死刑宣告
昼食の時間になると、カーラの試験が終わったことと、クレマン校長から「荷物をまとめるように」と言われたことが、ひそひそ声でエマの耳にも伝わってきた。
「死刑宣告ね」
ソフィは無感情に言うと、
「わたしは部屋に戻ったら屋根の上にのぼるけど、エマはどうする?」
エマの顔を見ずに訊いてきた。
「わたしも見る」
エマがそう答えると、
「よかった。本当はひとりで見るの怖かったの。でも、見ておかなきゃいけない気がして」
ソフィはエマの顔を見て安心するような、それでいて泣くような曖昧な表情を浮かべた。
昼食を終えて屋根の上にのぼると、他の部屋の子たちも腰かけてた。長い屋根に並んで、今日まで一緒に過ごしてきた仲間が処刑される場面を目撃しようとしている。
「こうしてると、魔女狩りの時のことを思い出す。わたしが火あぶりの刑になる時、お父さんやお母さん、兄弟たち、友達は何を思ってたんだろう? どうして助けてくれなかったんだろうって思う。恨みもしたけど、今の自分はカーラに何もしてあげられない。だから、最初に処刑を見た時、恨む気持ちは消えた」
ソフィの言葉に、エマは自分が火あぶりの刑に処された時のことを思い返してみた。あそこにエマの親類や友達は誰ひとりいなかった。
唯一の知り合いだったアドルフは、「話しかけるな」というように頭を振って、エマから顔を逸らした。
山で苦しんでいたアドルフを助けていなければ。アドルフから旅のお供になることを提案されてすぐに承諾していれば。薬を調合しなければ。貰った代金で贅沢しなければ……。
思い返せば運命の分岐点はいくつもあったことを知り、エマは後悔した。その一方で、
――ひとの運命は見えない何か大きな力に支配されているのかもしれない。
そうも思えた。その考えならすべてを悲観せずに諦められるような気もした。
「来た」
他の部屋の子がゴミ集積所の方を指差す。その先に目を向けると、布袋を持ったカーラが、クレマン校長に付き添われて歩く姿がエマにも見えた。
カーラの運命は今、見えない何かではなく、クレマン校長の手に委ねられている。背筋をピンと伸ばして歩くクレマン校長の姿が、エマの目には悪魔の化身か何かのように見えてきて、ふたりがゴミ集積所に近づくにつれて心臓が激しく脈打つのを感じた。
やがてカーラとクレマン校長は、ゴミ集積所の先に辿り着いて足を止めた。その向こうは空が広がっているだけ。
クレマン校長はカーラと向かい合って何か語りかけている。そして笑顔。カーラが涙ぐんでいるのとは対照的で、エマはゾッとした。まるでカーラの運命を弄び楽しんでいるような笑顔だった。
クレマン校長はカーラを抱き寄せると耳元で何か囁く。そしてカラダを離すと、カーラを空の方へと向かせて、その背中をポンと押した。
「あっ!」
ソフィが言っていた通り、何の躊躇もなく突き落としたことにエマは驚いて声を上げたけれど、他の子も同じようにショックを受けて泣き出す子もいた。
クレマン校長は下を覗き込んで、しばらくカーラが落ちて行く様子を眺めると、口元に笑みを浮かべたまま引き返して森の中に消えてしまった。
ゴミ集積所に辿り着いてからものの数分あまり。クレマン校長の非情な処刑を目の当たりにして、屋根の上はすすり泣く声以外は静まり返ってしまい、その代わりに庭でラクティッチを楽しむ声が耳障りなほどに響いた。
――どうしてこうも違うの。
死を意識しながら暮らしている自分たちと、ただ楽しんで日々を送っているように思える生徒たち。両者を隔てるのは魔法力があるかないか。それは持って生まれた才能だ。自分たちではどうしようもないこと。地上では魔女と罵られて居場所を失い、魔法界に来たら無能な人間だとして迫害に遭う。どちらにいても平穏はない。
――カーラは今、何を想っているんだろう?
なすすべもなく落下して行く中で、自分の人生や運命を呪っているのか、それとも辛い現実から解放されることをよろこんでいるのか。
エマは自分がクレマン校長に突き落とされる場面を想像してみた。足元では雲が急速に流れている。膝がガクガクいうほどに怖い。自分はまだ死にたくないと心の底からそう思った。
「勉強、頑張らなくちゃ」
エマは呟いた。カーラが突き落とされた時の姿が脳裏に焼きつき、胸に重たい石を詰め込まれたように気分が鬱々とする。見なければ良かったと思う反面、試験に対して強い危機感を抱けたことに関してはプラスになった。たとえ試験に合格して入学した後、魔法界出身の生徒たちからイジメを受けることになっても、生きてる方がマシだと思えた。
「わたしも」
ソフィが微笑む。
「午後から頑張ろう。それで、明日の午前中は気分転換に街へ行ってみない? 地上では見たことがないような凄いモノがたくさんあるから楽しいよ。わたしが案内してあげる」
「街?」
「うん。ほら、あそこにひとが集まってるでしょ。あそこに来る空飛ぶ船に乗って街まで行くの」
ソフィはゴミ集積所とは反対側を指差す。そこは拓けた場所になっていて、空に落ちないように柵が立てられている。そのそばで何人かが佇んでいた。
「でもわたし、まだお金持ってない」
「心配しないで。わたしが奢ってあげるから。ここへ来たお祝い……めでたくはないかもしれないけど、歓迎の意味を込めて」
「ありがとう」
エマは少しだけ暗い気分が晴れた。明日の楽しみができたことで、午後からの勉強も頑張れる気がした。
部屋に戻ると、エルザが自分の机で黙々と勉強をしていた。邪魔しないようにエマとソフィが静かに勉強を始めると、しばらくしてから、
「カーラはどうなった?」
魔法史の本を見つめながらエルザは呟いた。
「ダメだった」
ソフィも魔法史の本を見つめながら答える。
「そう」
しばらく沈黙が流れた後、エルザは鼻をすすり出した。そして静かに泣き始め、ソフィが立ち上がってその背中をそっとさすった。
来週にはもうエルザはここにいないかもしれない。そう考えると、エルザとはまだ親しくなっていないものの、エマは急に寂しさを覚えた。