♯78 不器用な聖女様と、散る命を見届けた
第78話です。この章も残り数話となりました。
※語り部は前半はスズラン、後半はイサリです。
私はまだ夢の中にいるのではないか。
目覚めると、そう疑いたくなるほど幻想的な光景が頭上で展開されていた――。
「あれは……」
大人の胴回りほどの太さがある蔓の一本に、左腕をグルグル巻きにされて持ち上げられ、宙吊りの状態で気を失っているイサリクン。
彼の、力無く垂れ下がっている右腕を覆う籠手から、蒼白いスパークが発生していた。
『放電』や『火花』という表現では生温い、もはや『迅雷』と形容すべき激しいスパークだ。
その光景、宵闇を劈く眩い閃光に、私は雪原に仰向けになったまま目を眇めると、
「星が降ってきたみたい……」
意識せずそう呟いていた。
「何が起こってるの……?」
わからない。……けど、不思議と怖くはなかった。
周囲一帯を覆っていた雪があっという間に解け、雪原と化していた大地が元の姿を取り戻していく様を目撃して尚、だ。
むしろ、
「――綺麗……」
息をするのも忘れ、見惚れてしまう。
……と。そのとき。
ダランと垂れ下がっていたイサリクンの右手がぎゅっと握り拳を作り、たちまちのうちにスパークが収束。籠手の先端で直径5mはあろう巨大な刃となり、
「破あああああああっ!」
カッと目を見開いたイサリクンが咆哮。
刃を振るい、自身の左腕に巻き付いた蔓を一刀両断にする!
シャギャアアアアアアアッ!
撥ね飛ばされた蔓が弧を描きながら宙を舞い、先端の顎から苦悶の叫びを上げた。
「なっ……!? 本当に目を覚ますとは!」
「……お兄ちゃんっ!」
それを見たミモザ様が表情を強張らせ、ダリアちゃんが顔を輝かせる。
ただ一人、イサリクンに『ロッカ』と呼ばれていた(何故か)裸の女の子だけは、
「だから言ったでしょう。愛し子らの慟哭、助けを呼ぶ声は必ず届くと」
さも当然と言わんばかりに落ち着き払っていた。
いっぽう、軽やかに着地したイサリクンは、
「大丈夫ですか、スズランさん!」
どうにかこうにか立ち上がるもすぐ頽れそうになった私を、優しく受け止めてくれた。
「ごめんなさい……まだ少し頭がクラクラするわ」
「無理しないでください。――ロッカ! スズランさんを頼む!」
「…………はいはい。人使いが荒いなぁ~、もぉ~。――この見返りは期待していいんだよね、ご・しゅ・じ・ん・さ・ま☆」
呼ばれて『深きものども』の包囲網を突破し駆けつけてくれたロッカちゃんが、イサリクンを意味深な上目遣いでじっと見つめ(あざとい)、私をひょいと左脇に抱える(この細腕のどこにこんなパワーが!?)。
「…………………」
ちなみに反対側、つまりロッカちゃんの右脇では、同じく抱えられているダリアちゃんが何か言いたそうな眼差しをロッカちゃんへ向けているけども……。どうしたんだろう。
今日まで感情をあまり表に出すことが無かったこのコの、こんな露骨な呆れ顔、初めて見たかも……。
確かに「あざといなぁ」とは思うけれど、そんな奇人を見るような目を向けるほどかしら???(全裸を気にしてない時点でれっきとした奇人でしょ、と言われればそのとおりだとしか言えないけれど)。
「はい見返り」
ロッカちゃんのアピールをスルーし、左腕に装着された籠手を何やら弄くり回すイサリクン。
――カッ!
するとロッカちゃんの全身を蒼い燐光が包み、どこからともなく出現した外套と風変わりな帽子が雪のように白い裸身を覆い隠す。
「なんで裸なのか知らないけれど、マリナ……もといマーシーが教えてくれたよ? ファーの付いた純白のコートと白いシャープカが<神の財産目録保存者>の正装なんだろう? それっぽい服を『星核構築』のチカラで造ってみたんだけど、どうかな?」
「……ワァー、ウレシイナー、アリガトーご主人サマ(棒)」
イサリクンの言っていることが私には何ひとつ理解できなかったけれど、ロッカちゃんには通じたらしい。どんよりした目と棒読みな口調で礼を述べていた。
どうも彼女が期待した『見返り』とは違ったようだ。
この状況でどんな『見返り』を期待していたのやら……。
「喜んでもらえたようで何より。……でもさ、ボクが言うのもなんだけれど、この蒼き月の海の気候でコートは辛くない? 絶対暑いよね?」
「ダイジョーブだヨー……私、自分のチカラで周囲の気温を下げられるからー……ぜーんぜん暑くありませーん……(棒)」
「そう言うワリに目が死んでるけど。やっぱ暑いんじゃ」
「うっさいわねこの甲斐性なしが暑くないって言ってるでしょ(怒)」
「『甲斐性なし』って言ったか今!?」
両手が塞がってしまったロッカちゃんを庇うように立ち、飛びかかってきた『深きものども』を回し蹴りで一蹴したイサリクンが吃驚した様子で振り返る。
「てゆーか、今キャラ変してなかった!?」
「もぉ~。おかしなこと言わないでよぉご主人様ってば☆(テヘペロ)」
「いやでも」
「大大だーい好き♥なご主人様に『甲斐性なし』呼ばわりなんてするワケないじゃない☆」
「あ、あれぇ……? ボクの聞き間違い……?」
騙されないでイサリクン! 私もこの耳でしかと聞いたわ!
ロッカちゃんは猫を被っている!
今、ちょっとだけ覗かせたキャラのほうが彼女の素なんだわ、きっと!
ダリアちゃんの呆れ顔もコレが原因に違いないわ! きっと私とイサリクンが眠っている間に、ダリアちゃんだけはロッカちゃんの素のキャラを知る機会があったのよ!
いけない、人が好いイサリクンはすっかり言い包められそうになっている! 騙されないでイサリクン!
「聞いて! イサリク――」
「女狐。余計なこと言ったら氷漬けにするわよ(ぼそっ)」
「何か言いましたかスズランさん!?」
「……なんでもない」
こ、怖い……。底冷えするような低い声で脅されて、思わず言葉を呑み込んじゃった……。
案の定、猫を被っていたみたいね、このコ……。
今の脅迫も『深きものども』相手に大立ち回りを演じているイサリクンには聞こえないよう小声だったし……。
……と、そんな緊張感があるのか無いのかわからないやりとりをしていたら、
「……どうして?」
不意に。
「どうして甘美な夢ではなく、辛い現実を選んだんです?」
ミモザ様が問い掛けてきた。
私とイサリクン、両方へ。
「夢とはいえ永遠に目覚めることがなければ、それはもう現実と何も変わらないのに……。『死の植物』の花粉が見せる夢は、その者の心の穴、魂魄の傷をこれ以上無いほど理想的な形で塞いでくれるはずなのに……。なのにどうして……?」
どうして……か。
「でも、その先には何もありません」
黙して何も語ろうとしないイサリクンの背中をチラリと見、私は答える。
「――私は幸福だったころの夢を見ながら死を待つより、懸命に生きて、かつて夢見た幸福な未来を掴みたい」
「かつて夢見た幸福な未来……?」
「愛するヒトと結ばれて、子供をもうけて。二人の生きた証、愛の結晶とも言えるその子のために生きることです」
「っ」
私の言葉にミモザ様は動揺した様子で、一瞬だけ我が子のほうへ視線を奔らせた。
「私は……、私が一緒に生きたいと思った人間はアベルだけ……、それ以外の人間に価値などありません!」
次いで何かを吹っ切るように頭を振ると、手にしていた銀色のハンドベルを鳴らす。
キシャャアアアアアアアッ!
するとさっきまでイサリクンを捕らえていたのとは別の蔓が、先端の顎から涎を撒き散らしながら襲い掛かってきた。
「神威体現闘法<漁火の拳>――『以水滅火』・遠当て!」
イサリクンはXの字を描くように手刀を振るい、蒼い焔のブーメランを飛ばして、迫り来る蔓を迎撃する!
シャギャアアアアアアアッ!
斬り飛ばされた蔓、悲鳴とともに宙を舞った先端部は、ミモザ様のすぐ傍に落下。
「あっ」
驚いたミモザ様は尻餅をつき、その手から零れ落ちたハンドベルが地面にぶつかって甲高い音を立てる。
「しまった!」
ミモザ様が慌てて拾い上げたそれは、鐘の部分が大きく歪み、中の振り子も外れてしまっていた。
「これでもうそのベルは使えない――『深きものども』も『死の植物』も、意のままに操ることは出来ないね」
ロッカちゃんがそう告げると同時に、異変は起こった。
それまでこちらを包囲していた『深きものども』の群れと無数の蔓が突然ピタリと動きを止め――
「あっ」
――ゆっくりと、振り向く。
顔面蒼白となったミモザ様のほうへ。
「そして、」ロッカちゃんは目を眇め「それは同時に、あなたはもうこの軍勢にとって主人ではなくただの獲物でしかないことを意味する……。私やご主人様よりもよっぽど仕留めやすい、格好の獲物でしか……ね」
「「え。」」
その言葉の意味を、私とイサリクンが呑み込むよりも一瞬早く。
ギョイイイイイイイッ!
軍勢が、一斉に牙を剥いた。
異形たちは我先にとミモザ様に飛び掛かり――その爪を、その牙を、その顎を、ミモザ様の全身へ突き立てる!
「お母さんっ!」
「! 見るな、ダリアちゃん!」
叫ぶダリアちゃんの目、視界を、イサリクンが慌てて掌で覆い隠し――
「ぎゃあああああああっ!」
同時に。
ミモザ様の絶叫、断末魔の叫びが周囲の空気を震わせた。
「っ」
それはあまりに凄惨な有様、惨たらしい最期だった。
半魚人たちによって引き裂かれる五体。無数の蔓に貪り喰われる四肢。血を濡らす鮮血の花。
ボールのように地を転がった頭部が、近くの建物の壁にぶつかって止まる。
止まったとき、偶然にもその顔はこちらを……ロッカちゃんに抱えられた我が子のほうを向いていた。
その双眸から光が失われる瞬間に零れ落ちた涙は、志半ばで散る無念ゆえか。
それとも――
「お母さんっ! お母さんお母さんお母さんっ!」
ダリアちゃんが泣き叫び、ロッカちゃんの拘束を振り解こうとジタバタ暴れる。
肉や骨が引き裂かれる音と、恐ろしい絶叫を最後に、母の声がパタッと止んでしまったのだ。イサリクンに目隠しされたとはいえ、何が起こったのか察しがつかないはずもない。
これまで普通の母娘らしい触れ合いがほぼ無かったとはいえ――復讐の道具としか思われていなかったことがわかったとはいえ、それでもダリアちゃんにとってミモザ様はたった一人の肉親、紛うことなき母親だったのだ。お母さんを喪って悲しくないはずもない。
「お母さあああああああんっ!」
それは普段のダリアちゃんからは想像できないような感情の爆発。号泣だった。
「っ」
地に転がっていたミモザ様の頭部を、蔓のひとつがその顎で掬い上げ、そのまま噛み砕いたのを見て――ミモザ様の亡骸が跡形も無くなったのを見届けて、ようやくイサリクンはダリアちゃんの目を覆っていた掌を外す。
「! お兄ちゃん、お母さんは!?」
大粒の涙を湛えた瞳で周囲を見回したダリアちゃんは、血で赤く染まった地面を見て息を呑み、次いで母の姿がどこにも見当たらないことに気付くと、イサリクンへ訊ねる。
「…………………」
イサリクンは答えない。何も。
……答えられるはずもない。
かと言って、嘘をつくワケにもいかなかったのだろう。
代わりに、
「……ダリアちゃん。頼む。大人しくロッカに抱えられていてくれ。――大丈夫。キミはボクが絶対に護る」
ミモザ様を屠った異形たちが再びこちらへ向き直り、火山の斜面を駆け下りた全長80m近い花の化け物までもが迫り来るのを見て。イサリクンは一歩前へ踏み出し、決意を表明する。
「一緒に行こう……一緒に生きよう、ダリアちゃん。ボクたちの帆船に乗っている限り、決してキミに淋しい思いはさせない。これからのキミの人生に、楽しいことや嬉しいことをいっぱい用意してあげる。ボクと、スズランさんと、ナズナさんと、そしてみんなで、必ずキミをその孤独から救ってみせるから」
――それはまるで愛の告白のようで。
蒼い装束を纏う彼の後ろ姿、大海原を翔ける白鳥の勇姿を描いた純白の光芒が浮かぶその背中は、私の目にはとても大きく、雄々しく見えて。
「イサリクン……」
その気高さに、夢の中で聞いた言葉が私の脳裏を過る。
そう――夢の中でお母さんに言われた言葉が。
――『確かに現実に戻れば、辛く苦しいこともいっぱいあるでしょう。……でも大丈夫よ、スズラン。あなたの傍には今、「彼」がいるのだから。お母さんとお父さんの代わりに「彼」があなたを護ってくれる。必ず救ってくれるわ。……あの、すっごく優しくて、とっても勇敢で、そして可哀相なくらい強い男の子がね……』
「すっごく優しくて、とっても勇敢で、……可哀相なくらい強い男の子……」
……ふと、思った。
「イサリクン。あなたはどんな楽園、幸福な日々をかなぐり捨てて、私たちを護るためこの現実へ戻ってきてくれたの? どれほどの強い決意を胸に……」
私は――私の場合は。
昔お母さんと交わした約束、お母さんは流れ星となって見守ってくれているという確信が、私の目を覚ましてくれた。
あの夜空を彷徨っているお母さんが安心して眠れるよう、私は強くならなければならないという決意が、私を立ち上がらせてくれた。
……なら、イサリクンを目覚めさせ、立ち上がらせたのは……?
彼は、何を支えにして――
「イサリクン……」
……何故だろう。
すっごく優しくて、とっても勇敢で……甘美な夢にも負けないほど強い彼の後ろ姿が、私の目には、親とはぐれて泣くのを我慢している小さな子供に見えた……。
☽
『「宇宙播種」インヴォーグ――隕石弾雨!』
左腕に装着された籠手を操作し、<種を播くもの>クーリエのチカラを借りて召喚した隕石の雨。
キャアアアアイイイイイイイッ!
雨霰と降り注ぐそれに巨体のあちこちを撃ち抜かれ、どこか女性の金切り声にも似た咆哮を上げた『死の植物』は、火山の麓で前進を停止する。
まさに怪獣と呼ぶに相応しい全長80m近い巨体を持つその植物型生体兵器は、頂上部に咲いたラフレシアのような花(あれが顔か?)をこちらへ向けると、顎が付いた無数の蔦をお返しとばかりに叩きつけてきた。
「くっ」
鞭のように襲い掛かってくる「こんなんもう蔓じゃなくて触手だろ」と言いたくなるそれを、ボクは右腕の籠手から伸びるプラズマの刃で次々と斬り飛ばす。
が、キリが無い。
排除した傍から大地を割って別の蔓が現れる。
ギョイイイイイイイッ!
オマケに、間隙を縫うように『深きものども』の群れまで襲い掛かってくるのだ。
多勢に無勢もいいところだった。
『マズいよ、だんなさま! このままじゃ……!』
『いずれ押し負けてしまいます!』
「ダメだ」
負けるワケにはいかない。
たった今、ダリアちゃんと約束したばかりなんだ。
絶対に護ると。
もうキミに淋しい思いはさせないと。
……そうだ。
「思い出せ……」
ボクは何故、この現実に帰ってきた?
かつて、実の母親に残酷な言葉を吐き、彼女を傷付け、無念と後悔の中で死なせてしまった親不孝者――咎人であるボクが。
どうして『お母さん』の制止を振り切り……偽物とはいえ実の母親をまた悲しませてまで目覚めることを選んだんだ?
ボクは――ボクの魂魄は、何故『現在』『ここ』に在る?
「負けるためじゃ――約束を破るためじゃないだろう」
今なら理解できる。
この魂魄で。
……遠い遠いムカシ、第0宇宙の『オリジナルの地球』で生まれたボクの魂魄が、白鳥座に架かる鵲の橋を渡ってこの第52平行宇宙に流れ着いたのは。
……クーリエが『宇宙播種』で召喚した流星に乗って原初の模造地球へ辿り着き、幾多もの輪廻転生の果てにこの蒼き月の海へ流れ着くことになったのは。
この魂魄にしか討てない邪悪に立ち向かい、月と地球、そこに住まう愛し子らを護るため。
それがこの魂魄に課せられた使命であり、宿命。
「そうだ――ボクは、」
時空を超えてやってきた、この宇宙最後の希望。この月の海とあの凍てついた地球に秩序を取り戻すため流れ着いた、魂魄の旅人――
『『蒼き月の海を航るもの……!』』
カグヤとマリナが異口同音にその名を紡いだ、その刹那。
煌、と。
左腕の籠手が閃光を発した。
「!? これは……」
そこに現れた文字列、純白の光芒を見て、ボクは息を呑む。
そこには、こう表示されていた。
――『守人としての使命の自覚を確認。
新たな兵装が使用可能となりました。
新たに使用可能となった兵装:Ver.<Meteor striker>』
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