのびている連中とは明らかに人種が違う。顔とか腕とか全身が傷だらけで、筋骨隆々だ。絶対荒事に慣れてるよ、あれ。司祭の護衛か何かかな?
マズイな……。こんな状況で『変身』するのもあれだし……。
ここは逃げるが勝ちだ!
「逃げるよ!」
「えっ!? ちょっ……待って! 離して! ねえ、離してってば!」
ボクは女の子の手を引いて、新手が来たのとは反対の方向へと駆け出した。
あーあ、なんでこんなことになっちゃったんだろ……。
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