♯11 可愛い仙女様たちと、寝台でイチャイチャした
第11話。新章突入です。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの地球と、ボクの魂魄が、まだ幼かったころの記憶……。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」
銀杏や蘇鉄が覆い茂るどこかのジャングルで、傷付き、動けなくなったあのころのボク。
そして、そんなボクを天敵の牙から救ってくれた二人の幼い女の子……。
その片割れが地に膝を着き、倒れ伏すボクの躰に縋りついて、不思議な光を宿す瞳からボロボロと大粒の涙を零していた。
「わたしがもっと早くあなたの危機に気づいていれば……。そうすればこんなことには……」
そう言ってボクのために泣いてくれた人間ならば十歳くらいの、白無垢や巫女装束を彷彿とさせる白と水色の衣装に身を包んだその女の子は、あまりに可憐だった。
そして、それ以上に神々しかった。
あのころのボク――トリケラトプスのひどく原始的な脳であっても、その存在を『神々しい』と感じずにはいられなかったほどに。
畏敬の念を抱かずにはいられなかったほどに。
あるいはボクじゃなくても――ボクより遥かに原始的な生き物であっても、彼女たちを前にしたなら、そういう印象を抱かずにはいられなかったかもしれない。
魂魄を持つ者であれば。
誰でも。
現に、ボクを襲ったティラノサウルスだって、彼女たちが不思議なチカラで雷や竜巻を起こして驚かすよりも一瞬早く、その姿を目にするや否や、畏れ戦き逃げ出していたじゃないか。
「……泣いては駄目だよ、マーシー」
逃げるティラノサウルスの背中を油断せずに見送っていたもう一人の女の子が、瞳をキッと吊り上げて、ボクに寄り添うマーシーと呼ばれた女の子を叱咤する。
淡々と。
「だから言ったんだ。何度も何度も。いくら『それ』が特別な魂魄だからって、あんまり入れ込んじゃ駄目だって。いずれ辛い思いをする羽目になるって」
「でも……ディードレ、」
「確かに『それ』は、<■■■■■■■■■>であるあなたに従う眷属の一柱が揮った<■■■■>のチカラにようやく応えてくれたオリジナルの地球を出自とする魂魄だけれど。だから、つい入れ込みたくなる気持ちはわからないでもないけれど。でも、<■■■■■■■■■>の立場から言わせてもらえば、今あなたが味わっている心の痛みはただの自業自得だよ」
「ディードレ……」
そのときの彼女たちの言葉、その意味を、ボクは微塵も理解できていなかった。
それはこうして過去を振り返っている現在もそうだけれど。
「わたしたちは<■■■>……この地球の■■にして■■。この模造された地球の管理だけが母様から与えられた役割。それ以外のことは極力考えるべきじゃない。母様にもそう言われたでしょう?」
「……でも、」
「それに、わたしも今あなたに釣られてつい『それ』の窮地を救ってしまったけれど。でも、あなただってホントはわかってるはずだよ。『それ』の傷は、もう手の施しようが無い。どのみち、ここが『それ』の今生の終着点なんだ」
「…………っ」
「たとえそうでなかったとしても……、間もなくこの惑星の生き物たちのほとんどは、わたしに従う眷属が発動させた<■■■■>のチカラによって召喚される巨大隕石の影響によって、その生を終えることになるんだよ」
諭すように言い含められて。
「…………」
マーシーは桜色の唇をきつく噛みしめる。
そして地に倒れ伏すあのころのボクの、ティラノサウルスの牙によって傷つき血塗れとなった躰を、その白魚のような指先でそっと撫でた。
「…………次に、」
苦悩と不安に震える声で、彼女はポツリと呟く。
「?」
「次に『彼』に逢えるのは、何千年後かしら? それとも何万年もあと? ……そのとき『彼』は、どんな生を歩んでいるかしら? ……いえ、それ以前に、『彼』の魂魄は今度こそ転生を拒否し、あの星の海へ旅立ってしまわないかしら? そう、わたしたちが模造ったこの地球に見切りをつけて――」
「! マーシー! あなた、この期に及んでまだ、」
「……わたしはね、ディードレ」
「っ」
自身の片割れとも言える存在――マーシーのまっすぐな視線に射すくめられ、ディードレと呼ばれた女の子は言葉を呑み込む。
そしてマーシーは、涙を浮かべた双眸に決意の光を浮かべ、ハッキリとこう告げた。
「わたしは『彼』こそが、永遠の存在者であるわたしたちの救いになってくれるかもしれないと……そう思うの」
「……それって」
「いつかわたしたちがこの永遠のような生に圧し潰されそうになったとき、心の支えとなってくれるモノ……。それは『彼』との紲なのかもしれないと」
「……本気……なの……? 本気で信じてるの? いつか『それ』が、あなたやわたしの隣に並び立つ日が来ると……。この孤独も絶望も、包み癒してくれるときが来ると。そんな夢物語を、」
「信じてるわ」
ディードレの問い掛けに、マーシーはそこで初めて弱々しい微笑を浮かべると、小さく、しかし確かに肯いてみせた。
「まだ生まれたばかりのこの地球……原始の海というスープの中で、宇宙の闇黒より単身降り立った『彼』を、あなたとともに見つけたあの日から……。わたしはずっと、信じてる」
――『あなただって、心のどこかでは信じたいと思っているのでしょう?』
問い返されて無言で立ち尽くすディードレの背後……遥か後方に、ボクとマーシーは、空の彼方より轟音を伴って飛来する巨大な火の玉を見た。
その火の玉こそが、『爬虫類の時代』とでもいうべきこの白亜紀末期を生きた種たちをことごとく死滅させる無慈悲の鉄槌。直径十キロを超える超巨大隕石。
秒速数十キロで飛来したその超巨大隕石は、やがてこの地上へ衝突し、周囲千キロを爆風で薙ぎ払って、千五百兆トンもの岩石をばら撒くのだ。
そして地球のあちこちでマグニチュード十一という大地震や大規模な森林火災、高さ三百メートルもの巨大津波すら引き起こし、惑星全土を覆うほどの大量の塵を舞い上げて厚い雲を形成し、長く続く寒冷化や酸性雨を齎すのである。
その結果、鳥類を除くありとあらゆる恐竜の系譜や翼竜、三大海棲爬虫類、さらにはP/T境界の超酸素欠乏や三畳紀末の巨大隕石衝突をも生き延びてみせたアンモナイトまでもが、この惑星の上から姿を消すこととなるのだ……。
すべては、この惑星に人類という種を復活させるためのプログラムの一環として。
それが彼女たちの役割であり、この宇宙に地球が模造された理由なのだから……。
「…………っ」
そう。
それゆえに、この白亜紀末期に生まれた種たちの多くは、今ここで滅びなければならないのだ。
あの模造された地球のアーキタイプ――オリジナルの地球の歴史どおりに。
歴史の歯車がひとつでもズレれば、人類は生まれてこないかもしれないから……。
だが、それはつまり、人類再生のために数多の種が踏み台になるということに他ならない。
……みんな、この惑星の上で精一杯生きていたのに。
……彼らだって、死にたくないに決まっているのに。
「……ごめんなさい……」
――今にも消え入りそうな声でそう呟いたのは、果たしてマーシーだったのか。あるいはディードレだったのか――
「…………。行こう」
超巨大隕石が地表へ衝突し、生じた爆音を耳にして、唇を噛みしめ俯いていたディードレが面を上げる。そしてもはや息も絶え絶えなボク……トリケラトプスとしての生を終えんとしていたボクの、罅の入った角を優しく撫でて、どこか吹っ切れたような声音で告げた。
「摑まって、マーシー。瞬間転移するよ。あの超巨大隕石の衝突の影響が比較的少ない場所に、『彼』を弔ってあげよう」
……そして。
その言葉を最後まで聞くことなく。
ボクは、何度目だったかもわからない、あの地球上での生を終えたのだ……。
――過去と現実のあわいたる夢で、遠いムカシのボクを見ている。
――それはあの地球と、ボクの魂魄が、まだ幼かったころの記憶……。
☽
「……すっげー変な夢を見てしまった……」
なんなん、今の夢? なんのSF映画? それとも特撮番組かな?
なんかやたら臨場感があるというか、リアルというか、迫力がある夢だったけれど……。
「……でも、今のこの状況、現実のほうが、よっぽど現実離れしているという悲しい事実……」
寝台に横になったまま見慣れぬ天井を見上げ、「そういやボクが今いるのって水で満たされた月の海に浮かぶ帆船の一室だったわ。昨日は白鯨の背中で仙女を自称する女の子から貰った実を使って『変身』し半魚人どもと戦ったんだったわ」と思い出し、重苦しい溜め息をつく。
うん。こう言ったらなんだけど、昨日の出来事のほうが、今見た夢なんかよりも遥かに「ラノベかっ!」ってツッコみたくなる内容ばかりだったよ……。ごめんねマーシーちゃんディードレちゃん。意味有りげに夢に出てきてくれたトコ悪いんだけれど、キミたちのキャラ、あれだけじゃあちょっと弱すぎかもしんない。だって昨日ボクが出逢ったのって、漫画に登場するような金髪ロリのお嬢様と自称・仙女のロリ巫女とソシャゲのキャラみたいな格好をした京美人って感じのお姉さんだよ? 勝てんて、そりゃあ。正直、もうマーシーちゃんとディードレちゃんの顔すら思い出せないし。そもそもキミたちはどこの誰なんだよマーシーちゃんディードレちゃん。昔見た特撮番組かなんかのキャラだっけ? 全然憶えてないや。
「……というか、ロリはもうお腹いっぱいなんだよね……。現実のほうで充分堪能したというか……」
他人に聞かれたらあらぬ誤解を招きそうな独り言を零して、ボクは寝台の上で身を起こす。
「う……ん……イシャリ……しゃま……」
――すぐ左隣で寝ている、亜麻色に近い金髪の女の子を起こさないように気を付けながら。
「……幼女と同衾してしまった……」
しかも良家のお嬢様と。――大丈夫かボク? 地球に無事帰還できたとしても、このことがあのお祖父さんにバレたらヤバくないか? いや、もちろん、同衾とは言っても深い意味は無く、してあげたのは添い寝だけで、変なことは一切してないけれど。
「でも、あの場合どうしようもないと思うんだ……」
ここは昨日までカグヤが使用していた個室――船長室で、寝台はひとつしかない。だからルーナにはちゃんと別の部屋が用意されていたのだけれど(この帆船の個室は基本四人部屋だから、ルーナはカグヤともどもツバキが一人で使っている部屋にお邪魔する予定だったのだ)、でも、ルーナがそれを嫌がった。
「わたくし、イサリさまと離れたくありません……! 同じ部屋がいいです!」
それまで一切我儘を口にしなかった女の子が、ボクの服の裾をぎゅっと掴んでイヤイヤと頭を振り、それだけは断固として譲ろうとしなかったのだ。
……まあ、仕方ないのかもしれない。
このコにとってボクは、この帆船でただ一人、境遇と出自をともにする運命共同体だ。
その上ボクは昨日一日で、(良くも悪くも)このコから過分なまでの信頼を得てしまった。
知らない環境、知らないヒトたちの中に突然放り込まれてしまったこのコにとって、現状最も気を許せるのはどうしたってボクになってしまうだろうし、ボクの傍から片時も離れたくないと思ってしまうのは仕方ないことなんじゃないだろうか。
ボクに甘えるな、依存するなっていうのが、土台無理な話なんじゃないかな。
だって、どんなにしっかりしているように見えても、まだ十歳くらいの女の子なんだよ?
むしろ頑張っているほうだと思うんだ。なんなら、もっと我を出してもいいくらいだと思うんだよ。
なのにそんな健気なルーナを「いいから別の部屋で寝なさい!」って叱って突き放すなんて、ボクには出来ないよ。
相手が従妹なら「安心しろ、おまえなら万が一襲われても逆に相手をボコボコに出来るだから大丈夫だ!」って容赦なく叩き出してるんだけど。
「……まあ、いざというときはボクが警察のご厄介になればいいだけの話だしね」
牢屋に入るのはいいんだけど(いやよくないけど)、行方不明になっていた男子高校生がまだ小学生のお嬢様を誑かし(いや誑かした憶えは無いんだけど)、無理矢理気味に(いや無理矢理気味だったのはルーナのほうなんだけど)狭苦しい寝床で同衾って、マスコミの格好の玩具になっちゃいそうだなぁ……。
もしもそうなったら、家族や叔父さん叔母さん、バイト(巫女)のお姉様がた、そして従妹はどう思うだろう……。
従妹辺りはマスコミの取材に対して「いつかやると思ってました」とか言いそう。ノリで。
「……しゃま……だい……き……」
心身ともに疲労が溜まっていたのだろう、ルーナはいっこうに目覚める気配が無い。なんかムニャムニャ寝言を言っている。
「まあ、無理も無いよね。いろいろなことがあったし」
良い夢を見ているらしく、ちょっぴりだらしない顔になってしまっている(涎まで垂らしている)ルーナの頭をそっと撫でて、ボクはルーナとは反対側、右隣へと視線を向ける。
「……で、なんでキミまでいるのかな? キミの部屋、ツバキと同室ってことになったんじゃなかったっけ? 少なくともボクが眠りに落ちるまでは確実にいなかったよね。いつの間に忍び込んだワケ?」
「えへ☆」
ボクの言葉に舌をペロッと出して誤魔化し笑いを浮かべたのは、言うまでもなく自称・仙女のロリ巫女――カグヤだ。
おそらくは寝間着なのだろう、あの袖や袴などの丈を短くした巫女装束のような衣装を極限まで簡素化したような薄衣を身に着けている。どれだけ薄い衣かと言うと、ボクにそっちの趣味があった場合とっくに毒牙にかかってるぞそれ、とツッコみたくなるくらいの薄さだ。
ついさっきまでボクの右腕を枕にして寝ていたカグヤは、上半身を起こすと「う~ん」と背伸びをして、
「最初は大人しくツバキの部屋で寝ようと思ったんだけど。やっぱり枕が変わるとダメだね。全然寝付けなくて。結局、使い慣れた枕があるこっちで寝ることにしたんだよ」
いけしゃあしゃあと、そう言った。
「そっかー。枕が合わなかったかー。じゃあ仕方ないね」
「うん☆」
「……ボクの右腕を枕にしてなかったかキミ」
さっと目を逸らされた。
「……カグヤ。ボクはラブコメ漫画やライトノベルの主人公のような、『女の子の好意に気付いているにもかかわらずなぁなぁで済ませていつまでも答えを出さない優柔不断野郎』とは違うんだ。だからこの際ハッキリ言わせてもらうよ。幼いとはいえキミのような美人さんに好意を寄せられるのはぶっちゃけ悪い気がしないし、大人になったキミと付き合えたりしたらみんなに自慢できるだろうなぁとも思う」
「う……うん」
「でもね――キミはまだ十二歳くらいで、そして申し訳ないことにボクはロリコンじゃないんだよ。今のキミの好意に応えることは出来ない」
そもそもボク、いずれは地球に帰還したいと思ってるし。
キミはこっちの人間……人間? まあいいや人間ということにしておこう……なんだろう?
どのみち離れ離れになる運命だ。
「というワケで、ボクのことは諦めてほしい」
なんだかなぁ……。
まさかボクが女の子をフる日が来るとは思わなかったよ……。
しかも相手は(少なくとも見た目は)十二歳くらいの幼い女の子ときたもんだ。
人生、何があるかわからないね……。
たぶんボクの人生において最初で最後となるだろう異性への『ごめんなさい』に対し、しかしカグヤは、
「やった☆」
とガッツポーズをした。
……なんでガッツポーズ?
「だんなさまにとって最大のネックは、わたしのこの見た目なんだよね?」
「え? ま、まあ、そうだね?」
出身地問題もあるけれど。でも、見た目のほうを最大のネックということにしておかないとロリコンということになってしまいそうな気がしたので、素直に肯く。
「よしよし。そのうち解決する問題だね」
そのうち……って。
そりゃあ七、八年もすればこのコも立派な大人のレディ(それもたぶん絶世の美女)だろうけれど。
でもそれってつまり……、
「キ・ミ・はっ! ボクがそのころまで誰にもモテず、ずっと独り身だと確信しているワケだな!?」
やめてほしい。シャレにならない。充分あり得る未来だけに。
「ち、違うよぉ! そういう意味じゃあ――キャハハハハやめてやめてだんなさま怒らないで脇腹をくすぐっちゃダメぇ」
「――旦那様。もしかしてカグヤがここに来てないか……の……」
「「あ。」」
気が付いたら、入口の扉のところにツバキがいた。
目を丸くして。
口の端を引き攣らせて。
顔面から血の気を引かせて。
ワナワナと肩を震わせて。
「おはよう、お姉さ……じゃなくてツバキ」
ボクは挨拶して、そこでハタと気付く。
自分の今の状況を、冷静に見直す。
狭い寝台。
その上で逃げるカグヤを追いかけ、くすぐり続けようとした結果、彼女を組み伏せる感じになってしまっていたボク。
ただでさえ薄くて布面積の少ない着衣が、身悶えた結果、ちょっとアレな感じにはだけてしまっているカグヤ(見た目十二歳くらい)。
ついでに、すぐ横で「……シャリしゃま……しょこは……らめれすよぉ……」とムニャムニャ言っているルーナ。
ここで問題です。
たった今この部屋を訪れたばかりの人間が、この様子を見た場合、何を想像するでしょう?
ヒントは憤怒で拳をプルプルと震わせ始めた、このツバキさんです。
「つ……ツバキ。これは……その……違うんだ。誤解なんだよ。ボク、何も疚しいことはしていないから。信じてくれないか」
……うん。
ボクが女の子をフる日が来るとは思わなかったけれど、こんな不倫が奥さんにバレた旦那さんの言い訳みたいなセリフを口にする日が来るとも思わなかったよ。
「――旦那様。歯を食いしばれ」
……ルーナが目を覚ましたのは、この直後に部屋を震わせたボクの悲鳴を聞いてのことだった。
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